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第9話「ほたる市について(6)」
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俺たちはバッティングセンターの前を通り過ぎ、第一中学校の前まで来ていた。
グラウンドではもう既に練習が終了し、生徒の姿は見えなくなっていた。
「榊原、見えたぞ」
俺はそう言って、第一中学校の校門を出たところにあるバス停を指差した。
バス停には部活終わりの学生が多く並んでいる。
どうやらバスの発車時刻には無事、間にあったようだ。
「結構並んでいるわね」
「この時間は部活終わりの生徒が多く利用するからな」
俺たちはそう言って、列の最後尾に並んだ。
「ところで羽島君。最後は一体どこを案内してくれるのかしら?」
榊原はどこか楽しげな表情をして聞いてくる。
「ん?あぁ……それは、まぁ、……着いてからのお楽しみってことで」
そういうと榊原は「それは楽しみね」と言って、薄っすらと笑みを浮かべた。
そんな話をしているうちにバスがやってきた。
バスの自動ドアが開くと同時に、並んでいた学生たちが1人ずつバスの中に入っていく。
バスにはそれほど人は乗っておらず、俺たちはドア付近の2人席に座ることが出来た。
俺は窓側に座り、夕日に染まったグラウンドを眺める。
バスの運転手は、もう乗ってくる客がいないのを確認するとドアを閉め、バスを発車させた。
バスからは街の通りを歩く人の姿が見える。
学校指定のジャージを着た学生、買い物袋を持った主婦、ジョギング中の男性……
様々な人の姿を眺めていると、俺たちとは違った時間を過ごしている人がこんなにもたくさんいるということを思い知らされる。
そんな風に物思いにふけていると、アナウンスがなった。
「次は『ほたるヶ丘前』、『ほたるヶ丘前』」
俺は隣に座る榊原に声をかける。
「榊原、次で降りるぞ」
「えぇ、わかったわ」
バスはゆっくりと減速し、バス停に停車した。
俺たちが席を立ち、バスを降りるとドアが閉まり、バスは次のバス停に向かって動き出した。
「羽島君。ここが最後に案内してくれるところ?」
「あぁ、その通りだ。とりあえず、頂上まで登ろう」
俺が榊原を最後に案内したかった場所——。
それがこの「ほたるヶ丘」だ。
俺は榊原にどうしても見てもらいたい景色があって、ここへ連れてきた。
バス停から頂上までは少し急な坂道を登る必要がある。
「榊原、ここからまた少し歩くことになるが大丈夫か……?」
俺は榊原を気にかけて言った。
「えぇ。問題ないわ。それよりこの上に何があるのか、とっても楽しみだわ!」
榊原は心を躍らせた様子でそう言った。
頂上までは徒歩で約7分。
俺たちは軽く息を切らせながら、頂上へと向かった。
今日だけで結構歩いたな……
普段は大抵家から出ずに過ごす。外に出て街を歩き回るなんて一体何年振りだろう。
でも、まぁ、こんな日もたまにはいいかもしれないな……
そんなことを思いながら、ひたすら緩い坂道を登っているとようやく頂上が見えてきた。
「榊原、頂上が見えてきたぞ。もう少しだ」
俺は後ろを歩く榊原の方を向いて言った。
「そうみたいね。一体何が見れるのか、ワクワクしてきたわ!」
榊原は期待に胸を膨らませた様子で言った。
先頭を歩く俺が、まずはじめに頂上に到着した。
「やっと着いた……なぁ……榊原、見てみろよ」
俺はちょうど頂上に到着した榊原に向かって、それを見せた。
頂上についた榊原は、俺の言葉を聞いて顔を上げると、それを見てとても驚いたような顔をした。
「わぁ……!なんて綺麗な景色なの……!!」
俺が榊原に見せたかったもの——。
それはここから一望することができる、言葉で表現するのが難しいほど美しく綺麗な、ほたる市の景色だった。
「最後に、ここからの景色を榊原に見せておきたかったんだ」
俺は夕日に染められたほたる市を見ながら、榊原に向かってそう言った。
「……今日、羽島君のおかげでこの街のいいところをたくさん知ることができたわ」
榊原は街を見つめながらそう言い、こう続けた。
「……けれど、羽島君が最後に私をここに連れてきてくれたおかげで、もっとこの街のことが好きになったわ。本当にありがとう……羽島君」
榊原は街から俺に目を移し、顔をこちらに向けると、今日一番のまばゆいほどの笑顔を向けてそう言った。
5月のそよ風が榊原の長い髪を優しく掬い上げ、夕日に照らされた榊原の顔はほんのりと朱く染まっていた。
それは、頂上から見下ろすほたる市の景色と等しいくらいに美しく、そして眩かった——
その後、頂上から見える景色を思う存分堪能した俺たちは、坂を下り、帰りのバスに乗車した。
15分ほどバスに乗り、俺たちは俺たちの通う「蛍山高校」前のバス停でバスを降りた。
バスを降りた俺は腕時計を確認する。
時計の短針は18時を指し示していた。
俺たちは、今朝待ち合わせをした本屋まで歩くことにした。
「今日はいろいろと歩き回って疲れただろ」
「いいえ。羽島君にいろんなところを案内してもらえて本当に楽しかったわ」
榊原は、疲れを微塵も感じさせない表情をして言った。
「そうか……なら、良かった……正直、俺なんかに榊原を案内することができるのか、少し不安だったんだ。でも、楽しんでもらえたみたいで安心した」
俺はホッと安堵の溜息を漏らした。
それを見た榊原はフフッと軽く微笑むと、
「羽島君には、この街を案内する才能があるのかもしれないわね」
と、冗談交じりに言ってきた。
「もし本当にそんな才能があるなら、ほたる市の観光課にでも就職してみるかな」
俺も冗談交じりに笑いながら、榊原に言葉を返した。
そんな話をしている間に、俺たちは本屋前の横断歩道に着いた。
榊原は俺の前に移動し立ち止まると、こちらを振り向いて言った。
「羽島君。今日は私のお願いを引き受けてくれて本当にありがとう。この街のことをたくさん知ることができたわ」
「どういたしまして。俺も久し振りに街を見て周れて楽しかったよ。今日1日じゃ紹介しきれなかったところもあるし、また今度、こうやって一緒に街を歩こう」
「えぇ、是非!……それじゃあ、今日はここで。羽島君、今日は本当にありがとう。明日は家でゆっくり休んでね。……次は教室で会いましょう。またね」
「あぁ、次は教室で。じゃあな」
榊原は俺に向かって手を振ると、横断歩道を渡って通路の奥へと入っていった。
俺は榊原の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿をずっと見つめていた。
俺が家に着いた時には、もう19時を回ろうとしていた。
帰宅してからというもの、俺は妹の由紀に、誰とどこへ行っていたのかしつこく聞かれ、1時間ほど拘束された。
その後、夕食を食べ終え、入浴を済ませた俺は自室のベッドに横になり、今日の出来事を振り返っていた。
私服の榊原を初めて見て、榊原の非現実的な美しさに心を奪われ、ほたるふるさと公園では一緒に満開のツツジを観賞し、肉蕎麦とソフトクリームを食べた。
榊原にとって初めてのバッティングセンターへも行った。
その後は喫茶店「シェリー」で甘いスイーツとほろ苦いコーヒーを堪能し、最後にほたるヶ丘の頂上から見える景色を見て、お互いに様々なことを語り合った。
とても充実した1日だったと思う。
俺一人ではこうはいかなかっただろう。
榊原と共に行動したからこそ、こうして充実した1日を送る事ができたのだと思う。
これからも、榊原と共に行動する機会が幾度となく訪れるだろう。
俺は榊原と出逢ったことで、ほんの少し自分の人生に色がついたように感じた。
俺と同じ、『才能』に悩みを持つ少女——。
そんな彼女だからこそ、共に行動してもどこか安心感があるのかもしれない。
俺は部屋の明かりを消し、そんなことを考えながら眠りについた。
明日は特に予定もないため、今日の分もぐっすり寝よう。
こうして、榊原麗と共に過ごした長い1日は、ゆっくりと幕を閉じたのだった——。
グラウンドではもう既に練習が終了し、生徒の姿は見えなくなっていた。
「榊原、見えたぞ」
俺はそう言って、第一中学校の校門を出たところにあるバス停を指差した。
バス停には部活終わりの学生が多く並んでいる。
どうやらバスの発車時刻には無事、間にあったようだ。
「結構並んでいるわね」
「この時間は部活終わりの生徒が多く利用するからな」
俺たちはそう言って、列の最後尾に並んだ。
「ところで羽島君。最後は一体どこを案内してくれるのかしら?」
榊原はどこか楽しげな表情をして聞いてくる。
「ん?あぁ……それは、まぁ、……着いてからのお楽しみってことで」
そういうと榊原は「それは楽しみね」と言って、薄っすらと笑みを浮かべた。
そんな話をしているうちにバスがやってきた。
バスの自動ドアが開くと同時に、並んでいた学生たちが1人ずつバスの中に入っていく。
バスにはそれほど人は乗っておらず、俺たちはドア付近の2人席に座ることが出来た。
俺は窓側に座り、夕日に染まったグラウンドを眺める。
バスの運転手は、もう乗ってくる客がいないのを確認するとドアを閉め、バスを発車させた。
バスからは街の通りを歩く人の姿が見える。
学校指定のジャージを着た学生、買い物袋を持った主婦、ジョギング中の男性……
様々な人の姿を眺めていると、俺たちとは違った時間を過ごしている人がこんなにもたくさんいるということを思い知らされる。
そんな風に物思いにふけていると、アナウンスがなった。
「次は『ほたるヶ丘前』、『ほたるヶ丘前』」
俺は隣に座る榊原に声をかける。
「榊原、次で降りるぞ」
「えぇ、わかったわ」
バスはゆっくりと減速し、バス停に停車した。
俺たちが席を立ち、バスを降りるとドアが閉まり、バスは次のバス停に向かって動き出した。
「羽島君。ここが最後に案内してくれるところ?」
「あぁ、その通りだ。とりあえず、頂上まで登ろう」
俺が榊原を最後に案内したかった場所——。
それがこの「ほたるヶ丘」だ。
俺は榊原にどうしても見てもらいたい景色があって、ここへ連れてきた。
バス停から頂上までは少し急な坂道を登る必要がある。
「榊原、ここからまた少し歩くことになるが大丈夫か……?」
俺は榊原を気にかけて言った。
「えぇ。問題ないわ。それよりこの上に何があるのか、とっても楽しみだわ!」
榊原は心を躍らせた様子でそう言った。
頂上までは徒歩で約7分。
俺たちは軽く息を切らせながら、頂上へと向かった。
今日だけで結構歩いたな……
普段は大抵家から出ずに過ごす。外に出て街を歩き回るなんて一体何年振りだろう。
でも、まぁ、こんな日もたまにはいいかもしれないな……
そんなことを思いながら、ひたすら緩い坂道を登っているとようやく頂上が見えてきた。
「榊原、頂上が見えてきたぞ。もう少しだ」
俺は後ろを歩く榊原の方を向いて言った。
「そうみたいね。一体何が見れるのか、ワクワクしてきたわ!」
榊原は期待に胸を膨らませた様子で言った。
先頭を歩く俺が、まずはじめに頂上に到着した。
「やっと着いた……なぁ……榊原、見てみろよ」
俺はちょうど頂上に到着した榊原に向かって、それを見せた。
頂上についた榊原は、俺の言葉を聞いて顔を上げると、それを見てとても驚いたような顔をした。
「わぁ……!なんて綺麗な景色なの……!!」
俺が榊原に見せたかったもの——。
それはここから一望することができる、言葉で表現するのが難しいほど美しく綺麗な、ほたる市の景色だった。
「最後に、ここからの景色を榊原に見せておきたかったんだ」
俺は夕日に染められたほたる市を見ながら、榊原に向かってそう言った。
「……今日、羽島君のおかげでこの街のいいところをたくさん知ることができたわ」
榊原は街を見つめながらそう言い、こう続けた。
「……けれど、羽島君が最後に私をここに連れてきてくれたおかげで、もっとこの街のことが好きになったわ。本当にありがとう……羽島君」
榊原は街から俺に目を移し、顔をこちらに向けると、今日一番のまばゆいほどの笑顔を向けてそう言った。
5月のそよ風が榊原の長い髪を優しく掬い上げ、夕日に照らされた榊原の顔はほんのりと朱く染まっていた。
それは、頂上から見下ろすほたる市の景色と等しいくらいに美しく、そして眩かった——
その後、頂上から見える景色を思う存分堪能した俺たちは、坂を下り、帰りのバスに乗車した。
15分ほどバスに乗り、俺たちは俺たちの通う「蛍山高校」前のバス停でバスを降りた。
バスを降りた俺は腕時計を確認する。
時計の短針は18時を指し示していた。
俺たちは、今朝待ち合わせをした本屋まで歩くことにした。
「今日はいろいろと歩き回って疲れただろ」
「いいえ。羽島君にいろんなところを案内してもらえて本当に楽しかったわ」
榊原は、疲れを微塵も感じさせない表情をして言った。
「そうか……なら、良かった……正直、俺なんかに榊原を案内することができるのか、少し不安だったんだ。でも、楽しんでもらえたみたいで安心した」
俺はホッと安堵の溜息を漏らした。
それを見た榊原はフフッと軽く微笑むと、
「羽島君には、この街を案内する才能があるのかもしれないわね」
と、冗談交じりに言ってきた。
「もし本当にそんな才能があるなら、ほたる市の観光課にでも就職してみるかな」
俺も冗談交じりに笑いながら、榊原に言葉を返した。
そんな話をしている間に、俺たちは本屋前の横断歩道に着いた。
榊原は俺の前に移動し立ち止まると、こちらを振り向いて言った。
「羽島君。今日は私のお願いを引き受けてくれて本当にありがとう。この街のことをたくさん知ることができたわ」
「どういたしまして。俺も久し振りに街を見て周れて楽しかったよ。今日1日じゃ紹介しきれなかったところもあるし、また今度、こうやって一緒に街を歩こう」
「えぇ、是非!……それじゃあ、今日はここで。羽島君、今日は本当にありがとう。明日は家でゆっくり休んでね。……次は教室で会いましょう。またね」
「あぁ、次は教室で。じゃあな」
榊原は俺に向かって手を振ると、横断歩道を渡って通路の奥へと入っていった。
俺は榊原の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿をずっと見つめていた。
俺が家に着いた時には、もう19時を回ろうとしていた。
帰宅してからというもの、俺は妹の由紀に、誰とどこへ行っていたのかしつこく聞かれ、1時間ほど拘束された。
その後、夕食を食べ終え、入浴を済ませた俺は自室のベッドに横になり、今日の出来事を振り返っていた。
私服の榊原を初めて見て、榊原の非現実的な美しさに心を奪われ、ほたるふるさと公園では一緒に満開のツツジを観賞し、肉蕎麦とソフトクリームを食べた。
榊原にとって初めてのバッティングセンターへも行った。
その後は喫茶店「シェリー」で甘いスイーツとほろ苦いコーヒーを堪能し、最後にほたるヶ丘の頂上から見える景色を見て、お互いに様々なことを語り合った。
とても充実した1日だったと思う。
俺一人ではこうはいかなかっただろう。
榊原と共に行動したからこそ、こうして充実した1日を送る事ができたのだと思う。
これからも、榊原と共に行動する機会が幾度となく訪れるだろう。
俺は榊原と出逢ったことで、ほんの少し自分の人生に色がついたように感じた。
俺と同じ、『才能』に悩みを持つ少女——。
そんな彼女だからこそ、共に行動してもどこか安心感があるのかもしれない。
俺は部屋の明かりを消し、そんなことを考えながら眠りについた。
明日は特に予定もないため、今日の分もぐっすり寝よう。
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