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しおりを挟むのびたりあがったりする水〇大先生のあの妖怪に似てそうなボスモンスターに襲われてから数日後。
なんだか顔色の悪いサリアが私のところにやって来た。
「あら、サリア。元気?」
「っ!」
私の気楽な様子にサリアはぎろりと睨んでくる。
「どうして邪魔をするの?」
「なにが?」
「わたしの、成功の道をよ!」
「なに言ってるんだかよくわからないけど……先に仕掛けてきたのはそっちでしょ?」
来て早々にやる気満々のサリアを私は静かに受け流す。
いや、さらに追い詰めてやろう。
「私が王子なんかに興味があると思った? あるわけないじゃない。あなたは意味もなく竜の尾を踏んで問題をややこしくした。そのツケがいま来てるだけじゃないの?」
「う……うるさい!」
「おとなしく私と友達ごっこしてラナたちと女子会してればそれでよかったし、王子が欲しかったなら私たちに相談すればよかったのよ。みんなで楽しく作戦を練ったりできたかもしれないのに」
少なくとも、私はよろこんで考えたよね。
「で、でもあなたの支援者が婚約者に決まっているのよ」
「アンリシアをあの王子にやらない方法が存在するなら、全力を尽くすに決まっているでしょ?」
なんでそんなことがわからないのだろう?
やはり、サリアは残念な子なのかもしれない。
「わ、わけがわからない」
「なんでわからないかなぁ?」
まぁ、それはいいや。
それより、サリアはなにしに来たのかな?
「それで、未来の王妃様はご機嫌が優れないようだけど、どうしたの?」
「王子の顔色が悪いのよ。あなたがなにかをしたんでしょ?」
「知らないわよ」
私の使い魔たちはアンリシアの安全を守るためにだけ存在しているのだ。王子のことなんて知らない。
とはいえ、アンリシアがなにをしていたかは知っているので、そこから因果を計ることはできる。
たぶん、あの計画のことだろうね。
サリアを見る。
なにをどうしたらいいかわからなくてイライラうろうろしているその顔。主人公になったはずなのに気が付けば悪役令嬢みたいなことになっている。
勝ち取る側(ヒロイン)だったはずなのに気が付けば奪われる側(ヒール)になっている。わけがわからないのは当然よね。
「ねぇ、ここは一旦、撤退したら?」
「なんですって?」
「あの王子様がはしゃいだせいで色々とめんどくさいことになってるみたいだし、これ以上の深入りは身を滅ぼすと思うけど?」
「……やっぱり、なにか知っているわね?」
「推測はできる。でも答えは知らない」
「教えなさい!」
「敵に教える義理はないでしょ?」
「あなたっ!」
怒りに任せて睨んでくるサリアを黙って見つめ返す。
悪いけれど、隠しダンジョンでサリアよりももっと怖いモノたちの視線を浴びてきた身からしたら、彼女の視線なんてどうってこともない。
いつまでだって見つめていられる。
ただ、すごくつまらない時間だけどね。
「くっ」
サリアが根負けして目を反らした。
「……あなたに何がわかるっていうのよ?」
「うん?」
「魔女になって、そんなすごい能力を持っているあなたになにがわかるっていうのよ!」
「さあ? すごいかどうかはともかく、あなたの事情なんて知るはずがないし」
ああ、でも……初めて会った頃になにか見たような。
飲み屋で怪我したお姉さんだったっけ?
「娼婦の母が生み捨てたのがわたしよ。まともに育てらもしなかった。魔女にならなきゃ娼婦になるぐらいしか未来なんて知らなかったのがわたしよ!」
「それはご愁傷様」
「っ!」
「六歳で魔女になって、それから十歳まで一人で森で生きた。色々と助けられる要因はあったし、自分から望んだことではあるけど、その四年間の苛烈さはあなたの人生には負けてないと思うけど?」
そもそも、魔女なんて魔女になった時点で色々と嫌な思いをしているものなのだ。
不幸自慢に何の意味があるだろう。
「同情して欲しければ、せめてもしおらしくして慈悲でも請うてみればいいのよ。まぁでも、私のできる助言はさっきしたけどね」
さっきも思ったけど同情していないかと言えば、ちょっとはしている。
せっかく主人公になれたのに、サリアはまったく自分の立場を活かせていない。あのボスモンスターを操ったのはサリアとサンドラの二択だと思っているけど、サリアだとしたら主人公からいきなり転落して黒幕? になるなんて何を考えてるんだって話だし。
なんでだろうね?
そもそも、王子に選ばれたから主人公って考え方がおかしかったのかな?
この世界はもうゲームではないんだと、私自身がいまだに納得できていないのかもしれない。
だってレベルとかあるしね。前世にそんなわかりやすい能力基準なんてなかったし……あれ、ちょっと待って……他の魔女たちってレベルとか認識してるのかな?
そういえばレベルなんて聞かれたことも言われたこともないよね?
当たり前すぎて考えたこともなかった。
レベルがわかるのって、もしかして私だけのチートだった?
いや、それはともかく……。
この世界がもうゲームではないんだとしたら、主人公だから幸福な未来が約束されているなんて考えるのは間違いなのかもしれない。
いや、本来のレインが辿るはずだった運命をサリアが行くのだと思っていたけど、そもそもアンリシアとその家の事情を変えてしまっている時点で、その運命はもう崩壊してしまっていて、でも、この国が立ち向かわなければならない問題は変わらず存在していて……だからこうなってしまった?
わからない。
わからないけど、あるいは今のサリアの立場は私のせいかもしれないと考えることはできる。
だから、同情はする。
その運命からは逃げた方がいいよと助言ぐらいはする。
でも、そこから先は私になにができるだろう?
助言以上のことなんて言いようがない。
自分の未来に立ち向かっているのはサリアだけじゃない。アンリシアだって王太后だって王妃だって……王子だって立ち向かっている。私の知らない貴族たちも魔女たちも普通の人たちも、みんなが立ち向かっている。
立ち向かって、勝ったり負けたりしている。
その戦いの奔流に、サリアは哀れにも敗北の流れへと呑まれようとしている。
「逃げるしかないよ。いまなら西の国まで行けば聖女扱いしてもらえる。それでいいじゃない?」
「いやよ!」
だけどサリアは頑なだ。
見えてしまった成功の未来が眩しすぎて、もうそれしか見えなくなっている。
「やっぱりあんたは敵よ!」
そう叫んだかと思うと私に向かってなにかを投げた。
ガラス管? 針付き? 注射器みたいになってる?
そんなことを考えた私の反応は自動的だった。
「あっ、しまった」
やってしまった後でそんなことを言っても仕方がない。
「ぎゃっ!」
指で挟み取ってそのまま投げ返してしまった。隠しダンジョンで飛び道具対策で身に着けた技術だったんだけど、やりすぎてもう体が勝手に動いてしまう。
だめだよ私に攻撃なんかしたら。
「って、もう遅いか」
あれが注射器だったなら、中に入っているのは毒薬かなにかで……いや、もしかして……。
「ぎゃあああああああああ!」
「展開早すぎない?」
悲鳴を上げるサリアの体がすさまじい速さで変化していく。
溢れ出す肉に呑まれていく注射器をよく見れば、薬液の中になにか種のようなものが見えた。
それは、ゲーム上でアンリシアが使った悪魔の種ではないのか?
「オ、オオオオオオオオオオオジサママママママママママママ!!」
執念の雄たけびを上げて、サリアはモンスターに成り果ててしまった。
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