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元Sランクの俺、イグナスへ向かう
しおりを挟むユーク達と別れ、6日が経った日の昼過ぎ。
レンとリルネスタは約束通り、先日話し合ったギルドの隅にある机に向かって歩みを進める。
この6日間、レン達はそう難しくないクエストをいくつか達成していた。そのおかげで、リルネスタもレンと同じくギルドランクがEに上がっていた。
ほぼ毎日のようにクエストを受注していたが、前日は指名依頼を達成するため、レンはリルネスタと共に一日中宿でゴロゴロとしていた。
そのせいで少し体が重いような感覚を覚えながらも、レンがギルドの奥へと進んでいく。するとそこには既にユークとシスティの姿があった。
「すまん、遅くなった」
「いや、ちょっとシスティと相談して少し早く移動する話になっただけだよ。あ、これを受け取ってくれないかにゃん?」
「ん? ……って、なんだこれ」
レンがユークから受け取った丸々と太った袋。
それは見た目の割にはやけにずっしりとした重みがあり、ジャラジャラと金属が擦れる音が鳴り止まなかった。
その中身を見ると、なんと数え切れない数の銀貨が詰められており、レンは嫌な汗をかいてゆっくりと顔を上げる。
「もしかして……」
「そう、この6日間で語尾の付け忘れを数えたらここまで多くなってしまったにゃん」
「…………」
もう一度銀貨を見つめ、レンは絶句する。
真面目なのはいい。律儀なのはいい。
だがここまでくると逆に罰を下したこちら側がゾッとするわけで。
「気にせず受け取ってほしい。ちゃんと数は合ってるはずだにゃん」
「…………あ、あぁ。受け取っておく」
レンは今、過去に自分が面白半分で出した条件について後悔していた。
あのときは金が無く、懲らしめ半分資金獲得半分であのような条件を提示したが、まさかここまで実直に約束を守るとは思ってもいなかったのだ。
裏では普通に過ごし、レンと話すときだけ語尾に『にゃん』を付けると思っていた。
だがユークは良くも悪くも真面目なのか、気にしていないのにも関わらずなにも言わず銀貨を渡してくる。
それに対し、レンは内心『もしかして精神的に俺を殺す気か?』と錯覚するほど、ユークの行動は狂気じみていた。
「ところで、レン。馬車の手配はどうなったんだにゃん?」
「あ、あぁ。馬車なら昼過ぎに南門外で待つように昨日お願いしたから多分もう準備は出来てると思うぞ? だから今すぐに出発できるはずだ」
「ちなみに、馬車は何台頼んだにゃん?」
「二台だな。行きはそれぞれ男女でもパーティでもいいから分かれて、帰りは一台の馬車にヴァーナライト鉱石を乗せて、窮屈だが残りの馬車に全員乗るつもりでいる」
手配した頭数と、その理由についてレンが詳しく述べると、ユークは腕を組みながら小さく相槌を打って静かに話を聞く。
そして異論はないのかユークは右手の親指を上げてグッドサインをレンに向け、荷物を持って立ち上がっていた。
「なら早速向かった方が良さそうだね。ちなみに、レン達は準備を済ませたのかにゃん?」
「あぁ、俺もリルネスタも昨日街中にある店に行って回復カプセルやそれ以外の戦闘アイテムを買い込んだから大丈夫だ。リルネスタ、使い方は覚えてるよな?」
「うんっ! 回復カプセルはダメージを受けたらすぐに食べる。戦闘アイテムは臨機応変に!」
「よし、その通りだ。というわけで、付いてきてくれ」
立ち上がったレンはポーチに銀貨が詰め込まれた袋を押し込み、ギルドの外へ向かう。
その隣にはリルネスタが位置取りをし、後ろにはユークとシスティが肩を並べてレンのあとを一定のペースで追っていた。
そしてティエリナに指名依頼のクエスト用紙を提出し、4人分のサインを確認し終えてからギルドの扉を開けて外へ出る。
「ちょっと暑いね」
「そうだな。水分補給はこまめにしとけよ」
そんな他愛もない会話を交わし、少し早めの足取りでケルアの南門へ急ぐ。
それから20分後には南門外へ到着し、レン達が馬車に歩み寄ると、その馬車の御者台にはレンが過去にお世話になった人物が髭を触れながら風を浴びていた。
「ガルドさん、俺だ。見覚えあるだろ?」
「む? おぉ! 確か……レン? だっけな」
「そうそう、あのときは世話になったよ」
「ハハハ、そうかそうか。昨日いきなり仕事が入ったから誰かと思えばお前さんだったのか。それで、今回は《イグナス》まで送ればいいんだよな?」
「そうだな。俺達はイグナスからガロド大鉱山まで向かうつもりだ」
「ガロド大鉱山か。なんだかワシの名前に似てるから親近感があるな。ハハハ!」
そう笑い飛ばすガルドに、レンはリルネスタ達に自己紹介をさせ、もう一人の《シンバ》という御者にも挨拶する。
そして早速出発するため、レンとリルネスタはガルドの馬車に。ユークとシスティはシンバの馬車に乗り込んで目的地であるイグナス方面へと向かった。
「ねぇねぇ、今回ってガロド大鉱山に行くんだよね? だったらなんでイグナスっていう場所に寄るの?」
「そうだな。ガロド大鉱山ってモンスターが多くて危ないから、馬車は特に襲われやすいんだ。しかも足場が悪くて登り坂が多いから歩いた方が良いくらいだ」
「ふーん、やっぱりそういうのがあるんだね」
「ガロド大鉱山はイグナスが所有してるからな。いくらモンスターを討伐するために乗り込むといっても、ちゃんと許可を得ないとダメというのもあるな」
イグナスという名の街にはガロド大鉱山以外にも様々な鉱山が付近に連なっており、大事な資金源になっていた。
なのでほとんどはイグナスが所有・管理しているため、勝手に踏み込んで鉱石を採掘し、持ち帰ることは禁じられていた。
それがいくら大暴れしているモンスターを討伐するためといっても、もしかしたらこっそり鉱石を持ち出す輩がいるかもしれないということで、近年許可制になったのである。
「私、ちょっと気になったことがあるんだけど」
「ん? なにかあったか?」
「ううん、そこまで重要なことじゃなくて。レンって結構物知りだよね。モンスターの名前や習性とか、土地勘っていうのかな。まるで世界を全部知り尽くしてるみたい」
「ははは、そんなことはない。まぁ、いつかは世界を知り尽くすのもありだな」
モンスターの知識や村や街、そして国の情報は全てレンが二本の足で赴き、独自で調べたことだ。
多少人から聞いたり書物で調べた知識や情報もあるが、やはり実際は目で見て耳で聞かないと分からないものもある。
なのでレンはほとんどのモンスターの名前や習性を熟知しており、知らない土地は全くといっていいほど無いに等しかった。
「レンはいつか絶対にすごい冒険者になるよ!」
「勇者の紋章が刻まれた時点ですごい冒険者だと思うぞ。ところで、リルネスタ。俺達が出会って結構経つけど、他の四大能力持ちには中々出会わないものだな」
「うーん、確かにそうだね。でも、絵本の通りに事が進んだら四大能力が集まると世界に混沌が訪れるんだよね。だったら、このままの方が私は平和で好きだなぁ」
緩やかな風がリルネスタの体を包み、優しく髪を揺らしていく。
その髪を手でかきあげて耳にかけるリルネスタは途中でレンに見つめられていることに気付き、どこか恥ずかしそうに馬車の窓から見える和やかな景色に目をやっていた。
一方のレンは、そんな絵になっているリルネスタを見て自然と笑みをこぼしていた。まるで今の幸せを噛み締めているような、そんな暖かい感情に包まれていた。
「って、今の会話聞かれてないよね?」
「あぁ、大丈夫だと思うぞ。普通に声を抑えてたし、そもそも乗客の話を盗み聞きする人じゃないしな。安心してくれ」
「そうかぁ、なら安心だね」
と言って、リルネスタは折り曲げていた足を真っ直ぐ伸ばし、壁に背中を預ける。
「私、ちょっと眠くなっちゃった」
「なら寝てもいいぞ。まだ当分時間はかかるしな。それにここ最近ずっとクエストに行ってたし、リルネスタも頑張ってからな」
「レンは寝なくていいの?」
「あぁ、俺は平気だ。少しの睡眠で二日は寝ずに活動できる」
「へぇ、やっぱりレンはすごいんだね」
それだけ言い残し、リルネスタは瞼を閉ざしてしまう。
行動や言動を見て、レンはリルネスタのことを妹のように思っていた。
だがこうして見ると綺麗な顔立ちをしており、出るとこも十分に出ていて立派な女性を感じるものがあった。
「ははは、まるで子供みたいだな。なんていうか、やっぱり妹に見えるな」
しかし愛嬌のある寝顔を見て『女性』より年下の『妹』に見えてしまったのか、レンは静かに笑ってポーチの中を整理することにした。
それに対し、レンはリルネスタがほんのわずかだけ膨れっ面になっていたのを気付くことはなかった。
──────────
あれから数時間が経ち、日が沈み始めた頃。
これから通る道には夜に獰猛性が増すモンスターが多いということで、今レン達は馬車から降りて野営の準備をしていた。
場所はまだケルアとイグナスの丁度中間辺りで、比較的安全な草原の真ん中に焚き火を焚いてその火を囲むように各々テントを張っていた。
「ガルドさんとシンバさんは明日のために休んでほしい。ユーク達もゆっくり休んでくれ。火の番と周囲の警戒は俺がやっておく」
「ワシらはそれでいいのだが……一人で大丈夫なのか?」
「そうだ。それなら僕もいた方がいいんじゃないか?」
不安なのか、ガルドとユークはレンに歩み寄って抗議する。
だがユークは器用な手付きで銀貨を弾き飛ばし、ピンポイントに肩の上へ落としていたので、本当はからかっているのではないかという疑問が生じていた。
「ほら、俺は馬車の中でずっと寝てたから眠くないんだ。それに少し動き足りないからちょっと体を動かしたい気分なんだよ」
レンがそう言うと納得したのか、ガルドは黙って頷いてシンバの元へ帰っていく。
そしてユークもまだなにか言いたげであったが、レンが肩に手を置いて『任せてくれ』と伝えると渋々ながら『頼む』という返事が返ってくる。
なのでレンはガッツポーズを取ってユークの不安を取り除き、焚き火の近くに置かれた丸太に腰を下ろした後、火が消えないよう等間隔に木の葉や木の枝を放り込んでいた。
「レンってほんとお人好しだよね」
「なんだ、起きてたのか」
「うん。お昼にあれだけ寝ちゃったから寝れないんだ」
「そうか、確かに全然眠くなさそうだな。じゃあ……その、なんだ。隣に座るか?」
「っ! うん!」
レンが少しだけ横に移動すると、その隣にリルネスタが座る。
少し窮屈そうだったのでレンが人一人分入れるほどの距離を置くと、その隙間を埋めるようにリルネスタがレンに詰め寄っていた。
「おい、暑苦しいだろ」
「えへへ~、暖かいね」
「…………そうだな」
パチパチと焚き木が音を鳴らして燃える中、レンの腕にリルネスタの腕が絡まる。
あまりにも突然のことだったのでレンは過剰に反応するが、照れくさそうに笑うリルネスタの笑顔を見て吹っ切れたのか、腕を振り払うことなくされるがままになっていた。
「なんだ? まるで子供みたいに甘えてくるな。本当は甘えん坊なのか?」
「……むぅ、私は子供じゃなくて大人です~!」
「それ、子供が言う典型的な言葉だぞ」
「な、ならレンだって子供だよっ!」
「そうだな。俺もまだまだ子供だな」
隣でバタバタと暴れ、口を尖らせながら怒るリルネスタを適当に宥めるレンは、ポーチの中からドライフルーツを取り出して齧っていた。
だが自分だけ食べるのも味気ないので、リルネスタにドライフルーツを分けてやると満面の笑みでお礼を言ってかぶりついていた。
「ははは、やっぱり子供だな」
「ち、違うもん! これは……お腹が減ってたからだもん!」
「はいはい、そうだな」
「絶対分かってないでしょ! レンのいじわる~!」
そんな傍から見たらイチャついてるように見えるやりとりをしている最中に、レンは騒がしくしすぎたことに気付き二台の馬車を確認する。
だが意外と距離があるため、今のやり取りが聞かれてるような様子はなかったので、レンはホッと胸を撫で下ろしていた。
「ねぇ、レン」
「なんだ? もしかしてまだ子供って言われたことを怒ってるのか?」
「そ、そうじゃなくて……もう! えいっ!」
「んなっ!?」
いきなりなにをするかと思えば、リルネスタはレンに飛びついて力強く抱きしめていた。
それは先日リルネスタがカラリアにされていたことと同じであり、当の本人は抱きついているのにも関わらず顔を真っ赤にしており、肌を伝って聞こえる心音がやけに激しかった。
「リ、リルネスタ!?」
「わ、私はもう子供じゃないもん! それに、レンの妹でもないもん!」
「妹って……まさか、聞いてたのか?」
「聞こえちゃったの!」
怒りだすリルネスタであったが、一向に離そうとはせず逆に抱きしめる力を強くしていく。
それによりレンの体が折れる──ということはないのだが、鼻腔をくすぐる甘い香りと体全体に伝わる柔らかい感触に頭がパンク寸前になっていた。
「私だって、女の子なんだから……その、ちゃんと妹とかじゃなくて女の子として見てほしいな……」
「そ、そうか! そうだな! 分かった、分かったから離れてくれ! なっ?」
「ダメ、もう少しだけこうしていたい」
嬉しい悲鳴とはこのときに使われるのだろうか。
リルネスタに抱きしめられて嬉しいと思っている自分がいるのだが、このままでは理性が危ういため離してほしいと思う自分もいる。
男の理性というものはいかに脆いということが今身をもって実感したレンは、できるだけ別のことを考えるためオールイーターの習性を頭の中で読み上げることにする。
だが鼻に伝ってくる甘い香りと体に伝わってくる柔らかい感触からは逃れることは不可能なため、すぐに頭の中が煩悩にまみれ、レンは自分自身を苦しめていた。
「な、なんで離したくないんだ……?」
「だって…………」
リルネスタからの答えを待つが、なぜか黙り込んでしまう。
そして今は暗い静寂の中、小さな灯火に照らされた少女が少年に抱きついているという幻想的な一面が完成していた。
「私、今絶対顔が真っ赤っかだから……見られたら恥ずかしい……」
そんないつものリルネスタからは到底想像出来ないような乙女な言葉を聞き、レンは心に矢を射られたように『うっ』と小さな呻き声を上げる。
それが気になったのか、リルネスタがゆっくり顔を上げる。すると丁度そこにはレンの顔があり、あと少しで額同士がぶつかってしまうほどの距離で、二人は静かに見つめ合っていた。
だがしかし、そんな良い雰囲気を壊すかのように馬車の方から狼の遠吠えような声が聞こえ、レンはリルネスタを引き剥がして剣を構えていた。
「……すまん、少し様子を見てくる。だからリルネスタは馬車を守ってくれ」
「う、うん。分かった。気をつけてね」
「おう」
と、レンはその場から逃げ出すようにモンスターがいるであろう方向へ走り去ってしまう。
そして焚き火の前で一人残されていたリルネスタはペタリと座り込み、真っ赤になった自分の顔を手で覆いながら涙目になって『ばかばかぁ!』と首を横に振りながら叫んでいた。
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