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元Sランクの俺、予期せぬ再会を果たす

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 あの時ギリュウに告げられた言葉を思いだす度、反吐が出る。

 そのせいで今までギリュウ達と共に歩んできた思い出も全て穢れたものに見え、思い出すことさえ苦痛になる。

 確かにSランク冒険者として、何日もスキル開花による準備期間の障害を受けていては、邪魔者扱いされるのも今になって考えればおかしい話ではない。

 しかし今まで共に過してきた日々や、長年積み重ねられてきた友情や絆というものはレンが想像していたよりも脆かった。

 そんな現実が1番レンを苦しめ、絶望へと誘ったのである。

「俺は……スキル開花による準備期間の長さのせいでパーティを追放された。その準備期間は1週間や2週間なんてものじゃない。軽く1ヶ月近くは過ぎていた。そのせいで俺はパーティの邪魔になった。それだけだ」

「…………それだけなの?」

「あぁ。別に仲違いをしただとか、そういうわけじゃない。俺のスキル開花の準備期間が長いせいでこうなったんだ。まぁ、今はもうスキル開花したから平気だけどな、ははは」

 そうヘラヘラと笑って語るレンであったが、その表情はとてもじゃないが愉快なものではなく、冷たく冷めており、無に近いものであった。

 それに気付いたフィールは気まずそうに目を逸らし、メアもレンに顔が見えないほどフードをさらに深々と被ってしまっていた。

 あの盛り上げ係のジダースもなにも言わず顎髭に触れており、シキは特になにも反応こそ起こさなかったものの呆れたようにため息を吐いていた。

「その連中、愚かだね」

「えぇ。確かにスキル開花の準備期間に入ると、いくらSランク冒険者であっても能力が著しく低下して使いものにならなくなる。でもスキルが開花しないなんて話は聞いたことがない。どうして待たなかったのかしら」

「そうだな。しかも追放したのは一閃の剣聖。それはパーティだけでなくギルド──いや、ヴァンホルンの損失にも繋がるはずだ」

「…………一閃の剣聖のパーティを調査したことがある。みんな実力はあるけど、とてもSランクとは思えない。一閃の剣聖の力に甘えただけ。それなのに追放するなんて、自惚れている」

 まさかの言葉を投げかけられ、レンはポカンと口を半開きにしてシキ達の話を聞く。

 それらはどれもレンではなくギリュウ達を責める言葉であったが、レンの感情は不思議と嬉しいとも悲しいともいえないものであった。

「……部外者だからそう思えるんじゃないか? 当事者だったら考え方も変わるだろ。金銭泥棒とか、寄生冒険者みたいな陰口を言われたこともあるからな」

 せっかくフォローしてくれたのにも関わらず、レンは卑屈になってしまい自分を卑下するような言葉を発してしまう。

 それらは『そんなことないよ』と言ってほしいだけの幼稚な行動で、非常に情けないことであった。

 しかしレンはそれを知っていて、その言葉を発してしまった。

 だがそれは仕方ないことであり、レンにとって追放されたことを他人に告げること自体初めてで、シキ達が味方になってくれたことが嬉しくて甘えてしまっているのである。

「…………少なくともメアはそんなこと言わない。だって、メアは一閃の剣聖に助けられた1人だから」

「……? 前に会ったことあったか……?」

「…………覚えてないかもしれないけど、メアは覚えてる。あれはメアが濃霧の森でシキ達からはぐれた時。一閃の剣聖はメアを助けてくれた」

「濃霧の森……」

 濃霧の森。それはその名の通り年中濃い霧に包まれている森である。

 本来は《ダッカ森林》と呼ばれる森なのだが、冒険者の皆はダッカ森林と覚えるよりも濃霧の森と覚えている人が多く、自然とダッカ森林を濃霧の森と表現しても伝わるようになったのだ。

 そんな濃霧の森には霧に隠れて人を襲う魔物の巣窟で、レンがAランク冒険者の時に一度だけ行ったことがあるのだが、少し歩けば帰り道が分からなくなるほど霧が濃く、もう二度と行かないと誓ったほどであった。

「…………覚えてない?」

「……すまん。記憶が曖昧で思い出せない」

「…………なら、これで……分かる?」

「……そ、その髪と目は……!」

 メアが黒いフードから顔を出す。

 そこには海のように綺麗な青い髪の毛が短めに整えられており、レンを真っ直ぐ見据える緑色の瞳はまるで宝石のようで、丸く削った緑色の宝石を目の中に入れたようにキラキラと夕日を反射して輝いていた。

 そんなメアの素顔を見て、レンはある事を思い出す。

 それは濃霧の森でギリュウ達とはぐれてしまい、1人で周囲を警戒しながら走り回っていた時であった。

 普通なら走り回らない方が正しいのだが、その時のレンは焦ってしまい平静を失い、無我夢中で濃霧の森を行ったり来たりしていたのだ。

 さすがにもうダメかと思った刹那、前方から風でかき消されてしまいそうなほど小さな悲鳴が聞こえたので、レンは考えることをやめてその声に向かって走り続けた。

 するとそこにはBランク指定の《ウッドスモッグ》という睡魔を誘う煙を放つ魔物に襲われている1人の少女を見つけ、レンは《一閃》で一刀両断し、その少女を助け出したのである。

 ウッドスモッグは眠らせた人や魔物に根を張り、死ぬまで養分を吸い続けるという恐ろしい魔物ではあったが、睡魔を誘う煙さえ吸わなければそこまで強くない魔物なのだ。

 その助け出した少女はフードを被っていたが、レンが安否を確認した時、つい見入ってしまうほど綺麗な青い髪と、薄らと開いた瞼から見えた緑色の瞳が印象的で忘れることはなかった。

 そしてレンはその少女の呼吸を確認し、安全な場所まで避難させてからギリュウ達を探すため立ち去ってしまったのである。

「…………あのとき、ウッドスモッグからメアを助けてくれなかったら、きっと今頃メアはここにいなかった。でもお礼を言いたくても名前を教えてくれないままいなくなっちゃったから、メアはその人を探す意味で二つ名を提案したの」

「それが一閃の剣聖……か。まさかあのときの少女がSランク冒険者に上り詰めるとはな」

「…………一閃の剣聖に憧れて、努力した。Sランク冒険者になれば会えると思ったから。でもまさかこんな形で再会をするとは思わなかった」

「メアはレンさんのことを本当に尊敬してるんだ。あの後メアと再会したらずっとレンさんの話をしてたんだ。カッコイイとか、将来あんな冒険者になりたいとかね」

 シキが笑って話すと、メアは真っ赤にした顔をフードで隠してからシキに向かって落ちている小石を次から次へと投げつけていく。

 最初は少し痛い程度の小石であったが、どんどん石のサイズが大きくなっていき、最後には直径20センチは超える石をシキに投げつけていた。

 さすがに危ないのでフィールが宥めると、メアはハッと我に戻ったのか一度レンの顔を見てから小さくなってしまう。

 それを見てジダースが口を開くが、どうせろくなことではないので言葉を発する前にフィールがジダースの頬を殴って物理的に黙らせていた。

「……えーと、まぁかなり話を戻すが、簡単に言うと俺はヴァンホルンのギルドをやめてケルアでやり直したんだ。いつか奴らを見返してやるってな。だが今は別の目的ができたし、新しい仲間も増えた。正直今後二度と関わりたくない連中だ」

「うん、それがいいと思うわ。話を聞くかぎりじゃ、そのパーティにいてもくだらないことが起きてたと思うしね。それにもうCランクなら、すぐにまたSランクに返り咲くわよ」

「……? なんで俺がCランクだって知ってるんだ? 今日で初対面だよな?」

「…………シキ達がクエストに向かってる間、メアは用事があって行けなかったから、ギルドを密かに観察していた。メア達が一閃の剣聖の存在に気付いたのは、メアが一閃の剣聖とBランク冒険者のユークが戦っているのを見たから」

「なるほど、そういうことだったのか」

 確かにあのとき妙な視線を向けられていた気がする。

 しかしそれはメアが明かしてくれたからこそなので、きっと気のせいなのだろう。

「これでオレ達の用は済んだ。一応レンさんは仲間に明かしてないだろうと思って、ここまで移動してもらった」

「それはありがたい。まさかこんなあっさり終わるとはな。もっと色々と聞かれると思っていた」

「だから最初警戒したときメアが言っただろ? お話をしに来ただけだって。まぁ、怪しいのは当然だから仲間を呼ぶのは仕方ないことだ。それに……もう話は終わったから出てきていいよ。レンさんのお仲間さん」

 そうシキがレンの後ろに広がっている木々に向かって声をかけると、数秒待ってから黒竜姫が姿を見せる。

 なぜ素直に見せる必要があるんだと思うレンであったが、黒竜姫の張り詰めた表情を読み取り、誤魔化すのは無駄であることを知って黒竜姫の行動に納得する。

 いくら黒竜姫が隠密系の能力を使おうとも、Sランク冒険者達の前には通用しないという事だ。

「むむっ!? お、お前そんなところにいたのか!?」

 訂正。一部を除いてと言った方がいいかもしれない。

「あんたねぇ。そこは気付いてなくても気付いてるフリをしなさいよ。同じSランク冒険者として恥ずかしいんだけど」

「なにっ!? だが、嘘はダメだろ?」

「嘘はダメだけど……いや、やっぱやめましょう。これ以上はバカが移るわ」

 頭が痛くなったのかフィールが黒竜姫の横を通り過ぎてリルネスタ達の元に歩いていくと、ジダースがそんなフィールを追っていき、追い越していく。

 そしてポツリと取り残されたレンの隣に黒竜姫が歩み寄るが、どこか様子がおかしく、いつものように腕を組んで威張らずに真っ直ぐシキに視線を送っていた。

『お主、妾の視線で気付いたか』

「正解。まぁ、といっても気配は完全に消えていたしそこまで気になる視線じゃないから、気にしなくていいと思う。じゃ、オレ達は先にワイバーンの亡骸がある場所に戻ってるよ。そこで自己紹介をしようじゃないか」

 レンの肩を手でポンと叩くシキは、大剣の位置を調整しながらフィールとシキが通った道を歩いていく。

 だがメアはそんなシキを追うことなく、黒いフードを風でなびかせながら黒竜姫を下からジッと見つめていた。

「…………あなた、強い」

『……ふんっ、当然じゃ。妾は高貴たる存在じゃからな。妾に敵などおらぬ』

「…………そう」

 なにか言いたげではあったものの、メアはポツリと言葉を残してスタスタと歩いてレンと黒竜姫に背を向け、青々と生い茂った木々の中に姿を消してしまう。

 そんなメアがどこか気に入らないのか、黒竜姫の手からは黒炎が発生し、見るからに苛立った様子でキッと歯を噛み締めていた。

 だが黒竜姫はそこで怒りを爆発させることはせず、静かに魔力を抑えて逆だっていた髪を体の前に持ってきて撫で始める。

 黒竜姫は喜怒哀楽が激しく、特に見下されたりするとすぐに怒ってしまう性格なのだが、毎回怒りを爆発させない辺りやはり自分の価値を理解しているのだろう。

 竜族という魔物の頂点とも言っても過言ではない種族で、自分のことを決して卑下することない黒竜姫は、感情のまま行動することに意味が無いと知っているのである。

『悪いことは言わぬ。絶対に奴らを敵に回してはダメじゃぞ。特にあの大剣を背負った男は、お主並みの力を持っておる』

「下手したら俺より強いと思うぞ。でも、あの様子なら敵対することはないんじゃないか? 少なくとも、今はだがな」

『ふむ、それは言えてるの。では妾は先に戻る。お主はゆっくり戻ってくるのじゃぞ』

「……それには理由があるのか?」

『奴は自己紹介をしようと言ったのじゃぞ? そこで妾やあの猫の正体を明かすのはよくないと思ってな。なぁに、心配はいらぬ。妾に任せておくがいい』

 トンと胸を叩く黒竜姫は、微笑みながらレンを置いて先にリルネスタやライゴルグの待つ場所に戻ってしまう。

 レンはあまりにも急な出来事だったのでシキの言葉があまり飲み込めていなかったのだが、黒竜姫に言われたことによりライゴルグや黒竜姫といった本来は魔物の2人の事を思い出し、ハッとする。

 だが気付いた頃には既に黒竜姫の姿はなく、礼が言えないまま温かな風が吹く森の真ん中で立ち尽くしてしまっていた。

「あとで黒竜姫には個人的に礼をしなきゃな。黒竜姫が気付いてなかったら、正体がバレたかもしれないもんな」

 この件を終えたらどう黒竜姫に礼をするか考えながら、レンは言われた通りゆっくりと少し遅めのペースで来た道を戻っていく。

 魔物の姿はない。
 きっとワイバーンが降り立ったことにより、恐れた魔物達は森の奥へ逃げてしまったのだろう。

 鳥の鳴き声や虫の音も聞こえない。
 聞こえるのはそよ風に煽られて揺れる草木の擦れる音だけで、あまりにも静かすぎる森の中をレンは心地良さそうに息を吸いながら歩いていくのであった。
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