ちょいクズ社畜の異世界ハーレム建国記

油揚メテオ

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第六章 エルフ王国編

第236話 ルーナとエスメラルダ ①

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 案内されたのは、やたら広い応接間だった。
 高い天井に、ピカピカに磨き上げられた床。
 濃い紅のカーテン。
 落ち着いた感じながらも、高そうなソファー。
 窓際には、白いカフェテーブルが置かれていて。

「コウ!! 大丈夫だったの?」

 そこに座ってお茶を飲んでいた美しい吸血鬼が、俺を見るなり駆け寄ってくる。

「もう……心配させないで頂戴……」

 優しく抱きしめてくれるセレナ。
 押し付けられる巨乳の感触がたまらない。
 サラサラしたセレナの銀髪に鼻を埋める。
 セレナの座っていたテーブルの側には、当然のようにカレリアさんがいた。
 俺と目が合うなり、ペコリと会釈する。
 さらっとどこにでもいる金髪の美女メイド。
 あとでおっぱいを揉ませてもらおう。

「ちょっと!? 聞いているの?」

 カレパイへの期待でちんこを膨らませていたら、セレパイが問い詰めるような赤い目を向けてくる。
 いつものことだが、今回もセレナには世話になった。

「……セレナ、助けに来てくれてありがとうな」

「ええ!? ……ちょ、ちょっとお散歩のついでに寄っただけよ? 別にコウを助けに来たわけじゃ……」

 ボソボソ言いながらセレナは銀髪の先っちょを弄っていた。
 さすが吸血鬼の真祖はお散歩の範囲が広い。
 そんなわけなくて。
 ここにきてツンデるセレナを強く抱きしめる。
 相変わらずセレナは、柔らかくていい匂いがした。

「……正直、惚れ直した」

「「えええええ!?」」

 ルーナとセレナの声が被った。
 あの時。
 俺の影から出現したセレナが、かばうように立ちふさがってくれた背中。
 背中の大きく空いた黒いドレスはエロかったけれど。
 同時に頼もしさと安心感を感じた。

「おい!!! 私以外に惚れたとか言っちゃ駄目じゃないか!? 浮気は駄目なのに!! コウのバカ!!!」

「ほ、惚れ? 惚れ……? はわわ……ごしゅじんしゃま……」

 やかましく泣きわめくルーナは置いておいて。
 セレナは真っ赤になりながら目を回していた。
 口は半開きであうあう言いながら。
 え、何この可愛い生き物。

「しぇれなも、しぇれなもだいしゅきー!!」

 感極まったようにセレナが頬を擦り寄せてくる。
 アクメったわけでもないのに奴隷モードになっている。
 なんというか。
 耐性がなさすぎてかわいそうになってくる。
 もっと甘い言葉をかけてやればよかった。

「おい!! そんなにベタベタしちゃ駄目じゃないか!? さっき私を愛しているって言ってくれたばかりなのに!!!」

 ルーナが必死に割り込もうとしてくるが、俺とセレナのステータスに割り込めるはずはなかった。

「もちろんお前のことも愛しているぜ?」

「えええええ!?」

 素直な気持ちを伝えると、ルーナは電撃を受けたようにピンっと体を伸ばす。

「……な、なら、いいよ。えへへ」

 そしてぐにゃりと顔を蕩けさせて、抱きついてきた。
 っていいのかよ。

「ごしゅじんしゃま……」

「コウ……」

 デレデレの顔を浮かべて、俺の腕に収まる2人の超絶美女。
 どちらも脳が心配になるが、愛おしい。

「……セレナお嬢様もルーナお嬢様もそれでいいのですか?」

 カレリアさんが呆れていたが気にしない。
 むしろカレリアさんも来ていいんだぜ?
 そしてそのままめくるめく4Pに――。

「もっとそっちに行かなきゃ駄目じゃないか!? 今からコウとちゅーするんだから!」

「はあ!? お前、冗談はその腐ったスイカみたいな頭だけにしなさい? コウとキスするのは私でしょう!?」

「く、腐ったスイカってなんだ……?」

「腐って中身がスカスカみたいな脳みそだからよ」

「わああああああっ! コウ、セレナが!! セレナがバカにした!!!」

 ――突入したかったのに、腕の中でルーナとセレナが普通にケンカを始めた。
 どっちともキスしてやるので、止めてほしいのだが。

「だいたいね、今回くらい私に譲りなさい? お前は昨日コウにかわいがってもらったのでしょう? ちょっと様子を見てくるーって飛び出して行って、そのまま朝帰りとか、お前のほとばしる性欲には恐れ入ったわ」

「し、仕方ないじゃないか! だって昨日はコウが私を……えへ、えへへ」

「……本当に呆れるわ。昨日はあんなに感謝してくれたのに。うう、デ、デレナ、コヴをだずげでぐれで、あでぃがどねって、鼻をずびずびさせながら……って、誰がデレナよ!? ちょっと可愛いと思ってしまった私の気持ちを返しなさい?」

「わ、わあああ! そ、そういう事をコウの前で言っちゃ駄目じゃないか!? ち、違うよ!? 泣いてないよ?」

 謎の見栄を張るルーナ。
 いつも泣いてるので、今更感がすごい。
 そして、セレナのルーナのモノマネがちょっと上手かった。

「……やかましい。少しは静かにせんか、小娘ども」

 その声は、部屋の奥から聞こえた。
 長大なソファーに寝そべる極上の美女。
 高級感あふれる純白のドレス。
 スラリと伸びた美脚をソファーにだらしなく晒し、その胸元には零れ落ちそうな巨乳の谷間。
 美しい左手の人差し指と中指には、煙管が挟まれていて。
 くゆくゆと紫色の煙が静かに天井に伸びる。

「……お祖母様」

 腕の中のルーナが息を飲む。
 やはりというか、なんというか。
 ルーナのお祖母様は、昨日戦った爆乳エルフだった。
 ルーナによく似たその相貌に浮かぶのは、理性の色。
 その尋常ならざる美しさは、迫力となって俺を威圧する。

「母上、アサギリ伯を連れてまいりました」

「ご苦労じゃったのう、ナーシャ」

 いつの間にか部屋の奥に移動していたアナスタシアさんが、お祖母様――エスメラルダさん? の隣でそんな報告をしていた。
 ナーシャというのはアナスタシアさんの愛称だろうか。

「コウ・アサギリ。こっちへ参れ」

 ソファーにだらしなく寝そべったエスメラルダさんが、細く白い指をくいくいと動かす。
 それだけで、匂い立つような色気がぶわっと放たれる。
 だけど、そっちに行くのはちょっと怖い。
 昨日ボコられたばかりなのだ。

「……大丈夫よ。私がついているから。安心してエスメラルダに挨拶してきなさいな」

 セレナがそんな声をかけてくれた。
 優しい笑みを浮かべながら。
 ホントに惚れるわ。

 そんなわけで、俺はエスメラルダさんの方に歩いていった。
 もしかしたら、あのおっぱいを揉ませてくれるかもしれないしね!
 そんな淡い期待をいだきながら。




「……コウ・アサギリ。ラグニード王国の魔族防衛戦で多大な戦功を上げて台頭。オークの撃破数は1万を超える。人間初の鬼殺しオーガスレイヤー。領地経営でも才を見せ、荒れ地だったセランディア荒野を税収豊かな地に変えた。アサギリ家の繁栄は目覚ましく、近く伯爵への陞爵しょうしゃくが決まっている。……ふむ。傑物じゃな」

 ソファー脇のサイドテーブルに置かれた書類を読み上げたエスメラルダさんは、ぷかーと紫煙を吐き出した。
 俺のことを話しているんだろうけど、半分くらいは身に覚えがなかった。
 オーク1万も倒してないし、領地経営なんてしたことないし。
 フェルちゃんとエレインのお陰なんだけどなー。

「その若さで大したものじゃ。今年でいくつになる?」

 顔を上げたエスメラルダさんに見つめられる。
 すっと細められた流し目。
 エッロ!!!
 はらりと垂れ落ちる金髪も艶めかしい。

「……32、いや今年で33です」

 そういやそろそろ誕生日だな。
 カレンダーがないので、正確な日にちはわからないが。

「……ウソを申すな。エルフだと思って妾を謀っておるのか? どう見てもまだ10代の小僧っ子じゃろうが」

 エスメラルダさんはイラッとしていた。
 跳ね上げらた眉尻。
 美人のイラ顔は怖かった。
 ウソついてないんだけどなー。

「その子はエインヘリヤルなのよ。信じられないでしょうけどね。だから、その子の言っていることは本当よ」

 後ろに立ったセレナが援護射撃をしてくれた。
 そうそうエインなんとかだよ。
 しばらく聞いてなかったのですっかり忘れていたが。

「エインヘリヤル……」

 エスメラルダさんの纏う雰囲気がピリッとしたものに変わる。
 怖かった。

「いや、信じよう。この小僧が見せた深淵魔法。アレを人間が使えるわけないからのう。……なるほど。エインヘリヤルなんぞ数百年ぶりに聞いたが、神の御使いとは恐れ入った。……1つ解せぬのは、セレナよ、お主じゃ。神嫌いのお主が、なぜこの小僧に懸想しておるのじゃ?」

「べ、別に懸想なんてしてないわよっ!! ……ちょっと可愛いなって思っているだけで」

 何やら慌てたセレナがちらちらとこっちを見てくる。
 ケソウってどういう意味だろうとは思ったが、とりあえずセレナは可愛かった。

「……さっき思い切りご主人様とか呼んでおったじゃろうが」

 エスメラルダさんがそんな事を言っていたが、ちょっと違うんだな。
 耳が悪いんだろうか。

「セレナが言っていたのは、ご主人様じゃなくて、ごしゅじんしゃまですよ。そこが可愛いのでお間違いなく」

「ちょ、ちょっと!! 何言ってんのよ!? そんな呼び方していないのだけれど!? ……しているかもしれないけれども!」

 どっちだよ。
 真っ赤になったセレナが腕を掴んでくる。
 可愛かった。

「……まあよいわ。とにかく、コウ・アサギリ。お主のことはようわかった。わかった所で、残念なのじゃが、お主は死刑じゃ」

 カッと吸っていた煙管を、吸い殻入れに叩きつけるエスメラルダさん。
 煙管ってタバコだよな?
 あー俺もヤニ吸いてーと思っていた。
 というか、え?
 今なんて??

「お主は死刑じゃと言ったんじゃ。当然じゃろ? 我がエルフィニアに対する破壊行為。騎士団との交戦、国家的な儀式への武力介入。何よりもまずいのは、お主がデルフィニア公爵家のドラ息子を殴り飛ばした事じゃな」

 俺の悪事をつらつらと並べるエスメラルダさん。
 確かに逮捕されるには十分な事をしでかしたが、最後のがよくわからん。
 誰それ。

「フェルミダ王女と結婚しようとしていた優男がおったじゃろう? お主に殴られて、顔面を複雑骨折、永久歯もボロボロ。更には壇上から落下したことで、全身打撲に全身骨折。幸い命に別状はないが、まあ大怪我じゃのう。大事な跡取り息子に大怪我を負わされ、王女との結婚式も中断されたデルフィニア公はそれはもう怒り狂っておる。お主は、この後デルフィニア公爵家に移送されて、拷問の上、首を刎ねられることになっておる。……残念じゃったな」

 ええええええ!?
 残念じゃったなって。
 残念だけれども!!!
 そういや、なんかそんな男を殴ったような気がする。
 あの時はルーナを寝取られたと思ってムカついていたし……でも、あれ勘違いだったんだけどなー。
 そういえばイケメンだった気がするので殴ったことに後悔はないのだが。
 金貨一枚くらいなら払うから、ごめんごめん! で許してくれないだろうか。

「……そもそも、我がエリシフォン家とデルフィニア家は、政敵同士じゃ。武門の我が家と、政略に長けた彼奴らとは相性も悪い。できれば、お主の身柄を預かるなんて面倒な事はしたくないのじゃが……うちの孫娘がそなたを好いているという。エルフの大公爵たる我がエリシフォン家の跡継ぎとなる娘がじゃ。隣国の伯爵と考えれば、まあ悪い縁談ではないのじゃがな。ルーナよ。ここから先は、お主の番じゃ。こっちへ来るのじゃ」

 緊張した面持ちで、ルーナはやってきた。
 さっきまでの脳天気な顔がウソのようだった。
 あのルーナですらこんな顔をする。
 エスメラルダさんの怖さが伺い知れる。

「……お祖母様」

「ルーナよ。お主も事情はわかっておろう? お主の好いた男は死刑じゃ。諦めよ」

「嫌です!!!」

「……そんなに人間が好きなのかえ? それなら妾がもっと見目の整ったのを買うてやろう。それで我慢するんじゃ」

「絶対に嫌です!! 私にはコウしかいません!!!」

 ルーナがぎゅっと腕に抱きついてくる。
 まあ、いざとなったらルーナを連れて逃げればよいのだ。
 死刑なんて無視である。
 こっちにはセレナもいるし。

「…………」

 しかし、セレナは心配そうな顔で俺たちを見つめるだけだった。
 え、それだけ??
 いつもみたいに魔法でずばんとお祖母様をやっつけてほしいのだが。

「聞き分けのない娘じゃのう。誰に似たのやら。……いくらお主がポンコツでも流石に怒るぞ? 貴族の娘じゃろうが」

 ギロリとルーナを睨みつけるエスメラルダさん。
 その鋭い緑色の眼光には、隣にいた俺ですら肝を冷やした。
 しかし、ルーナは俺を見てにこりと笑う。
 なんか考えがあるらしい。
 お祖母様にもバレている通りポンコツなんだから無理はしてほしくないのだが。

「……お祖母様、お母様も、聞いて下さい。私のお腹にはコウの赤ちゃんがいます!!」

 ドヤ顔で言い放ったルーナは、下腹部を愛おしそうに撫でた。
 辺りを包む空気が、ピキンと凍りつく。
 え、お前が言ってた秘策ってそれ??
 つうか、お祖母様とお母様に言ってなかったのかよ!?
 すげえ気まずいじゃん!!
 あ、それで挨拶が遅れた事を侘びた時、アナスタシアさんポカンとしてたのか。
 何いってんのこいつ? みたいな目で見られた。

「……ナーシャ。お主は知っておったのかえ?」

「いえ、母上、私も今聞きました。先日、侍医に見せたばかりだったのですが、そんな報告は……すぐに確認を……」

「まあ良い。ルーナもこの家で育ったのだ。この妾に嘘などはつくまい。そうであるな?」

 そう言ったエスラメルダさんが浮かべた笑みは、ゾッとするものだった。
 確かにこの笑みの前で嘘をつくのは相当な勇気がいる。

「はい、お祖母様。本当です。私のお腹には間違いなくコウの赤ちゃんがいます」

 ルーナはきっぱりと言い放つのだが、まだそのお腹は大きくなっていない。
 普通に考えたら、エスメラルダさんがなんて言うかなんて簡単に想像できる。

「堕ろせ」

「嫌です」

 想像通りの言葉を放つエスメラルダさんに、ルーナが即答する。
 二人から放たれるオーラがメラっと熱量を増した。

「……ルーナよ。わかっておるのかえ? その小僧は人間じゃ。つまりお主の腹の子は忌まわしきハーフエルフということになるんじゃぞ?」

「はい。私とコウの子供です。とっても可愛い子になるでしょう。……そして、お祖母様の曾孫です」

「情に訴えても無駄じゃ!! 下賤なエルフならまだしも、お主はエリシフォン家の長女じゃ!!! この妾の孫で、王族にも連なっておる。そんな女がハーフエルフを産むなど、エルフの誰一人として許さんわ!!」

 エスメラルダさんの怒りは相当なものだった。
 たまらず漏れ出た魔力がビリビリと部屋を揺らす。
 ハーフエルフというのは相当まずいらしい。
 ゲームやアニメでもそんな設定があったが、本当だったようだ。
 そんな怒りを当てられたルーナは、しかし、妙に落ち着いていた。
 澄み切った青い瞳で、エスメラルダさんを見つめている。
 俺はその瞳をよく知っていた。
 俺をクズじゃないと言い放ったあの瞳だった。
 この女は、妙な所で肚が座っている。
 鬼のように怖いエスメラルダさん相手でも、ビビるようなではないらしい。

「……わかっています。ですので、今日はお祖母様とお母様にお別れを言いに来ました」

「何?」

「私はエリシフォン家で生まれ育ちました。育ててもらった恩を忘れるつもりはありません。支えてくれた国民にも申し訳なく思います。でも――」

 ルーナは隣に立つ俺を見つめる。
 澄み切った瞳で。
 そのほっそりした腹に手を当てながら。
 その姿は美しい。
 くそ、ますます惚れそうだ。

「私はコウを愛しています。この子も絶対に産んで育て上げます。ですので、ここでエルフをと思います」

「ルーナ!?」

「ほう……」

 おかしなことを言い出すルーナ。
 悲鳴を上げるように娘の名前を呼ぶアナスタシアさんに、面白そうに目を細めるエスメラルダさん。
 場の空気が、なぜか張り詰めていく。
 俺には理解できなかった。
 エルフをやめる?
 エルフってやめられるんだろうか。

「……わかっておるのかえ、小娘? そのセリフは、決して軽くないぞ」

 エスメラルダさんの声音は低く、落ち着いた感じながら、ものすごい怒気を孕んでいた。
 溢れ出た魔力が、ビキリと窓ガラスに罅を入れる。
 正直言って、めちゃくちゃ怖かったのだが、ルーナは落ち着いた動作で、懐からあるものを取り出した。
 それは、小さな短剣だった。
 なんの変哲もないただの短剣。
 しゃらんと抜き放ったルーナは、それを自分の顔に近づけていく。
 背筋がゾッとした。

「何やってんだ!? あぶねえだろうが!!」

 思わず手を伸ばそうとして、ルーナの瞳に止められた。
 大丈夫だから。
 ルーナの瞳はそう言っていたので、とりあえず手を下ろす。
 本当だろうな?

「……エルフの古い掟。その昔、エルフの里を追われたものは、誇り高きエルフの象徴である耳を切り落とされた、と」

 アナスタシアさんが思い出すように言っていた。
 なんだそのヤクザみたいな風習は。
 焦燥が胸を焦がす。
 喉がカラカラに乾いていった。

「……その辺でやめよ、ルーナ。冗談ではすまなくなるぞ? ものすごく痛いんじゃぞ? 刃物なぞ早く置くんじゃ」

「私を甘く見ないで下さい。お祖母様」

 そう言って、ルーナはバッと勢いよくドレスをはだけた。
 ぷるんと勢いよく飛び出る美乳。
 ええ乳や……ってそうじゃなくて。
 え、何してんのこの女。

「……かつてコウを守るためについた傷です」

 言いながら、ルーナはくるっと後ろを向いて、長い金髪を掻き上げる。
 顕になる醜い裂傷の痕。
 かつて俺をかばって山賊に斬られた刃傷。
 胸が鋭く痛んだ。

「この傷を受けた時は、しばらく生死を彷徨いました。でも、コウのためならなんだって出来る。今更耳くらい……」

 そう言って、ルーナはすっと耳元に短剣をあてる。
 鈍く光る短剣。
 その場の誰もが、ルーナの本気を疑っていなかった。
 やけに目立つ背中の傷のせいだ。

「……ちょっと耳が短くなっちゃうけど、ごめんね? 変わらず可愛がって欲しいな?」

 そう言って、俺に力なく微笑むルーナ。
 その唇は真っ青で、小さく震えていた。
 自分の体に刃を突き立てるなんて、誰だって怖いに決まっている。
 そんなルーナの健気な勇気を目の当たりにして。
 俺は。

「っざけんな!!!」

 どうしようもなく、怒りがこみ上げていた。
 なんだそのふざけた風習は。
 ルーナの覚悟はわかった。
 ものすごく嬉しい。
 だけど。

「俺は、もう二度と!! お前を傷つけさせやしない!!!」

 大声で叫んで、魔力をかき集める。
 震える空間。
 割れる窓ガラス。
 そうだ。
 このままこんな屋敷ぶっ壊して、ルーナと逃げれば――。

「止めなさい!」

 しかし、セレナに抱きとめられた。
 邪魔すんなっ!!

「……あの娘を信じてあげなさい。あの娘の家族も」

 祈るような声で、セレナが小さく言った。
 何言ってんだ!?

 そんな事をしている間に、短剣はルーナの長く美しい耳に近づいていく。
 こんな時だけ、なんでそんなに思い切りがいいんだよ!?
 薄鈍色の刃が近づいていく。
 真っ白なルーナの肌に食い込み。
 ぷつっと小さな赤い血の玉が浮かんだ。
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