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元Sランクの俺、ガロド大鉱山に足を踏み入れる
しおりを挟むあれからレン一行はミレイダに軽く自己紹介をし、指名依頼された張本人であるレンが代表になって今回の件について伝える。
ミレイダには一応クエスト用紙を渡してあるが、念のためクエスト内容の報告。そしてこれが指名依頼であることを余すことなくきっちりと伝え終える。
すると意外なことに、どうやらミレイダとカラリアは面識があるようで、ガロド大鉱山に向かうことに関しては問題は無いとのこと。
だがミレイダはレンから受け取ったクエスト用紙を何度も読み返し、険しい表情のまま手にしているクエスト用紙を机に置いていた。
「さっき聞いたけど、レンくんとリルネスタちゃんはまだEランクなんだろう? まだユークくんとシスティちゃんは良いとして、オールイーターを倒せるレベルとは程遠いじゃないか」
「オールイーターの指定ランクはCランク。でも今回自分達が倒すヴァーナライト鉱石を生成するオールイーターはAランクに近いBランク。正直、Eランクが敵う相手じゃないですね」
「……それが分かってるなら、なぜこのクエストを受けたんだい? 指名依頼といっても断ることが出来る。見栄を張って死んだらそこで終わりな世界で、なぜこんな無謀な選択をしたんだい? 本音を言うと、ユークくんやシスティちゃんでも厳しい相手だ。悪いことは言わないからこのまま帰ってほしいくらいだ」
帰ってほしいというのは厄介払いなどではなく、ミレイダなりの気遣いなのだろう。
ガロド大鉱山への進入を許可するということは、ギルドマスターであるミレイダがその冒険者を認めるということだ。
そして認めた場合、責任が生まれる。
責任というのは、もし冒険者がガロド大鉱山で命を絶った時、進入を許可したミレイダが少なからず負い目を負うことになるのだ。
ミレイダがギルドマスターになって何年が経つかは不明だが、きっとガロド大鉱山への進入を許可したまま帰ってこなかった冒険者も少なくはないだろう。
だからこそ、ミレイダはレンの無事を思って強めに言葉を言い放っているのだ。
不器用なミレイダの不器用なりの気遣い。
それに気付けないほど、レン達は愚かではなかった。
しかし──
「一度受けた以上、危ないから帰るなんてそんな惨めなことは嫌なんですよ。こう見えて、結構プライドがあるんです」
「プライドで飯が食えるってのかい!? 死んだら終わりなんだ。余計なプライドなんか捨てないといつか損をするのはあんただよ!!」
過去にレンのような無謀な冒険者を見たことがあるのだろう。
ミレイダは机にヒビが入るのではないかと錯覚するほどの力で叩き、体を前のめりにしてレンを強く睨みつける。
その鬼のような剣幕にリルネスタ達は怯んでいたが、唯一ただ一人。レンはなんてことのない様子でクエスト用紙を丸め、自分の懐にしまっていた。
「確かに、冒険者にとって余計なプライドは最もいらないものですね。持っていても得はないし、損することばかり。実際、そんなプライドのせいでモンスターに殺される者は少なくはありませんから」
「それを知ってるんだったら──」
「だが、俺のプライドは余計なプライドじゃない。自分で言うのはなんですが、こう見えてカラリアの目に認められたんだ。カラリアとの面識があるなら、それがどういう意味か言わなくても分かるはずだ」
レンは引くことなく、むしろ押す形でミレイダに顔を寄せて自分の目に指を指す。
するとそんなレンに怯むようにミレイダの顔からは怒りが消えていき、少し逆だっていた髪の毛も落ち着いてソファに座り直していた。
「あんたの目、とてもEランクとは思えないものを感じるよ。簡単に言うなら、本当にEランクなのかと疑ってしまうくらいね」
「はははっ、まぁ、レンは僕を負かした男だからね。イグナスのギルドマスター、こう見えて彼は強いですよ。言葉の意味通り、彼の実力はEランクなんかで見てはいけない」
まるで自分事のように語るユークに目を向けると、ユークはその場を誤魔化すかのように自分の頭を撫でて笑っていた。
よくこの状況下で笑えるなと思いつつも、
「言葉遣いが荒くなってすいません。ですが、カラリアの事を知ってるなら……なぜEランクの冒険者にこんな難しい指名依頼をするのかなんて、分かりますよね?」
と、ミレイダの目を真っ直ぐ捉えてレンは物静かに問いていた。
それに対し、ミレイダは深いため息を吐いて瞼を閉じたと思えば、いきなり腹を抱えながら豪快に笑い出した。
「ハハハハっ! 面白いねぇ、気に入ったよ! あたしはそういうタイプが大好きなんだ! 確かにレンくんの言う通り、カラリアの指名依頼なら信用ができる。でもね、やっぱりあたしは不安なんだよ。君たちみたいな未来有望の若者が命を落とすことが」
「大きなギルドを統べるギルドマスターは大変ですよね。いつ自分の息子のように可愛がった冒険者が姿を見せなくなったら」
「まぁ、長年続けてると嫌でも慣れるものだよ。でも辛いものは辛いさ」
「だが、信用してるからこそ挑戦しようとしてることを止めるのは気が引ける。でも止めなかったら死んでしまうかもしれない。その場合、きっとミレイダさんなら信じて背中を押すでしょう」
「……驚いた、まさかそこまで見透かされてるとはね。まいったよ」
人の上に立つ者なら誰しもが経験することだ。
それはレンも同じで、ギルドランクを上げれば上げるほど名前が広がり、自分より下の冒険者達が助言を求めてやってくる。
大体の助言が無理難題で、レンは『やめておけ』と両手では数え切れないほど言いつつも、結局は相手の根性に負けて背中を押すハメになる。
そして帰ってこなくなった冒険者もいた。
その帰ってこなくなった冒険者はもしかしたら生きてるかもしれない。だがレンは悔いることをしなかったし、悲しむこともなかった。
それは信じていると言いつつも、内心では諦めていたからだ。その結果、帰ってこなくても『やっぱりか』と諦めがつく。
そんな苦い経験をしたことがあるからこそ、レンは自分とミレイダを照らし合わせ、同情するように語りかけたのだ。
「約束しますよ、絶対に生きて帰ってくると」
「……ハハハハっ! あたしもまだまだだねぇ。冒険者に、しかも別のギルドの冒険者にこんなこと言われちゃ。分かったよ、認める。これを持っていきな!」
机の下からあるバッチを取り出したミレイダは、それを机の上に4つ分丁寧に並べる。
その銀色のバッチにはピンクのハートが描かれており、その中に『ミレイダ』とやけに丸まった文字が刻まれていた。
「これは……もしかして許可証ですか?」
「その通りだよ! ガロド大鉱山はイグナスが管理してる中で一番巨大で、危険な山だ。だからこの許可証がない限りガロド大鉱山の麓で警備してるギルド職員に追い出されるのさ」
「でも、中には無理やりでも侵入する輩とかいるんじゃないですか?」
「そのときは可哀想だが、指名手配させてもらうね。別に殺すだとかそんな物騒なものじゃないよ。しばらく反省するために檻の中に放り込むだけさ」
さり気なく恐ろしいことを言うミレイダだが、そのような事態になるほどガロド大鉱山は危険なのだろう。
だが今更それを聞いて臆することはない。
それはリルネスタも同じようで、レンが目配せするとどこか決心した様子で力強く頷いていた。
「よし、なら行こう。ミレイダさん、ありがとうございました」
「あぁ、頑張ってくるんだよ。応援してるからねっ!」
全員でミレイダの名前が刻まれたバッチを握りしめ、深々とお辞儀をしてから部屋をあとにする。
そして皆どこかやる気に満ち溢れた表情のままギルドの一階に戻り、周りからの視線を気にすることなくギルドの扉を開ける。
外はギルドの中ほどではないが十分に賑わっており、冒険者だけでなく一般人の通りも激しく、本当に祭りでもやってるのではないかと思ってしまうほどの人口密度であった。
「ねぇ、ガロド大鉱山ってどこにあるの?」
「どこって、あれだ」
「あれって……もしかしてあのおっきい山?」
「そうだ。今から俺たちはあの山に向かうんだ」
イグナスの門をくぐった時から既に見えていた一際目立つ一角。さすが大鉱山という名だけあって、標高は他の鉱山よりも高く、そして遠目からでも分かるほど険しかった。
しかしだからといって険しい山道を上るのではなく、主に山の内部から上へ上へと目指すという鉱山なのだ。
「とりあえず、オールイーターが生息するのは中部部分だ。だから今回のクエストは移動面でも楽じゃない」
「でも力を合わせれば成し遂げられるよね!」
「あぁ、そうだな。じゃ、早めに行くぞ。できる限り早く終わらせたいからな」
「それは賛成だ。僕も体がなまって仕方が無いんだ。早く向かおう」
爽やかなキメ顔を決めつつ銀貨を飛ばすユークを放置し、レンは先頭に立ってガロド大鉱山への道のりを歩いていく。
そしてイグナスの門をくぐってガロド大鉱山までの整備された道に立ったレン達は、気持ち早めに足を動かしてガロド大鉱山へと寄り道することなく突き進んで行った。
────────────
「止まれ、ここからは許可証がないと通れないぞ」
「えーと……これでいいか? ミレイダさんっていうイグナスのギルドマスターから受け取ったのだが」
「……うむ、これは失礼。では、お気を付けて」
イグナスを出てから約一時間後にレン達はガロド大鉱山の麓に到着し、麓の木々に隠すように立てられた小屋の中で過ごすギルド職員に許可証を見せ、高い柵の境界線を超えてガロド大鉱山の敷地内へ踏み込む。
移動に一時間もかかるなら馬車を使った方が良さそうに見えるが、道は荒れ、馬を狙うモンスターも多いため、安全策をとって徒歩で向かった方がむしろ安全なのである。
もし運がいいことにモンスターに襲われなかったとしても、荒れた道を進んだせいで馬車の車輪部分が破損してしまう可能性もある。
そのような様々な可能性を考慮した結果、今回のように少し面倒だが確実にクエストを達成できる方法を選んだのだ。
「リルネスタさん、これってもしかしてあれでしょうか」
「え? あ、これはもしかしなくてもこれはガロド大鉱山の入口への行き方ですね。レーン! ガロド大鉱山の中に入るにはこのまま真っ直ぐ歩いたところにある赤いゲートの先だって!」
「赤いゲートな、覚えた。よし、じゃあこれからガロド大鉱山の中に向かうが、これからは絶対に油断するなよ。冗談抜きで下手しなくても死ぬからな」
「分かってる。でも一度気持ちを切り替えた方がいいね」
「そうだ。そしていったん銀貨を渡すことは忘れてくれ。気が散る」
「了解、さすがの僕でもそれくらいは分かるさ」
どうやら全員の気持ち整っているようで、レンが言うまでもなく既に準備万端であった。
「さて……行きますか!」
「おーっ!」
レンが指揮を執り、掛け声をかけるとリルネスタが元気よく拳を突き上げて気合の入った声を上げる。
一方のユークとシスティは声は上げないものの、気合十分なのか冒険者独特の雰囲気を溢れんばかりに垂れ流していた。
そして、レンを筆頭に進み、その後ろにリルネスタ、システィと並んで三人を守るような形でユークが最後尾を歩く。
しばらく歩くと、リルネスタの言っていたとおり空きっぱなしの赤いゲートを発見する。そしてレン達一行は迷うことなくダンジョンのように入り組んだガロド大鉱山へと足を踏み入れるのであった。
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