上 下
28 / 99

元Sランクの俺、遊びに誘われる

しおりを挟む





 早朝。俺は宿に出る前に服が乱れてないかを確認し、半ば早歩き気味でケルア街内の北部へと歩いていく。

 今回、リルネスタはラット大森林の調査のため俺は休息を取ろうとしていた。

 だがそれなのになぜ早朝から普段行くことのないケルア街内の北部へと向かっているのか。

 それにはちゃんとした理由があった。

「レンさーん! 遅いですよ~!」

「す、すまん。身支度に時間がかかって──と言っても、いつもと同じ服なのだが」

「そうですね、いつものレンさんです。でも、いつも通りでホッとしました」

 普段着ている黒と青を基調としたギルド職員の服ではなく、白いレースが付いた水色を基調とした服を着たティエリナは、レンを見つけたと思えば両手を大きく振って自分の居場所をレンに伝える。

 だがそこは道のど真ん中。つまり今のティエリナは周りからすごく目立っているわけで。

 つまり、必然的にレンも目立ってしまっているということだ。

「あ、あまり大声を出さないでくれ。多方向から視線が集まってきてなんかイヤだ」

「ごめんなさ~い。ところでレンさん、どうですか? いつもと違う私は」

「えーと……新鮮でいいと思う。ティエリナさんみたいな人には水色のように明るい服が似合うな。それに、その髪留めもいつもと違うから良い意味で別人に見える」

「まさか髪留めにまで気付いてくれるなんて……あは、ありがとうございます」

 近付いて分かるのだが、きっとティエリナは少しだけ化粧をしているのだろう。今日のティエリナはいつもよりも明るく、綺麗に見えた。

 しかしそれも当然だろう。なぜなら今日はティエリナのあまり数多くない大事な休日だからだ。

「じゃあ、早速行きましょう。デートに」

「…………デートじゃなくて遊びに行くだけだろ?」

「別にどっちだっていいじゃないですか。あは、もしかして照れてます?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

「ならいつまでも道の真ん中で立ち話してると邪魔になりますし、行きましょうよ!」

「お、おい。あんまり手を引っ張らないでくれ──っておい!」

 レンがティエリナに声をかけるが、テンションが上がりきっているのかティエリナは聞く耳を持たず、レンは腕を引っ張られてしまう。

 なぜ今レンはティエリナと二人で出掛けているのか。それはつい昨日の出来事である────





△▼△▼△▼△▼△▼△▼△





 ルーセフに連れられ、二階へ上る階段へ向かうリルネスタを見送ったレンは、先ほど目の前で起きた一瞬の出来事を頭の中で整理していた。

 一応、状況を理解することはできた。だがそれよりも気になることが一つだけあった。

 それは、今もなお隣で静かに微笑んでいるティエリナのことであった。

 どうして先ほどから一言も喋ろうとしないのか。と、レンはティエリナに問おうとするが、その天使のような笑顔に見える魔王の微笑を前に、レンはただ黙って視線に耐えることしかできなかった。

 だがそれも時間の問題。黙って耐えることができなくなったレンは一度咳払いをし、静寂を切り開く。

「あの、さっきからなんで黙ってるんだ……?」

「あは、なんでだと思います?」

「えー…………」

 静かに目を閉じ、自分に落ち度があるかを深く考え込む。

 だがどう考え、どう悩んでもティエリナにここまで執拗に見られる要因は思い当たらなかった。

「なんで、さっきクエストの報告に来てくれなかったんですか?」

「……あ、もしかしてそんなことで怒って──」

「怒ってはないですよ?」

 レンが『怒ってるんですか?』と聞こうとすると、その前に食い気味にティエリナが否定する。

 その勢いのあまり、レンさその場でピタリと固まってしまう。

 今までたくさんの魔物を前にし、怯むことなく倒してきたレンをここまで抑え込むのはティエリナだけかもしれない。

「私は心配だったんですよ? 二日連続でFランクではなくEランクのクエスト……しかも討伐クエストを受けたんですから。少しは顔を見せてくれないと不安になってしまいます」

「あれはリルネスタにギルドのシステムを知ってもらうためにあえて行かなかっただけなのだが……」

「だとしても、せめて挨拶はしてください。私はレンさんの専属受付嬢なんですから」

「そう……だな、一理ある。これからはちゃんと顔を見せることにするよ」

「はいっ! 分かってくれたならなによりです。あ、レンさん。ちょっとギルドカードを借りてもいいですか?」

「あぁ、別に構わないが」

 レンは内側の胸ポケットからギルドカードを取り出し、ティエリナに手渡しする。

 それを受け取ったティエリナは笑顔のまま自分のカウンターへと早歩きで向かってしまう。

 そして待つこと数分、早歩きでレンの元へ戻ってきてギルドカードを渡したと思えば、ティエリナはレンの目の前で小さな拍手をしだした。

「おめでとうございます! レンさんは今回クエストを達成したことで、FランクからEランクにギルドランクが上がりました!」

「おー、ついにか」

 受け取ったギルドカードを見ると、そこには確かに『F』の文字が『E』に変わっていた。

 数日前は『E』ではなく『S』であった。

 だがここまでギルドランクが上がったのを嬉しいと感じるのは『A』から『S』に上がった時と同等かそれ以上かもしれない。

「ちなみにレンさんはどれくらいまでランクを上げるつもりなんですか?」

「やっぱり……Sランク、かな」

 そう告げると、ティエリナの目が急に輝きはじめる。

 それはまるで夢を見る少女のようで、邪気という邪気は少したりとも感じなかった。

「Sランク……! レンさんならきっとなれますよ!」

「ありがとう、頑張るよ」

 よっぽど『Sランク』という響きがいいのか、ティエリナはレンの正面にある椅子に座ってご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。

 確かに、受付嬢からしたら担当している冒険者がSランクという高みに上り詰めたなら素晴らしい功績だと言えるだろう。

 だがティエリナからはそれを手柄にしようだとか、そういうものは微塵たりとも感じられなかった。

 きっと、ティエリナはレンにSランクというギルドの頂点に到達してほしいと心の底から思っているのだろう。

 その時のティエリナの笑顔はどこか見蕩れてしまうものがあり、心做しかレンの気分も少しばかり晴れやかになっていた。

「私、レンさんがSランクになるまで頑張ります。一緒に頑張りましょう!」

「おう、頑張ろうな」

「そしてもしSランクになったら盛大にパーティとかしたいですね」

「おっ、いいなそれ。賛成」

「じゃあ……明日遊びにでかけませんか?」

「あぁ、いいぞ──ん? 今なんて……?」

 レンがティエリナに聞き直すころには、既にティエリナはウィンクをしながら自分のカウンターへ戻っていってしまった。

 あれ、今ティエリナさんはなんて言ったんだ? と、もう1度深く考え込むレン。

 だがそれよりも先に、自分の手にしていたギルドカードの裏に一枚の紙が貼られているのを発見し、レンはその紙を裏返しにして黙読する。

[レンさん、私は明日、朝を伝える鐘が鳴ってから三時間後にケルアの北部にある噴水の前で待ってます。楽しみにしてるので、ちゃんと来てくださいね?]

「う、嘘だろ……?」

 レンはその手紙の内容を見て絶句していた。

 内容を見る限り、これは若干誘導尋問気味の受け答えで、遊びに誘うのを成功する前提での文章である。

 つまり、あのときレンが用事あって断った場合ティエリナは大きな恥をかくわけであって。

 リスク的にいえばハイリスクローリターンなはずなのだ。

「もしかして、絶対に俺を誘える自信があったってことか……?」

 この世界に絶対なんてことはない。
 だがこの結果を目の当たりにして、レンはただ黙って何度も何度も同じ文を読み返すことしかできなかった。

「断るか……? いや、俺は男だ。一方的にとはいえ、ちゃんと許諾したんだ。それなのに今更断ったら失礼に値するし、ここは腹を決めるしかない」

 なにが一番恐ろしいかといえば、ティエリナが完全にこちらのペースを掴んできているということである。

 いや、掴んできているというのは間違いで、もしかしたら掴むだけでは終わらず、中にまで侵入してきているかもしれない。

「……俺って、結構分かりやすい男なのかな」

 自分の胸ポケットにギルドカードと手紙をしまったレンは、机に肘をついてリルネスタを待つことにする。

 一方その頃、ティエリナは隣のカウンターで作業するメガネがワンポイントの《ニカ》という名の女性と静かに談笑していた。

「ニカさん、成功しましたよ!」

「え、本当にあの方法で成功したの!?」

「はい。ちょっと卑怯でしたが、流れに任せてみました。まぁ、レンさんは優しいので無理難題ではなければ断らないはずですから、あの方法でもいけたのかもしれませんね」

 ティエリナは始終笑顔のままだったが、ニカはその笑顔を見て少しばかり怯んでいた。

「まぁ、ティエリナちゃんは昔からあれだよね。大好きなもの以外は目に入らないっていうか。あ、もしかしてレンくんだっけ? あの子のことが好きなの?」

「うーん、好きというよりは、興味に近いですね。好意がないというわけではないですが、付き合いたいだとか、結婚したいとは違います」

「ふーん、難しいんだねぇ」

 そんなことを呟くニカは、ティエリナから顔を逸らして自分の目の前に積み上げられた書類に手を伸ばす。

 そして依頼の確認や、達成報酬などの確認をする。

「…………私、昔から気に入ったものはつい壊しちゃうんですよね」

「え? ごめん、夢中になってて聞いてなかった。もう一回言って?」

「ううん、なんでもないです。ただの独り言なので、気にしないでください」

 そう言うと、ニカは特に気にする様子もなく書類へと振り返り、再び作業に戻る。

 そんな中、ティエリナはカウンターの椅子に座り、明日どんな服ででかけようかなと鼻歌を交えながら微笑んでいた。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

最弱テイマーの成り上がり~役立たずテイマーは実は神獣を従える【神獣使い】でした。今更戻ってこいと言われてももう遅い~

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティーに所属するテイマーのカイトは使えない役立たずだからと追放される。 さらにパーティーの汚点として高難易度ダンジョンに転移され、魔物にカイトを始末させようとする。 魔物に襲われ絶体絶命のピンチをむかえたカイトは、秘められた【神獣使い】の力を覚醒させる。 神に匹敵する力を持つ神獣と契約することでスキルをゲット。さらにフェンリルと契約し、最強となる。 その一方で、パーティーメンバーたちは、カイトを追放したことで没落の道を歩むことになるのであった。

クラス転移で裏切られた「無」職の俺は世界を変える

ジャック
ファンタジー
私立三界高校2年3組において司馬は孤立する。このクラスにおいて王角龍騎というリーダーシップのあるイケメンと学園2大美女と呼ばれる住野桜と清水桃花が居るクラスであった。司馬に唯一話しかけるのが桜であり、クラスはそれを疎ましく思っていた。そんなある日クラスが異世界のラクル帝国へ転生してしまう。勇者、賢者、聖女、剣聖、など強い職業がクラスで選ばれる中司馬は無であり、属性も無であった。1人弱い中帝国で過ごす。そんなある日、八大ダンジョンと呼ばれるラギルダンジョンに挑む。そこで、帝国となかまに裏切りを受け─ これは、全てに絶望したこの世界で唯一の「無」職の少年がどん底からはい上がり、世界を変えるまでの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...