生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第2章

約束

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 月は沈みかけ、少し強めの風が吹く頃。悠真はエルナから教わったことをミアーラルにあますことなく伝えていた。神の塔の階層、数、場所など微かな記憶を頼りになんとか振り絞っていた。

 最初は悠真の話を聞く者はミアーラルとレナ、そしてフィルだけだったのだが悠真があまりにも饒舌に話すので地面に埋まったアルグレート含め全ての化身が興味津々で相槌をしている。

「なるほど……古い情報と言いましたが私の予想の斜め上を行ってました。少なくとも前のルザインが来た時よりも昔の情報ですね」

 確かにそう言われて見れば今までの会話でも気付ける点がいくつかあったのだ。アルグレートが『ルザインを10人以上相手にした』とか言っていた。つまりこの試練は何百年前からあるということになり、かなり昔から神の塔は100階層ではないということになる。

「確かに500年以上前の神の塔は全て100階層までありました。ですがとあることをきっかけに100階層にすることをやめたのです」
「……そのとあることとは一体?」

「私は悠真さんを含めルザインに出会うのは4回目です。最初の1回目は良かったです。ですが2回目の時、ルザインの一部が絶望的な死を遂げてしまったのです……分かりますか?」

 絶望的な死? その絶望的とは一体どのような意味なのだろう。呪いをかけられ、破滅神を倒したのにも関わらず死んでしまうという意味の絶望なのか、はたまた味方に裏切られたのか……あるいはどちらか。

 その『絶望的な死』について聞こうと思ったのだが、あの神であるミアーラルが『絶望的』という表現をしたのだ。やはり心苦しいのか少し躊躇っていた。なので悠真はミアーラルが口を開くのを待つという選択肢を選んだ。

「……心が弱い者に破滅神の魔の手が入り込み、心身共に乗っ取られ、破滅神の魂を埋め込まれたのです。破滅神本体をいくら倒してもルザインの約半分以上に埋め込まれた魂のせいで何度も復活しました。そして、ルザインは味方を殺める選択肢を取りました。中には自決する者、魂を埋め込まれていない者を襲う者もいました。ですが自分が死なないと世界は救えないと分かり、涙ながらに命を絶ちました。中には永遠の愛を誓った者もいて……」

 よほど破滅神が恨めしいのかミアーラルは服がシワになるほど強く握りしめ、下唇を噛んでいた。喜怒哀楽の化身たちもその事を思い出したのか胸糞悪くしていた。

 破滅神。人の心に入り込み心身共に乗っ取り自分の魂を埋め込む……なんとも卑劣で『利発』な作戦を取ったのだろう。別に破滅神を褒めるわけではない。ただ名前に反して『頭の良い』選択で、『確実性』のある手口だと思っただけである。

 自分を殺すためにルザインは強制的に今まで苦難を共にした味方を殺すという選択を余儀なくされる。そうすれば倒すために必ずしもルザインは減っていく。そうすれば破滅神側の勝率はグンと跳ね上がるのだ。

 そしてルザインを精神的にも追い込めるし、運が良ければ自分が手をくださなくてもほぼ全滅状態になる可能性もあるため、すごく効率的で自然と敵が減る嫌らしくも素晴らしい作戦だと言えるだろう。

「そのため、私たち聖を司る10の神々、総称『聖十神(アドマラス)』は考えました。『100階層あっても強者だけ心や精神が強くなる』と。なので私たちは100階層の塔を崩し、『試練』という形にしました。まぁ、1つの塔だけ100階層のままですが……」
「なるほど……って、ちょっと待ってください。神の塔が一部を除いて100階層ではないのは分かりました。ですがこの森の入口辺りにある神の塔の扉の意味はなんなんですか?」

 そう、悠真な話を聞いてる中で1番疑問に思った点である。もしそうなら扉の存在価値がなくなってしまう。結果的にこの場所へ辿り着けばいいのだから扉なんてあってもなくても変わらないのだ。

「私がルミアと名乗っていた時、悠真さんにこう言いました。『時には疑い、別の答えを導く必要がある』と。あの扉は神の塔への入口ですが正確に言えば仕切りみたいな役割をしているだけです。なので『時には疑い、別の答えを導く必要がある』と聞いて「扉の向こう側が神の塔内部なのでは?」と思わせたかったのですが……どうやら気にしないで進んできたようですね」

 そういうことか。ミアーラルさんが『時には疑い、別の答えを導く必要がある』とか言ったからなんだろうって思ったけど扉のことだったのか。まぁ途中から神の塔のことすら忘れてたからどうでもよかったんだけどね。

「ですが神の塔の場所は昔から変わっていません。なので国に近いものもあればどこの国からも近くない土地にある神の塔も存在します。きっとルザインとしてこの世界に来た悠真さんたちがやる気を失わないように不安要素を減らしていたのでしょう。「国の近くなら疲れなくていい」と、少しでも気を楽にさせたかったのでしょうね」

 なるほど、確かに異世界に呼んでいきなり「助けてください。世界がピンチです。救うために神の塔を攻略してください。神の塔は遠くにあるので頑張ってください」なんて言われたらやる気はなくなる。だからエルナさんは『国の近くに神の塔はある』なんて嘘を言ったということか。

 まぁ国から近い神の塔もあるらしいから一概に騙したとは言えないが……とりあえず悠真は深く考えるべきではないと判断して考えるのをやめた。

「あっ、すいません。つい話が長くなってしまいました。では……試練突破おめでとうございます。これが親交神ミアーラルの塔の鍵です」

 ミアーラルは目をつぶり胸の前で手を組んで祈りを捧げるようなポーズをとる。するとその手が優しい光を帯び始める。そして急にミアーラルの髪の毛が風が吹いた時のようにブワッと舞い上がる。

 そのまま舞い上がった髪は重力に倣ってゆっくりと降りてくる。すると悠真とレナの前に光り輝く小さなピンポン玉のような球体が現れる。その球体の下に手を出すとポトリと落ち、手の中に染みるように消えていった。

「ふぅ、これで鍵は授けました。お疲れさまです」

 丁寧にミアーラルが手を足の上に乗せてゆっくりとお辞儀をする。それと同時に喜怒哀楽の化身も各々頭を下げだした。アルグレートだけシュールで笑いそうになったがここは我慢しよう。

「ありがとうございます。では早速ですが次の神の塔を目指すため別の国へと行きたいと思います」
「そうですか。ならグランデスタから反対方向に徒歩で5日ほどで別の国が見えますのでそこを目指すといいでしょう。あと、これは些細な物ですが」

 ゆっくりと腰を上げながらお礼を言うと、次の目的地への方角をミアーラルは教えてくれた。それと同時に悠真はミアーラルから白い剣を受け取った。

 どうやらアルグレートとの戦闘で剣が折れたのを知っていたらしく、お詫びとしてレナと同じ材料でできた白鉄の剣を譲ってくれるのだという。最初はさすがにそこまではと思ったのだが頑なに押し付けてくるので渋々ながらも受け取ることにした。

 見た目は短剣より長めで、若干細い分軽くはなっているので黒鉄の短剣よりは振りやすかった。悠真は再びお礼を言い、後ろを向くといつの間にかこの場所へ来た時にあった扉が開かれていた。

 その扉の向こうは綺麗な色とりどりの花が咲き誇っており、赤と青の水晶が見えた。悠真が「ありがとうございました」と発言しようとすると急に胸元へフィルが飛んでくる。さすがに何度も転ぶわけにもいかないので足でしっかりと体を支え、フィルに向き直るとなにやら様子がおかしい。いつものフィルよりも雰囲気が暗い気がするのだ。

「ハルマお兄様……フィ、フィルも連れていってください!」

 体を震わせながら頬を紅潮させ、フィルは顔を上げた。その顔はどこか寂しげで、悲しそうにこちらを一心に見つめてきていた。

 すぐさま了承したかった。フィルと過ごした数日間はすごい楽しかったし、とても充実した。関係はただの人間とグローリアではなく、完全に家族のような関係になっていた。

 だが分かっていた。フィルを連れていけないことを。ここでお別れということを。フィルの後ろではミアーラルが声をかけようとしてレナが止めていた。やはりこれは自分の口で言うしかないのだ。

「フィルの気持ちは分かるよ。でもそれは無──」
「いやです! 一緒に行きたいです!」

 悠真が「無理だ」と言おうとすると聞きたくないと言わんばかり首を振って強く抱きしめてくる。そこまでされると連れていきたくなってしまう。だがそれはダメなのだ。フィルは母親と共に神使白竜の聖森を守る使命があるからだ。

 それなのに。そんなことは分かっているのに。心臓を握られるような痛みが悠真を襲う。離れたくない、離したくない。でも離さなければならない。分かっていても、フィルが可愛くて、愛おしくてたまらない。そんな悠真に気付いたのかレナもミアーラルも少し暗い表情になっていた。

「フィル、ハルマお兄様のためならなんだってやります! 料理だって、掃除だって、戦闘だって……だから、だから……!」
「フィル……」

 ついにフィルは泣き出してしまった。すすり泣くような声で、ただ悠真の胸に抱きついて泣いている。服に涙が染み込み、消えていく。今フィルに触れてしまえば崩れてしまうのではないかと思ってしまうほどフィルは弱々しく泣いていた。

 フィルにだって理解していた。悠真に付いていくのはダメだと。付いていくのは無理だと。でもフィルにとって、兄であり父のようである悠真から離れたくなかった。ガスの中から救ってくれ、いつでもそばにいて、時に厳しく、時に優しく。そんな悠真がフィルは大好きだった。

 人間の姿に慣れたのも悠真が好きで話したい、謝りたいという気持ちが溢れてグローリアから人間になれた。それほどフィルにとって悠真は掛け替えのない大切な人なのだ。


「ごめん、フィル。それはできないんだ……」
「っ! ど、どうしてですか……? フィル、ハルマお兄様のことが……こんなにも……こんなにも…………」

 「好きなのに」と言おうとした瞬間、悠真が優しくフィルを抱き寄せていた。急な出来事にビックリするフィルだったが、ある異変に気付いた。自分を抱き寄せてくれている悠真の手が小さく震えているということに。

「僕は……フィルと離れたくない。でもダメなんだ。ミアーラルさんの後を継ぐのはフィルだ。この森を守るのはフィルになるんだ。だから、いつまでも甘えちゃダメなんだ。立派な竜になって、ミアーラルさんの後を継ぐのはフィルなんだ。僕はそんなフィルを無事に守り通す力もなければ自信もない。こればかりはどうしようもならないんだ」

 優しく頭を撫でる悠真。フィルの髪はとてもツヤツヤで滑らかで、手櫛が通りやすかった。大きくなったフィルの頭を撫でるのは気が引けていたが、これでもまだフィルは3歳。心は出来上がってもまだ甘えたい時期なのだ。

 甘やかしたい気持ちはある。でもそれはダメだ。フィルのためにならないし、なにより自分のためにならない。自分はフィルをここまで導くという『役目』を終えた。なら次はフィルがこの森を守るという『役目』を任されるのだ。

「僕のローブ、フィルに預けるよ。だからもし破滅神を倒したらフィルに会いに行く。それが何日後か、いや……何年後か分からない。でも絶対にフィルを迎えにいくから……!」

 感極まって少し強く抱きしめてしまう。だがフィルはそれ以上に強く抱きしめ、顔を上げてくれる。

「……はい。分かりました……フィル、ハルマお兄様を……いえ、ハルマお兄様とレナお姉様を信じてます! 絶対に帰ってくるって!」

 すでにフィルは悠真から離れていた。身にまとってるフードを見てコクリと頷き、涙を拭いて弾けるような笑顔を見せてきた。

 レナがミアーラルに微笑みかけると、それを真似するようにミアーラルも優しく微笑み返す。そしてレナとフィルの話が暫く続き、別れの準備を終えた。

『ワッハッハ! 頑張るんじゃぞ!』
『頑張るにゃ、信じてるにゃ!』
『ぜひ、破滅神を倒し終わったら武勇伝を聞かせてくれないかっ!』

 シュルートスとリュリーナとルルータが悠真たちに激励する。それを気に入らなそうに見ていたアルグレートだが、ボソッと『頑張れよ』と言っていたのは聞き逃さなかった。



「では、皆さん。また会える日まで!」
「ありがとうございました」

 涙が出そうになったので我慢をし、悠真は扉を潜って外へ出る。その後を追うようにレナが丁寧に深々とお辞儀をして悠真の後を追う。二人が扉を出る頃には太陽が姿を現し、フィルたちの大きな影を作っていた。

「ハルマお兄様……いつか、この想いを伝えます」

 胸の前に手を置き、目をつぶってフィルは静かに呟いていた。そんなフィルからは先ほどの暗い雰囲気は消え、すっかりいつもの明るいの雰囲気へと戻っていた。



 こうして悠真は様々な出会いと別れを終え、一つ目の神の塔の鍵を入手し、次の国、そして次の神の塔へと赴くのであった──


















──────── 第2部 完 ────────






























如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ 威嚇

PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ

US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力

SS→殺奪



レナ(■■■)

NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ ■■■■Ⅲ ■■■■Ⅲ

US→■影 ■■

SS→■■■
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