18 / 24
18
しおりを挟むベッドの縁に座るおれを仁王立ちした奈留くんが見下ろしている。
とてつもなく怒り散らしていらっしゃるわこれ。おれ奈留くんをキレさせる天才かもしれん。
現実逃避してる場合じゃない。
普段から奈留くんに都合の悪そうな事は問い質されない限りダンマリを決め込んでいたが、問われた事は嘘無く全て報告してきた。
嘘を吐いたのは最初の告白だけだ。アレで懲りた。
つまり何が言いたいかと言うと、おれには洗いざらい吐くしか選択肢がないということだ。
「……バイト先が被っちゃってさ」
「……それで?」
「前はお金持ってなかったから今慰謝料払えって」
「……」
「だからカツアゲじゃないよ」
「いくら取られたの」
「…………えーと」
「過剰に奪われてるってわかってるんでしょ」
奈留くんは淡々と理詰めっぽく説教してくる。試験の成績こそおれと大して変わんないくせに、こういう時だけ頭大回転するんだこいつは。
引きつった笑いを浮かべるおれを呆れたような軽蔑したような、とにかくいい感情ではないんだろうなって顔で睨め付けている。
あー、違うな。この顔はおれに向けてるんじゃない、多分。
奈留くん自身に向いてるんだ。
「何笑ってるんだ、アンタ俺のせいでそうなってるって理解してるの?」
「きっかけが何でも最初に手ェ上げたのおれだよ、反省してる」
「払い続けてる事を言ってるんだよ」
「……なるく、」
「あいつらの目が俺に向かないように体張ってる」
「……」
「違う?」
違わなかった。あの時なるべく騒いで俺だけに注目させるようにしたけど、大声で奈留くんに叫んじゃったせいで一瞬あのおっさんたちが奈留くんを認識した。
おれから毟り取れなくなったら、奈留くんに矛先が向かうかもしれない。向かわないかもしれない。かと言って楽観的になって肝心なものを守れなかったら意味が無い。
あとあの場にバイト仲間のミソラさんも居たしね。歯向かうより言うこと聞いて少しずつ仲良くなって同情を引いて懐に入り込む。
うちの境遇を憐れとみなしたカネコさんに気付いた馬鹿なおれが唯一思いついた、最もマシな解決策だった。
結局キャパ越えてぶっ倒れたんだから、おれはしくじったんだと思う。
あるいは最初に殴ったところから不正解だったんだろう。きっともっと上手い方法があったんだ。
「……ち、」
違う、と言わなきゃいけなかった。でも言えない。奈留くんに嘘は吐けない、吐きたくない。
上手い返しも出てこず苦し紛れに俯いたおれの頭を、奈留くんの両腕が優しく抱え込んだ。
まだ絶賛怒り中だろうに、壊れ物を扱うような手つきだ。
あの日と真逆だ。奈留くんが泣いた日と。
家族が死んだ時すらひとすじ分も泣かなかったおれが涙を流すことはなかったけど。
ただ失敗ばかりのおれなんかに優しくしてくれるその姿が尊くて、抱き返したいのに、おれが触るのは罪深いように感じてしまって、腕が上がらなかった。
もしかしたら、あの日の奈留くんも同じような気持ちだったんだろうか。
「……もういいよ、ごめん」
掠れた声がおれの後頭部辺りから降りてくる。
おれは目を見開いて硬直した。初めて奈留くんが謝ったからだ。
どれだけ後悔しても、決して謝らなかった奈留くんが。
「もう頑張らなくていい」
「……奈留くん」
「終わっていいよ。解放してあげる」
ああ、聞きたくない。
奈留くんはおれの顔を両手で包んで、上向かせた。
見たこともないほど穏やかな表情をしている奈留くん。
おれは今どんな顔してるんだろう。見られたくないなあ。
ゆっくり唇が合わさる。
もう眼鏡をかけてても、顔に当たることは無い。
それだけ沢山してきた。おれたちは確かに恋人だった。
「アンタなんか大嫌いだ」
だけど、今日で終わる。
いつも伏せ目がちだった奈留くんの瞳が、真っ直ぐおれに向いている。そこから小さな涙が一粒、零れ落ちた。
おれはなるべく笑顔を作って、「わかった」と「今までありがとう」を伝えた。それしか言葉が出なかった。
奈留くんが踵を返して、おれから離れていく。
引き止めたい気持ちを気合いで抑える。自分で言ったことだ。別れたくなったらそうしろって。おれに駄々をこねる資格は無い。
誰もいなくなった保健室は何の音もしなかった。
「……クリスマス、無くなっちゃったな」
結局祝日以外もやる事やってたけど、それでも楽しみにしてた。
一緒にアニメを見る約束も、もう無い。おれが自分で駄目にした。
立ち上がる気になれなくて、ぼんやりと上靴を見つめる。
どこを間違えなければ失わずに済んだのだろうか。
早めに相談すればよかったのかな。やっぱり殴らなきゃよかった。あの道を通らなければ。
いや、きっとそうじゃない。そもそも最初から全部間違いだったんだ。
最初からここまで。
これらの全部が、おれの罪滅ぼしだ。
1
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる