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元Sランクの俺、仲が深まる
しおりを挟む薄暗い路地裏の奥に存在する工房。
そこの主であるカラリアと出会ったレンは、彼女の持つ《鑑識眼》という名の魔眼系スキルに強い警戒心を宿していた。
一歩間違えば自分の能力を暴露され、平穏な日常を脅かす存在。
レンはカラリアを横目見ながらも、ポーチの横にぶら下げている嚢に収められたナイフの柄をバレないように握りしめていた。
そんなレンから放たれるほんの僅かな殺気を感じ取ったのか、カラリアは気さくに笑いながら頭を掻き、笑顔のままレンに接近した。
「ごめんごめん、別に怒らせたいわけじゃなかったんだ。ただボクは初めて見る人の力や能力を好奇心で覗いちゃう癖があってね。今回の件、これでも悪いと思っているんだ。絶対に公言しないと約束するよ」
「…………言質はとったからな」
「うん、これでも口は堅いんだよ?」
そう言われ、レンは多少カラリアを睨み付けながらも、ナイフの柄から手をゆっくりと離し、ポケットに手を突っ込む。
「なぁ、一ついいか?」
「ん? どうしたんだい?」
レンがカラリアを呼ぶと、カラリアはキョトンとした顔で首を傾ける。なのでレンはカラリアの肩を掴み、ティエリナには聞こえないくらいの声で耳打ちをした。
「お前、元冒険者だろ」
「……それはボクを試してるのかい? というか、なぜそう思ったか聞いてもいいかな?」
「ただの勘だ。だが、これでも俺の勘はよく当たるんだ」
それだけ言い放ち、レンはカラリアから離れる。
そのときティエリナから『どうしたの?』とアイコンタクトが送られるが、レンは黙って首を横に振って『なんでもない』という意思表示をした。
「うん、やっぱりレンさんは面白いね。ますます気に入っちゃったよ」
「そりゃどーも。ところで、今回どういう件でここに来たんだ?」
「ごめんなさい。ここに来てからすぐに話そうとしたんですけど……カラリアが勝手なことするから。今回は私だけじゃなくてレンさんの息抜きでもあるんだから、変なことしないでよね?」
「分かったから、続けていいよ」
「ほんとに分かってるの……? はぁ、まぁいいけど」
きっとカラリアも悪気があるわけではないだろう。だがそんな気さくなカラリアがふざけているように見えるのか、ティエリナは小さくため息を吐いていた。
それはレンも同じで、極力相手に回したくない相手に出会ってしまったものだと、ティエリナと同じタイミングでため息を吐く。それに気付いたのか、カラリアはそんな二人を指さしてケラケラと笑っていた。
「…………これでも、カラリアは結構腕がいい鍛治職人なの。だからレンさんの武器とか防具とか、新調したり強化したりしてくれないかと頼んだんだけど……本当にごめんなさい。カラリアが言うことは気にしないで」
「あぁ、もう気にしていないさ。でも、こんな路地裏の奥に工房があってもあんまり人が来ないんじゃないか?」
「あはは、ボクの工房はお得意様専用さ。だから今後は遠慮なく来てほしい。ティエリナからの紹介人ってのもあるけど、さっきのお詫びも兼ねて格安にしておくよ」
話してて悪い人ではないことが伝わってくるのだが、やはり先ほどの件が件なだけにレンはまだ心の底からカラリアを信用しきっていなかった。
一応ティエリナの友人らしいので信用出来ないことはないのだが、裏がある可能性がある。なのでレンはあまりカラリアにマウントを取られないようにティエリナの側に寄っていた。
ティエリナを壁にするようで少し良心が痛むが、これでカラリアがなにか言ってもティエリナが叱ってくれるのは確実なので、とりあえずは一安心ということである。
「ところで、レンさんは今冒険者ランクはEなんだっけ?」
「あぁ、そうだが」
「ちょっと剣を見てもいいかい? あ、ボクが信用できないなら渡さなくてもいいよ。ただちょっと見たいだけなんだ」
「…………」
渡したくないわけではないが、快く渡す気にもなれない。だがあまりにも気にしすぎるのもあれかと思い、レンは鞘ごと聖剣をカラリアに手渡しする。
もしここでカラリアが剣を引き抜き、切りつけてきてもレンにはまだナイフがある。
伊達にSランク冒険者まで上り詰めていないので、初心者の剣くらいはナイフで捌ける自身がレンにはあった。
だがそんなレンの気にしすぎた予想とは裏腹に、カラリアは音を立てずに聖剣を鞘から引き抜いて刃の表面と目線を平行にして観察したり、太陽の光を反射させたりする。
「これは……まさかAランクの《ホーリーメアキャンサー》の裏甲殻を使って造った聖剣……? すごいね、ここまで裏甲殻の特性を生かして造られた聖剣を見るのは初めてだよ。しかもかなり使いん込んであるね」
「Aランク……? レンさん、この剣って……」
「父親から譲り受けたものだな。Eランクの俺がAランクの魔物なんか倒せるわけないだろ?」
「まぁ、そう思うのが妥当だね。だってこの刃、太陽の光を浴びせると特徴的な輝きを見せる。これは使い込まないと現れないものだよ」
父親から譲り受けたというのは嘘だが、カラリアは疑うことなくレンの都合よく解釈してくれたおかげで、変に疑われることはなくなる。
だがティエリナには既に数えるのも大変なくらいの数の嘘をついてしまった。これはいつか誠心誠意の謝罪をしないといけないと、レンは心の中で決心していた。
「レンさん、ちょっと腕に触ってもいいかい? あはは、そんな嫌な顔しないでくれ。別に取って食おうとするわけなんじゃないんだからさ、力を抜いてほしい」
「嫌な顔してるか? まぁ、腕くらいは……」
「ありがとうね…………うんうん、なるほどなるほど」
レンの腕に触れ、カラリアは頷きながらブツブツと独り言を呟く。
そして途中で腕を曲げるように指示したり、力を込めるように指示をするなど、レンは約3分という短い時間の間にカラリアによって右腕と左腕を満遍なく触られてしまった。
「ごめんね、ボクみたいな貧相で可愛げ無い女が体に触って。男の子ならティエリナみたいな美人でおっぱいが大きな女の子に触って──」
「カ ラ リ ア?」
「そ、そんな目で見ないでほしいな。あ、あはは……ねぇ?」
「いや、ねぇと言われてもだな……」
困り果てたのか、カラリアはレンの顔を見て苦笑いを浮かべながらたははと笑う。
だがそうやって共感を求められてもレンが反応できるはずもなく、ただ黙って極力ティエリナと目が合わないようにさり気なく空を仰ぎ見ていた。
「で、カラリアはいつまで触ってるつもりなの?」
「いや、ちょっと筋肉の構造が気になってね」
「筋肉の構造って?」
ティエリナが首を傾けながらカラリアに質問すると、カラリアは得意げな表情になって胸を張る。
「冒険者の筋肉ってね、二種類あるんだよ。ただ体を鍛えてできた筋肉と、使う筋肉が動かされて自然に必要な筋肉だけ鍛えられた筋肉がある。レンさんは完全に後者なんだよね」
筋肉について、カラリアはレンの腕を触りながら話を続ける。
途中、右腕に巻かれた包帯を取ってもいいかと聞かれたが、レンは首を横に振って断固として拒否した。
「まぁ、話を続けるよ。レンさんの腕の筋肉はね、左よりも右の方が発達してるんだ。それも、力こぶができるくらいガチガチな筋肉じゃなくて、どちらかというとしなやかな筋肉に近い。それで、レンさんの剣は左の腰にぶら下げているから、レンさんはいつも右手で剣を持って戦ってる……合ってるよね?」
「あぁ、その通りだな」
「ということは、レンさんの筋肉は『実戦によって成長した筋肉』なんだよ」
長く語るカラリアに感心したのか、レンは素直に聞き入っていた。
それはティエリナも同じで、まさかカラリアがここまで真面目に答えるとは思ってもみなかったのか、口から感心の声を洩らしていた。
「でも、これほどの筋肉ならもっと大きい剣を使っても大丈夫だと思うけど……どうしても大剣や長剣を使わない理由はあるのかい?」
「理由は……特にないな。ただ使い回しやすく軽いから理想の動きができるってだけで採用してるな。それにあまり場所をとらないから邪魔にもならないし」
「うん、意外とそれって重要だからね。でも、ほんのちょっとだけ刃こぼれが気になるかな~」
「刃こぼれ? そんなのあるか……?」
レンがカラリアから剣を受け取り、目線と刃の表面を平行にして右から左へと目線を動かしていく。
だがどこにも刃こぼれらしい刃こぼれは見つからず、ただ真っ直ぐで綺麗な刃にしか見えない。
なのでレンは目を凝らしながら何度も右から左、左から右へと何往復も目線を動かし続けた。
「あはは、さすがに分かるはずないよ。だって目に見えないくらい小さな刃こぼれだからね」
「目には見えないくらい……それならどうやって?」
「それは、これだよこれ」
カラリアは人差し指を自分の目に向けてウィンクをする。
それを見た瞬間、レンは『なるほど』と呟いていた。
「まぁ、この目は応用が効くわけさ。じゃあ少しだけこの剣を借りるね。すぐ終わるからレンさんとティエリナはここで待っててほしい」
再びレンから剣を受け取ったカラリアは、一度剣を鞘に収めて軽い足取りで工房の奥へと向かう。
そして残されたレンがふぅと一息つくと、少し遠くにいたティエリナがため息を吐きながら肩が触れてしまうくらい近い距離まで移動していた。
「ごめんなさい。事前に魔眼は使っちゃダメって注意したはずなのに……」
「いや、もう気にしてないからいいよ。それより、ティエリナは大丈夫なのか?」
「……え? なにがですか?」
「ほら、今日って貴重な休みじゃないか。それなのになんで……」
毎日毎日朝から晩までカウンターに立ち、掃除や仕事をこなしている。
それはきっと肉体的にも精神的にも疲れが生じることだろう。
それなのにティエリナはせっかくの休日だというのに、オシャレなカフェではなく、暑苦しい工房へと連れてきてくれた。
個人的にはすごく嬉しいことではあるのだが、これではティエリナが休めないのではないかと、レンは心配しているのだ。
だが、一方のティエリナは首を横に振り、レンに向かって優しく微笑んで見せた。
「私はギルドの受付嬢であり、レンさんの専属でもあります。だから、私にとってレンさんの手助けや補助をするのが嬉しくて、楽しいのです」
「…………そういうものなのか?」
「はい。私たち受付嬢は冒険者を見送るだけで、なにも手助けできることはありません。なので私は少しでもレンさんの役に立ちたかった。そう考えたとき、ここの工房をオススメしようと判断したんです」
「なるほど……ありがとな、ティエリナ」
まさか自分のことをここまで深く考えてくれていたとは知らなかったレンは、心からの感謝を口にする。
だがなぜかティエリナはレンから視線を外して明後日の方向を向いてしまっていた。
そのときティエリナの髪が風でなびいて耳が見えたのだが、その耳はビックリするほど真っ赤に染まっていた。
「い、今………私のこと、ティエリナって」
「え? あ、あー……ご、ごめん! 馴れ馴れしかったかな」
「い、いえ。いいんです! むしろ、このままで…………お願いします」
今目の前で消え入るような声で願うティエリナは、あの魔王のような風貌は跡形も無く消え去り、まるでただの乙女のようになっていた。
そんなギャップに、レンはどこかむず痒そうに自分の頬をポリポリと掻き、ティエリナの姿が見えないように目をつぶっていた。
「ありゃりゃ、せっかく刃こぼれを直したのにこれじゃ出れないな」
レンの剣を調整し終えたカラリアがレンとティエリナの元へ戻ろうとすると、あまりにも良い雰囲気になっていたので咄嗟に身を隠し、工房内から二人を観察する。
遠くからでも見えるもどかしい空気が大好物なのか、カラリアはニヤニヤしながらバレないよう、静かに笑っていた。
「まさか、あのティエリナがあれだけ表情豊かになるなんてね」
そんな謎めいたことをポツリと呟き、カラリアは机の上にレンの剣を丁寧に置いて、ある場所へ向かう。
そこは『立ち入り禁止』の文字がペンキで書かれた扉の奥で、その部屋に入ったカラリアはあまりの埃っぽさにむせながらも、光魔法の《ライト》を唱えて部屋の中を照らす。
そして部屋の中が明るくなると、そこには大きな槌と銀色の杖に細くしなやかな弓が床に敷かれた布の上に置かれていた。
だがその中にある異色を放つ六本の刀。
その刀を見つめ、カラリアはどこか寂寥感の溢れる表情を浮かべながら小さなため息を吐いていた。
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