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第2章
全治の果実
しおりを挟む『美しい』や『綺麗』といった見たものの表現方法は多様に存在する。
明媚、美麗、秀麗、絶佳、婉美……人によって様々な表現があると思うが、本当に美しいものを目の当たりにした時、どう感じるのか。
ただ美しいと感じるか。それとも広がる地平線の果てまで見入ってしまうか。
否、本当に美しいものを見た時、人間は何も考えられなくなり、目の前に広がる風景や情景に見蕩れてしまう。
まさに悠真とレナ、そしてフィルはその状態にある。太陽が沈み、日が暮れ始めてもただ目の前に広がる絶景をただ一心に見つめ続け、太陽が沈むことでまた目新しく変わる世界に心を奪われる。
それほどランデスタの花が自生している場から見る神使白竜の聖森の景色は素晴らしいのだ。
「太陽、沈んじゃった」
フィルが寂しいそうに呟くが、だが次は背の方から白く清らかな光が森全体を照らし始める。
そう、大満月の登場だ。悠真たちの立っている場所は山の頂上付近なので、前も後ろも月を邪魔する障害はない。つまり、ランデスタの花が咲くにはもってこいの場所というわけである。
「フィル、ランデスタの花は咲かせれそうか?」
「うん! フィルに任せてなの!」
胸をぽんと叩き意気込みを強くするフィル。すると急に背中が軽くなり、後ろで何か落ちたようにファサッと音が鳴る。その正体はローブだった。
いつの間にかフィルは人間の姿から前のように小さく可愛らしいモンスターの姿に変わっており、今は悠真の頭の上で座りながら空一面に広がる月に見蕩れるように見つめていた。
『フィー! フィー!!』
「よし! 頼んだぞ!」
そんな悠真の応援に応えるようにフィルが小さいながらも立派な黒い翼をバサッと音を鳴らせて伸ばし、パタパタと上下に動かし始め、そのままゆっくりと頭から飛び立ち、5メートルほど進んで悠真の方へ首を向けてきた。
その目はいつもの黒い瞳ではなく、遠くから見ても分かるほど輝く黄色。まさに、今から儀式が行われようとしていることが瞬時に悠真にも理解出来た。
[なにが始まるのでしょうか]
「さぁ……でも、フィルに任せるしか方法はない。儀式が終わるまでフィルを信じよう」
不安なのか、レナが悠真の隣に肩を寄せてくる。それは自分も同じ気持ちだ。しかしランデスタの花を咲かせる特別な条件の意味を理解しているのはフィルだけである。
ならフィルに任せるのが1番安全で効率的なのだ。
『フィー…………!』
急にフィルが空へ向けて口を開き、羽を横に大きく伸ばし始める。すると月が太陽のように輝き始め、悠真やレナやフィルだけでなく森どころか後方に見えるグランデスタの国すらも照らし出す。
それと同時に魔力ではない凄まじい力がピリピリと空気を伝って地上へ降り注ぐ。草木は舞い、鳥たちは目を覚まし、ホワイトガゥやブラックガゥ、その他モンスターたちの遠吠えが森の中に響き始める。
その迫力に悠真の全身は鳥肌が立っていた。味わったことのない光と力に自然と体が反応してしまっているのだ。
「ん? ランデスタの花の様子がおかしいぞ……?」
急に視界の端から柔らかな光が悠真たちの視線を奪っていく。そこには草木の舞う中、なんのもないようにランデスタの花が白く大きく肥ったつぼみを空へ向けていた。
すると突然、そのつぼみが月の放っている光よりかは弱いが、ランタンなどの火とは比べ物にならないほどの光を放ち始める。おそらくランデスタの花が咲く前触れなのだろう。
『フィー……!』
先ほどよりも大きな鳴き声をあげて空に口を開くフィル。しかし、空にいたフィルはいつものフィルではなく、あの漆黒の体毛や翼はすこしだけ黄色が入った白色に変化し始めていたのだ。
「あれがグローリアの本当の姿なのか……!」
さすが『神に使える白い竜』と言われるだけはある。その姿はとても神々しく、神秘的で、そして世界の闇を消し去る『神の使い』に相応しい威厳と美しさであった。
じわじわとフィルの色が変化していく。すでに上半身の半分以上は白く染まっており、あと数分もしないうちに全身が真っ白になりそうな勢いだ。
『フィー!』
3度目のフィルの鳴き声。だがそれは鳴き声と呼ぶのには相応しくないほどの大きさと迫力。今のはまさしく竜の咆哮と呼べるものだった。
空気は震え、響き、轟く。大地は揺れ、木は靡き、雲が裂ける。そんな周りの変化に気を取られているうちに、フィルの姿はいつの間にか真っ白に変わっていた。
ゾワッと身の毛がよだつ感覚。フィルの中にある少量の魔力が増加し、増大する。その光の魔力を例えるなら悠真が火球を1万発は余裕で打てるほど。いや、正確には10万発だろうか? それほどの魔力がフィルを包み、次第に口元へ集結していく。
『フィイィィイイィィイィ!!』
地上に轟く咆哮。それと同時に、フィルの口から大きな光の塊が1つ、夜空に向かって放たれていた。
その光の塊を形容するならば、まさしく二つ目の『月』であろう。
「二つの月が重なる時、その光を浴びて花は咲く……このことだったのか!」
フィルを救わなければ成し遂げられなかった条件、グローリアの子供を見つけなければ解き明かすことの出来ない謎。
それは大満月の見える間に、まだ1人前になっていないグローリアの子供を見つけ、二つ目の擬似の月を作らせる必要があったのだ。
ルミアは悠真に「全治の果実を求めて冒険者や権力者がやって来るが10年以上手に入れた者はいない」と言っていた。その意味、あの時の悠真は「そんなに難しいのか」と考えていた。
しかしこれは簡単だとか難しいとかの話なんかではない。奇跡に奇跡が合わさった、ほぼ不可能に近いことであったのだ。
『フィー!』
「うわっと……はは、フィルは変わらないなぁ」
黒かった全身の毛は眩しいくらいに白くなり、ふわふわだったのに若干ツヤが追加されている。ふわふわにツヤツヤが追加させ、撫でても撫でても飽きない肌触りになっていた。
さすがに撫ですぎて「まずいか?」と思ったが、フィルは気にすることなく悠真に抱きついて「褒めて褒めて!」と頬擦りしたりクンクンと匂いを嗅いでいたため大丈夫だろ。
「そういえば、ランデスタの花は?」
フィルを一旦離し、光り輝いていたランデスタの花の方へ顔を向ける。
するとそこには1枚1枚とても大きな花弁をしたフィルの毛と同じ色をしたランデスタの花が全て満開に咲き誇っていた。そのランデスタの花びらの中心には黄金の実が1つにつき1個しっかりと姿を現していた。
『フィーフィー!』
突然フィルが目を輝かせ悠真から離れ、ランデスタの花へ駆けつける。そしてそのまま全治の果実をランデスタの花と一緒にパクリと食べてしまった。
その瞬間、フィルの体全身がキラキラと魔力を帯びながら輝き始める。その輝きは先ほどの月の輝きとは別で、悠真が過去に見たことのある輝き、そして感じたことのある魔力と同じであった。
「……あのときの結界と同じだ」
結界とはルミアが住んでいた小屋を守るようにして展開されていた光の魔力のこもったものである。
そして今、フィルから再び魔力が解放される。まるで人の姿になったときと同じように。
『フュー!』
そんな小さかった頃とは少し違った鳴き声をあげたと思いきや、急にフィルの体が急速に成長し始める。大きさは元の2倍、3倍、4倍……いや、軽く10倍近くにはなってるであろう。
白い翼をバサッと伸ばし、細長く尻尾を垂らしつつ、金色に近い黄色の瞳で悠真の目を見つめてくる。
大きくなったと言えど、まだまだ四つん這いのため顔の位置は悠真の上腹部辺りである。だが手を伸ばし、ピンと尻尾と手を伸ばしたら1メートル30センチにくらいの大きさはありそうだ。
「大きくなったな、フィル」
『フュー!』
1人前になったフィルを見て心做しか喜んでいる自分がいる。だがそれと同時にもう1人で生きていける力を得たという事実に少しばかりの寂寥感を感じていた。
力を得た。つまりは守らなくてもいいということになる。それを意味することはただ一つ。別れの時期が近づいてきたということだ。
『フュー?』
「……ううん、なんでもない。ところで、全治の果実を少しだけ貰ってもいいかな?」
承諾するようにフィルは小さく鳴きながら頷く。悠真はランデスタの花の茎をポキッと折り、その中の果実を摘もうとした。
だが摘み少し力を入れただけで全治の果実はプチュンと潰れてしまう。その時溢れた果汁は指を濡らすことなく、まるで星のようにキラキラと輝いて風に乗ってどこかへ消えていった。
臓器すら修復する再生力を持っているのだ、これほど繊細でも大して驚くことはない。むしろ許容範囲だったりもする。
「レナ、これを」
再びランデスタの花を1輪茎から折り、実が潰れないようにレナに渡す。
傍から見たらまるでプロボーズのような絵面だ。それに気づいているのかレナは少しばかり頬を紅潮させながら丁寧に優しく悠真からランデスタの花を受け取った。
花占いのように花びらを1枚、2枚と抜いていく。その時花びらを抜いた衝撃で潰れそうになったためレナは口を開けて少し慌てていた。そんなレナを見て笑いを堪えていると、堪えていることがバレたのかジト目で見られていたためポーカーフェイスを取り繕うことにした。
最後の1枚を抜き終わり、残ったのは茎と金色の果実のみ。レナはアイスクリームを食べるように茎の先端部分を口へと運んだ。
「っ!?」
口へ運んだ瞬間レナの表情が見るからに変化する。目は大きく見開き、手は少しだけ震えていた。
喉が動き、レナのお腹の中へ落ちる。するとレナの体がフィルと同じように輝き始める。
「大きくなるのでは?」と考えたが、その心配はなくすぐに輝きは止み、いつも通り変わらないレナに戻る。そしてレナは自分の喉を押さえていた。
「ハ、ハルマさま……? 私、しっかりと喋れています……か?」
始めて聞いたレナの声。その声は想像通り……ではなかった。別に想像通りではないというのは悪い意味ではなく、むしろその逆で想像を上回るような声という意味だ。
とても女の子らしく透き通っており、純粋無垢なお姫様のような声。きっとこの声で歌ったらほとんどの人が立ち止まり、拍手喝采を送ってチップを渡す………そのように形容できる声である。
「あれ……? 聞こえていないのでしょうか……?」
「いや、大丈夫。聞こえてるよ……ちょっとびっくりしちゃってさ」
何を言っているのだろう。自分よりもびっくりしているのはレナに決まっている。だが考えていたことを直接伝えてしまえば顔をリンゴのように真っ赤に染めて隠れてしまうので伝えない方がいいだろう。
『フュー! フュー!』
「フィルちゃん、ありがとうございます。フィルちゃんのおかげでこうして喋ることができました」
いつの間にかレナの目尻には大粒の涙が溜まり、そして零れ落ちて流れた。その涙は月に照らされ、まるで宝石……いや、星のように輝いては地面に落ちて弾けて無くなった。
無理もないだろう。レナがどれほど喋れなかったのかは不明だが久しぶりに会話することができたのだ。感極まって泣いてしまうのも無理はない。
レナは涙を流す行為が恥ずかしいのか後ろを向いて手で涙を拭き取っていた。
いつもクールなレナの表情も崩れてとても良いものになっていた。柔らかく、それでいて優しい笑顔──悠真はその笑顔を見てついドキッとしてしまいそうになった。
「(なんだろう今の気持ちは……城から出るとき西園寺さんに抱いた気持ちと同じだ……)」
「ハルマさま? そんな顔されてどうかしましたか? 暑いなら木陰で休みましょう」
どうやら顔が赤くなっていたようだ。しかし何故だろう。立ちくらみもしないし咳が出るわけでもない。風邪は引いてないのは確かだ。ならなんなのだろう、この感情は。
その感情は恋の芽生え、恋の前兆である。だがそれを悠真が知るのは当分あとの話になるだろう──
如月 悠真
NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ 威嚇
PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ
US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力
SS→殺奪
レナ
NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ
PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ
US→NO SKILL
SS→NO SKILL
応援ありがとうございます!
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