43 / 99
元Sランクの俺、作戦を練り直す
しおりを挟む絶体絶命。今の状況を表すなら、この言葉が最も適していると言えるだろう。
討伐対象である巨大なオールイーターは普通の個体に比べて獰猛で、縄張りに侵入しようならば仲間ですら丸呑みにしてしまうほど食欲旺盛で、自分よりも大きいモンスターですら丸呑みにしてしまう習性があった。
そもそも今レン達が立っている大穴も大半が巨大なオールイーターが岩や鉱石を食べて削った穴だ。
食べて削る。普通なら気が遠くなる話だが、オールイーターの口から垂れるヨダレには微弱ながらも酸性で、硬いものもゆっくりと溶かすことができるのだ。
だがそれを考えたとしてもこの大穴は異常なほど大きく、一匹のオールイーターなら何年もかかってしまうほどの規模なのだ。
しかし、それが一匹ではなく二匹なら。
何年もかかってしまう大穴でも、分担して時間を大幅に削減することが可能だ。
だが縄張りを作り、群れを成すオールイーターの親玉が協力するなんてことはまずありえない話で、普通なら一つの大穴に一匹しか存在しないはずなのだ。
はず、なのだが──
「……まさか、俺が言ってたことが本当になるなんてな」
この大穴に来る前、レンはリルネスタ達にあることを警告した。
それは『もしかしたらモンスターが情報にない行動を取るかもしれない』ということであり、いつなにが起きるか分からないということを教えたばかりだった。
だが、今目の前で起きているのは『ありえない』ことで、レンが最も恐れていたことであった。
「ヴァーナライト鉱石を生成するオールイーターは群れの親玉で、他の群れに干渉しないよう縄張りを離して生活している。それが俺が知っているオールイーターの習性だ。だが、今その情報にないことが起きている」
「え、それって……」
「かなりまずい。正直、俺でもキツイかもな」
縄張りに侵入した仲間を丸呑みにするオールイーターだが、意外と仲間思いなところがあり、仲間が殺されたら怒り、殺した者を襲うという感情が存在する。
きっとレンが本命を呼び出すために前脚を切り落としたオールイーターの叫びが届いたのか、少し時間が経ってから駆け付けてきたことを考えると、しっかり群れの親玉としての機能はしているのだろう。
だとしても、誰が二匹現れると予想するだろうか。口ではあらゆる可能性を考えていたとしても、やはり心のどこかで『ありえない』と思ってしまい、可能性を捨ててしまうのだ。
その結果、レン達は二匹のオールイーターに囲まれ、逃げ場もなくゆっくりと距離を詰められているという状況になっているのである。
「レ、レンなら倒せないの……?」
「倒せる。が、今回は討伐じゃなくてあくまでヴァーナライト鉱石の納品だ。この状況でヴァーナライト鉱石にキズを付けずオールイーターを倒すなんて芸当は、俺にはできない」
オールイーターと戦う時、嫌でもヴァーナライト鉱石にキズは付いてしまう。それは仕方ないことなのだが、なるべく最小限に抑えたいのである。
そうなると、例えばレンが《一閃》を使用して倒してしまうと、あまりの威力にヴァーナライトが粉々になり、吹き飛んでしまうということが起きてしまうのだ。
しかもオールイーターは二匹で、片方を倒してからもう片方を倒すなんて悠長なことをしていると、リルネスタ達が危険にさらされることになる。それだけは避けたかった。
しかしだからといってなにもしないわけにもいかない。せめて作戦を練る時間が少しだけでもいいからあればよかったのだが、そんな暇を与えてくれるほどオールイーターは優しくない。
そう考えた時、レンはオールイーターのある習性を思い出し、おもむろに自分のポケットをまさぐり始めた。
「とりあえず、いったんここから逃げ出して作戦を練ることにしよう。話はそれからだ」
「でも、どうやって! 今こうしてる間にもオールイーターは距離を詰めてきている! 早くしないと──」
「そう慌てるな。今は……これを使うんだ」
「っ! そ、それは……」
レンがポケットの中から取り出したもの。
それはユークが罰則として律儀に一枚一枚渡してきた大量の銀貨であった。
そしてレンはなにを思ったのか、その銀貨を大穴の入口とは真逆の方向に向かって放り投げてしまう。
そのまま大量の銀貨は暗闇の中に吸い込まれて消えてしまう。そしてその直後、大穴の中にチャリーンという金属特有の音が小さく鳴り響くのであった。
『グギャァァアァァァウゥ!』
『グギャァゥ! グギャァァウゥ!』
「オ、オールイーター達が……」
「私達を無視して銀貨が落ちたところに向かって走っていく……?」
銀貨が地面に落ちた音を聞いた瞬間、目の色を変えて走り去っていくオールイーターを見て、システィとユークは唖然とした表情でオールイーターの背中を見詰めていた。
「なにボーッとしてるんだ! 行くぞ!」
「──はっ、そうだった。システィ、行こう!」
「え、えぇ!」
「あ! 待ってよ! 置いてかないで~っ!」
そんなリルネスタの悲痛な叫びが聞こえたので、レンはユークとシスティを先に走らせてその場で立ち止まり、リルネスタを待つ。
そして息を切らしながら走ってくるリルネスタを俗に言うお姫様抱っこのように持ち上げ、颯爽と大穴から駆け出していく。
「レ、レン!? いきなりどうしたの!?」
「あ、暴れるな! 今はちょっと我慢しててくれ。とりあえずヤツらに気付かれない場所まで逃げるんだ!」
「逃げるって、どこに?」
「知らん! とりあえず遠くにだ! だからしっかりと掴まってろ!」
「う、うん……頑張ってね?」
「おぅ、任せろ!」
腕の中で顔を赤く染めながら暴れるリルネスタを落ち着かせ、レンはユーク達に指示をして来た道を戻っていく。
運がいいことに道中でモンスターと出会うことはなく、レン達はなんとかオールイーターに気付かれない位置まで逃げ切ることに成功する。
だがリルネスタを除く全員が全力疾走で走っていたので、肉体的に疲労しているのか安全な場所に辿り着いたら倒れ込んだり壁に寄りかかったりと、各々別々に荒れた息を整えていた。
「はぁ、はぁ、疲れた……」
「レン、大丈夫……? 私、重かったでしょ?」
「……重くはなかった。重くは。だが人を抱えながら走るなんて滅多にやらないから疲れた。水を貰えるか?」
「うん、私の水筒で良ければ。はいっ」
「おぉ、ありがとな」
リルネスタが鞄の中から取り出した水筒を受け取ったレンは、水を浴びるかのように喉を潤していく。
途中、むせてしまってリルネスタに背中をさすられながらも、なんとか落ち着いたのか水筒をリルネスタに手渡ししていた。
「あ、これってリルネスタも飲んでたんだっけか? ごめんな、ほとんど飲んじゃって」
「ううん、いいの。それよりも、なんでレンはいきなり銀貨を投げたの?」
「はぁ、はぁ……それだ、それ、僕も気になるんだ。教えてくれないか?」
「……わ、私にも教えてください」
呼吸が落ち着いたレンとは裏腹に、ユークとシスティはまだ息を吸うのが辛いらしく、少し顔色を悪くしてレンに質問していた。
だがそれでも周りの警戒を怠っていないあたり、やはり二人は優秀な冒険者だといえるだろう。
「思い出したんだ。オールイーターの習性を」
「習性? それって、さっきのことと関係してるの?」
「あぁ。オールイーターの背中に鉱石が生成される理由って、確か岩や様々な鉱石を食べることで、その中の成分が分泌されて背中に生成されるっていう不思議な仕組みなんだ。そしてその鉱石の大きさは、簡単に言うと強さを表しているんだ」
「えーと、つまり……ほら、俺様の背中の方が立派だぞ~! いやいや、俺様の方が立派だ~! みたいな?」
「そうだな、リルネスタが正しい。まぁ、つまりは他の群れに威嚇するためのものなんだ」
レンが今回のクエストに向かう前に調べた知識を語り、それに対してリルネスタやユーク、システィは真剣に聞き続ける。
話の途中でレンが曖昧な記憶を思い出している間も、静かにレンを信じて思考の邪魔をすることなく息を潜めるかのように黙々とレンを見詰めていた。
「その、だな。曖昧なんだが、オールイーターは悪食と言われているが、鉱石とか金属類が大好物なんだよ。威嚇するための道具として大きくするためにな。そして、そこにオールイーターのもう一つの習性が鍵になる」
「それは……耳が発達しているということですか?」
「その通りだ。今回やったのは賭けに過ぎなかったのだが、もしかしたら銀貨が落ちた時に聞こえる音に反応するんじゃないかと思ったわけだ。そしてそれは見事に成功した。だから逃げることができた……というわけになる」
「なるほど、ではもしあそこで反応を示さなかったら……」
「戦うしかなかったな。絶望的な状況の中で」
その地獄絵図を思い浮かべたのか、ユークは少し気分悪そうに苦笑いを浮かべていた。
誰だってあの状況下の中戦えと言われたら嫌に決まってるし、どれだけ実力があっても苦笑いを浮かべてしまうのは当然だ。
しかしそれよりもあの場でもしレンの作戦が成功しなければ命を落とした可能性もあるわけで、システィは怯える自分を抱くように肩幅を狭めて小さくなっていた。
「リルネスタは……まぁ、いいとして」
「ど、どういうこと!?」
「それだけ元気があれば大丈夫ということだ。とりあえず、俺の目からはユークとシスティには恐怖が生まれている。死んでしまうかもしれないという、得体の知れない恐怖にな」
「……否定はできない。死ぬかもと思った時は何度もあるが、ここまで直感的に死を目の当たりにしたのは初めてかもしれない」
いくら腕が立つ冒険者でも、命を惜しいと思わないバカはいない。
だがここで怯えてしまえば、次オールイーターに挑んでも恐怖に支配され、魔法の詠唱を間違えたり思った通りの剣技が使えないかもしれない。
しかし、そんなユークとシスティとは打って変わり、今のレンにはある一つの希望が生まれていた。
「ユーク、そしてシスティ。お前らは二匹のオールイーターを同時に相手して無傷で済む方法を知ってるか?」
「…………すまない、なにをどう考えても無傷で済む方法なんてあるとは思えない」
「そうか……なら、もし俺があの二匹のオールイーターを無傷で倒す作戦を見つけたと言ったら?」
「っ! そんな、まさか。冷やかしじゃないのか……?」
「冷やかしなんかじゃない。さっき銀貨に食いつくオールイーターを見て、確信したんだ。これで勝てるってな」
「それは……銀貨と、ペン?」
レンが取り出した銀貨とペンを見て、ユークだけでなくシスティやリルネスタはレンがなにをしたいのか分からないといった様子で首を傾げていた。
だが一方のレンは思い付いた作戦を脳内で何度もシミュレーションを行い、不敵に笑みを浮かべていた──
0
お気に入りに追加
3,788
あなたにおすすめの小説

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる