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05 根源

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 ラモールという中継点からさらにその上と辿っていくと、意外とすんなり最終的な依頼人の名前が出てきた。
 途中でわからなくなると思っていたので、逆に驚いた。

 勇者をしていた頃、ふとしたことで知らなくてもいい秘密を知り、暗殺者に狙われたことがある。
 その時には依頼人の名前をなかなかわからなくて、相当に苦労した。
 あの時に比べれば、あまりにも簡単に判明してしまった。

 裏社会の質がそれほど良くないのだろうか?

 まぁ、ともあれ、名前だ。
 依頼人の名前はカタリーナ・レーフェンベルグという。
 そう。
 第二王妃だ。
 レーフェンベルグ伯爵家の娘。
 生まれている息子はエーリッヒ。俺の二歳下、今年で四歳だ。
 普通に考えれば王位継承権が欲しくて、ということになるのか?

 欲しいか?
 王位なんて。
 だけど、貴族で王室入りしているのであれば、求めるものなのかもしれない。
 俺、このままいくと王太子になって王位継承権一位になるんだよな。
 いやだなぁ。
 とはいえ、奪われるのは性に合わない。

 俺が勇者を目指したのは、魔族に故郷の村を焼かれたからだ。
 家族を魔族に奪われたので、その復讐を行うために勇者を目指した。
 勇者になれば、魔族軍との戦線の矢面に立てる。
 俺の手で、奴らを滅ぼすことができる。

 ……さて、それで今回の件だ。
 どうするかな?
 今回は、俺が奪われたわけではない。
 どちらかといえば、奪われる危険があったのは母親のソフィーだ。
 そしてそれは、未遂で終わっている。
 表沙汰にもなっていない。
 今の所、大人が関わっていないので証拠集めをして戦ったところで限度がある。
 というか、王子とはいえ六歳児の言葉なんて誰が信じるのか。

 だからといってなにもしないという選択肢もない。
 失敗はしたが奴らに恐怖を植え付けることができた、なんて思われていたら腹立たしい。
 なにかはやっておかないとな。
 パッと浮かぶのはベッドサイドに裏社会連中の首を並べるというあれだな。
 実際に、とある国の貴族にやられそうになった。
 あれは、その貴族が推薦している勇者と争いになったからだったか?
 実際にはベッドサイドにまで近づけさせるわけがないので、連中は失敗したのだが。
 魔族軍と戦っていたのに、それと同じぐらいに人間とも争っていた気がするな。
 人間のためなんていう本物の高潔な精神を持つ勇者だったら、途中で心が折れていたかもしれない。
 とはいえ、いまさらあいつらの死体を回収してくるなんてしたくない。
 罪もない人間の首を並べるほどは、俺も鬼畜にはなれない。
 はっきり敵とわかっていれば、その限りでもないんだが。

「ううん、誘拐か」

 俺は誘拐されかけたんだよな。
 そうだな、だったら……。

「これでいくか」


●●エーリッヒ●●


 目を開けると、知らない人がいた。

「やあ、君は誰?」

 綺麗な金髪の少し年上のような子だ。

「君は誰?」

 僕も尋ね返す。

「僕はアルブレヒトだ」
「アルブレヒト?」
「君は?」
「エーリッヒ」
「エーリッヒか、よろしく」
「……ここはどこ?」
「ここは僕の部屋だ。アンハルト宮殿の僕の部屋」
「アンハルト宮殿?」

 知らない。

「エーリッヒ。もしかして、お母さんの名前はカタリーナ・レーフェンベルグかい?」
「うん」
「そうか、それなら君は僕の弟ということになるね」
「え?」
「初めましてだね、エーリッヒ。そうだな、エリックと呼んでいいかい?」
「う、うん。お母様もそう呼んでくれる」
「そうか。なら、僕のこともアルと呼んでくれていい」
「アル?」
「ううん、そうだな、アル兄様かな」
「アル兄様?」
「そうだ。よろしくエリック」
「アル兄様」


●●●●


 そんな感じでエーリッヒと話をして仲良くなった。
 外向けに『僕』なんて言っているが落ち着かないな。
 とはいえ、この体は六歳の王子だ。
 俺よりも僕の方がいいに決まっている。
 というか、『俺』って言っていると、ソフィーがなんか「あらあら、カッコつけちゃってウフフ」みたいな顔で見てくるんだよな。
 あの視線は敵わない。

 エーリッヒは俺とは二歳下の四歳。
 知らない場所で目覚めたのに混乱もしていないのは子供故なのか、それとも意外に大器なのか。
 楽しく話をしていたのだけど、起こしに来た侍女がエーリッヒを見つけて大騒ぎになった。
 すぐに彼女たちもこの子がエーリッヒだとわかり、さらなる騒ぎになる。
 その頃にはエーリッヒが暮らしているレーフェンベルグ宮殿はもっと騒ぎになっていたことだろう。

 ソフィーとエーリッヒと朝食を摂っていると、カタリーナが自身の騎士たちを連れて押しかけてきた。

「あら、カタリーナ様、おはようございます」

 ソフィーは最初から動じることなくエーリッヒと接していたのだが、怖い顔のカタリーナを見ても、その態度を変えなかった。
 席からも立たず、カタリーナを迎える。

「アルが朝起きたら、隣にエーリッヒがいたそうですよ。不思議なこともあるものですね」
「……そうですね」

 ようやく口を開いたカタリーナは、必死に怒鳴り散らすのを抑えている様子だ。

「初めましてカタリーナ様、アルブレヒトです!」

 俺も無邪気に挨拶しておく。

「どうも初めまして、アルブレヒト殿下」
「僕がまだエーリッヒと顔合わせしていないからと、こんな演出をなさったのですか?」
「え?」
「そうねぇ。とても手が混んでいますわ。私も戸惑ってしまいました」

 俺の言葉に、ソフィーも乗る。
 彼女にとっても不測の事態だというのに驚いたり慌てたりしない。
 本心はそうだとしても、それを顔に出すことがない。
 大したものだと思う。
 対するカタリーナは冷静さを保とうと扇で顔を隠しているが、そこら中がピクピクブルブルしていて激発寸前であることは一目で分かった。

「……そうですね。殿下との顔合わせも無事に終わったようですので、これで帰らせていただきます。エーリッヒ、行きますよ」
「はい、母様」

 エーリッヒは母親の異常に気がついている様子だ。
 少し怯えている雰囲気もある。
 そこに同情というか、憐憫というか、そのきっかけになりそうな淡い感情が浮かんだ。
 心配というには、まだ弱いぐらいの感情だ。

「またね、アル兄様」
「ああ、またね。エリック」

 手を振るエリックに応えて、足早に去るカタリーナと、それを小走りで追いかける弟を見送る。
 カタリーナの肝は冷えたことだろうが、これで懲りたなんてことはないだろうな。

「……なんだったのかしら?」

 ソフィーがポツリと呟いたが、教えてやることもできず、俺も首を傾げるだけだった。
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