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しおりを挟む土日はいつも日雇いバイトに勤しんでいる。
おれは宅配業者の仕分けバイトの合間、休憩時間をアニメ鑑賞に費やしていた。
同じ現場にバッティングする事の多い元看護師のアンジョーさんに「珍しいもの見てるわねえ」と声をかけられて、顔を上げる。
「すごいよねー、スマホでテレビ観れんだって」
「清白くんってあまり趣味の話してくれなかったけど、漫画みたいなのも好きなのね。意外だわあ」
「これ彼氏が薦めてくれたやつ、思ったより面白くてさあ寝不足だよおれ」
「か、彼氏」
アンジョーさんは「最近の子は色々自由なのねえ」と苦笑いしながらおにぎりのラップを剥がしている。
言っちゃダメな感じだっただろうか? メモ欄を呼び出し確認したところ、奈留くんに言われた禁止事項には特に記載されてなかったから大丈夫だろう。
右耳はアニメを、左耳は「最近はゴロツキみたいなバイトさんが雑な作業するから仕事増えて嫌よお」ってこぼすアンジョーさんの愚痴を聴きながら休憩時間を過ごし、無事勤労を終えた。
帰宅すると楡から『今暇?』と要件の判然としねえメッセージが来た。
『奈留くんに教えて貰ったアニメ観るのに忙しい』『楡知ってる?コレ』『激アツ』『(薪に飛び込むカニのスタンプ)』と返事したが、それきりレスが来ることはなかった。
楡は趣味が幅広いからもしかしたら今観た興奮を語り合えるかと思ったのに残念。
いややっぱり最初の感想はやっぱ薦めた本人に言いたいから結果オーライかな。
そうしておれは12話分の人間ドラマを浴びた衝撃を話したい欲にウズウズしながら月曜の朝を待ったのだった。
「奈留くん奈留くん奈留くん! 全部観た! やばい!」
「耳元ではしゃがないで……鬱陶しい……」
昼休みに突入しておれは早速奈留くんに報告を始めた。
絶対やかましくすると思ったから、ものっそ嫌がる奈留くんを無理矢理説得して誰も居ない多目的室に連れ込んだのだ。
仲良い先生から、この部屋は昼休みに開放しててたまに先生が利用してるって教えてもらったことがある。誰でも使っていいけど先生方は皆独占したいから生徒に言ってないんだって。
その事を奈留くんに説明すると何故か「交際中の浮気は厳禁」という禁止事項が追加された。今の話の何処に浮気要素があったんだ。わからん。
今日の弁当はカレーである。弁当箱の底にターメリックとバターと塩入れて炊いた飯を薄く詰めて、その上にとろみ多めのカレーを流し入れ、更に厚めの飯で蓋をする。こうすると汁が漏れないという寸法だ。
付け合せは人参をなんかこう酸っぱくしたやつとレトルトの惣菜。
蓋を開けてナニコレみたいな顔をした奈留くんは、箸でカレーを見つけた瞬間思わずといった様子で「え、天才……」と零した挙句、ニヤニヤしたおれの前髪を力いっぱい引っ張って俯かせながら「顔がうるさい」と罵った。こういうとこも好きだな。
その後はおれの感想語りオンステージだった。
「てゆーかひでえよ、あんなラストねえよ……ポニテが何したって言うんだ」
「1期のラストは賛否両論あるね」
「あいつだけ集中治療室で結果的に敵来なくなって良かったねハッピーとはならんだろ! 主人公の為にめっちゃ頑張ったのにさあ!」
「監督インタビューにサツキはあの結果で満足してるって書いてたけど、俺達視聴者は暫く葬式だったよ」
「そらそうよ!!」
普段の百倍は会話ができている様を見て気付いた。多分奈留くんが好きなのはこの最終話で主人公を庇って重症を負ったポニテのサツキなんだ。アニメを観た話をした金曜日とは熱量が違う。
他の子の話やバトルシーンについて話してる時は「うん」「そう」「それ気付いたの」「わかるけど」程度の返事しか無かったことを鑑みても一目瞭然だ。
好きな物の話をする奈留くんは少し幼く見える。やっぱり羨ましいと思った。おれも今から趣味探すかなー金かからない範囲で。
奈留くんと一通り話終わった頃、彼は徐々に落ち着かなくなり口をパクパクし始めた。
何か言いたいことがあるのだろうか?
「どしたん奈留くん、目ぇキョロキョロなってる」
「……………………あ、に、2期」
「アニキ?」
「2期の円盤有るけど、…………観、…………」
円盤とはDVDやらブルーレイやらの事らしい。勉強したおれはレベルが少々上がっているのである。
いや待てそれ以前に。
まさかこれは、お家デートのお誘いなのでは……?
え、マジで? あんなに嫌そうだったのに?
「えと、行っていいってこと?」
「……興味無いなら別に来なくていい」
「外じゃなくても彼氏していいの?」
言いたい事を正確に理解したっぽい奈留くんはぐしゃりと顔をひずませた。
機嫌損ねる予感はしたけど、こればっかりはつい確認せずにいられなかった。
だって奈留くんの目的は、おれが男に媚びて付きまとって恋愛ごっこしてるのを周囲に見せて幻滅させる事だろ?
おれは頭は良くねえけど、流石にそのくらいはわかってるよ、奈留くん。
でなきゃ放課後や昼休みにわざわざ人通りの多い道通らないよな。
住宅街通れば真っ直ぐの道も、ファストフード店付近の大通りで迂回してたよな。
誰も居ないここに来るのもすごく嫌がったもんな。
おれが無神経な発言したせいで、奈留くんは何か……怒鳴りたいのかな? を耐えるように唇を噛み締めてる。
下唇が白く変わり犬歯がくい込んでいるのを見て、あー言うんじゃなかったと後悔したけど後の祭りだ。
無意識に手を添えそうになって、既のところで踏みとどまる。
「……奈留くん、触っていい?」
「………………」
「ごめんね」
なるべく刺激しないようにそっと唇に両方の親指を差し入れ、下唇を救出する。
怒られそうだなあと思っていたら案の定噛まれたので反射で引っ込めたが、奈留くんはもう一度唇を噛み締めようとはしなかった。セーフ。
「奈留くんが良いなら遊び行きたい」
「………………」
「かわりにおれんちにも来ていいから、ね!」
「………………」
「ご要望ならちょっとだけスケベな事もしていいぞ!」
「……そんなもの死んでも要望しない」
必死こいて適当喋ってたら、ようやく返事をくれた。無表情なままだったが、ちゃんと俺の言葉を聞いて会話してくれた事に安堵する。
「……同じ確認を次したら許さない」
「おっけ」
「…………どうしても来たいなら、」
「行きたい! マジ行きたい!! 絶対行きたい!!」
「ちょっ、う、うるさい、うざい」
「行っていい?」
「…………」
「やったーありがとダーリン!」
「それはやめてって言っただろ!!!」
ようやく調子が戻ってきたみたいだ。よかった。
「アンタは非常識なクズだから先に言っとくけど、来るなら事前にいつ来たいか教えといて」
「さりげなくめちゃくちゃ言うじゃん、土日バイトだから放課後寄ってもいい? あっでも準備あるから今日じゃなくて明日以降がいいや」
「……………………準備」
どこか警戒しているような奈留くんを後目に、おれは火曜日のお家デート権をゲットしたのだった。
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