生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第2章

変化

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 フィルのおかげでランデスタの花が咲き、全治の果実が姿を現す。その全治の果実を食べたレナの喉は再生し、異常もなく普通に喋れるようになった。

 それを見た悠真が全治の果実を『半魔眼はんまがん』で詳細を確認したところ、やはり全治の果実はとんでもない再生能力を持っていることが分かった。しかしなぜ花の中心にこのような果実が生成されるのかまでは解明することはできなかった。

 そして今、悠真は大量に余っている全治の果実を丁寧に採取しては手のひらに集めていた。


 イエローホーネットに突き刺され、ドロックモンキーに殴られ、ルーフに斬られる。この傷は全て回復薬で治してはいるものの、やはり痛々しい傷跡が体中に残っている。

 別に命に別状があるわけでもなければ傷跡が嫌なわけでもない。ただ単純に治せるなら治せる内に治しておきたかっただけなのだ。

「潰れないようにそーっと……よし、あとは潰すだけだ」

 肩や横腹、胸など順々に傷がある場所で全治の果実を贅沢に潰していく。こんなに使っても大丈夫なのかと最初は不安になったのだが、これだけ使用しても全治の果実は軽く100近くあるし、フィルも使ってくれと言わんばかり悠真の元へ口で運んでくる。

 特別拒否する理由もないので使用用途を考え、結果的に傷跡を治すという選択を選んだのであった。

「これで全部かな? レナ、背中とかまだ傷とか残ってない?」
「は、はい。大丈夫ですが……」

 少し気まずく答えるレナを不審に思った悠真はレナの方へ向いて「どうしたの?」と聞く。するとレナは手で目を覆って後ろへ向いてしまった。

 多分恥ずかしいだけなのだと思うのだが、そんな反応をされると少し複雑な気分にはなってしまう。だが今の悠真の体はムキムキ……とまではいかないものの、日本に居た頃とは比べ物にならなかった。

 悠真は少し痩せてる中肉中背体型だったが、やはり運動をしていないため腹筋はなく、力こぶなんて盛り上がらなかった。しかし今の悠真はうっすらだが綺麗なシックスパックが出来上がり、腕や足には力を入れなくても筋肉が浮き出るようにまでなった。

 これも異世界に来たおかげだろう。ルザインの中で1番冒険し、1番戦い、1番苦悩を味わったのは悠真だ。逆に筋肉が付かなかったらおかしな話である。

『フュー! フュー!!』
「ん? ちょ、ちょっと待って。ランデスタの花をいきなり押し付けないで!」

 治療が終わったので立ち上がろうとするとフィルがランデスタの花を口にくわえて悠真の顔へグイグイと押し付けてくる。最初はその奇行に疑問を抱いたが、「食べてほしいの?」と聞くとフィルは1回だけ鳴いて応えた。

 確かに全治の果実を食べたのはレナとフィルだけだ。しかしそれは各々目的があったためである。

 大した怪我もしてない。食べるという目的もない自分がこんな貴重な物を無意味に食べてしまってもいいのかとまた新たな疑問が生まれたが、そんな悠真をつゆ知らずフィルはランデスタの花をこれでもかと押し付けてくる。

 やがて面倒くさくなり、考えることを放棄した悠真は素直にフィルに従う。そして潰れないように花びらを抜き、悠真は口の中に飴を入れる容量で全治の果実を放り込んだ。


「っ!?」

 口に入れた瞬間に走る衝撃。全治の果実は口の中に入った瞬間口内の温度で実を包む薄皮が溶け、口全体に少量だが弾けるように果汁が広がっていく。

 そして次に来たのは甘味と旨味。味はリンゴやブドウ、ミカンやキウイなどといったスッキリする味なのだが、砂糖並に甘味が強い。だがそんな砂糖並の甘味に嫌悪感は覚えるわけでもなく、逆に心地よい甘味だと感じてしまうくらいだ。

 味わっている内に息を吸うのを忘れ、口で外の空気を吸い込むと中の果汁が空気に反応して液体から気体に変化する。その気体を飲み込むと食道を通り胃の中に広がる。

 だがそれで終わりではなかった。腹の奥底がポカポカと暖かくなり、体中に血と共に巡っていく。魔力も活性化され、体に残った疲れという疲れがスッと抜けていった。

「これが全治の果実の力……? 想像以上……いや、想像なんて出来るはずのない凄さだ」

 ついもう一つ食べたいという衝動に駆られ、次の実へと手を伸ばしてしまう。これはいけない、この感覚は癖になってしまう。まるで一種の中毒みたいなものである。


 結局、その日はもう4個ほど欲望に負けて食べてしまい、悠真とレナとフィルはいつの間にか身を寄せあって和やかな夜風に撫でられながら睡眠を取り始めた。



────────────────



「んー…………ふぅ、あれ? いつの間に寝てたんだろう」

 太陽が登り、森全体が照らされる中悠真は目を覚ます。時間的には9時頃だろう。すでに鳥たちは伸び伸びと空を飛び回っていた。

 目を擦りながら体を起こすとすでにレナは起きて朝食の準備をしており、隣ではフィルが悠真を囲うように体を丸めてスースーと寝息を立てながら夢の中で遊んでいた。

「おはようございます、ハルマさま」
「う、うん。おはようレナ」

 そうだった、昨日レナの喉が治ったからこういう会話をすることができるようになったのか。ていうかこの状況すごい幸せじゃない? 気持ちよく目覚めて美少女に「おはようございます」なんて言われるとかどこのギャルゲーだよ。


 まだ脳が目覚めきっていない悠真はどうでもいいことを考えていた。数秒後、自分が何を考えたのかやっと整理がつき、「何考えてんだ僕は」と頭を押さえながら冷静になる。

 しかしそんな悠真だったがレナの作る料理の匂いに鼻腔がくすぐられ、パッと目が覚める。遠足のように地面に敷物を敷いてレナが料理を置いていく。どうやらフィルの分も作ったらしく、一際大きな皿にこんもりと美味しそうな料理が盛られていた。

「おーいフィルー? 朝だぞー、美味しいご飯もあるぞー」

 フィルに呼びかけるが反応はなし。未だに手足を動かしたり口を大きく開けている。きっと夢の中で気持ちよく野原を駆け回っているのだろう。

 だがそんなのはどうでもいい、今は飯の時間だ。フィルには悪いが強引に起こさせてもらう。

「ほらフィル。起きろー! ご飯だぞー!」
『…………フュー』

 反応はあったがただの寝言である。別に寝かしてあげてもいいのだがそれでは生活リズムが狂ってしまう。そしていつかは自堕落な生活を送るハメになるのでモンスターのフィルには可哀想だが将来のために起きてもらわないといけないのだ。

「よーし、そっちがその気なら……!」

 悠真は袖をたくし上げ、指をワキワキと動かす。

 如月家直伝『こちょこちょの刑』である。悠真の家──如月家では主に父親が受けていたが寝坊をすると母親から3分ほどこちょこちょを執拗に受け続けるのである。

 一瞬で目覚めるので3分もしなくてもいいのでは? と悠真が過去に母親へ疑問をぶつけたのだが、悠真母曰く「3分もすれば二度寝なんかしないでしょ」とのこと。

 確かにその通りなのだがそのせいで朝から父親がゲッソリしてるのは説明する必要もないだろう。

「よし……くらえ!」

 首から始まり脇、腹、背中、太股、足の裏へと悠真のくすぐり攻撃がフィルの体を襲う。だがこの攻撃は人間には通じるがモンスターには通じないらしく、フィルは悠真の手をぺいっと跳ね除けて寝返りをうってしまった。

「ハルマさま、先にご飯を食べませんか?」
「……そうするよ」

 効かなかったことが若干だがショックだった悠真は少し意気消沈したが、レナの作ったご飯を食べることで一気に元通りになった。



 結局食べ終わって冒険の準備を終えてもフィルは目覚めることなく呑気に寝息を立てていた。そんな姿にレナは苦笑いを浮かべ、悠真は少しばかり苛立ちを覚えていた。

「おーい、フィル。いい加減起きろー」
『…………』

 返答はなし。それどころか腹を空へ向けて大きくあくびをしていた。

「はぁ……さすがに怒るぞー?」
『……』

 これでも返答はなし。すでに悠真の足はこの場へ来た洞窟の入口に伸びており、すぐに冒険へ行ける用意はできていた。だがそれを邪魔するフィル。そんな怠けたフィルについに怒りを覚えた悠真は冗談交じりだがよく全世界の母親が子供に使用するあのを使うことにした。


「そうかそうか。フィルはもう十分に生きていける力があるもんな。じゃあここでお別れだ……僕はフィルを置いてくからな? バイバイ」

 そう、必殺の『置いていく作戦』である。子供が母親に店で物を強請って言うことを聞かない時。子供がゲームコーナーに行ってゲームがしたいと帰ろうとしない時。そんな時によく母親がよく使う言葉「置いていくからね!」である。

 この「置いていくからね!」はとても威力が強く、まだ幼い子供に絶望感と喪失感を与え、同時に家に帰るまでの道のりが分からない子供に孤独感を与える最強の必殺技なのだ。

 寂しがり屋で甘えん坊な子供には効果覿面の必殺技。どうやらこれは異種族のフィルにも効果覿面だったようだ。

 いや、どうやら効果覿面ではなく『効果抜群』だったらしい。


「ごめんなさーい!」
「うわっ! 痛ぇ!?」

 さっきまで竜の姿だったはずのフィルはいつの間にか人間の姿になって悠真に抱きついてきた。そしてそんなこと予想もしてなかった悠真は硬い地面に後頭部を直撃させて頭を押さえていた。

 人間の姿になってもモンスターの時のようにすぐ抱きついてくるフィル。そんなフィルを悠真がどかそうと手を伸ばすとムニッとした感触が手に伝わる。

 そう、『ムニッ』である。


「ハ、ハルマお兄様……えっちです……」
「は? いや、え……?」

 誰ですか。このブロンドヘアーでスタイル抜群の超絶美人は。

 今悠真の体の上に乗ってるのは黒髪黒目のツインテールで幼児体型のフィルではなく、腰の上辺りまで伸びたブロンドヘアーの長髪で、目は黄色く竜耳もある。

 それまではいい。それは黒い体毛から白い体毛に変化したから納得はできる。だが理解できないのは体の発達である。

 身長はレナ並……悠真から頭1個分低く、キュッと細いクビレにむっちりとした太い太股。そして指がくい込んで沈み、見えなくなってしまうほどの胸。この変化は一体なんなのだろうか。

 それに語尾に『なの!』と付けていた子供らしいフィルが語尾に『です』を……しかもお兄ちゃん呼びからお兄様に変わっている。

 前のフィルが14歳なら今のフィルはレナと同い年の16歳ほど。いや、もしかしたら悠真の一個上の18歳辺りかもしれない。

「えっ……? フィ、フィルだよね? なんでそんな成長して……?」
「と、とりあえずハルマお兄様。こういうのは時と場所を弁えてくださればいくらでも大丈夫ですので今は……」

 ぽっと頬を赤らめるフィル。そう、今の今まで悠真の右手はフィルの豊かな双丘の片方へ沈んでいたのだ。

 悠真は「ご、ごめん!」と焦りながら手を引く。その時何かに触れたのかフィルが「んっ」と小さく妖美な声を上げるが僕は何も聞いてない。レナがすごい目で見てきてるけど何も聞いてないし何もしてない。

 とりあえず状況を整理しよう。まずフィルが人間の姿になる時の共通点は『寂しい』や『悪かった』などといった感情を抱いた時である。寂しいから喋って呼びたい。悪い事をしたから喋って謝りたい。そんな気持ちを抱くとフィルは人間の姿へ変身する。

 そして今回も困らせたことに対して悪いと思ったのか置いていかれるのが嫌だったのかは不明だが再び人間の姿に変身することができた。

 それまではいい。ならなぜ急成長しているのだろうか。

 黒かった頃のフィルは正直赤ちゃんのようだった。そのためあのような子供っぽい姿になるのは納得がいく。ならなんで今はこんな色気たっぷりのお姉さんのような姿になったのか。

 確かにフィルは大きくなった。色も変わり大きさも何倍にも大きくなった。なので髪の色がブロンドになるのは分かる。目の色も黄色になるのも実際モンスターの頃のフィルの目が黄色く変化していたから分かる。

 だが問題なのは体の異常成長である。

 言葉も丁寧になり、胸を揉まれて羞恥心を覚える。黒かった頃のフィルは全裸でも気にしてなかったし敬語なんてなにそれ状態だった。本能のままに生きてる子供の時と違って今のフィルはレナを見て『時と場所を弁えれば』などと発言した。

 そして1番不思議なのは内面──心や思考の変化である。

 例えばこのような外見になっても生きてきた時間は変わるはずがないので「ハルマお兄ちゃん大好きなのー!」と抱きついてくる可能性もある。考えようによればそっちの方が凶悪なのだが今のフィルの思考は悠真と同等レベルだ。

 いくら大きくなったといえど内面の発達は時間をかけて成長するものなので明らかにおかしいのだ。


「……どういうことなんだ?」
「これに関してはフィルもよく分かりません。しかし前の姿の記憶はしっかりと残っていますよ? あぁ、なんて恥ずかしい……」

 どうやらフィル自身も自分に起きたことが理解していないらしい。



 悠真の中でまた一つ大きな疑問が生まれた瞬間であった。

























如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ 威嚇

PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ

US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力

SS→殺奪



レナ

NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ

US→NO SKILL

SS→NO SKILL
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