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第2章 The Reason for Tears
第30話 ザンキョウ
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はらり、と舞い上がった街路樹の葉が落ちたのを合図に、二人は双子に向かって駆け出した。
同じスピードで縮まる距離。同じ軌道をえがく切っ先が、同じタイミングで同じ箇所を狙う。
反撃の隙は与えないとばかりに、ハルとホノカは一気にたたみかけた。
高く跳び上がったハルとホノカは、体の上下を反転させて空気を蹴る。重力を味方につけて振りかざした刃が、防御しようとした双子の長い爪を打ち砕く。
バランスを崩した彼らに向かって、ハルとホノカは着地と同時に刃を力のかぎり振り抜いた。
「「アッハハハハッ♪」」
二人の頭上から、血の雨が降る。
「「よくできましたぁ♪」」
ぐしゃり、と崩れ落ちた胴体。転がる頭部。
ひらいたままの瞳孔は、スペランツァの姿を映したまま光を失っていく。
頚部から赤い液体を吹き出しながら、ヒカルとマヒルは最期まで笑っていた。
ひどく耳障りな笑い声が、いつまでも耳に残っていた。
「敵の、殲滅に成功。スペランツァ、生雲ツカサが……っ、MIA……。戦闘中、行方不明ですっ……! バイタル反応は、ありませんっ……」
オペレーターの報告に返事をする者はいない。
固く口を閉ざすユキノリの横で、マリアはモニターから顔をそむけ喉を詰まらせた。
どこからか鼻をすする音が聞こえてくる。みな必死に、なにかに耐えるように、歯を食いしばっていた。
「くそっ……!」
キョウヤはぶつけようのない憤りに、こぶしを壁に叩きつける。反響した無機質な音が、余計にむなしさをつのらせた。
「それってぇ、死んだってことぉ? スペランツァって弱くない?」
室内後方。見学者の最前列で、エリカが肩をすくめながらそう言った。
居合わせた誰もが、彼女に対して軽蔑のまなざしを向け、嫌悪感をあらわにする。
隣に立つシュウもさすがにまずいと思い小声でたしなめるが、エリカには通じなかったようで、彼女は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「だってぇ、スペランツァって特別なんでしょぉ? それなのにこんなに簡単に負けちゃったら話になんないじゃん」
「ってめぇ……!」
こぶしを握りしめて、キョウヤが一歩エリカに向かってきびすを返す。
それを制したアキトの表情は、メガネのせいで知ることはできない。
「エリカ、お前出てろ」
「えーなんでよぉ。エリカ意味わかんなぁい」
「いいから出ろ!」
エリカを怒鳴りつけたシュウは、強引に彼女の手首をつかむ。「いたぁい!」と文句を言うエリカの声を無視して、シュウはなかば引きずるように、彼女を司令室の外へと連れ出した。
メインモニターの中で黒い塊を押しのけながら何度も何度もツカサの名を呼ぶハルとホノカの声が、スピーカー越しにただただむなしく響いていた。
◇◇◇◇◇
「結局、なにも見つからず、か……」
自然浄化された戦場でおこなわれたツカサの捜索。駆り出されたシュウも懸命に手がかりを探したが、出てくるのは荒廃した町の残骸ばかりで、彼女に関するものはなにひとつ見つからなかった。
瓦礫の山を撤去しながらの作業は陽が暮れるまで続けられ、いまは現場に規制線が張られている状況である。明朝あらためて捜索が再開されることになっているが、はたしてどうなることか。
「……はぁ~」
帰還したシュウはそのまま事後処理や報告書などの雑務に追われ、気づけばすでに日付は変わろうとしている。
――どうなっちまうんだろうな、これから。
ひんやりと肌寒い廊下に、重たいため息が沈む。
スペランツァの一人を失ったことは、組織にとって、否、人類にとって大きな影響をおよぼすことになるだろう。それでなくともスペランツァは貴重な存在なのだ。戦況の悪化はまぬがれない。
「……はぁ~」
再び疲労をため息にして吐き出すと、シュウは気だるそうに自室のドアノブに手をかけた。
一瞬の躊躇が、彼に再びため息をつかせる。
――いるわけない、よな……。
真っ暗な室内が、否応なしに彼に現実を突きつける。ルームメートであるはずのハルは、やはり部屋には戻ってきてはいなかった。
淡い期待を胸にいだいていた自分に、シュウはおもわず嘲笑を漏らす。
――ケガしてたみたいだし、医務室か、……それとも。
もしかしたら今夜もキョウヤの部屋に行っているのかもしれない。きっといまごろ、捜索隊に加わっていたキョウヤの帰りを彼の部屋で待っているのだろう。
――あー、やめやめ。
浮かんだ想像を消し去るように頭を振って、シュウはドア横にある電気のスイッチを探った。
蛍光灯が、室内を明るく照らし出す。
「っ! ……電気くらいつければ? ハル」
追い求めた姿がそこにあった。
自分のベッドの上で膝をかかえてうずくまるハルは、シュウの発した声にピクリ、と反応する。
「……ケガ、大丈夫か?」
手足に巻かれた白い包帯がなんとも言えず痛々しくて、シュウは無意識にそう口にしていた。明日になれば跡形もなく治っているとしても、やはりこうして負傷した姿を見せられては、その身を案じずにはいられない。
だがシュウの問いかけに答えるでもなく、ハルはひどく緩慢とした動作でベッドを降りた。
裸足のまま、彼女はふらふらとシュウの横を通りすぎる。
長い髪で隠れた表情が、一瞬だけシュウの目にとまった。
泣き腫らしたまぶたに濡れたまつげ。潤んだ瞳が、いまにもこぼれ落ちそうで。
「っハル……!」
同じスピードで縮まる距離。同じ軌道をえがく切っ先が、同じタイミングで同じ箇所を狙う。
反撃の隙は与えないとばかりに、ハルとホノカは一気にたたみかけた。
高く跳び上がったハルとホノカは、体の上下を反転させて空気を蹴る。重力を味方につけて振りかざした刃が、防御しようとした双子の長い爪を打ち砕く。
バランスを崩した彼らに向かって、ハルとホノカは着地と同時に刃を力のかぎり振り抜いた。
「「アッハハハハッ♪」」
二人の頭上から、血の雨が降る。
「「よくできましたぁ♪」」
ぐしゃり、と崩れ落ちた胴体。転がる頭部。
ひらいたままの瞳孔は、スペランツァの姿を映したまま光を失っていく。
頚部から赤い液体を吹き出しながら、ヒカルとマヒルは最期まで笑っていた。
ひどく耳障りな笑い声が、いつまでも耳に残っていた。
「敵の、殲滅に成功。スペランツァ、生雲ツカサが……っ、MIA……。戦闘中、行方不明ですっ……! バイタル反応は、ありませんっ……」
オペレーターの報告に返事をする者はいない。
固く口を閉ざすユキノリの横で、マリアはモニターから顔をそむけ喉を詰まらせた。
どこからか鼻をすする音が聞こえてくる。みな必死に、なにかに耐えるように、歯を食いしばっていた。
「くそっ……!」
キョウヤはぶつけようのない憤りに、こぶしを壁に叩きつける。反響した無機質な音が、余計にむなしさをつのらせた。
「それってぇ、死んだってことぉ? スペランツァって弱くない?」
室内後方。見学者の最前列で、エリカが肩をすくめながらそう言った。
居合わせた誰もが、彼女に対して軽蔑のまなざしを向け、嫌悪感をあらわにする。
隣に立つシュウもさすがにまずいと思い小声でたしなめるが、エリカには通じなかったようで、彼女は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「だってぇ、スペランツァって特別なんでしょぉ? それなのにこんなに簡単に負けちゃったら話になんないじゃん」
「ってめぇ……!」
こぶしを握りしめて、キョウヤが一歩エリカに向かってきびすを返す。
それを制したアキトの表情は、メガネのせいで知ることはできない。
「エリカ、お前出てろ」
「えーなんでよぉ。エリカ意味わかんなぁい」
「いいから出ろ!」
エリカを怒鳴りつけたシュウは、強引に彼女の手首をつかむ。「いたぁい!」と文句を言うエリカの声を無視して、シュウはなかば引きずるように、彼女を司令室の外へと連れ出した。
メインモニターの中で黒い塊を押しのけながら何度も何度もツカサの名を呼ぶハルとホノカの声が、スピーカー越しにただただむなしく響いていた。
◇◇◇◇◇
「結局、なにも見つからず、か……」
自然浄化された戦場でおこなわれたツカサの捜索。駆り出されたシュウも懸命に手がかりを探したが、出てくるのは荒廃した町の残骸ばかりで、彼女に関するものはなにひとつ見つからなかった。
瓦礫の山を撤去しながらの作業は陽が暮れるまで続けられ、いまは現場に規制線が張られている状況である。明朝あらためて捜索が再開されることになっているが、はたしてどうなることか。
「……はぁ~」
帰還したシュウはそのまま事後処理や報告書などの雑務に追われ、気づけばすでに日付は変わろうとしている。
――どうなっちまうんだろうな、これから。
ひんやりと肌寒い廊下に、重たいため息が沈む。
スペランツァの一人を失ったことは、組織にとって、否、人類にとって大きな影響をおよぼすことになるだろう。それでなくともスペランツァは貴重な存在なのだ。戦況の悪化はまぬがれない。
「……はぁ~」
再び疲労をため息にして吐き出すと、シュウは気だるそうに自室のドアノブに手をかけた。
一瞬の躊躇が、彼に再びため息をつかせる。
――いるわけない、よな……。
真っ暗な室内が、否応なしに彼に現実を突きつける。ルームメートであるはずのハルは、やはり部屋には戻ってきてはいなかった。
淡い期待を胸にいだいていた自分に、シュウはおもわず嘲笑を漏らす。
――ケガしてたみたいだし、医務室か、……それとも。
もしかしたら今夜もキョウヤの部屋に行っているのかもしれない。きっといまごろ、捜索隊に加わっていたキョウヤの帰りを彼の部屋で待っているのだろう。
――あー、やめやめ。
浮かんだ想像を消し去るように頭を振って、シュウはドア横にある電気のスイッチを探った。
蛍光灯が、室内を明るく照らし出す。
「っ! ……電気くらいつければ? ハル」
追い求めた姿がそこにあった。
自分のベッドの上で膝をかかえてうずくまるハルは、シュウの発した声にピクリ、と反応する。
「……ケガ、大丈夫か?」
手足に巻かれた白い包帯がなんとも言えず痛々しくて、シュウは無意識にそう口にしていた。明日になれば跡形もなく治っているとしても、やはりこうして負傷した姿を見せられては、その身を案じずにはいられない。
だがシュウの問いかけに答えるでもなく、ハルはひどく緩慢とした動作でベッドを降りた。
裸足のまま、彼女はふらふらとシュウの横を通りすぎる。
長い髪で隠れた表情が、一瞬だけシュウの目にとまった。
泣き腫らしたまぶたに濡れたまつげ。潤んだ瞳が、いまにもこぼれ落ちそうで。
「っハル……!」
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