ちょいクズ社畜の異世界ハーレム建国記

油揚メテオ

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第五章 領地発展編

第190話 幕間 老兵達の語らい

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 薄明かりに照らされた天幕の中。
 二人の老兵が静かに酒を飲んでいた。
 戦勝の宴に盛り上がり、ほとんどの者が疲れて寝静まった夜更け。
 ヴァンダレイとマンセルの2人は杯を酌み交わし合う。

「……それにしても、若者というのは鮮やかなものですな」

 マンセルが蒸留酒を口に含みながら、しみじみと語る。

「昨日のゼービア様は眩いばかりに美しかった。わざわざ危険を冒して、先陣に立たれなくとも、と心配しましたが、その勇ましさに、思わず見とれてしまいました。危うさを孕んでいるからこそ、ああも輝かれたのでしょうが」

「……アレは父親の才を余すことなく受け継いでおるからのう。まあ、まだ危なっかしい部分もあるが……儂としては、剣なぞ振り回しておらんでどこぞに嫁に行って欲しいわい」

 やや酔の回った顔で、ヴァンダレイは杯の酒を見つめながら言った。

「はっは! 貴方も人の親、いや祖父ですかな? …………アーヴァイン殿はいい騎士でしたな。確か東の帝国との戦でしたか。……貴方が剣を置かれたのもあの戦でしたな」

「……さすがにのう。息子に先立たれるのは応えたわい」

 しばらくの沈黙。
 二人の老兵はただ黙って杯を煽る。

「先のある優秀な若者はどんどん死んでいき、私のような凡愚が生き残る。今回の戦でも心血を注いで鍛え上げた近衛の若者が何人も死にました。やりきれませんな……」

「……時代と言えばそれまでじゃが、せめて子供たちには戦のない世を作ってやりたいと思っておった。……それなのに孫まで戦場に立っておる。儂こそ愚かの極みよ」

 夜更け特有の静かな時間が流れる。
 辺りに人の声はなく、テーブルの上に置かれた蝋燭の灯火が揺らぐのみだった。
 杯を重ねる老兵達の付く息は深い。

「……アサギリ卿のことですが」

「うむ」

「彼はいけませんな。あの危うさはゼービア様の比ではありますまい。あれでは命がいくらあっても足りない。……もう少し注意された方がよろしいのでは?」

「そうじゃな」

 頷きつつも、ヴァンダレイはどこか腑に落ちない顔をしていた。
 あの若者が危ういことは、ヴァンダレイは百も承知なのだ。
 だが。

 ヴァンダレイは、酒の入った杯を一気に煽る。

「……まあ、奴はクソ野郎じゃからな。まーず、女癖が悪い! あれはもう病気じゃ。それに口答えばっかりしおるし、根性はネジ曲がっとるし、目つきは濁っとるし、何よりも態度が腐りきっておる!!」

「は、はあ」

 途端に口数の多くなったヴァンダレイにマンセルは冷や汗を流す。

「だいたい、若者らしさがないんじゃ。話しておるとどうも、その日暮らしの日雇い石工いしくと話しておるような錯覚を覚える。三十くらいののう。まあ、奴が本当に石工ならいいんじゃが、まだ前途ある若者で、しかも爵位持ちというのが、また……ぐぬぬぬ!!」

「ま、まあまあ……」

 額に血管が切れそうなほどの青筋を浮かべたヴァンダレイをマンセルが宥める。
 なぜヴァンダレイはあの若者と行動を共にしているのだろう。
 マンセルは宥めながら心底不思議に思った。

「じゃがのう」

 そう言葉を切って、ヴァンダレイは中空を見上げる。
 何かに思いを馳せるように。

「……やつと初めて会った戦。オーク共が騎馬なぞを駆りおって、迫ってきよってな。……あれに一人で立ち向かいおった。昨日もそうじゃ。ゼービアがさらわれたと知るや、一人で駆け出していきおったわい」

 ヴァンダレイは空いた杯に手酌で酒を注ぐ。
 マンセルが注ごうとするのを手で制して。

「アレは馬鹿じゃ。戦というものを全く理解しておらん。戦術のせの字も知らんのじゃろう。戦は一人の武ではどうにもならん。儂らはそれが痛いほどわかっておるじゃろう? じゃが、一人で駆けていくあの馬鹿を見ておるとのう……」

 ヴァンダレイの肩がわずかに震える。
 その脳裏には、その若者と共に戦った戦場の記憶がありありと思い出されていた。
 そして、酒瓶をテーブルに叩きつけるように置くと、勢いよく立ち上がっていた。
 そのまま片手を勢いよく振り上げる。

「いいぞ! ぶちかませ、小僧!! 戦況をひっくり返してやれ!!!」

 突然、叫んだヴァンダレイにマンセルがビクッと驚いた。

「年甲斐もなく血が騒ぐんじゃ。さすがに言葉には出さんが、心の中では喝采をあげておった。昨日の小僧を見たか、マンセル殿? あれだけズタボロになりながら、あのオーガに立ち向かいおった! 普通なら心が折れとるじゃろう? それなのにあの馬鹿は……」

 言いながら、ヴァンダレイはストンと椅子に腰を下ろす。
 そして、ボソッと呟いた。

「奴はとびきりの馬鹿じゃが…………誰よりも勇敢じゃ」

 その言葉は、消え入りそうな程小さな声だったが、隠しきれぬ熱量を孕んでいるようにマンセルには思えた。

「……まあ、彼の活躍は痛快ではありますな」

「じゃろう? 痛快なんじゃ、あの馬鹿は。信じられないような戦果を上げよる。……まあ、いくらなんでも出来すぎじゃがな。今後、いくらでも苦難は来るじゃろう」

「その時の為に貴方がついておられるんですな?」

「まあのう。……今まではなんとかいっちょ前の剣士にしてやろうとしておったが……なぜかあの馬鹿は儂でも鳥肌が立つような剣筋を見せよる。奴の普段の生活を見ておると強いわけないんじゃが……まあ、あれが天才という奴なのかもしれんのう。儂が奴にしてやれるのは、もっと別の事なのかもしれぬ」

 真剣に悩むヴァンダレイに、マンセルは微笑ましい思いを感じていた。

「……随分と惚れ込んでおられますな。アサギリ卿に」

 そう零すマンセルにヴァンダレイは真顔を向ける。

「いや、別に? 言ったじゃろう。あいつはクソ野郎じゃ」

「は、はあ」

「……そうじゃ、聞いてくだされ、マンセル殿。可愛い孫を救ってもらったわけじゃし、昨日はさすがに礼でも言おうと思って、奴の天幕を訪ねたんじゃ。そうしたら……」

 言いながら、ヴァンダレイは手に持った杯を握りつぶさんばかりの力を込める。

「……や、奴の天幕からは女子おなごの嬌声が聞こえてきおってな! まだ戦の最中じゃと言うのに……あのクソ野郎は……ぐぬぬぬぬ!! 思わず天幕に火を放ちそうになったわい!」

 放火はさすがにやりすぎなのでは……とマンセルは心の中で思った。

「ま、まあまあ! 英雄、色を好むと申しますし。アサギリ卿も妻を娶れば落ち着くと思います。あ、そうだ。ゼービア様のお相手に丁度よいのでは?」

 ヴァンダレイも結構気に入っているようなので、名案だとマンセルは思ったのだが。

「…………」

 死んだ魚のような目をしたヴァンダレイが、めきょっ! と木製の杯を握りつぶした。
 思わず生唾を飲み込んだマンセルは冷や汗をダラダラと流す。

「……まあ全然笑えぬ冗談は置いておいて」

「は、はっ! 本当に申し訳ございませんでした。口が過ぎました。全然笑えませんね。お許しください!!!」

 思わず直立したマンセルがヴァンダレイに深々と頭を下げる。

「まあまあ、マンセル殿。冗談なのは儂も判っておる。むしろ冗談じゃなかったら、斬っておるわい。それよりも聞いてくだされマンセル殿! 奴にはそもそも妻がおるんじゃが、これがまた健気で気立ての良い娘さんでのう。ルーナ殿というんじゃが……」

 その後も次々とアサギリ卿の愚痴を漏らすヴァンダレイに、マンセルは背筋を冷たくする。
 今、斬るとか聞こえた気がするのだが……。
 仲がいいんだか悪いんだかわからないヴァンダレイとアサギリの関係に首を捻りながら、マンセルは明け方までヴァンダレイに付き合わされたのだった。
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