初めてのこと、それぞれ

灰黒猫

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2.赤面と嫉妬

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 夜半、男は目を覚まし自室のベッドから起き上がった。寝る前に本の内容を確認しようとして忘れていた。明日の朝に仕事で使う。本は少年の部屋の本棚に置いたままだった。
 まだ少年は起きているだろうか。たまに夜遅くまで起きていることがある。一冊の本を時間の過ぎるのも忘れて読みふけっていたり、携帯電話で調べものをしていたり。
 まだ起きているのなら本を取らせてもらおう。寝ていたら、朝に改めてもなんとかなる。
 静かに部屋を抜け出した。
 少年の部屋は隣の和室だ。男の部屋に比べると、あまり防音には向いていない。部屋の入口は引き戸だ。
 気にするようなら開き戸の扉に付け替えてもよかったが、少年が特に気にしていなかったのでそのままにしておいた。
 少年の部屋と男の部屋はそれぞれ入口がリビングに面していた。リビングを通らないと互いの部屋に行けないが、リビングの明かりはつけなかった。もしすでに寝ていたら、起こしてしまうかもしれない。暗がりで少年の部屋の前に立つ。
 声をかける前に耳をすます。物音が聞こえたら引き戸を軽く叩くつもりでいた。
 聞こえたのは不規則で熱を逃がすような浅い息づかいだった。夢にうなされているのだろうか。心配になり、戸の取っ手に指をかけようとしてその手が止まる。
「……早瀬はやせ……」
 唐突に理解に至った。ひとりでしている。男の名をあえかな声で口にして。
 背筋を急激に血が逆流したように感じた。背中に熱がたまる。
 声を出すわけにはいかず、息を殺し、口もとを片手で押さえた。顔の表面が熱を持っているのがわかった。たぶん、自分は赤面している。
 このまま戸の前で立ち尽くし、少年の声を聴いていたかった。だがだめだ。それをしたら自分はいずれ衝動的に戸を開けてしまう。少年は激しい羞恥の思いを抱くだろう。
 そればかりか、少年の手が触れているものに自分が代わりに触れたかった。直接触れて、こぼれる声を聴きたかった。だがそんなことをすれば少年は傷つくかもしれない。
 音を立てずに自室へと引き返す。少年の、色深く秘めやかな声が耳の奥から離れない。
 無理やりベッドの中にもぐり込んだ。
 眠れぬ夜を過ごした。
 少年の想像する男の手つきは優しいのか。それとも強引に触れるのか。少年はどちらを好むのか。
 知りたかったが問いつめるわけにはいかない。困らせるのは本意ではない。
 仮に知ることができたとして、自分が同じように振る舞えるとも思えなかった。
 わかっている。これは嫉妬だ。
 いつか、男ではなくほかのだれかを少年が望むようになるのはかまわない。
 大人になり、社会に出れば視野が大きく広がるだろう。今まで出会ったことのないような人間と出会い、惹かれることもあるかもしれない。少年は魅力的だ。異性同性問わず、人を引きつけるだろう。想いを寄せられることもあるはずだ。
 そのとき少年が男ではないだれかを選ぶのなら、それでもいい。少年の心は少年のものだ。心を縛ることはできない。
 だが、見知らぬ他人はともかく、少年の頭に思い描かれる想像の男に対しては許容できない気がした。
 それは少年の望む男の姿だろう。それが少年に触れている。頭の中のことであったとしても。
 男の姿をしていながら、自分ではない。
 たまらなかった。

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