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5.ふれる
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本をしまい終えた男が少年の近くに寄り、あぐらを組んで隣に座る。頭を撫でられ、少年は表情を緩めて笑う。
その手のひらが片頬に触れる。男を見つめると、柔らかな口づけを受ける。目を閉じる。胸の内に小さな火が生まれる。
緩やかに目を開けると唇が離れる。名残を惜しむ。少年はひざ立ちになって男の首に両腕をかける。再び口づけを交わす。胸の内に生まれた火はそのままにある。
願ってもいいだろうか。
唇が離れたあと、ためらいと恥じらいが頬に朱を差す。じっと見つめる。声を落とす。
「……服の下に、さわってほしい」
望みを口にすると急に不安になり、思わず目を伏せてしまう。だめだろうか。
沈黙はわずかの間だった。
「怖いと思ったら言え」
いつもの平静な声だった。嫌がられてはいない。ほっとした。
「うん」
背中側の服の裾を少しだけ開けられる。指先が静かに入り、背に触れる。大丈夫かどうかを確かめるように遠くから触れてくる。もう片方の手で腰を支えてくれている。怖くはない。
「……だいじょうぶ」
ささやくように伝える。
男の顔は伏せられていてこちらからは表情が見えない。幾分冷たさを宿す指先が、肌に触れたままゆっくりと前に回る。それから上へと滑り、のぼっていく。胸の先に触れる。かすかな声が零れた。
怖がらせてはいないかと、指の動きが止まる。
「……もっと」
大丈夫だと伝えたくても、つたない言葉しか出てこない。指先が動く。撫でては確かめ、確かめては撫でる。その繰り返しの中で、吐息に熱が混じる。
「……下は?」
男にしては控えめな口調で尋ねられる。
「……下……?」
半ば放心した状態の頭では、なにを問われたのかわからなかった。
男は迷うように黙ってから片手を下ろしたあと、衣服越しに指先で下に触れ、ほんのわずかに撫で上げた。
「……ここだ」
離れた手がさびしいと思うよりも速く、こらえきれず声が零れた。激しい羞恥を感じる。気づかれないわけがなかったのに。背中が熱い。
少年の表情をうかがうように男が顔を上げる。眼の奥に、少年の胸の内に生まれた火のような赤が揺れた気がした。
それを目にした瞬間、羞恥が消えた。
「……そこも、さわって」
ただ、触れてほしかった。この人に。
一番弱い場所に手が触れる。もう指先は冷たくない。熱を持っている。あえかな声が零れて落ちる。何度も。
この声は秘めやかにしておきたかった。この男だけに知っていてほしかった。
だから、最後に男の名を呼んだ。鍵をかけるように。
少年の腕から力が抜けた。ずり落ちるようにして男の胸にもたれかかる。額に口づけを落とすと、少年の体を横たえた。
「眠っていい」
そう言うと、か細いうなずきが返る。
布団を持ってきて敷く。少年を抱き上げてその上に寝かせた。低温の湯で濡らしたタオルを持ってきて少年の体を拭いたあと、タオルケットをかける。
少年は寝入っていた。初めてのことで刺激が強かったのだろう。
目が覚めたときのために、水のペットボトルを枕元に置いておき、静かに部屋の戸を閉めた。
男は自分の部屋に戻った。扉に鍵をかけた。今は少年に警戒心もなく入ってこられては困る。
あの日から、少年の唇に自分から口づけたい思いがつのるようになっていた。半ば無意識に体が動く。
ベッドに腰かけ、長い息を吐き出す。片手で顔をおおい、うつむく。
ここまでだったら、抑えがきく。
これ以上はあまり自信がない。
少年のひそやかに零れる声が耳に残る。表情が目に残る。触れた感触が手に残る。まざまざと思い出せてしまう。男の名を呼ぶ声が、一番残る。心が揺らぐ。
少年の望みを叶えることはできた。自分の願いも叶ってしまった。
これからあとはもう、ひたすら耐えて隠すしかない。少年が大人になるまで。
男は自分が少年の願いごとにとても弱いことを、まだ自覚していなかった。
その手のひらが片頬に触れる。男を見つめると、柔らかな口づけを受ける。目を閉じる。胸の内に小さな火が生まれる。
緩やかに目を開けると唇が離れる。名残を惜しむ。少年はひざ立ちになって男の首に両腕をかける。再び口づけを交わす。胸の内に生まれた火はそのままにある。
願ってもいいだろうか。
唇が離れたあと、ためらいと恥じらいが頬に朱を差す。じっと見つめる。声を落とす。
「……服の下に、さわってほしい」
望みを口にすると急に不安になり、思わず目を伏せてしまう。だめだろうか。
沈黙はわずかの間だった。
「怖いと思ったら言え」
いつもの平静な声だった。嫌がられてはいない。ほっとした。
「うん」
背中側の服の裾を少しだけ開けられる。指先が静かに入り、背に触れる。大丈夫かどうかを確かめるように遠くから触れてくる。もう片方の手で腰を支えてくれている。怖くはない。
「……だいじょうぶ」
ささやくように伝える。
男の顔は伏せられていてこちらからは表情が見えない。幾分冷たさを宿す指先が、肌に触れたままゆっくりと前に回る。それから上へと滑り、のぼっていく。胸の先に触れる。かすかな声が零れた。
怖がらせてはいないかと、指の動きが止まる。
「……もっと」
大丈夫だと伝えたくても、つたない言葉しか出てこない。指先が動く。撫でては確かめ、確かめては撫でる。その繰り返しの中で、吐息に熱が混じる。
「……下は?」
男にしては控えめな口調で尋ねられる。
「……下……?」
半ば放心した状態の頭では、なにを問われたのかわからなかった。
男は迷うように黙ってから片手を下ろしたあと、衣服越しに指先で下に触れ、ほんのわずかに撫で上げた。
「……ここだ」
離れた手がさびしいと思うよりも速く、こらえきれず声が零れた。激しい羞恥を感じる。気づかれないわけがなかったのに。背中が熱い。
少年の表情をうかがうように男が顔を上げる。眼の奥に、少年の胸の内に生まれた火のような赤が揺れた気がした。
それを目にした瞬間、羞恥が消えた。
「……そこも、さわって」
ただ、触れてほしかった。この人に。
一番弱い場所に手が触れる。もう指先は冷たくない。熱を持っている。あえかな声が零れて落ちる。何度も。
この声は秘めやかにしておきたかった。この男だけに知っていてほしかった。
だから、最後に男の名を呼んだ。鍵をかけるように。
少年の腕から力が抜けた。ずり落ちるようにして男の胸にもたれかかる。額に口づけを落とすと、少年の体を横たえた。
「眠っていい」
そう言うと、か細いうなずきが返る。
布団を持ってきて敷く。少年を抱き上げてその上に寝かせた。低温の湯で濡らしたタオルを持ってきて少年の体を拭いたあと、タオルケットをかける。
少年は寝入っていた。初めてのことで刺激が強かったのだろう。
目が覚めたときのために、水のペットボトルを枕元に置いておき、静かに部屋の戸を閉めた。
男は自分の部屋に戻った。扉に鍵をかけた。今は少年に警戒心もなく入ってこられては困る。
あの日から、少年の唇に自分から口づけたい思いがつのるようになっていた。半ば無意識に体が動く。
ベッドに腰かけ、長い息を吐き出す。片手で顔をおおい、うつむく。
ここまでだったら、抑えがきく。
これ以上はあまり自信がない。
少年のひそやかに零れる声が耳に残る。表情が目に残る。触れた感触が手に残る。まざまざと思い出せてしまう。男の名を呼ぶ声が、一番残る。心が揺らぐ。
少年の望みを叶えることはできた。自分の願いも叶ってしまった。
これからあとはもう、ひたすら耐えて隠すしかない。少年が大人になるまで。
男は自分が少年の願いごとにとても弱いことを、まだ自覚していなかった。
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