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元Sランクの俺、紋章が刻まれる
しおりを挟む晴天の青空だったはずの空に雲が発生し、太陽が隠れて地上が薄暗くなる。
そのせいで木々から洩れる木洩れ日も意味を成さなくなってしまい、ライトを使用していても不気味な薄暗さがレンたちを包み、行き場のない恐怖心に襲われていた。
しかしそれでもレンは竦むことなくスレイヴスネークに立ち向かっていた。圧倒的な質量の差に半ば絶望しつつも、レンは勇敢に立ち向かっていく。
「光よ、剣に纏いその真価を発揮せよ! 一閃!」
レンが地を滑るようにスレイヴスネークの懐に潜り込み、イーテルウルフを一刀両断した《一閃》を隙だらけの胴体に叩き込む。
『シュルルルッ!』
「ぐあっ!?」
だがレンが放った渾身の《一閃》は虚しくも表面の鱗を削りとるだけで終わり、致命傷まで至らなかった。
しかも《一閃》は使用すると大きな隙が生まれる剣技なため、レンはスレイヴスネークの尻尾による薙ぎ払いをもろに食らってしまい、聖剣と共に後方へ数メートルも吹き飛ばされてしまった。
「レ、レン!」
「かはっ……! い、いいからお前は魔法を撃ち続けろ!」
「で、でも……!」
レンの様態が心配なのか、リルネスタは魔法を撃つ手を止めてレンの元へ駆け寄っていく。
だがそれはどう考えても間違った選択であった。そのせいで先ほどよりもスレイヴスネークとリルネスタの距離が近くなってしまっているのだ。
「俺のことは気にするな! お前のするべきことは俺を助けることじゃない! 魔法を撃ち、自分だけでも生き残ることに専念することだ!」
足元に転がっている聖剣の柄を掴み直し、レンは再びスレイヴスネークに肉薄を仕掛ける。
だがそれはほぼ無意味に等しかった。いくら技能や知識があるレンでも、自身の倍近くはある尻尾の一撃を無傷で凌ぐことは不可能であった。
最初は体中の鱗を削りながら走り回っていてレンであったが、だんだんと動きのキレが悪くなっていく。
次第に切り込んでも鱗に弾かれてしまい、全身を使って攻撃を受け止めることしかできずにいた。
そして地面に投げ出されたレンの頭上が真っ暗になる。それに気付いた時には既にスレイヴスネークのうねる尻尾がレンを叩き潰すかのように振り下ろされていたのだ。
「風よ、不可視の刃で敵を切り刻め! エアロカッター!」
『シュルゥッ!?』
レンに強靭な尻尾が叩きつけられる刹那。後方からリルネスタが斬撃力を高めた風魔法の《エアロカッター》を放ち、尻尾の軌道を逸らすことに成功する。
まさにファインプレーであった。もしリルネスタが助けてくれなかったと考えたとき、レンはゾッとしすぐさまその場から遠ざかっていた。
「私は助かりたいけど、私だけ助かるなんて絶対に嫌だ! それだったら死んだ方がマシだよ!」
「……そうかよ」
どうやら考えていたことは同じだったようだ。もし万が一にも負けてしまった場合、自分の身を犠牲にしてリルネスタだけは助けるつもりでいた。
だがそれはリルネスタも同じなのだろう。自分のために誰かが死ぬのが怖いのである。恐ろしいのである。
なら、どうするか。それは既に2人の中で決まっていた。
「……絶対に、2人で生き残るぞ」
「っ! うん!」
先ほどまで疎通していたようで疎通していなかった意思がやっとのことで疎通し合う。
その後、おもむろにポーチの中から小さなカプセルを取り出たレンは、そのカプセルを口の中に放り込み、噛み砕いてから一気に飲み込んだ。
それは《回復カプセル》と呼ばれる代物で、噛み砕いてから腹の中に入れると中の成分が溶けだし、使用者の体力を回復させる効果があった。
「なぁ、リルネスタ。お前って補助魔法は使えるか?」
「全部とまではいかないけど、ある程度なら。これでも一応大賢者なんだからね!」
「そういえばそうだったな。じゃあ大賢者様、どうか俺に力を貸してくれ!」
「了解! 魔力よ、彼に全ての力を与えたまえ。オールライズ!」
リルネスタが補助魔法である付与魔法の《オールライズ》を唱え、杖の先をレンに向けて魔力を放つ。
するとレンに赤い魔力が帯びていく。そしてその赤い魔力がレンの体に吸収されると、レンは目を見開いてその驚くべき効果を実感していた。
「これが全ての身体能力を一定時間上昇させるオールライズか……まさかここまでとは」
「その分魔力の消費が激しくて、効果時間も短いけどね。他の魔法を撃つための魔力を貯めておきたいから、オールライズはあと1回しか使えないよ」
「いや、これでなんとかなるさ。リルネスタ、後ろから俺の攻撃に合わせてくれ!」
そう言い残し、レンがスレイヴスネークの元へ走り寄ると後方から早速風魔法や氷魔法が次々と放たれ、スレイヴスネークにじわじわとダメージを与えていく。
そしてスレイヴスネークが大きく仰け反ったタイミングを見計らい、レンは高く跳躍して胴体に着地し、聖剣を背中に向かって垂直に振り下ろした。
『ギュルゥウゥウ!?』
「いくらお前でも、これはひとたまりもないだろ……っ!」
レンは少し前に《一閃》で削った鱗の場所を覚えていた。なのであとはそこに向かい、深々と突き刺せばいいという簡単なお仕事であった。
その効果は絶大で、スレイヴスネークは今までに聞いたことのない悲鳴をあげてその場でのたうち回る。
スレイヴスネークほどになると少し踏まれただけで簡単に潰されてしまうので、レンは聖剣を引き抜いてその場から飛び退き、聖剣に付着した血液を眺めてニヤリと笑っていた。
「リルネスタ。これは賭けだが成功すれば勝率が格段と跳ね上がる作戦だ。聞いてくれるか?」
「う、うん。私にできることなら、なんでもするよ!」
いい心がけである。なのでレンはリルネスタを疑うことなく簡潔に思いついた作戦を話していく。
最初はその作戦を聞いて不安そうにしていたリルネスタだったが、レンに「頼むぞ」と言われてやる気が上がったのか、気合を入れて魔法の詠唱にとりかかっていた。
「よし、行くぞ!」
「うん! 任せて!」
互いに顔見合わせ、小さく頷いた後にレンは再びスレイヴスネークに肉薄を仕掛ける。
だが今回は狙う箇所が違った。それは危険なのであまり近寄りたくない顔の正面であり、レンは未だのたうち回るスレイヴスネークの眼前に接近し、《一閃》の構えをとった。
「風よ! 不可視の刃で敵を切り刻め! エアロカッター!」
「光よ! 剣に纏いその真価を発揮せよ! 一閃ッ!」
2人の声が合わさり、スレイヴスネークの顔面に強烈な衝撃が走る。
最初にリルネスタが放った《エアロカッター》が《一閃》よりも先にスレイヴスネークの顔面に着弾し、表面の硬い鱗を弾き飛ばす。
その直後、僅か一秒も経たないうちに《オールライズ》で力が上乗せされた《一閃》が柔らかい肉質に切り込まれ、スレイヴスネークはまるで噴水のような血飛沫をあげながらバタバタと転がり、暴れ回っていた。
「よし! 成功したぞ! これで俺たちの勝利は──」
レンが嬉々たる表情を浮かべ、リルネスタに勝利を宣言しようとする。
だが後ろを見たとき、急速にレンの背筋が凍りつく。なぜなら、本来そこにいるはずのないスレイヴスネークがリルネスタに襲いかかろうとしていたのだ。
「避けろ! リルネスタ!」
「え──」
レンが急いで声をかけるも時既に遅し。気付いた時にはもうスレイヴスネークの強烈な尻尾の一撃がリルネスタを横から抉るように吹き飛ばした。
そのままリルネスタは失速せず、地面に叩きつけられてしまう。
いくらレンが声をかけても返事は帰ってこない。レンは最悪な場合を想定し、目の前で呻き苦しむスレイヴスネークを後にし、動かなくなったリルネスタを抱き抱え、姿を隠すために草むらの中へ飛び込んだ。
「お、おい! 大丈夫か!? おい!」
「……うぅ…………」
まだ息はあるようだが、あまりの衝撃に気絶してしまったらしい。とりあえず生きていたことに安堵するレンであったが、状況が悪化したことに対し小さく舌打ちをついていた。
この状況をどう打開すべきか。なんとか自分を落ち着かせ、思考回路を張り巡らせる。全ての可能性に賭け、1%でもいいから2人共生き残る糸口を掴むために熟考した。
「考えろ……考えろ……!」
ここからどうやれば生きて帰ることができるか。向こうは片方傷を負っているものの、もう片方は無傷だ。それにある程度の傷ならすぐに復帰してしまうだろう。
それに比べ、こちらはどうだ。自分は疲れ果て、リルネスタは気絶。逃げようにもリルネスタを担いで走る必要があるので、どう考えても絶望的であった。
「俺は、ここで死ぬのか……?」
長時間考えた結果、レンはリルネスタを抱えたまま諦め半分の言葉を漏らしていた。
戦おうにも今の自分に勝てるはずがない。もしここでリルネスタを見捨て、逃げようにも逃げ切れるはずがない。完全に詰みであった。
「なんで……なんで俺がこんな目に……」
次第に心の中で生まれた絶望が怒りに変わっていく。
なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか。
なぜ自分はたった1人の少女を守れないくらい弱いのだと。
「頼む、早く……早く開花してくれよ……。そうじゃないと、あいつらを見返すことができない。リルネスタを守ることができない……!」
こんな目に遭うんだったら新たなスキルなんていらない。
いくらどんなにそのスキルが強かろうと、大事なときにそのスキルが開花してくれないのなら、それはただの足枷同然である。
『シュラァウッ!』
「く、くそ……っ!」
レンがいつまで経っても草むらが出てこないので、腹を空かせたスレイヴスネークはレンとリルネスタを見つけるため、周囲の木々を薙ぎ倒していく。
なのでレンは潰されないようにリルネスタを抱き抱えて草むらから逃げ出すと、運が悪いことに逃げた先には傷を負ったスレイヴスネークが待ってましたと言わんばかりに舐めずっていた。
そんなスレイヴスネークに気を取られていたせいで、木々を薙ぎ倒していたもう片方のスレイヴスネークの存在をすっかり忘れてしまっていた。
レンが後方を確認するころには真後ろで大口を開け、リルネスタを丸呑みしようとするスレイヴスネークの姿があった。
「ふざけやがって!」
無理な体勢からリルネスタを引っ張ったせいで、足を若干痛めたがなんとか紙一重で救出することができた。
しかしスレイヴスネークも獲物に夢中だったのだろう。リルネスタは逃したものの、身に付けていたローブに噛み付き、強引に引きちぎって森の中へ消えていってしまった。
だがそんなことよりも、レンはあるものに目を奪われていた。
それはリルネスタの服が捲れ上がったことで見えた下腹部にある大きな黒い紋章である。
レンはその紋章を見たことがある。それは子供の頃に絵本で見た《大賢者の紋章》と同じものであった。
「これは……大賢者の──ッ!?」
突如リルネスタの下腹部にある大賢者の紋章が白く染まったと思えば、自分の右腕が火で炙られるような熱に襲われ、レンは右腕を押さえてその場に倒れ込む。
その熱はレンの腕を焦がしていき、手の甲から腕の付け根まで白く光り輝く線を作っていく。
「ぐあぁぁああぁ!」
謎の熱は収まるわけでもなく、むしろどんどん高熱になっていき、レンの右腕にビッシリと白い線を刻まれていく。
そして細部まで白い線が刻まれると、先ほどの地獄のような熱は嘘のように消えていき、刻まれた線は黒に染まって落ち着く。
その線は大賢者の紋章に酷似していた。あえて違うところを挙げるならば、紋章はリルネスタのに比べて丸みを帯びておらず、全体的に尖っていた。
「こ、これは……?」
突然自分の右腕に刻まれた黒い紋章。それはとても心当たりがあるものだった。
幼少期、絵本で見て最も印象に残った紋章。
リルネスタの紋章が大賢者ならば、レンの右腕に刻まれた紋章は《勇者》の紋章であった──
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