生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第2章

喜怒哀楽

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 『ルミア』という名に実は少しばかり疑問を抱いていた。目の前の彼女──ルミアは自己紹介の時に少しだけ躊躇う様子を見せた。それはあまりにも不自然だと思わないだろうか。

 確かにあの時は自分から名乗ってルミアの名を聞いたのだが、ルミアはなにか隠してる様子もなければ疚しいことを考えている様子もなかった。まず見ず知らずの人を自分の住む小屋に招くあたり警戒心はほぼないと考えられる。

 そうなれば指名手配犯のように名前を明かすことがまずいなら理由として筋は通っているが、ルミアのような人が名を隠す意味がないのだ。

 だがその理由は分かった。なぜルミアは自分の本名ではなく偽名を使ったのか。それは自分が『親交神』と呼ばれるミアーラルのため。そして親交神を説明してしまったため無理矢理でも隠す必要があった。

 その結果出てきた名前は『ルミア』である。ミアーラルを少しもじればルミアになるという実に安直で単純な名前だった。

 ならなぜ悠真はその時点で気付けなかったのか? 理由は簡単、目の前にいる女性が神であるという思考に辿り着かないからだ。そして偽名を使ったミアーラルにも考えはある。

 ミアーラルの説明をして、自分が「実はそのミアーラルって私なのよね」と言って信じる者はいるだろうか? 少なくとも、悠真は「まさか」と苦笑いしながら疑ったはず。

 それらを考え、ミアーラルは偽名を使ったという結論に辿り着ける。だが、問題はなぜルミアであるミアーラルが悠真の前に現れたのか。そこだけが心残りであったのだ。

「ふふ、さすがに困惑するのは当然です。とりあえずこちらへ来て落ち着きましょう。悠真さんにレナさん。そして我が子であるフィル」

 ミアーラルの言葉にまず最初に反応するのはフィルだ。表情から察するに自分の母親がまさか神だとは思いもしなかったのだろう。だがそんなフィルもすぐに子供のような表情になってミアーラルの元へ駆け寄った。

「お母様なのですね!? 会いたかったです!」
「ふふ、見ない間に立派になって……これも悠真さんとレナさんのおかげかしら」

 お淑やかに微笑みかけてくるミアーラルに見つめられ、つい目を逸らしてしまう。目は少し似ていないもののフィルとミアーラルは完全に母と子──いや、どちらも若いのでどうしても姉妹に見えてしまう。

 だがフィルの笑顔はいつもよりも可愛らしく弾けていた。そんな母と子の姿はとても微笑ましいのだが、それとは別に心臓を強く握られたような痛みが悠真を襲う。

 その正体は不明。スキルでも魔法でもないのは確かだ。ここに来て病気にかかったとも思ったのだがそれもないだろう。だって悠真の体には未だに全治の果実の恩恵が残っているため、病気にかかることがまず有り得ないのだ。

 ならなぜだろう。そんな考えを張り巡らせているとレナの声でふと意識が現実に戻る。ミアーラルの言葉を思い出し、悠真とレナはミアーラルの元へ歩み寄り、フカフカな草の上で腰を下ろすことにした。

「お疲れ様です悠真さん。あともう少しで神の塔は終わりです。頑張ってくださいね」
「はい、頑張り──って、え? 今、神の塔って言いました……?」

 悠真が唖然として聞くと、ミアーラルは「なんでそんな顔してるの?」と言いたげな顔をして「そうですよ?」と答える。レナにアイコンタクトをしてもどうやら知らなかったようだ。

 でも神の塔への扉は潜っていない。それにエルナが教えてくれたことを思い出すと神の塔は100階層まであるはず。悠真たちは神の塔に触れてもなければ全く関わっていないはずなのだ。

 しかしミアーラルは別に悠真を騙そうとはしておらず、逆に悠真の焦りを見てフィルと顔を見合わせていた。一体どういうことなのだろう。

「えーと……神の塔って100階層もあるんですよね? なのになんでもうすぐ終わりになるんですか?」
「100階層……ですか。なるほど、人間達の中ではまだ古い情報が伝わっているようですね」

 古い情報が伝わっている? つまりエルナが城で教えてくれたことには語弊があるということなのだろうか。

「まぁ、話は長くなりそうですね。その前に私のを終えて破滅神の住処──魔界への鍵を入手してもらいましょうか」

 ちょっと待ってほしい。情報量が多くて情報の処理が追いつかない。まず神の塔が終わりということはすでに今いる場所は神の塔ということだ。だが悠真たちは扉は見つけたものの扉を開けて入った覚えはない。なのになぜ神の塔攻略目前まで来ているのだろう。

 それだけではない。今まで100階層のダンジョンに緊張していたがまさかの『古い情報』と今日判明した。ということは他の神の塔も100階層では無くなっているのだろうか。

 そして破滅神を倒すために神の塔を回るのは知っていた。だが魔界へ行くとは一言も聞いていない。もしかしてこれはエルナがこの世界に来た自分たちに不安要素を知らせないために隠していたのか?

 だが、そんな悠真の思考もミアーラルによってかき消される。

神使白竜グローリアの聖森を守る『喜怒哀楽』の化身よ。今ここに──来たれ!」

 ミアーラルが立ち上がり、背中から美しい純白の翼を生やして空を舞う。そのまま天高く登っていき、月と合わさるととんでもない後光が悠真たちの視界を封じる。

 そしてミアーラルが翼を羽ばたかせて降りてくる頃には後ろに4匹のモンスターが姿を現していた。

 左から黄、赤、青、緑の順に並んでいる。その色は森の中にあった石碑の色と同じであり、それと同時にあの石碑には森を守る化身が眠っていたということが明らかになった。

「まずは喜の化身、喜悦蛇きえつじゃの『シュルートス』」
『ワッハッハ! まさか生きている間にまた呼ばれるとは思わなかったぞ!』

 シュルートスと呼ばれるモンスターは喜悦蛇と言われるだけあって蛇であった。全長はとぐろを巻いているため分からないがそれでも悠真の身長の2倍以上はあった。体の太さはブナの木の丸太よりも太く、色は鮮やかな黄色。

 クリクリとした小さい目をしており、大きな口から赤い舌を出して「ワッハッハ!」と豪快に笑っていた。瞼の上には白いタレ眉毛のような模様があり、無表情でも笑っているように見える。

「次に怒の化身、怒気狐どきこの『アルグレート』」
『貴様は……久しいな、人間よ。忘れたとは言わせんぞ』

 忘れるはずがない。アルグレートと呼ばれる赤い狐は過去に1回だけ会っている。赤い石碑に触れた後に姿を現し、邪気のある魔力だの森を破壊するのかだの失礼なことを言ってきたモンスターだ。

 まさか再び会うとは思っていなかった悠真は若干後ずさりしてしまう。だがアルグレートに睨みつけられ闘争心が駆り立てられたのか、一歩前進して強く睨み返してやった。

「ふふ、まだ早いですよ。次に哀の化身、哀憐猫あいれんねこの『リュリーナ』」
『にゃふふ、ミアちゃんが呼んだと思いきや……めんどくさいにゃあ~……』

 ミアーラルの後ろで大きなあくびをして寝転がるのはリュリーナと呼ばれるモンスター。見た目は猫なのだが、大きさはやはり規格外で虎以上に大きい。だがほっそりしており、体毛も深い青色なので周りと比べて極めて小さく見える。

 尻尾は三本生えており、見通されるような青い瞳が悠真を見捉える。だが期待に添えなかったのか「またかにゃあ」と言って目をつぶって居眠りしてしまった。

「そして楽の化身、極楽鳥ごくらくちょうの『ルルータ』」
『ふむ、実に興味深い。こんな短期間に会えるなど今までにあっただろうかっ』

 意味あるの? と聞きたくなるほど小さな丸眼鏡を付けてクイッと上にあげて決めポーズを取るのはルルータと呼ばれるふくろうのモンスター。他の化身と違って人間らしく振舞っており、背筋をピンとして立っていた。

 やはり元の動物がふくろうのせいなのか先程から首をすごい角度まで回転させたり曲げたりしていた。右手には何やら分厚い本が握られており、服装がタキシードという1匹だけ浮いたモンスターであった。

「そして最後に……聖の化身であり親交神ミアーラルであり、そして神使白竜グローリアの生みの親、竜神族の『ミアーラル』です」

 翼しか生えてなかったミアーラルの腰あたりから白く鋭い尻尾が伸び、頭にフィルに似た竜耳をぴょこんと出してきた。その姿は竜神族に相応しいものだ。

 そして、喜怒哀楽の化身よりも体は小さいのだがこちらの肌がピリピリするほど強い魔力を絶え間なく発し続けている。その迫力と威厳はまさに『神』であった。

「これから、悠真さんとレナさんが鍵を得るに値する力を持っているか、見定めさせてもらいますよ」
「……分かりました。受けて立ちますよ」

 心の中は恐怖しかない。だが神に挑めるという普通に生きていれば体験するはずのない未知の体験に興味がないのは嘘になる。悠真はぎこちないながらも無理矢理笑顔を作り、レナの方へ向き返した。

 普段クールなレナの表情もさすがにこの状況下では焦りが見えていた。だがどことなくやる気に満ち溢れているように見えるのは気のせいではないはずだ。


「ではまず……みんなで食事をしましょう」
「「「「……え?」」」」

 悠真やレナだけでなく、フィルや化身の皆が一斉に声を合わせた瞬間であった。



─────────────



『ワッハッハ! 愉快愉快! 久しぶりの宴会じゃあ~!』
『黙れシュルートス! 酒が不味くなるだろう!?』
『2人ともうるさいにゃ、1回死んできにゃさい』

 なぜこうなったのだろう。確かにミアーラルは『みんなで食事をしよう』と言った。だがここまで絡まれるのは想定外である。つい先程もテンションが上がったシュルートスに巻き付かれ、窒息しかけたし、今もルルータに質問攻めにあっていた。

 得意なこと、苦手なこと、好きな食べ物に嫌いな食べ物、好きな女性のタイプや体の場所など正直質問の意味が分からなかった。だがルルータ曰く『知らぬことは恥、知ってて損はない』とのこと。確かにその通りなのだがこれは明らかに知らなくていい情報である。

 レナも隣で質問攻めにあって苦笑いを浮かべつつも丁寧に答えていた。真面目なのはいいのだが『体を洗う順番』は答えなくてもいいと思うぞ。それ、完璧ルルータの趣味だから。

「ハルマお兄様、おかわりはいかがですか?」
「あ、ありがとう……じゃあ貰おうかな」

 フィルがコップに注いでくれるのはシュルートスが作って長年寝かせていたというアルコールの入っていない果実酒だ。長年ではなく何百年の間違いではないかと聞きたかったが世の中には知らぬが仏という言葉がある。

 悠真は気にせずトロトロのしつこすぎない甘さの果実酒を半分ほど腹に流し込んだ。

「ちょっとルルータ。質問攻めはあれほどやめなさいと言ったでしょ?」
『いやミアーラルよ、知らぬことは恥になる。私は間違えたことをしていないはずだが?』
「あらそう、じゃあ焼き鳥になる?」

 微笑みながらもどこか目の奥は笑っていなかった。ルルータはビビってしまったのか『読んでいない書物があったな』と冷や汗をかきながら少し遠くで離れて本を読み始めた。

 そんなルルータを見てため息を吐きつつも頭を下げてくるミアーラル。さすがにしつこかったが謝られるほどではない。あんなモンスターよりも一方的に喋り続ける何とか会会長の──忘れたがそんな男もいるのだ。ルルータなんて可愛いもんである。

「フィルの件、ありがとうございました。まさか密猟者に襲われるなんて予期せぬ自体でしたので……」
「いえいえ、あれが普通のことですよ。むしろ感謝するのはこちらの方です。ミアーラルさんとフィルがいなければレナの喉は治りませんでしたし……それよりも、ミアーラルさんもフィルって呼ぶんですね」

 その後、ミアーラルからフィル──グローリアについての話を聞いたのだが、どうやら1人前になったグローリアは自分で名前を決めるらしい。フィルは自分をフィルと呼んでいるので、ミアーラルもフィルと呼んでいるとのこと。

 過去にも人間に名前を付けられたグローリアがいたそうだがその名前が気に入らなかったのか自分で新たな名を生んだらしい。だがフィルは気に入っているので名前が変わる可能性は0に近いらしい。

「それよりも驚いたのは1人前になってないフィルが竜神族と同じように人間の姿になったことですね。フィルにはグローリアの上位種、竜神族になる力があるのかもしれませんね。まぁ、竜神族になる条件は満たしておりますし時間の問題でしょう」

 竜神族は神使白竜グローリアの上位種だったのか。つまりミアーラルも過去にランデスタの花を咲かせる儀式をしたということになる。

 それよりも気になるのが竜神族になる条件である。そんな悠真の思考を読んだのかミアーラルは悠真が聞く前にその条件の内容を答えてくれた。

「1つ、1人前であること。2つ、一定数以上の魔力を持っていること。3つ、恋をしていることですね」
「こ、恋?」

「えぇ、だってフィルは恋をしてますもの。恋をしなければ若くして人間の姿になるなんて不可能。その相手は──」
「お、お、お母様!? やめてください!」

 名をだそうとするミアーラルに飛びついて制すフィル。なんて和気藹々とした家族なのだろうか。それよりもそのフィルが恋をした相手が気になる。フィルに聞いても答えてくれないしレナに知ってるかと聞いたら「分からないです」と濁されてしまった。

 恋バナなんて経験したことがないため誰が好きとか分からない。これでアルグレートが好きとか言ったら許しませんよ僕は。


 そのまま食事と称した宴が1時間ほど続き、広大に広がる草原が笑いに包まれたのであった。






















如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ 威嚇

PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ

US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力

SS→殺奪



レナ

NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ

US→NO SKILL

SS→NO SKILL
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