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元Sランクの俺、過去の呪縛から解放される
しおりを挟む死闘とも呼べる決闘を無事勝利に収め、レン達は最初に座っていたテーブルに戻っていた。
だが席数が足りないため、ジダースが別の場所からテーブルと人数分の椅子を運び、レンとリルネスタやティエリナ、そしてユークとシスティにシキの率いるパーティメンバーが揃い、祝杯を上げる。
祝杯といっても酒ではなく果実の飲み物とつまめる程度の料理なのだが、それでも皆レンとシキの勝利を喜び、そして祝っていた。
「んっ、んっ……ぷはぁ! それにしても、あのタカギって野郎、すごかったな! あいつは将来有望な冒険者になるはずだ!」
「そうね。あんなギリュウとかいうAランクにも満たないパーティのメンバーだから侮っていたけど、予想以上だったわ。正直、いつかSランク冒険者になるんじゃないかしら?」
「…………フィールがそう言うのは珍しい。でも、メアも同感」
「そうだな。オレも剣を交わってみて分かったが、実力はまだまだだが素質は十分にある。あとはそれをどう活かすかだな」
Sランク冒険者であるシキ達にここまで絶賛されるということは、力を認められているという証拠だ。
実際レンもタカギの実力を目の当たりにして驚きを隠せなかったので、聖剣を手入れしながらシキ達の言葉に相槌を打っていた。
「……うーん、さすがにあの一撃は重かったか? 少しだが刃が欠けてるような気がするな」
「ならカラリアさんにお願いしたら? きっとカラリアさんなら直してくれるよ!」
「そうですね。鍛治職人の中ではまだまだ日は浅いですが、カラリアの腕は確かですからね」
「そうだな。じゃあ今日か明日にでもお願いしてみるか」
早速今後の予定が決まり、レンが満足したように聖剣を鞘に収めると、決闘場の方から4人の人影がレン達の元に歩いてくる。
それは言わずもがな、ギリュウとそのパーティのメンバーであり、先頭を歩いているギリュウは少しは反省しているのかと思いきや、むしろ負の感情を顕にしながらドカドカと足音を立てて来たので、レンは鞘に収めた聖剣を腰にぶら下げながらギリュウの前に出ることにした。
「なんの用だ」
「レン、お願い。私達のパーティに戻ってきて。私達には、あなたが必要なの!」
レンの言葉に真っ先に飛び出たのはギリュウではなく、その後ろで待機していたシスカであった。
そのシスカの表情はかつてレンを見捨てた時の人をゴミのように見る目ではなく、まるで神を見るような目でレンに希っていた。
しかもレンの手を両手で握るというおまけ付き。
昔のレンなら、優しくて思いやりのあるシスカに気を惹かれかかもしれない。
だがそう思うことは一切ない。
なぜなら、いくらシスカがなにをしようと、なにを捧げようと、払拭することが不可能な過去があるからであった。
「あなたが……レンがいなくなってから、私はレンの存在がいかに大事だったかが分かったの。だから……戻ってきてくれる……?」
「ふぅむ、それは僕も同じです。まさかキミがここまで僕達に影響力のある存在だったなんて、計算外だったのです。ぜひ戻ってきてもらい、共にヴァンホルンのトップを目指したいですね。はい」
知識が豊富で、今レンが持っている知識や情報の内約2割がラムダのおかげと言えるほどラムダは頭が良く、頼りになる存在であった。
しかしそんな助け合ったことのあるラムダも、レンを見捨てた時は既にレンを視界にも入れようとしなかった。
それは無意識の内で、悪気のない行動なのかもしれない。
だがそれがいかにレンを傷付けたか、それはいくらなんでも知っているラムダでも、一生知ることが出来ない苦痛であった。
「……今まで、本当にすまなかった」
最後にギリュウが頭を下げることにより、まるで感動の再会のような雰囲気が醸し出される。
だがギリュウから漂う憎悪は隠しきれていないし、シスカやラムダの謝罪の声なんてレンの耳には少し足りとも届かなかった。
「顔を上げてくれ、ギリュウ」
「……っ、レン……!」
「俺は感謝してるんだよ」
そう言い、レンはシスカの手を振り払う。
最初なにされたのかキョトンとするシスカであったが、すぐに自分の手がレンに振り払われたことを知り、悲壮感が漂う表情になる。
きっとまだ説得すればレンを取り戻せるのだと思っているのだろう。
だがシスカが1歩踏み出そうとすると、シスカは冷めた目をしているのになぜか爽やかな笑みを浮かべるレンを前にし、全身が氷漬けにされたかのように固まってしまっていた。
「感謝……?」
「あぁ。別にお前らのことなんて恨んでない。だから、昔のことなんて忘れないか?」
「な、なら……私達のところに──」
「戻らないぞ? 今言っただろ、昔のことなんて忘れないかって。それは俺を追放した事じゃなくて、俺が、俺達が出会ったときのことだ」
まさかの返答に、シスカだけでなくあまり表情が変化しないラムダもギョッとしたような表情に変わる。
ギリュウもギリュウで呆気にとられたような顔になっており、開かれていた手が拳になり、その拳は細かく忙しく震えていた。
「もう一度言うが、俺はお前らに感謝してるんだ。追放してくれたおかげで、俺はティエリナと出会うことが出来た。ユークやシスティにも出会えた。ライネリアとローザ、シキ達にも出会えた。そして……リルネスタにも出会う事が出来たんだ」
ライネリアとローザは今決闘場の修復を手伝っているためこの場にはいないのだが、レンは今この場にいる全員の名前を出し、その姿をギリュウ達に見せつける。
皆大事な仲間であり、互いに協力し、助け合うレンにとってかけがえのない存在であった。
リルネスタのおかげでスキルが目覚め、第2の人生とも呼べる日々を過ごせている。
ティエリナのおかげでギルドでは不便なく過ごせ、そしてカラリアという腕利きの鍛治職人とも知り合うことが出来た。
ユークとは一悶着あったが、その後ユークとその仲間であるシスティと共にヴァーナライト鉱石を見事納品することが出来た。
ライネリアやローザは魔物であり人間であるレン達に力を貸してくれ、良き隣人となることが出来た。
シキにジダース、フィールやメアはまだまだ互いのことを深くまでは知らない仲だが、これからもっと仲が深まればいいとレンは思っている。
こんな素晴らしい仲間達がいるのだ。
それなのに、今更ギリュウ達の戻るという選択など、レンの頭の中には微塵たりとも存在していなかった。
「ありがとうな。お前らが追放してくれなかったら、こんな素晴らしい仲間達と出会うことはなかったんだ。だから、もう互いに忘れよう」
「で、でもっ……」
「いい加減くどい。俺はもうお前らに利用されるつもりはないって言ってるんだ。理解しろよ」
優しい微笑みから一転、レンは諦めずに食い付いてくるシスカに冷酷な眼差しを向け、冷めた口調で言い放つ。
「別に俺みたいなお荷物がいなくてもヴァンホルンのトップくらい目指せるだろ? なんたって、ギリュウは俺の代わりを用意してたもんな?」
「──っ!」
その言葉に反応したギリュウは苦虫を噛み潰したような顔になったと思えば、いきなり『くそっ!』と毒を吐いて近場の椅子を蹴り飛ばし、ギルドから出ていってしまう。
そんなギリュウを追うようにシスカとラムダがその場から名残惜しそうに追いかける。
だが見失ったのかギルドから出て行くことはなかったが、シスカはレンをキッと睨み付け、ラムダはなにやらブツブツと呟きながら人混みの中に消えてしまう。
一方、残されたタカギはレンを前にしてなにを話せばいいのか分からず、申し訳なさそうに口を開いたり閉じたりを繰り返していた。
「…………その、あの……えーと……ご、ごめんなさいっす!」
「いや、もういい。あ、もういいってのはお前との関係を切る意味じゃなく、もう気にしてないって意味だ。それよりも、すごいじゃないか。えーと、一閃炎華……だっけか?」
「そ、そうっす! あの技はレンさんの十八番である一閃に、俺っちが得意な炎属性の魔法を足した剣技っす! 実際、ヴァンホルンでの決闘ではまだ負け無しの剣技なんっすけど、やっぱりオリジナルには勝てないっすね……ははは」
「そりゃ、俺だって鍛えてるからな。まだまだ荒削りだが……いいと思うぞ?」
レンなりの分かりづらい褒め言葉に、後ろで静かに待機しているリルネスタ達は苦笑いを浮かべていたが、タカギはレンの言葉がレンなりの褒め言葉であることが分かるのか、目から涙をこぼしていた。
そんなタカギにレンが『おい、こんなんで泣くなよ』と肩に手を置くと、さらに感動したのか腕で目元を拭いても拭ききれないくらいの涙が流れていた。
きっとレンに褒められたことだけでなく、自分勝手に過去を話してしまったことを許してもらえて嬉しいのだろう。
それ以外にも真正面から決闘してくれたことや、剣技を認めてくれたことなどが重なり、タカギの涙腺が崩壊してしまったのだ。
「俺っち、レンさんに言われたトレーニングを続けてきて良かったす……! もしあのトレーニングをやってなかったら、今頃俺っちは弱いままだったっす……!」
「……あのトレーニング?」
「はいっす。ヴァンホルンの外周10周に、腕立て伏せと腹筋、背筋を100回10セットを朝晩毎日ご飯を食べる前にやるトレーニングっす! 最初はキツくて心が折れかけたっすけど、そんなときはレンさんの決闘を見て力をもらってたっす!」
「…………まじかよ」
まさかあの少し考えれば騙されてると分かるトレーニングを何年間も続けていたことを知り、レンは逆にタカギの精神力の強さに引き気味になる。
だが続けてこれたのも、しぶとくて図太いタカギの性格があったからこそであると、レンは顔に手を当てて笑い声を上げていた。
「じゃあ、勿体ないっすけど、俺っちはもう休むっすね! レンさん、また会う日まで!」
「そうか。冒険者交流会って1日しかないのか」
「そうっすね。少し短い気がするっすけど、仕方ないっす。では、お元気で! 今回は本当にありがとうございましたっす!」
タカギは元気よく手を振りながらレンに礼を言い、タカギは未だに不機嫌なシスカとラムダを連れて大勢の冒険者に見送られながらギルドを後にする。
そして、やっと過去の呪縛に開放されたレンは、大きなため息を吐きつつもどこかやりきったような清々しい表情で椅子に座り直していた。
『どうやら、解決したようですね』
『そうじゃな。お主、そんな顔も出来るのじゃな』
用事が済んだのか、席を外していたライネリアとローザが戻ってくる。
そしてレンはライネリアとローザをシキ達に紹介しつつも、皆の顔を順々に見比べていく。
「……本当に、俺の仲間になってくれてありがとな」
「レン、その言葉はなんだかくさいね」
「ふふっ、そうですよ。それは私だけでなく、ユークも同じですから」
「いえいえ、ユークさんやシスティさんだけでなく、もちろん私もですよ? 仲間であり、専属受付嬢である私を忘れてもらっては困ります」
「それなら私だって! この中で1番レンと冒険してるのは私だから! ねっ、レン!」
謎の張り合いが始まり、一瞬だけ沈黙に包まれつつもレンが噴き出すことで、レン達が囲んでるテーブルはうるさいくらいの笑い声に包まれる。
名乗りは出なかったものの、ライネリアもレンに『私もですからね』と視線を向けており、ローザも『妾もじゃ』と鼻を鳴らしていた。
そんな和気あいあいな雰囲気を見てシキもどこか心動かされたのか、突然シキがギルド職員を呼んで大量の料理を注文したことにより、ジダースが雄叫びを上げ、フィールが横っ腹に肘を入れて黙らせる。
ジダースとフィールによるまるで芸のようなお決まりの展開によりさらに盛り上がり、豪勢な料理が到着してからはもうお祭り騒ぎになっていた。
騒がしい場所をあまり好まないレンであったが、その日は過去を切り離し、自由の身となれたので吹っ切れたのか、皆に混ざって乾杯をする。
結局、その日は昼過ぎから夜中まで飲み食いを繰り返し、レンはジダースにのせられて酒を飲んでしまい、酔い潰れてしまった。
それにより後始末はティエリナやユーク達が引き受けることになり、今は足元が覚束無いレンをリルネスタとライネリアが協力して宿に運ぶ道中であった。
『全く。あの程度の酒で酔い潰れおって。それに羽目を外し過ぎじゃよ』
『そうですね。ですが、今日くらいはいいのではありませんか?』
「うん。だって、ほら。こんなに幸せそうなレンの顔、私見るの初めてだよ」
既にレンは半分寝ているような状態であったが、その顔はリルネスタの言葉の通りまさに『幸せ』という言葉が似合う表情で、ローザも呆れながらやれやれとレンの荷物を持ってあげていた。
そして宿にたどり着いたレン一行は、レンをリルネスタに預けてライネリアとローザは一旦魔力を補給するということで夜の街並みに消えていってしまう。
なのでリルネスタは緊張しながらも宿のおばさんから鍵を受け取り、レンを部屋に運んでからベッドに寝かせ、布団をかける。
「……今日まで頑張って来たんだね。お疲れさま、レン」
優しく囁き、リルネスタはレンの部屋をあとにして隣の部屋に戻り、浴室で体を清めてからベッドに潜り込む。
リルネスタは瞼を閉じながら、レンが自分と出会えてよかったということを最後に力強く言ってくれたことを思い出し、胸に手を当てながら意識を水底に落とす。
一方、ライネリアとローザはリルネスタと別れた後、突如として現れた謎の強大な気配を追うためにケルアの街中を隈無く捜索していたが、結局その気配の正体を突き止めることなく朝方を迎えてしまう。
それをレンやリルネスタに伝えなかったのは、ライネリアやローザなりの思いやりだろう。
そして2人は結果を共有した後宿に戻り、ローザはリルネスタの部屋へ、ライネリアはレンの部屋に行って先日レンの体を検査した時に出てきた違和感の正体を掴むため、レンの筋肉に溜まった疲労を回復しつつも調査を進めていくのであった。
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