生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第2章

和解

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 ポツリ、ポツリと小さな雨粒が空から落ち、悠真の肩の上で儚く弾ける。

 先程まで見えていた眩しい太陽はねずみ色の雨雲に姿を隠し、今ではどこに太陽があるのかすら分からなくなっていた。


 リーデの裏門からグランデスタに向かいおよそ4時間ほど。

 だんだんと道に草も生え始め、悠真の『危険察知きけんさっち』が極わずかだが反応してきた。

 だがモンスターは姿を表すことなく、近くにある森の中で雨を凌ぎ休息をとっていた。


[リーデからグランデスタまで馬車を使うと1日で到着しますが、徒歩だと2日はかかってしまいます。特に用事が無ければ早めに野営の準備をした方が得策かと]

 レナの意見はごもっともだ。
 それに今はもう追手の心配もないし気がとても楽になっている。


「ならもう少し進んで丁度いい場所があったらそこで野営をしよう。この天候だと夜には本降りになりそうだからできれば雨風を凌げる洞穴とかを見つけようか」

 その提案に否定はないのか、首を縦に振るレナ。
 悠真は辺りの森などを観察しつつ、グランデスタへの道のりを歩き進めるのであった。



─────────────



 しばらく経ち、雨脚が強まってきたので、悠真たちは近くの森の中に避難をする。

 上には草木の天井が広がっているが、雨脚が激しくなってきているのでなんとか凌いでくれているもののこれも時間の問題だろう。

 近くに丁度いい洞穴はなく、あるのは根元の幹が大きく裂けた大樹と塹壕のような穴だけ。

 とりあえず、3人ほど入れる十分な大きさの大樹の根元へ悠真たちは避難をした。


「いやぁ……まさかここまで降るとは思わなかったよ。とりあえず狭いけどこの中で雨が上がるのを待とう。運良くもここは雨も入らないしカビ臭くもない……まぁ、火は使えないけど大丈夫かな」

 裂けた木の幹の中に避難してからものの数分で雨粒は大粒になり、土砂降りになる。

 気温も下がり始めたので焚き火をしたいのだが、生憎燃やすための木の枝も湿気り使用不可。

 それに万が一火が燃え移ると大惨事になるので体を丸めることで体温を保つことしかできなくなる。


 タオルケットも使えなくはないが、なんせ生地が薄いため雀の涙程度の保温効果しか持たない。

 だがないよりかはまだマシである。

 レナがタオルケットを取り出し差し出してくる。
 それを受け取り体に巻くが、やはり暖かくはなかった。


「はぁ……汗を流したくてもお風呂はないし……どうしよう」

 体から出た汗を思いっきり流したかったが水浴びはできない。

 そのため濡らしたタオルで体を拭く方法があると教えてくれたのだが、どうも要領が分からない。


[普通に濡らしたタオルで体を拭き、乾いたタオルで肌に付着した汚れと水分を拭き取るんです。髪は洗えませんが汗くらいは拭き取れます。一応やらないよりはマシですよ]

 とは言っても実際にやったことないしどうすればいいのやら。

 とりあえず時間がかかると思うしここはレナを優先した方がいいだろう。


「僕はやったことないし時間がかかるからレナが先にやってよ。僕は明日でも大丈夫だし」

[分かりました、ではお言葉に甘えてお先に失礼します。その、できれば後ろを向いててもらえますか? 一応恥ずかしいものがあるので]

 頬を赤らめながら紙を見せるレナ。

 確かにいくら主従関係だとしても性別が違うため肌を晒す行為には抵抗があるのだ。


 悠真は一言謝り、窮屈ながらも体ごとレナとは反対方向へ向ける。

 後ろでは肌と布が擦れる音、ホックのような何かを外すような音が生々しく聞こえ、悠真はつい生唾を飲んでしまう。


「(今後ろに女の子の裸が……? 見てみたい、じゃなくて! ダメだ、そんなことはいくら主従関係でも許されない!)」

 やはり悠真とて1人の健全な男子高校生である。

 それに悠真は女の子に対する耐性があまりない。

 そのため今後ろで起きている出来事がどうしても気になり、欲望が溢れ出るが、それを悠真の中にある罪悪感がぶつかり相殺し合う。

 少し魔が差して後ろを振り向こうとするのだが、そこは自制心でなんとか止めることができた。


 悶々としながら葛藤をしていると、悠真の背中をトントンとレナが優しく叩き、終わりの合図を告げてくれた。

 後ろを振り向くとさっぱりしたようなレナの姿があり、小さくできたポニーテールを解いて伸ばし、楽な髪型にしていた。


[なにやら悩んでいた様子でしたが、大丈夫ですか?]

 そんな問いにギクリとしつつも、悠真は落ち着いて大丈夫だと答える。

 前々から思っていたのだがレナの察し能力はとても高い。

 自分が分かりやすいのかもしれないが、悠真は極力レナに隠し事はしないとこの日決心をした。



◇◆◇◆◇



 意識が水底に沈む中、悠真はゆっくりと目を開く。

 そこは真っ白な空間で、曲がった時計や砂が上に登る砂時計などがあり、よく分からない世界だった。


 夢かと思ったのだが、体が思ったように動かせるしスキルも発動できる。

 自分は裂けた木の幹の中で寝たはずなのだが……ここは一体どこなのだろうか。

 有力なのは『夢』そして『幻覚』等が当てはまりそうだが、どうもそれらとは違った雰囲気があるのだ。


 そんな空間を悠真はひたすら歩き続ける。
 前も後ろも、将又上か下かも分からないが、悠真を何かが駆り立てて足が動くのだ。

 すると、目の前に黒い者が現れ、悠真をジーッと見つめていた。


「お前は……誰だ?」

 それに対しての返答は無し。
 ただ気味の悪いくらい真っ直ぐな視線でこちらを見てくるだけ。

 近づいてこないし、笑ったりもしない。
 だが横にづれるとそれに合わせて頭を動かし、悠真の目をただ真っ直ぐ見てくるのだ。


 気持ちが悪い。
 そんなことを考えていると、目の前の黒い者は何処からか謎の人形を取り出した。

 右手には自身にそっくりな黒い人形、そして左手には白い鎧、武器を持って笑みを浮かべる可愛らしい人形が握られていた。

 何をするのかと思った刹那、突然左手の人形を叩きつけ、それを思いっきり踏みつけ始める。

 だんだんと原型が無くなり、遂にはただの綿屑同等な物になり、砂のようになって消えていく。

 すると右手に握られた黒い人形に白い鎧と剣が装備され、晴れやかな笑顔になる。

 だがその笑顔には悪意が込められており、見ててとても不愉快なものだった。


 そんなくだらない劇が終わり、悠真が瞬きをするころには目の前から黒い者は消え、床に不気味な黒い人形が置かれていた。

 彼? 彼女? が何を示したかったかは分からない。

 だがどうしても今起きたことがただの茶番だと思えない気がするのだ。

 黒い者の正体、謎の人形劇、消えた人形と不気味な人形。 

 それが何を示しているのか考えていると、目の前が明るく掠れ始め、何も見えなくなった──



◇◆◇◆◇



「はっ! ──いだっ!?」

 目を覚まし、体を跳ねあげると頭を天井にぶつけてしまう。

 隣ではレナが心配そうに悠真を見つめ、アイテム袋からタオルケットを取り出して水に濡らし、差し出してくれた。


[大丈夫ですか? どうやらうなされていたようですが。それにそんなにも汗をかいてますし体を拭いてください]

 魘されていた?

 別にそんな悪夢のようなものではなかったのだが……というより、そもそも今見てたのは夢だったのか?

 夢だとして、なぜあんな意味の分からない夢を見たのだろう。

 何かの暗示か、それとも誰かによる干渉かは不明だが、必ず意味のあるものだと思う。

 また同じような夢を見るかもしれない。
 そのときはじっくり観察をすることにしよう。


 色々考えつつも、服を脱ぎ上半身を拭いていくとレナがアタフタとして後ろを向いてしまう。

 下的な話が苦手なのは知っていたがまさかここまでとは知らなかった。

 悠真はサッと体を拭き、レナに一言謝って安心させる。


 外は雨は降っておらず、眩しい太陽が木の葉の間から姿を見せていた。

 悠真とレナは軽く朝食をとり、木の幹から出てグランデスタへと再び歩みを進めた。



───────────────



 あれからひたすら真っ直ぐ歩き進めて早半日。

 足場の安定しなかった平原に赤茶路の煉瓦で敷き詰められた街道が現れ始め、グランデスタの国境付近まで来れたことが分かる。

 だがそれでもまだグランデスタが見えない辺り、国としての規模は小さいらしいが十分な大きさはあるのだろう。

 既に後ろを振り向いてもリーデの高い壁は見えない。

 つまり今居る場所はグランデスタとリーデの丁度間辺りであると推測できる。


「早くて明日の昼前くらいに到着かな。レナは足首とか痛くない?」

[はい、私は丈夫ですので心配は不要です。それよりもハルマさま、もういい時間帯ですのでお食事の準備をしましょうか?]

 確かにもう昼を少し過ぎた時間帯か。
 それに昨日の夜からマシな食事もとっていないためかなり腹が空いていた。

 いくら『家事かじ』のスキルを持っていても悠真は料理がとんでもなく下手だった。

 レナに頼むと、パァっと笑顔になって快く承諾してくれる。

 アイテム袋から小さな机を取り出したレナはその上にまな板を置き、早速調理を開始した。


 さて、どうしたものか。
 正直することもないしだからといって料理が出来るのをただ待つというのも暇だしなぁ。

 そんな呑気なことを考えてるうちに、レナは既にフライパンを使用して野菜と肉を炒めていた。

 すると、突如悠真の『危険察知きけんさっち』が発動する。


『グルルルル……!』

 森から飛び出し、目の前に現れたのは灰色の毛並みをしたゴールデンレトリバーより少し小さめの狼が2匹。

 まだ『危険察知きけんさっち』が遠くの方まで反応しているので、あと3.4匹はいると思っていた方がいいだろう。

 目の前の狼の名は『ウィリーウルフ』と言い、普段5.6匹ほどの少ない群れで過ごす森のハンターと呼ばれるモンスターだ。


 だが目の前にいる2匹の狼はとても痩せており、脇腹からは肋骨が軽く浮き出ていた。

 きっと満足に餌にありつけず、静かに過ごしているところに美味しそうな匂いが漂い始めたので死を覚悟して飛び出してきたのだろう。

 しかし見る限り元気がない。
 片方の狼は片目を怪我してるし、もう片方は前脚の指がほとんど剥げていた。


「レナ、ちょっと借りるね」

 置かれていたアイテム袋を掴み、そのまま目の前のウィリーウルフに近づいていく。

 悠真が近づくとウィリーウルフたちは小さく唸る。
 だが飛びついては来なく、悠真と自分たちの格の違いに少し恐れているようにも見えた。


「ほら、お食べ」

 アイテム袋から新鮮な生肉を取り出し、それを手で掴んで運ぶ。

 後ろを見るとレナが心配そうにこちらをただジッと見つめていた。


『グルルゥ……!』

 普段自分たちで獲物を狩るウィリーウルフたちにとって悠真のような人間から食料を貰うのは少し抵抗があるのか、将又意味を理解してないのかは不明だが、2匹のウィリーウルフは互いに目を合わせていた。

 そして片目を怪我したウィリーウルフは、少し警戒しつつも悠真手にある肉を1口齧る。

 口をゆっくりと動かし、ゴクリと大きな音を立てて飲み込む。


「な? 食えるだろ? ほら、まだまだあるからゆっくりとお食べ」

 さらにアイテム袋から追加の肉を出して地面にそっと置くと、2匹のウィリーウルフは目を輝かせて肉を食らい始める。

 その様子を遠くから見ていた4匹のウィリーウルフは、しゃがんでいる悠真を囲むように集まり、地面に置かれていく肉を取り合うように食べまくる。

 そんな必死な姿に自然と笑みが浮かび、平らな皿を6枚出してそこに水を注いでいく。

 喉も乾いていたのか水をガブガブと飲むウィリーウルフたち。

 これじゃまるで狼じゃなくて犬だな。


「こうして見ると結構愛くるしいなぁ」

 犬を撫でるようにウィリーウルフの背中を撫でると、いきなり飛び上がって悠真ことを睨んでくる。

 だが悠真に攻撃の意思がないと判断すると、再び自ら腰を座らせて『撫でろ』と言いたいのか背を見せてくる。

 それを見て若干苦笑いしつつも背を撫でてやると、先ほどとは違って飛び上がることもなく悠真の方を見るだけだった。


 顔に特別な変化はなかったが尻尾が左右にブンブンと振っているあたり気持ちがいいのだろう。

 他のウィリーウルフたちもそれを見て撫でてほしそうに体を預けてくる。

 みんなを撫で、少し休憩していると片目を怪我したウィリーウルフが舌を出して近づいてきた。


「どうした? お前は特に人懐っこいなぁ」

 このウィリーウルフだけは頭を撫でても変な反応はなく、ただされるがままだった。

 一番最初に餌をあげたからかは不明だが、このウィリーウルフだけは異常といっていいほど懐いてくれた。


[ハルマさまは何者ですか? 普通ウィリーウルフのように獰猛なモンスターは人に懐くんはずがないんですよ?]

「まぁ、そんな常識は常識ではないってことかな」


 モンスターは普通懐くはずがない。
 でも心を通わせればこんなモンスターだって友達にはなれる。

 目の前のウィリーウルフたちは人に慣れたのか、レナが近づいても唸ることなくただ伸び伸びと体を伸ばしていた。


[ではハルマさま、私たちもご飯を食べることにしましょう]

「あ、そういえばそんな話だってね。じゃあ食べようか」

 悠真が立ち上がるとウィリーウルフたちも着いてくる。

 そしてその昼はウィリーウルフたちに見守られながらレナと食事をゆっくりと楽しむのであった。






















如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ

PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ

US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力

SS→殺奪



レナ

NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ

US→NO SKILL

SS→NO SKILL
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