生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第2章

交じり始める平行線

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 城を出ておよそ2時間。
 2-3の生徒の大半は馬車内にある柔らかい布の上で安らかに睡眠をとっていた。

 ガタンガタンと馬車のタイヤが地面と擦れる音が心地いいのか、和田の乗る馬車の中の過半数は大きな鼾を立てて気持ちよく寝ていた。

 和田が睡眠をとろうと後ろを振り返ると、そこには同じく夜空を見上げる田邊耀たなべひかるが悲しそうな表情をしていた。


「どうしたの?」

「わ、和田くん……」

 田邊はとてもじゃないが元気が良いわけではなさそうだった。

 だが体調不良にも見えず、何かを抱えているような様子だったため、人思いな和田はつい声をかけてしまったのだ。


「相談なら乗るよ? あっ、みんな寝てるから静かにね」

 その言葉にハッと気づいた田邊は横を見るが、バカ笑いしていた相澤や筆宮、そして『風帝ふうてい』のSSスペシャルスキルをもつ齋藤宏輝ルビの3人は呑気に睡眠をとっていた。

 その3人を見て軽く息を吐く田邊、どうやらかなり深刻な悩みらしい。


「実は……俺には弟が2人居てさ、そして父親が居ねぇんだ。今は母さんが1人で俺らを養ってくれてる。だから……大丈夫かなぁって」

 田邊の家は貧乏という程ではなかったがあまり裕福な家庭ではなかった。


 保育園の年長に父親が母親と離婚し、そして小学1年生の頃に母親が別の父親と再婚し、古いアパートから素晴らしい一軒家に引越しをしたのだ。

 家はとても広く、そして綺麗で周りは綺麗な景色。
 友達もでき、毎日のように友達を家に呼んでワイワイと騒ぎ遊んでいた。


 ──だが、そんな幸せも長くはなかった。

 新しい父親になって弟が2人でき、喜んでいるのもつかの間。

 父親が職を失い、金使いが荒くなってしまったのだ。

 職を探しに行くためにダメな父親が母親に金を受け取ったらしいのだが、その金を自分の趣味に使ってしまったらしく、母親はこっぴどく父親を叱っていた。

 だがそれでも反省することはなく、一日中家に居ては軽い家事をするばかり。

 毎日のように酒を飲み、保険の仕事で働いてる母親の金を良いように使っていたのだ。


 それまでは良かった。
 だが、遂には弟が祖父や祖母に貰ったお年玉にまで手を出してしまった。

 それが母親の逆鱗に触れ、リビングでは怒号と罵声が止むことはなく、田邊は涙ながら弟たちを守り、どうにか2人を説得した。

 どちらも服はボロボロ。
 母親はタバコを吸うようになり、父親は部屋を荒らした挙句車に乗ってどこかへ行ってしまった。

 そして夜遅くには離婚の話をする毎日。
 中学生にもなっていない田邊にとって、とても辛い日々だった。


 そんな小学5年生の秋。
 大雨の中迎えに来てもらい、その帰り道で告げられたのは『離婚』の話だった。

 いくら子供の田邊でも父親が悪いことは分かっていた。
 そしてもうあの楽しかった日常が戻らなくなったのを察した。


 父親が作ってくれた男飯のケチャップライス。
 父親がゲームしてる中隣でただ見つめていたゲーム。
 父親が庭で一緒にしてくれたキャッチボール。

 そんな記憶も薄れていき、田邊は母親に着いていく、そして幸せにしてあげると決意したのだ。


 そして中学1年生になった春。
 小学校は遠く、中学校は近かったため夢の友達と騒ぎながら下校が出来るとウキウキしていたが、それは儚く散ってしまった。

 行くべきだったはずの中学校から4キロも離れた、家が裕福でない者が集まるの県営住宅に引っ越したのだ。


 その県営住宅から近い高校は徒歩10分だったのだが、小学生の頃の友達と遊びたかったため田邊は4キロ離れた中学校に自転車通学で入学したのだ。

 無理言って母親に頼んだのだが、一軒家のローンや父親が残した借金を抱えた母親は快く了承してくれた。


 そして高校生になり、アルバイトができるようになってからは稼いだお金を家のために全て母親に渡していた。

 母親は「大丈夫、自分のために使いな」と言ってきたが田邊は弟の学費などのためにひたすらアルバイトに励んでいた。


 そして新しいアルバイトに受かった高校二年生の夏。
 田邊はこの世界に吸い込まれてしまったのだ。



「今頃……母さんとあいつらなにやってんだろうなぁって思ったら心配になってきて……」

 いつもクラスを盛り上げ、ムードメーカーでありスポーツマンであった田邊の重い話に和田はただどう答えるべきかと悩んでいた。

 共に笑い合い、共に体育祭を盛り上げてきた田邊にこんな過去があったなんて想像もつかなかった和田は、自分が今までどれだけ恵まれてきたかと思いふけていた。


「あ、ごめんな? こんな重たい話……さすがにしんどいよな」

「「いいや! そんなことないぞ!」」

 そんな中、いきなり声を荒らげたのは相澤と筆宮、そして齋藤だった。

 いつから聞いていたのか分からないが、彼らは田邊の肩にドン! と手を置いて、涙を拭くような演技をしていた。


「お前にそんな過去があったなんて……僕らに話してくれてもいいじゃねぇか!」

「そうだ! 確かに俺らが解決できる問題じゃないけど相談には乗れる! それに俺らの仲じゃねぇか! 水臭いぜおい!」

 そんな筆宮と相澤の言葉に浸る田邊。
 隣では齋藤が曇った眼鏡を拭き、風魔法でゴミを飛ばすと田邊の腕をパシッと叩いた。


「みんな……ありが──」

男子バカたちうるさーい!』

 そんな男子の友情は後ろの馬車で寝ていたはずの女子の声によってかき消されてしまった。

 反射的に隠れるように布団に包まり、お互いに顔を見合わせて「アハハ」と笑う相澤たち。

 そしてまだ眠いのか田邊を含めた4人はそのまま眠りについてしまった。


「みんなの仲が前よりも深まってる、これは凄くいい事だ……でも」

 布団をぐちゃぐちゃにしながら寝ている相澤たちを見て微笑む和田だが、すぐに何かを考えるように難しい顔になる。

 やはり和田の中ではこんな素晴らしいクラスから悠真が抜けたことが何よりの心残りらしい。


「相澤くんと筆宮くん……前まであまり話してなかったのに今ではこんなに仲良くなって……」

 この世界に来る前は相澤と筆宮は仲が悪いほどではなかったが、主にグループの中で会話する程度で1対1で話しているところは見たことがなかった。

 だが、今では隣で仲良く寝ており、座学の席も隣になり剣の訓練も相澤と筆宮が毎回ペアになっていた。

 相澤に仲良くなった経緯を聞いたのだが『俺たちは太股ニーソが好きだ』とよく分からないことを言っていた。

 ……仲が良くなる経緯はよく分からないがとりあえず仲良くなってくれて本当に和田は心の底から喜びを感じていた。


「だからこそ、如月くんもクラスに馴染めたかもしれないのに……」

 悠真が嫌われたのは蓮花に好かれているのに素っ気ない態度をとったこと、そして協調性のないことだった。

 だからこそこの世界に来て慣れていた悠真の部屋に行き一緒にご飯を食べ『困ったら頼ってくれ』と釘をさしておいたのだが、やはり事件は起きてしまった。


 和田の中では正直悠真が抜け出すと睨んでいたのだ。

 悠真はこの世界に誰よりも早く慣れていた。
 二日目の夜、皆がスキルで騒いでる中悠真だけはクリードに剣の稽古を申し出ていた。

 しかもエルナに消費魔力について教えており、悠真なりに努力していたのだなと和田は内心ホッとしていた。


 協調性のないと言われた悠真がこの世界のことについて実験をし、それを他の人に教える。

 こんな素晴らしいことはないと思っていた矢先、悠真から飛んできた衝撃な言葉。


 ──『スキルが多いやつはいいよな』



 この言葉は和田の心にぽっかりと穴を開けるように突き刺さった。

 そしてその言葉は偽りであると信じたかったため、和田はわざと『何か言ったかい?』と聞き直した。


 自分が今まで悠真を輪の中に入れようとしたことは迷惑だったのか、余計なお節介だったのかと悩んでいると、今度は小林が悠真を殴り出す始末。

 そして部屋を出る悠真の目は身震いしてしまうほど怖く、そして悲しそうなものだった。






「翌朝、キサラギ ハルマさまが失踪しました」

 この言葉を聞いて和田の目の前が真っ白になる。
 何故こうなってしまった、何故大切な仲間を失った。

 そんな苦渋が頭から離れず、ただ周りを見渡すしかなかった。


 しかし皆は気にしてない。
 というよりかは『居なくなって清々した』『そんな奴いたっけ?』程度の反応しかない。

 だが、何より気になったのは蓮花の反応だった。


 もっとパニックになると思っていたが、思った以上に落ち着いており、目尻に涙を浮かべているだけ。

 昨晩なにかあったのか目は軽く充血しており、和田は蓮花がなにか知っていると睨んでいた。


 しかし頑なに口を開かない蓮花に困っていたが、最近になってとても元気になってから和田は理解した。

 『如月くんはこの先に居る』と。


「もしリーデに如月くんが居なくても……僕達は……いや、僕は絶対にキミを諦めないから」

 手のひらを夜空に向け、まるで真珠のような月を握るように手を丸める和田。

 そのまま後方に倒れ、ゆっくりと目を閉じる和田。


「(だから……絶対に連れ戻してみせる。どんな手を使ってでも)」

 和田の意識はだんだんと水底に沈み、そのまま涼しい夜風に撫でられながら深い睡眠をとるのであった。








「…………ちゃん! ……蓮花ちゃん!」

 梨奈に体を揺すられて目を覚ます蓮花。
 馬車の中には眩しい太陽光が射し込んでおり、小さな蝶々がヒラヒラと飛んでいた。


 周りでは梨奈と由奈、真田と『美化びか』というSSスペシャルスキルを持つ吉井瑠美よしいるみが身を乗り出して外の景色を見ていた。


「ほら! あと数時間で着くよ!」

 蓮花も目を擦りながらゆっくりと身を乗り出すと正面にまだ小さいが大きな壁があることが分かった。


「あ、あれって!」

「そう! もうすぐリーデに到着するの!」

 そんな騒がしい女子たちの声のせいで機嫌悪く目を覚ます男子だったが、前方にあるリーデを見て『おぉ!』と声を揃えて驚いていた。


「(もうすぐだ! もうすぐ悠真くんに出会える! ……かも!)」

 胸の前で手を軽く握ってガッツポーズをとる蓮花。

 そんな蓮花を見て梨奈が面白おかしく真似をすると蓮花が笑いながら怒って取っ組み合いになり、お互いの体をくすぐっていた。

 そんな蓮花と梨奈を見ながら笑う真田たち。
 リーデに着くまで楽しそうな声が途切れることはなかった。


















 -リーデ-


「……ふぅ、もうこんな時間か」

 時計を見ると『10刻』と表示されており、昨日の夜からかなりの時間寝過ごしてしまったことが分かった。

 後ろではベッドに座って[おはようございます]と挨拶をするレナ。

 この前はベッドで寝たため、今回はレナにベッドを使ってもらったのだ。


 レナが使い終わった紙を切り取って捨て、外出の準備をしていたので、悠真も指輪を外し手を洗い、服を整えて外出の準備をする。

 早速冒険の準備を終え部屋を出ると、宿のおばさんが忙しそうに走り回っていた。

 どうしたのかと聞いてみると、どうやらこの前予約した20人超えの客が今日泊まるらしく、そのためのベッドメイキングやらでとても忙しいとのこと。

 悠真はカウンターに金を置くと、おばさんは軽く枚数を数えてどこかへ行ってしまった。


「よし、ギルドに行ってから食材を買おうか。レナは料理できる?」

[家事全般は全て出来ますのでご安心を。お口に合う料理を提供します]

 そんな頼もしいことを言われて嬉しくない男がいるだろうか。

 現に後ろでは首を傾けながら耳をピコピコ動かしている猫耳美少女が居るのだ。


 いつまでも宿前で立っているのもあれなので、悠真がギルドに向かって歩き出すとレナから衝撃の事実が伝えられた。



[そう言えばハルマさま、巷で小耳に挟んだのですが……]

 文はそこで途切れ、紙をめくってまた新たに文を書いていた。

 一体なにを聞いたのだろう。

 そもそも昨日の『グランデスタ』の情報といい、レナの情報網はどれくらい広がっているのか気になるところである。


 あまり期待せずレナが書き終えるのを待つ。
 そしてそこに書かれていたことはとても強烈で、悠真はつい素っ頓狂な声を出してしまった。









[今日、どうやらあの伝説と言われたルザインがこの街に来るそうですよ?]

 悠真はその文を読み、全身からとんでもない量の冷や汗をダラダラと流し出した。






















如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ

PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ

US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力

SS→殺奪



レナ

NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ

US→NO SKILL

SS→NO SKILL
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