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しおりを挟む夜になった。
シーフ系の装備でびしりと決めた私はこの間の黒尽くめ連中よりかっこよく真っ黒だ。
うん、本来ならシーフ系の仲間しか使えない装備なんだけど、現実だとそんなの関係ないね。シーフの革鎧から重装騎士までなんでもござれだよ。
そういうわけで隠密行動にもってこいな能力が付与されたシーフ系最強装備『魔狼王シリーズ』で身を固め、いざ貴族の別荘へ。
目当ての部屋にはわかりやすく明かりをつけておくようにと約束していたのだけど、女の子はちゃんとベランダのところでランタンを持って待ってくれていた。
「お待たせ」
「ひゃっ!」
ひょいひょいと壁を登ってベランダに到着すると女の子はびっくりした。
でも偉い。ちゃんと口を手で覆って声を抑えた。
「ど、どうやって?」
「壁を登ってきたんだけど?」
「ま、魔女ってそんなことができるの?」
「ううん。これは魔女の技じゃないよ」
素のステータスだけの技だよ。
「え?」
あ、女の子が混乱してしまった。
「いいから。そのお母様を診させて」
「そ、そうね。こっちよ」
女の子の案内で静かな廊下を進んでいく。警備の兵士は最小限。別荘の外側を見守っているだけで中は少数の執事や侍女だけ。
こんなあからさまな不埒者が廊下を歩いているのに誰かに出くわしそうな気配もない。
別荘の暗い廊下にはあきらめの空気が漂っているような気がした。
誰もがこの別荘で眠る女性の死を受け入れているような、そんな空気。
この女の子だけがそれに逆らっている。
「ここよ」
入った部屋も暗い。
「お母様は眠ったまま起きないの」
ランタンの明かりに誘導されて部屋の中央に向かう。そこにある立派な……寝台と書いてベッドと読ませるような立派な天蓋付きの寝台がある。
そこに眠るのはやせ細っているけれど、きれいな女性だ。
ランタンの明かりだけでも女の子が大きくなればこんな美人さんになるんだろうなと思わせるものがある。
「お母様、眠ったままずっと起きないの」
母親の症状を聞いた時、女の子はそう答えた。
症状と言ったらそれしかない。
だけど、眠ったままだと栄養補給もままならない。いまは薬湯や重湯でなんとか持たせているけれど、それにも限界があると医者に言われたそうだ。
死っていうのは「もう起きない眠り」っていうのが魔女たちの見解だからね。眠り続ければいつか魂は死の世界の境界を踏み越えてしまう。
でも、眠り続ける病気ってなに?
脳やら内臓やらの機能障害?
先天性障害でない限り、だいたいの異常はエリクサーで解決できるんだけど……。
「ちょっとごめんね。すぐに治すから」
そう前置きして、女性の手を取り、指先をちょっとだけ傷つける。
そこから出てきたわずかな血をシャーレに受け取った後、指の傷に回復のポーションを浸した布で拭けば、傷はあっという間に塞がってしまう。
「わっ、すごい」
回復ポーションなんてサンドラストリートに行けばいくらでも売ってるだろうに。そんなことに驚いている女の子の相手をせず、私はシャーレに落とした血に別の薬液をかける。
これは色の変化で使われている薬の種類を判別する方法なのだけど……。
薬液をかけられた血は濃い紫色に変化した。
「ああ、やっぱり」
原因はこっちか。
「どうしたの?」
「眠りの薬が使われてる」
「え?」
「誰かが常用的に眠りの薬を飲ませて、あなたのお母様を眠らせ続けてるの」
「そんな……誰が」
誰が?
真犯人はわからないけど、実行犯はこの人に薬湯やら重湯やらを飲ませている人たちだ。
「医者は絶対、それからもしかしたら、あなたのお母様の身の回りの世話をしている人たちも共犯かもしれない」
「そんな……」
私の言葉に女の子は唇を震わせる。
「どうする?」
起こすことは簡単だけど、それでどうするのか?
この場にいる悪党を私が倒すのは簡単だ。
だけどきっと、それだけで話は終わらない。真犯人はここにはいないだろうし、きっとこれは企みの一つ程度のことなのだろうし。
そんなことの対処方法が平民魔女の私にわかるわけない。
「ど、どうするって……」
そしてこの女の子だってそれは同様だ。
企みに対して知恵を働かせるなんてことができるようには見えない。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
だとしたら、知恵のある人にそれをやってもらうしかないんだけど……。
「戻ってお父様に相談したら?」
「無理よ。お父様は王都だし、王都には勝手に行けないし」
「手紙は?」
「そんなの、待てないよ」
「うーん」
完全に混乱中の女の子からは良い知恵が出てきそうにない。
……となると頼るべきは。
「あなたのお母様ってどんな人?」
この人ってことになるのよね。
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