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ドワイラルク編

第12話 到着、ドワイラルク

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「レイさん、直に到着しますよ」

 そんなポッチョの声で、俺は目を覚ます。
 時は既にメンクの村を出てから二日が経過しており、道中でこれといった魔物に襲われるということもなく、俺たちは暇な日々を過ごしていた。

 そのため、やることといったら野営する前に近くの動物を狩るか、暇潰しに惰眠を貪る程度なので、俺の体はなまりになまっていた。

 だが、そんなのももうおさらばである。
 なぜなら、今俺の目の前に広がる景色には、ようやく目的地である国を囲う壁が見えていたからだ。

「……あれがドワイラルクか。なんか、結構物騒だな」

 アーラスと違って、ドワイラルクを囲う壁には大砲やバリスタがところどころ見え隠れしており、数十メートルはある壁の上では鎧を身にまとった兵士らしき者たちが警備をしていた。

 その光景はアーラスでは見ないものであったので、俺はつい興味をそそられてしまっていた。

「アーラスの周りには魔物があまり生息していない森がありますが、ドワイラルクの周りには森などはなく、ほとんどが危険な魔物が生息している鉱山なので、たまに大型の魔物が近くに現れるんですよ」

「それで、あそこまで厳重な警備なのか……鉱物という希少な資源を扱っている分、やっぱり土地としては危険な場所なんだな」

「そうですね。レイさんのいたアーラスは世界の中央にあり、最も安全な国とも言われていますからね。それでも、ここまで厳重な警備をしている国はドワイラルクの他にはあまり見かけませんね」

 昔、この世界には今よりも凶暴な魔物が至る所にうじゃうじゃと生息していたらしい。

 そのため、先人は地の利を活かして自分たちの身を守るため、あえて鉱山に囲われたこの土地を選んだのだという。

 自然の城壁となる山の中にできているドワイラルクはまさに城塞のようで、はるか昔この世界がどれだけ劣悪な環境だったかが理解できるだろう。

 そんなふうに思いながらドワイラルクを囲う壁を観察していると、突然馬車が止まるので俺は体を倒してしまいそうになる。

 なにがあったのかポッチョに聞いてみると、どうやらドワイラルクの中に入るには検問をする必要があるらしく、今は順番待ちをしているのか俺たちが乗っているポッチョの馬車の前には、三台の馬車が検問を待機している最中であった。

「一つの馬車に何人も兵士が集まって検問しているが、検問もかなり厳重なんだな」

「と言っても、中に入るときだけですよ。少し前、密輸者がドワイラルクに訪れたせいで大事件が起きて、それからはいっそう厳しくなりましたね」

「密輸者……? それは、別の国から来たやつか?」

「はい、サンフリッドという国から来た行商人ですね。その者はどこから手に入れたのかは不明ですが、麻薬というものをこの国に持ち運んでしまったのです」

「……麻薬? なんだそれは」

「人体組織を破壊し、脳を麻痺させて快楽を得るという危険な薬物の一種です。それを吸引、もしくは投与したせいで廃人と化した者をわたしは何人も見てきました」

 なんとも、この世には麻薬と呼ばれる恐ろしい薬物が存在するらしい。

 毒と薬は表裏一体と聞くが、まさにその通りのようだ。

「ちなみに、ドワイラルク内で麻薬という単語を口にするのはタブーですよ。自分の身を大事にしたいなら、絶対に口にしてはいけません」

「あぁ、分かってる。そんなので容疑をかけられたら、たまったもんじゃないからな」

 一応ネアのことを確認してみるが、今ネアはボールキャタピラーの人形を抱き締めながら俺に体を預けて静かに寝息を立てているため、この会話を聞いているということはないだろう。

 そもそもネアは麻薬という存在を知らないと思うし、口にすることはないと思うで。それに検問には時間がかかるらしいので、しばらくは寝かせておいた方がよさそうだ。

「あ、それと。魔法の袋は隠さずに持っていた方がいいですよ」

「魔法の袋を? どうしてだ?」

「厄介にも、その密輸者は魔法の袋に麻薬を入れて運んできたらしいので、魔法の袋がある場合は中を確認されます」

「つまり、わざわざ中身を出さないといけないということか? 商人にとって面倒なことになったんだな」

「はい。そのせいで仕事の効率が下がってしまいましたよ」

 心底うんざりしているポッチョは、目の前の馬車が進んだことに気づき、たずなを引いで前へ進む。

 そしてそれからしばらく待って、俺たちの番がやってきた。

「只今より、厳重な検問を行う。身分証明書はあるか?」

「はい。わたしはこういう者でして」

「どれどれ──って、ポ、ポッチョ様!? も、申し訳ございません! 一応検問するのは決まりでして、えと、その……」

「大丈夫ですよ。もちろん、理解しております。ちなみに、荷台に座っている御二方は護衛の冒険者ですので、安心してください」

「わ、分かりました……ですが、そこの彼は魔法の袋を持っている様子ですので、少しだけ荷台から降りてもらえるか?」

 ポッチョを前にしてあからさまに態度が変わった門番の兵士を見て、俺はここで改めてポッチョの偉大さを理解する。

 今まで豪商と自称しているだけで、本当はそこまで大したことのない男なのではないかと思っていたが、兵士の男の焦りようから見て、ドワイラルクではかなり名を馳せている人物なのだろう。

「では、中の物を広げてもらえるか?」

「あぁ。と言っても、目立つものはないぞ?」

「それでも、確認することは決まりとなっている」

 ここで抵抗してしまえば逆に怪しまれるだけなので、俺は男の言葉に従って魔法の袋から中に入っているものを取り出していく。

 生活必需品に、道具類。
 その他にはポッチョが積んでいた荷物などを出して終わりかと思っていたのだが、そこで俺はあることを思いだした。

「……ここで魔物の亡骸を出しても、問題はないか?」

「なんだと? ……なるほどな。その色の魔法の袋を持っているということは、かなり熟練の冒険者に見える。別に出してもらって構わないぞ。ここは広いからな」

 確かに、男の言葉の通り今俺が立っている場所は大きな橋の上で、馬車が横に並んで四台は平気で通れるほど広々としているので、ここでレッドコアマンティスの亡骸を広げても、大した問題にはならないだろう。

 そのため、俺は遠慮することなく魔法の袋からレッドコアマンティスの亡骸を取り出して橋の上に広げてみせる。

 すると、それを見た男は驚きを隠せないのか口をあんぐりと開けており、遠くからこちらを眺めていた兵士たちも皆同じ反応であった。

「とりあえず、デカブツはこいつだけで他はなんもないぞ。ほら、手を突っ込んで確認してみてくれ」

「……た、確かになにもないようだな。よ、よし。しまってもいいぞ」

 了承を得たので、俺はレッドコアマンティスの亡骸を魔法の袋にしまってから生活必需品や道具類などをしまい、一旦ポッチョの馬車へと戻る。

 そこでは既に検問を終えたのか兵士の男にお礼を言っているポッチョがいて、荷台の中では未だに寝息を立てているネアがいた。

「……ネアは確認されなかったのか?」

「はい、そうですね。ネアさんは魔法の袋を持っていませんし、なにか物を持っている様子でもありませんから」

「そうか。検問の奴らは人形の中になにか仕込んでいるかもしれないという可能性を考慮しなかったわけだな」

「はっはっは。なるほど、そういう手がありましたか。レイさんは密輸者として成功するかもしれませんね」

「おい、不吉なことを言うんじゃない」

 もちろんジョークであることは理解しているのだが、珍しくポッチョがジョークを言ってきたので、乗らないでいるのはつまらないだろう。

 それに、俺がジョークに乗ったおかげかポッチョは愉快げに笑いながら「申し訳ございません。商人ジョークですよ」と口にしており、和やかな雰囲気のまま俺はドワイラルクの中に入ることができた。

 そして目の前に広がるドワイラルクの景色は、アーラスに比べると色鮮やかではないのだが、地味ではありながらも活気のある場所で、起伏のある地形であった。

 そもそもドワイラルク自体が山の麓に造られた国らしいので、高低差のある場所はその間十メートル近くになるところもあるらしい。

 ところどころ荒岩があるところを見る限り、まさに自然と共存しているような国であった。

 そして、それから俺たちはポッチョの馬車の荷台に乗ったまま、ドワイラルクの中を突き進んでいく。

 国の広さでいうならドワイラルクよりもアーラスの方が広いのだが、ドワイラルクはアーラスと違って道幅が広く、それでいて見たことのない装飾が施された建築物が多く、ドワイラルクはまるで別世界のようであった。

 どうやらそれらは腕利きのドワーフたちが作り上げたものらしく、やはりこの国の金属加工技術は他の国よりも卓逸しているものらしい。

「もうすぐわたしの商会に到着しますよ。ほら、正面に見えてきました」

「えーと……どれのことだ?」

「あれですよ。あの正面に広がる屋敷が、わたしが経営しているポッチョ商会の一部ですよ」

「…………は?」

 ポッチョの指をさす先には、俺が所属しているアーラスのギルドよりも規模の大きい屋敷が広がっていた。

 俺の聞く話ではアーラスのギルドは世界にあるギルドの中でも一二を争うほど敷地面積が広いらしいのだが、ポッチョの商会である屋敷は一目見ただけでその敷地面積は俺が所属しているギルドの数倍はあった。

 しかもこれはまだ商会の一部らしいので、全部合わせたらもしかしたら敷地面積はギルドの十倍──いや、それ以上かもしれない。

「あ、あんた……本当に豪商だったんだな……」

「はっはっは。そうですよ。こう見えて、世界三大商会の一つ、ポッチョ商会の会長ですからね」

 ニカッと笑みを浮かべながらピースサインを作るポッチョを前に、俺は乾いた笑いしかでなかった。

 どうやら、俺はとんでもない人物と知り合いになったらしい──
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