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第5話「ほたる市について(2)」
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榊原と一緒に満開のツツジを観賞した後、俺たちはフードコートへと移動し昼食を摂ることにした。
時計の短針はもう直ぐ12時を指そうとしていた。
土曜日ということもあり、思ったより人が多い。
俺たちは四人掛けの丸いテーブルに向かい合って座った。
周りを見渡してみると、ランニングウェアを着た老夫婦、子連れの母親、カップルらしき若者、様々な人で賑わっている。
「榊原、昼食はどうする?」
榊原は少し考えたのち、俺に尋ねた。
「そうね……。よかったら、羽島君のオススメを教えてくれないかしら?」
俺のオススメか……
「そうだな……ここの肉蕎麦はオススメだぞ。温かいものと冷たいものが選べる」
ここの肉蕎麦は全国的にも有名だ。
コリコリとした食感の鶏肉と甘めの出汁。
蕎麦のモチモチとした食感とツルっとした喉越しが食欲をそそる。
温かい肉蕎麦と冷たい肉蕎麦を選べるが、俺はいつも冷たい肉蕎麦を好んで食べている。
「冷たい肉蕎麦なんてものがあるのね!じゃあ、それにするわ!」
「わかった。それじゃあ、ちょっと買ってくるから座って待っててくれ」
俺は榊原に席を任せ、券売機に2人分の食券を買いに来た。
券売機で冷たい肉蕎麦の食券を2人分購入し、そのままカウンターに進む。
カウンターからは、厨房で地元のおばさんグループが忙しそうに行ったり来たりしているのが見える。
「すいません。冷たい肉蕎麦2つお願いします」
厨房に向かって声をかけると、
「はぁーい!食券預かりますねー」
と、温厚そうなおばさんが食券を回収しに来た。
おばさんに食券を渡し、カウンターの横にずれて5分ほど待っていると、
「はい。お待ちどうさま!」
と注文した肉蕎麦が出てきた。
俺はプラスチックのトレイに、出てきた肉蕎麦を2つ乗せると榊原の待つ席まで運んだ。
「待たせたな。早速食べよう」
俺は席に着いたのち、手を合わせてすぐに蕎麦をすすった。
あぁ……やっぱりここの肉蕎麦は最高だ!
たった500円、ワンコインでこれだけのものが食べられるなんて。
そんなことを思いながらふと榊原の方を見てみると、スマホで肉蕎麦をパシャパシャと撮っていた。
「榊原……何してるんだ?早く食べないとのびるぞ」
「あら、ごめんなさい。記念に撮っておこうと思って……。それにしても美味しそうね」
榊原はそう言うとカバンにスマホをしまい、「いただきます」と丁寧に手を合わせてからやっと蕎麦を食べ始めた。
最初に出汁を一口飲み、その後に蕎麦を箸でひとつまみすると、そのまま口へ運んだ。
「………!!!!」
榊原は大きな瞳をさらに大きく開くと、そのまま勢いよく蕎麦をすすり始めた。
どうやらお気に召したらしい。
俺も蕎麦がのびないうちに食べてしまおう。
それから俺たちは完食し終えるまで一切会話を挟まず、黙々と肉蕎麦を口に運んだ。
「……美味かった」
肉蕎麦を完食した俺は箸を置き、コップに入った水を飲み干した。
ほぼ同じタイミングで榊原も完食し終えたらしい。
「どうだった?美味かっただろ?」
「えぇ、とっても!こんなに美味しい蕎麦は初めて食べたわ」
榊原は満悦の表情を隠せない様子でいた。
「それは良かった。それじゃあ昼食も食べたことだし、少し休憩してから次の目的地に移動するか。」
「そうね……でもその前にソフトクリームも食べてみたいわ」
そういえばさっきそんなこと言ってたな……
確かに食後のデザートとしてはちょうどいいかもしれない。
「わかったよ。食後のデザートとして食べればいいさ。俺はここで待ってるから好きなのを選んでくるといい」
俺は榊原にそう提案した。
「ありがとう羽島君。それじゃあ、ちょっと買ってくるわね」
榊原はそう言うと小走りでソフトクリームを買いに行った。
初めて榊原を見たとき、どこかミステリアスで大人びた印象だったが、話してみると意外とよく笑うやつだって事が分かった。
今日この数時間で、俺は『榊原麗』という人間について少しだけ知る事が出来たと思う。
儚げな美しさを持っていて、『才能』を人一倍欲している。
見た目からは想像できないが、まるで好奇心旺盛な少女のような豊かな感性を持っている。
榊原と出逢ってまだ2日。
たった2日で人の全てを知れるわけもない。
俺たちには『才能』を見つけ出すという、共通の目的がある。
その目的を達成する中で、もっと『榊原麗』という人間について知っていければいい……
そんなことを考えていると、榊原が目当てのソフトクリームを購入し戻ってきた。
「羽島君、さっきは美味しい肉蕎麦をありがとう。これはそのお礼よ」
榊原はそう言うと、右手に持ったソフトクリームを俺に差し出した。
「いいのか?」
「えぇ」
「なんか悪いな。ありがたくいただくよ」
俺は榊原に一言礼を言って、差し出されたソフトクリームを受け取った。
もともと今日は俺が支払いを全て持つつもりでいたのだが……
せっかくの好意。ありがたく受け取っておこう。
榊原は席に座ると大きな目を輝かせてソフトクリームを食べ始めた。
榊原が幸せそうな顔をして食べているのを見て、俺はここに榊原を連れてきて正解だったと少しホッとした。
俺たちはまるで幸福感をそのまま形にしたようなソフトクリームを食べながら、穏やかな憩いの時間を過ごした——。
時計の短針はもう直ぐ12時を指そうとしていた。
土曜日ということもあり、思ったより人が多い。
俺たちは四人掛けの丸いテーブルに向かい合って座った。
周りを見渡してみると、ランニングウェアを着た老夫婦、子連れの母親、カップルらしき若者、様々な人で賑わっている。
「榊原、昼食はどうする?」
榊原は少し考えたのち、俺に尋ねた。
「そうね……。よかったら、羽島君のオススメを教えてくれないかしら?」
俺のオススメか……
「そうだな……ここの肉蕎麦はオススメだぞ。温かいものと冷たいものが選べる」
ここの肉蕎麦は全国的にも有名だ。
コリコリとした食感の鶏肉と甘めの出汁。
蕎麦のモチモチとした食感とツルっとした喉越しが食欲をそそる。
温かい肉蕎麦と冷たい肉蕎麦を選べるが、俺はいつも冷たい肉蕎麦を好んで食べている。
「冷たい肉蕎麦なんてものがあるのね!じゃあ、それにするわ!」
「わかった。それじゃあ、ちょっと買ってくるから座って待っててくれ」
俺は榊原に席を任せ、券売機に2人分の食券を買いに来た。
券売機で冷たい肉蕎麦の食券を2人分購入し、そのままカウンターに進む。
カウンターからは、厨房で地元のおばさんグループが忙しそうに行ったり来たりしているのが見える。
「すいません。冷たい肉蕎麦2つお願いします」
厨房に向かって声をかけると、
「はぁーい!食券預かりますねー」
と、温厚そうなおばさんが食券を回収しに来た。
おばさんに食券を渡し、カウンターの横にずれて5分ほど待っていると、
「はい。お待ちどうさま!」
と注文した肉蕎麦が出てきた。
俺はプラスチックのトレイに、出てきた肉蕎麦を2つ乗せると榊原の待つ席まで運んだ。
「待たせたな。早速食べよう」
俺は席に着いたのち、手を合わせてすぐに蕎麦をすすった。
あぁ……やっぱりここの肉蕎麦は最高だ!
たった500円、ワンコインでこれだけのものが食べられるなんて。
そんなことを思いながらふと榊原の方を見てみると、スマホで肉蕎麦をパシャパシャと撮っていた。
「榊原……何してるんだ?早く食べないとのびるぞ」
「あら、ごめんなさい。記念に撮っておこうと思って……。それにしても美味しそうね」
榊原はそう言うとカバンにスマホをしまい、「いただきます」と丁寧に手を合わせてからやっと蕎麦を食べ始めた。
最初に出汁を一口飲み、その後に蕎麦を箸でひとつまみすると、そのまま口へ運んだ。
「………!!!!」
榊原は大きな瞳をさらに大きく開くと、そのまま勢いよく蕎麦をすすり始めた。
どうやらお気に召したらしい。
俺も蕎麦がのびないうちに食べてしまおう。
それから俺たちは完食し終えるまで一切会話を挟まず、黙々と肉蕎麦を口に運んだ。
「……美味かった」
肉蕎麦を完食した俺は箸を置き、コップに入った水を飲み干した。
ほぼ同じタイミングで榊原も完食し終えたらしい。
「どうだった?美味かっただろ?」
「えぇ、とっても!こんなに美味しい蕎麦は初めて食べたわ」
榊原は満悦の表情を隠せない様子でいた。
「それは良かった。それじゃあ昼食も食べたことだし、少し休憩してから次の目的地に移動するか。」
「そうね……でもその前にソフトクリームも食べてみたいわ」
そういえばさっきそんなこと言ってたな……
確かに食後のデザートとしてはちょうどいいかもしれない。
「わかったよ。食後のデザートとして食べればいいさ。俺はここで待ってるから好きなのを選んでくるといい」
俺は榊原にそう提案した。
「ありがとう羽島君。それじゃあ、ちょっと買ってくるわね」
榊原はそう言うと小走りでソフトクリームを買いに行った。
初めて榊原を見たとき、どこかミステリアスで大人びた印象だったが、話してみると意外とよく笑うやつだって事が分かった。
今日この数時間で、俺は『榊原麗』という人間について少しだけ知る事が出来たと思う。
儚げな美しさを持っていて、『才能』を人一倍欲している。
見た目からは想像できないが、まるで好奇心旺盛な少女のような豊かな感性を持っている。
榊原と出逢ってまだ2日。
たった2日で人の全てを知れるわけもない。
俺たちには『才能』を見つけ出すという、共通の目的がある。
その目的を達成する中で、もっと『榊原麗』という人間について知っていければいい……
そんなことを考えていると、榊原が目当てのソフトクリームを購入し戻ってきた。
「羽島君、さっきは美味しい肉蕎麦をありがとう。これはそのお礼よ」
榊原はそう言うと、右手に持ったソフトクリームを俺に差し出した。
「いいのか?」
「えぇ」
「なんか悪いな。ありがたくいただくよ」
俺は榊原に一言礼を言って、差し出されたソフトクリームを受け取った。
もともと今日は俺が支払いを全て持つつもりでいたのだが……
せっかくの好意。ありがたく受け取っておこう。
榊原は席に座ると大きな目を輝かせてソフトクリームを食べ始めた。
榊原が幸せそうな顔をして食べているのを見て、俺はここに榊原を連れてきて正解だったと少しホッとした。
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