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第4話 契約の力

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 アグニエル王国の南方にある、名もなき小さな森にて。

 俺は、自称焔帝竜の一人娘であるステラと共に、ギルドを立ち上げるために必要な資金を稼ぐべく、魔物狩りをしていた。

 そこで明らかになる、ステラの実力。

 身体能力はもちろんのこと、展開する魔術の威力や速度、そしてその制御力も、あの【強者の楽園】に冒険者として所属していてもおかしくないほどのものであった。

「ふぅ。まぁ、これくらいかしらね」

 額に浮かんだ汗を拭うステラは、目の前に積まれた魔物の山を見て、満足そうにそう呟く。

 ステラの扱う魔術は、俺が今まで見てきた魔術師の中でも群を抜いており、正直俺が出る幕がなかったほどだ。

 しかし、俺は目の前に積まれた魔物の亡骸を見て、首を横に振ることしかできなかった。

「んー……ダメだ。これじゃ、あまりお金にならないな。高く売れる皮が焼け焦げてるから、売れるのは牙と爪くらいか。となると……ざっと見て、銀貨数枚程度かな」

「ふーん……これだけやって、その程度の稼ぎなのね。ちなみに、ギルドを立ち上げるにはどれくらい必要なの?」

「最低でも、金貨が五枚は必要となる。だがそれはあくまで立ち上げるだけの話になるから、最低でも金貨は八枚ほどは欲しいな」

 それを聞いたステラが、顔に手を当てながらため息に似た息を吐き出す。

 さすがのステラも、二時間も魔術を行使し続けたせいで疲れが溜まっているのだろう。

 そんなステラに水の入った水筒を渡してやると、ステラはそれを受け取り、水筒に口をつけて喉を潤していた。

「ぷはぁ……ありがと、ノア。でも、これじゃダメね。私の炎は、どれだけ弱くしても相手を焦がしちゃうわ。だから、私は戦わない方がいいわね」

「だが、それだと効率が悪くなる。俺が時間をかけて戦って魔物を上手く倒すか、少しの犠牲を覚悟に効率よくステラが魔物を倒すか、どちらかになるな」

 これでも、俺は【強者の楽園】で冒険者として生きてきたため、スキルがなくともある程度は戦える実力は持っているつもりだ。

 それに、一応少しだけ功績は上げてきたため、実力はC級冒険者まではいかないものの、D級冒険者には負けないくらいだと俺は自負している。

 ちなみに、冒険者の強さの指標として。

 E級冒険者→冒険者登録したての新人。
 D級冒険者→弱い魔物を倒せる程度の実力。
 C級冒険者→弱い魔物の群れを倒せる程度の実力。
 B級冒険者→強い魔物を倒せる程度の実力。
 A級冒険者→強い魔物の群れを倒せる程度の実力。
 S級冒険者→たった一人で国を救えるような、規格外の力を持つ者にのみ与えられる強者の称号。

 と、以上のようになっている。

「そうね……効率よく倒すなら私の力で、魔物を丸ごと素材として売って稼ぎを増やすなら、ノアの力が必要になるってことね」

「そういうことだ。その場合、結果的にどっちの方が効率的なのかを考えているのだが……」

「なら、合わせてしまいましょう。今ここで、私と『契約』をするのよ!」

 ドラゴンテイマーの本質は、ドラゴンとの『契約』だ。

 そうすることで、ドラゴンテイマーはドラゴンの力を借りることができ、ドラゴンテイマーと『契約』をしたドラゴンは、更に力を引き出すことができる。

 まさにウィンウィンの関係ではあるのだが、俺はその『契約』というもののやり方が分からないのである。

「なぁ、ステラ。その『契約』って、どうやるんだ?」

「そうね……まず、契約には大まかに二つの方法があるの。一つは『仮契約』で、もう一つは『本契約』よ」

「仮契約と本契約、か。ちなみに、その違いはなんなんだ?」

「簡単よ。まず『仮契約』はお互いに力を高められる代わりに、時間制限があるわ。そして、もう一つの『本契約』は、一度契約を済ませれば死ぬまで強力な力を使い続けることができるの。どう? 魅力的でしょう?」

 なるほど。

 それなら、まずはいきなり『本契約』を済ませるよりも、ドラゴンテイマーの力を確認するために『仮契約』をするのがいいのかもしれない。

 だがこの『契約』という行為には、メリットしか感じられない。そこに、少しだけ違和感がある。

 わざわざ『契約』だなんて、重い言葉が定められているほどだ。下手したら、大きなデメリットもあるのかもしれない。

 しかし、今はそんなことに怯えて足踏みをしている場合ではない。

 今俺ができることは、ステラと『契約』を済ませて力を手にする。それだけである。

「ちなみに、その『契約』の方法も沢山あるのだけれど……そうね。最初だから、簡単で持続時間も短い『血の仮契約』にしましょう」

「……血の仮契約?」

「えぇ、そうよ。とりあえず、少しだけ屈んでくれるかしら?」

 そう口にするステラの指示に従い、俺はステラの目線に合わせて少しだけ姿勢を低くする。

 すると、突然ステラが俺の首に腕を回して抱きついてきたと思いきや、いきなり俺の首元にかぶりついてくる。

 その直後、チクッとした痺れるような痛みと、血が吸われるような感覚が首元からジワジワと伝わってきていた。

「ぷはぁ……ノアの血、サラサラしていて飲みやすいわ」

「そ、そうなのか……? それはよく分からないが、これで終わりなのか?」

「いいえ。この『契約』っていうものは、互いの体の中に巡る魔力と魔力と混ざり合わせて、連結させることで完了する儀式なの。だから、ほら。今度は、私の血を吸って……?」

 そう言いながら、自分の襟を引っ張って白い素肌をさらけ出すステラ。

 まさか、今日出会ったばかりの女の子の首に、俺は噛み付かないといけないのだろうか。

 別に、嫌ではない。正直ステラは可愛いし、少しばかり気の強い部分もあるが、かなり魅力的な少女である。

 そんな少女の首元に噛みつき血を吸うだなんて、背徳感と同時にどこか後ろめたい罪悪感が湧き上がり、俺の心臓は音が聞こえてくるほど大きく高鳴っていた。

「……は、早くしてよ。私だって、恥ずかしいんだから……」

「……わ、分かった。じゃあ、失礼するぞ」

「う、うん……その、優しくしてね……?」

 どこか艶やかな表情を浮かべるステラに、俺の頭の中では煩悩という煩悩が暴れ回っていた。

 しかし、俺はその煩悩を押し殺し、自分に『これは儀式であり、やましいことではない』と言い聞かせ、ステラの白い首元に噛み付いた。

「……っ」

「だ、大丈夫か? い、痛かったか……?」

「ううん、大丈夫。少しだけ、ビックリしただけだから……」

 顔を赤らめているステラから目を逸らし、俺はひたすらに心の中で『心頭滅却、心頭滅却』と言い続け、ステラの首元から血を吸い喉に流し込む。

 ステラの血はまるでスープのように熱く、それでいて非常に飲みやすく、食道を伝うステラの血が俺の体に熱を与えていくことが分かる。

 そしてステラの血を一定量吸うと、俺の右手の甲にあるひし形の痣が赤色に変わっており、体に帯びた熱が力に変わるような感覚が、体の内側から全身へと伝わってきた。

「はぁ、はぁ……これが、血の仮契約よ。どう? なにか、変わったところとかはあるかしら……?」

「……いや、今のところはなにも分からないな。だが、力が漲っているような……そんな気がする」

 気のせいかもしれないが、今ならどんな敵を前にしてでも倒せてしまえそうな、そんな気がする。

 そう思いながら手を開いたり閉じたりしていると、突然俺たちのいる森が揺れ、地震に似た地響きが森中を包んでいく。

 その地鳴りの正体。

 それは、この森の奥に潜む森の主──指定危険度Bの、アースドラゴンであった。

『ガラアァァァアァァアッ!!』

 岩のようにゴツゴツとした鱗が特徴的なアースドラゴンは、地を這うようにこちらに近付いてくる。

 その全長は軽々と八メートルを超えており、その威圧感は他の魔物とは比べものにならないくらいであった。

「──ッ! アースドラゴンが、なぜこんな時期に……? というか、あまりにも大きすぎないか……!?」

「ちょっと、こいつアースドラゴンって言うの!? どこからどう見てもちょっと大きなトカゲじゃない! アースリザードに名前を変更するべきよ!」

 確かに、目の前に現れたアースドラゴンは、正直ドラゴンというよりもトカゲ──もっと言えば、イグアナに近い見た目をしている。

 今までそれが普通だと思ってたが、確かにコイツをアースドラゴンと呼ぶのは、きっとドラゴンの血が流れているステラにとって冒涜的なことなのだろう。

「……まぁ、いいわ。これが仮契約をしたノアの初陣よ! さぁ、さっさと倒してしまいなさい!」

「い、いや、相手はアースドラゴンだぞ!? B級冒険者でも一人で倒せるか分からない相手を、俺に倒せるわけ──」

「それは、今までのあなたよ。これからのあなたは、こんなトカゲなんかに負けるほど弱くないわ。もっと、自分と私の力を信じなさい」

 そう言って、ステラが活を入れるように俺の背中を叩いてくる。

 そこまで言われ、ここまでされれば、敵前逃亡なんてできるはずがない。

 そのため、俺は腰を低く下げてから腰に携えていた剣を鞘から抜き出し、剣を構えることにした。

「ふぅ──よし、行くぞっ!」

『グラガァァアッ!!』

 俺が駆け出すと同時に、アースドラゴンも尻尾を地面に打ち付けてからこちら目掛けて突進してくる。

 前までの俺がアースドラゴンと対面したら、きっとあまりの恐怖に足音を消すことすら忘れて逃げ出していただろう。

 だが今の俺には、ステラがいる。そして、ステラがくれた力もある。

 そのため、俺は決して臆するようなことはなく、普段よりも不思議と軽く感じる剣の柄を握り締め、アースドラゴンへと立ち向かっていくのであった──
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