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53 ミーム視点

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 レインが大工房に来なくなって数日が過ぎた。
 城で働く侍女たちからの情報では憔悴して食事も喉を通らない様子なのだそうだ。
 それを心配するアンリシアの取り乱しようも甚だしく、侍女たちによる介護を拒否して二人で部屋にこもっているのだとか。
 してやったりと、ミームは密かに笑った。
 あの女は障害になる。
 初めて会った時からそれは痛みという形で確信を植え付けられた。数十年に一度しかない赤竜女帝の産卵。その隙を狙ってその肉と血を手に入れんと動いていた。
 それを邪魔したのがあの小魔女だ。

(赤竜女帝の力を手に入れていれば、あるいはもしかしたら……)

 そんな希望をあの傲慢な小魔女は無自覚に打ち砕いた。

(絶対にただでは済まさない)

 硬く決意をしたミームはレインを追い込むべく情報を集めた。
 残念ながらレインが現れた頃にサンドラストリートにいた魔女はジェライラだけだったが、それでも彼女がサンドラストリートの中にあっても際立つほどに我が儘でそして強いことはよくわかった。
 そして彼女の行動からアンリシア・バーレント公爵令嬢に対して並々ならぬ執着があることも。
 ミームには理解できない。
 バーレント公爵家というのはマウレフィト王国でも魔女嫌いの派閥の首魁だというではないか。
 ジンを介してその真意を探ってみたが彼女には魔女を嫌う心が存在しないことはわかった。
 ミームの支配はこの国の隅々にまで行き渡っている。
 ただほとんどの人間はそのことを理解していない。
 口にした食べ物を介して古代の魔女の呪いは行き渡り、連中の体内でひっそりと監視を続けている。
 誰を病にするかしないかはミームの心次第なのだ。
 ともあれ……アンリシアに関しては家の主義とは別の心を持っているということは分かった。

(だけど、あの魔女は油断できない)

 強大な魔力を持っているというだけではない。
 奴は最初からミームのことを知っているようだった。
 その正体を、古代の魔女の呪いのことを知っているかのようだ。
 証拠に、あの二人には呪いが定着できていない。すでにこの国に来て何日も食事をしたというのに、ミームの意思が二人に反映されることがないのだ。
 何らかの対策を取っているのは間違いない。
 お茶会の席でアンリシアが薬を飲んでいる場面を何人かが目撃しているのであるいはそれが原因かもしれない。
 取り上げたいが、ことがアンリシアの危機ともなればレインがいままでどおりに大人しくしているかどうかは怪しい。
 レインにとってアンリシアは最大の弱点だ。
 だが、弱点だからと喜び勇んで突いたところであの女が死ぬわけでも屈服するわけでもない。むしろ下手に突いて怪我をさせたり誤って殺しでもしたらあの女はここにあるすべてを破壊していくだろう。
 ミームが失いたくないものまでも壊してしまうに違いない。

(厄介だわ)

 お互いに弱点をに握られて動くに動けない状態となっている。

(いっそ、一度疫病は治った、ということにして追い出すべきなのかしら?)

 アンリシアがこの国から動けなくなっているのは疫病が原因なのだ。その疫病が姿を消してしまえば彼女は帰るしかなくなる。
 その後、再び疫病が現れたとしてもそれをいぶかしむ者はいないだろうし、あの小魔女もあえてこちらに首を突っ込むことはないはずだ。

「ミームどうかしたのか?」
「いいえ、どうもしませんわ。陛下」
「そうか」

 いま、ミームはダインと共に朝食を摂っていた。
 彼のための治療薬はミームが作ることになっており、彼は朝食の後にそれを飲むことが日課となっている。

「マウレフィト公爵令嬢の件だが」

 とダインが彼女らのことを話題に出した。
 二人が部屋に籠もって数日が過ぎている。彼の耳に届いても当然か。

「はい」
「なにかあっては困る。一度、ミームに診てもらいたいのだが」
「わかりました。この後にでも部屋に尋ねてみます」
「頼む。とはいえ無理強いする必要はない」
「畏まりました」
「そんなことを言って、もしも本当に疫病に罹っていて死んじゃったりしたらどうするんですか?」

 そう言ったのは侍従長のスペンサーだ。

「ただでさえ大失態なんですよ? この上で死なせたりしたらマウレフィト王国から恨まれてしまいます」
「この国に攻め込んでくるとでもいうのか?」

 スペンサーの言葉にダインは笑った。

「こんな病の国、マウレフィト王が欲しいというなら喜んで差し上げてやる」
「陛下~」
「病の民を救う気苦労を引き受けてくれると言うんだ。むしろもろ手を挙げて歓迎すべきじゃないか?」
「……この国の王は陛下以外には無理ですよ」
「そうだといいんだがな」
「この国の主は陛下です」

 愁いを帯びるダインにミームも声をかける。

「陛下だからこそ、私はここにいるのです」

 まっすぐに見つめるミームにダインはハッとした表情をし、それから思い直したように笑みを浮かべた。

「そうだな。ありがとう」
「はい」
「ミームがいるから俺も頑張れている」
「ありがとうございます」

 ダインの瞳がミームを見る。
 国王でありながらいまだ少年のような純真な光を宿すその瞳がミームの心を掴んで離さない。

(ああ、あの頃のままだ)

 初めて出会った時のあの光をいまもこの人は持っている。
 ミームにはそれだけで十分だ。

(この方の瞳が私を映し続ける。それさえあれば他に何も……)

「あ~ごほん」
「「はっ」」
「お熱いのは結構ですがまだ朝ですので、ほどほどになさってください」
「う、む……」
「……はい」

 顔を真っ赤にした二人にスペンサーが呆れたため息を吐きかけた。



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