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第2章 -side story-
怠慢
しおりを挟む新米冒険者が集まり、己の技や力を育てるリーデダンジョン。その中に異色を放つ者達が足を進めていた。そう、和田率いるチーム1のルザイン達である。
普通だったら皮の装備に黒鉄の剣などで挑む者が多いダンジョンなのだが、和田たちは違った。前衛、即ち接近戦闘が得意な者は黒鉄よりも軽く強度も高い白鉄の鎧と白鉄の剣を装備していた。
白鉄の鎧は白鉄の性能を十分に活かした鎧であり、厚さは僅か1センチほどなのに鉄の分厚い鎧よりも硬く、動きやすいのが特徴だ。そして白鉄の剣は刀身が細長く切れ味も黒鉄以上。そしてなによりも軽いという特徴があった。悠真がミアーラルから貰ったのはこの白鉄の剣と同じものである。
そして魔法や補助などの後衛、遠距離戦闘が得意な者には黒魔のローブという装備者の魔力を高め、そして敵の魔法攻撃を1割カットする防具を身につけていた。左腕に装着している魔道の腕輪には魔力操作がしやすくなる効果があり、白鉄の短剣という白鉄の剣よりは短いが接近戦闘が苦手な後衛が身を守るのに適した武器を腰にぶら下げていた。
しかも皆ランクDのアイテム袋を持っているため、装備だけを見たら中堅冒険者並であった。そして彼らにはそれ以上に頼もしいSSを持っていた。正直ゴブリンやイエローホーネットなどのモンスターは一撃で沈めることができるのである。
「みんな、無事かい?」
和田が仲間の安否を確認すると、「はーい」や「へーい」など様々な返答が返ってきたが誰も怪我一つしておらず疲れてもいない状況であった。
さすがに相澤や田邊などの最前線で敵の首を狩る者は若干手を何度も握りしめ気持ち悪そうにしてたが、意外と女子の方が慣れのが早いのか伊藤は何も嫌悪感などを抱いている様子はなかった。だが血を見るのは少し苦手なのかよく首を逸らして死体などを見ないようにはしていた。
「潜って2時間くらいか……確か10階層にはボスモンスターが居て、そのボスモンスターへの入口の前に帰還用転移型魔法陣……? があるってリデルさんが教えてくれたからそこまで目指そうか」
「正直、今のあーしらならそのボスモンスター? も余裕なんじゃない? だってここまで1度も苦戦しなかったでしょ? 試してみる価値はあると思うけど」
伊藤の言う通り、今の和田達はこのダンジョンよりも上のランクのダンジョンに潜れるくらいの強さは十分にある。だがやはりボスモンスターになると強さのレベルが格段に上がるというのは誰でも理解できることだ。
確かにここでボスモンスターを倒し、自分たちには確かな実力があると理解した方が強くなれるだろう。圧勝するにしても苦戦するにしても勝つことで向上心は大幅に上がる。だがこの世界はファンタジーではあるがゲームはとは異なる。
1回死んだらその時点でゲームオーバー。それは前の世界でも言えることなのだが、この世界は訳が違う。気を抜けば呆気なく死んでしまう。それほど生きることが難しいということなのだ。
そのため和田は伊藤の提案に賛成できなかった。ルザインをまとめ、世界を救うのは自分たちであるため、危険な場所へ足を踏み入れたくはないというのが和田の本心である。
一方で、向上しようと努力してる者を否定してしまえばモチベーションが下がるのも事実。なので伊藤が一概に間違っているというわけでもないのだ。
「んー……よし、じゃあ互いに意見を述べよう。行きたい人と行きたくない人それぞれだと思うんだ。遠慮なく自分の意見を言ってほしい」
とりあえず和田はみんなの意見を取り入れることにした。まず第一にみんなが思ってることを聞きたいし、なにより自分たちで言葉を発してほしかった。強くなるためにはいつまでも人を頼ってばかりではならない。そのため自分の意見を持って互いに批評してほしかったのだ。
とりあえず和田はボスモンスターに挑戦するのに賛成な人と反対な人で多数決をした。すると意外にも木下 武と紀元 茜以外ボスモンスターに挑戦するのに賛成であった。
「じゃあとりあえず……木下くんと紀元さんの意見を聞きたいかな」
先に否定派の意見を取り入れることにした。そうすることで賛成派の気持ちが変わるかもしれないというのが和田の狙いであった。そしてその他にも賛成派の意見を聞いて「やっぱり賛成にするべきだったな……」なんて思わせたくなかった。あくまで自分の意見を話してほしかった。
それとは別の理由で賛成派を納得させてほしかったのも事実である。ここだけの話、和田は否定派に属している。理由は簡単、まだ挑むべきではないと判断したからである。
だがなぜ反対派の和田が意見を言わないのかというと、「和田がそう言うなら」というつまらない理由で自分の意思を曲げてほしくなかったからだ。それは賛成派も反対派も同じである。
一方、武と紀元はどちらから意見を言うかソワソワしていた。その後互いにアイコンタクトをして、先に話すのは武に決まったようだ。
「俺は反対だ。確かに強くはなっていると思う。でもさすがにボスモンスターなんて危ないと思わないか……? もう少し賛成派には考えてほしい」
「そ、そうだよ! 死んじゃったらそれで終わりなんだよ? もっと慎重に行動してもいいんじゃないかな……?」
極めて妥当な意見である。正直、賛成派は自分の力に自惚れている節がある。確かに強いしチームワークも抜群にいい。だがそれだけだ。
結局勝敗を左右するのは力でもなければチームワークでもない。『慢心』の有無である。油断してかかれば首は飛ぶ。くらわなくていいはずの攻撃もくらってしまう。『慢心』は1番捨てなくてはいけない煩悩1種なのである。
「確かになぁ……でもさ、やってみなくちゃ分からないだろ? 言い方は悪いけどそうやって逃げてちゃいつまでもその先へ行けねぇと思うんだ」
「相澤の言う通りだね。確かに危ないし一筋縄でいかないのは分かってるよ。でも倒せたら自信に繋がると思わないかな?」
誰よりも早く相澤が意見を言い、それを肯定するように田邊が補足を入れる。この意見も妥当ではあるが、和田の中では自信に繋がる『だけ』で挑戦したいと思ってはほしくなかった。
自信がつく。だからなに? 誇りを持てる。だからどうした? 結局自信をつけたいのは建前であって、本音は力の『証明』に過ぎたいのだ。
「……そうか、なら俺は挑戦するよ」
「き、木下くん!?」
「確かに相澤や田邊の言う通りだ。挑戦しなきゃなにも始まらないし、なにも生まれないもんな……俺も男を見せるよ」
1番なってはほしくないパターンになってしまった。武の決断はかなり勇気のいるものだ。自分の意見を見つめ直し、その中から甘さを見つけ、捨てた結果の賛成であるからだ。
それは素晴らしいがここで発揮してほしくなかった。理由は2つ。1つ目は結局自分の意見を捨て、相手の意見を聞き入れてしまったこと。そして2つ目はすでにボスモンスターに挑むことが決定してしまったことである。
1人になってしまえばネガティブ思考になり紀元は賛成派に移動してしまうであろう。武ならまだいいが紀元がそんな気持ちで挑戦したらかなり危ないのだ。
なんとかして紀元にもう一声意見を言ってもらい、賛成派から反対派へ一人でもいいから多く増やしたかった。それはほぼ不可能に近いくらい難しいのだが、和田は少しの可能性に賭けたかった。
「え、えと……その、私は……」
「紀元さん、みんなが賛成したからといって流されなくていいんだ。自分の気持ちを言ってほしい」
「和田くん…………うん。ありがと、でも私は相澤くんたちの意見に賛成かな……私がわがまま言っても仕方ないしね……」
結局こうなってしまうのである。一人になったら自分の意見すら言えず、流されてしまう。分かりきってはいたのだが、和田は心の中で大きなため息を吐いた。
なぜこうまでして挑戦したいのだろう。確かに自分が反対すればみんなは納得するかもしれない。だがそれではダメなのだ。〇〇が言ったから。そんな理由で意見を変えてほしくないし、自分のせいでみんなの向上心を妨げたくない。
結論から言うと、和田も周りの意見に流されているのだ。反対派が賛成派より多ければ和田は発言しただろう。だが現段階での反対派は1人だけ。ここで言えばそれも1つの『わがまま』になってしまうのだ。
「……多数決の結果、ボスモンスターに挑むことにする。その代わり約束してほしい。危険になったらすぐ撤退するということを」
リーダーとして、勇者としてではない。友達としてみんなを守りたかった。さいあく和田は自分を犠牲にしてでもみんなを逃がすつもりでいる。それほど和田の決意は硬く、そして熱いのだ。
皆は和田の意見に頷き、早速10階層への道のりを歩き進めるのであった。
────────────
あれから約20分後、運がいいのか和田たちは1度も引き返すことなく10階層への転移石と11階層への階段のある小さな部屋に辿り着いていた。和田は壁に貼り付けられている紙を何度も読み返し、転移石の使い方を把握した。
「よし、じゃあみんな僕の背中や肩に触れてほしい。そしたら転移するから準備が出来たら言ってくれ」
先ほど賛成派だった者もさすがに緊張してきたのか空気がピリッと張り詰めている。誰かの深呼吸が何度も聞こえる中、真田 亜紀が「いいよー」と言って和田は転移石に魔力を流し始める。
次第に青っぽかった転移石が白い光で溢れていく。それと同時に視界が真っ白に染まり、各々驚きの声を上げていた。そして和田が魔力を流していた10秒ほどで目の前は完璧に見えなくなり、全身が一瞬だけ浮かぶ感覚になる。
目を開くと殺風景な正方形の部屋に出た。後ろには3人くらいが乗れる大きさの帰還用転移型魔法陣が1つだけポツリと微かな光を発しており、前方には11階層への階段があるであろう扉が50メートルほど先の正面の壁に地味に存在を顕にしていた。
だがどこを見渡してもボスモンスターの姿は見えない。地面に何も転がってるわけでもなければ誰かが来た形跡もない。不審に思った和田は1人で前方へ二歩三歩ゆっくりと進んでいく。
その後を追うように他の皆も付いてくるのだが、和田から二歩離れたところで和田が手を横に出して皆を静止させる。USである《第六感》が発動したのだ。
「上だ! みんな戦闘準備!」
張り詰めた声で和田が怒鳴るように発し、それに応じて相澤が「おう!」と言う。するとその直後、目の前にドスン! と音を立てて大きな黒い物体が落下してくる。
いや、正確に言えば黒い物体に見えるモンスターであった。
『グギャァアァァアアァ!』
「「ひっ!」」
耳に劈く咆哮が部屋中に響き渡り、空気を振動させる。その気迫に一部の女子は耳を押さえてしゃがみこみ、男子は剣を握る力が強くなっていた。
そんな劣勢の中、目の前のドロックモンキーが戦隊ヒーローの悪役のように準備が終えるのを待つはずもなく、一々脳に響く嫌な声を上げながら最前列に居る和田に狙いを定めていた。
『グギャア!』
「ぐっ……力が、強い!」
筋肉質な剛脚で和田を一撃で潰しにかかるドロックモンキーだったが、悠真の持っている《判断力》やその他のスキルを統一し、性能が上がった《第六感》を持つ和田はなんとか受け止めることに成功した。
だが白鉄の剣は硬くて薄い分、鍔迫り合いなどにはめっぽうに弱く、気を抜いてしまえばすぐに滑ってしまいそうである。
「和田! 助けに来たぜぇ!」
動きが止まったドロックモンキーの隙を付き、相澤が《迅速》を使用して急接近し、和田とドロックモンキーの間に割り込んで足を突き飛ばした。目の前で起きた不可解な現象にドロックモンキーは気の抜けた声を上げて吹き飛ばされる。
「みんな離れて! 《業火》!!」
《炎姫》のSSのおかげで真田は《火属性魔法Ⅳ》で使用できる《業火》をドロックモンキーに浴びせる。その火は火球の10倍以上の大きさの球体で、着弾と同時に轟音が鳴り響き、巨大な火柱が天井まで燃え盛る。
そんな真田に倣い伊藤や岡本、紀元たち総勢で微力ながらも《火球》を展開して追撃する。
だがそんな《火球》も魔道の腕輪のおかげで威力が1.5倍以上に上がり、球の大きさも速さも従来の火球とは比べ物にならないくらいの強さになっていた。
『グギャァァ……!』
ここに居る全員の思考は「あれ? このまま行けば余裕じゃね?」であった。目の前の敵は一体で、しかも現在進行形で為す術もなく魔法を全弾命中している。
そんな中油断するのは当然だろう。あれほど気を張り詰めていた和田すらも「あれ? こんなもんなのか?」と呟いていた。だが1人だけドロックモンキーの変化に気付く者がいた。それは伊藤である。
伊藤は《意思疎通》を使い、相手の考えていることを読み取ろうとした。結果は『グギャギャ!』などよく分からないものになったが、それでも分かることが一つだけあった。
その脳内の声は絶望などの声はなく、むしろ好機に捕えれるほど愉快で、不気味な鳴き声だったのだ。伊藤はすぐにドロックモンキーから《意思疎通》を切り、対象を相澤に変更した。
「(相澤! あんたの力であの猿の近くにいる茜と亜紀を遠ざけて!)」
「っ!? えーと、確か……(き、聞こえるか? どういうことだ!?)」
伊藤は自分の《意思疎通》の力を皆に話しているため、声をかけられたら返答に意識を集中させてと教えていた。そのため少し焦りながらも相澤は伊藤に意思を返すことが出来たのだ。
「(あの猿、なんかおかしい! 絶対企んでる! だからつべこべ言わず助けに行きなさいよバカ!)」
「(ひ、人にものを頼む態度かよ! し、仕方ねぇなぁ!)」
急に真横から相澤が居なくなり驚く和田。足元には相澤の剣が落ちており、只事ではないことが起きることが容易に想像できた。
そんな和田の視界にあるものが映った。それはドロックモンキーの胸の部分にある青くて丸い宝石が気味悪く朱色に変わり、炎のように真っ赤に染まっていったからだ。
「っ! み、みんな! 離れ──」
『グギャァァアァァアアァアァァ!!』
和田が避難を促すように声を上げる頃には轟く咆哮が放たれていた。そして、目の前で魔法を撃っていた真田や紀元、武を熱線が包み、貫いていくのであった──
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