ちょいクズ社畜の異世界ハーレム建国記

油揚メテオ

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第三章 戦争編

第95話 論功行賞 ⑦

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 セレナに時間を流れさせると、夜風が頬を撫でた。
 火照った身体には冷たくて心地いい。

 さて、どうしよう。

 セレナの想いに応えようと思って、全力で抱いてしまった。
 とりあえず、セレナを地面にべちゃっと下ろす。
 セレナはちょっと言葉では表現できないほど無残な姿になっていた。
 む、むごい。
 客観的に見てみるとそんな感想が思い浮かぶ。
 というか、セレナのドレスがなー。
 グチョグチョの上に、なんか破れてるんだけど。
 どういうことだろう。
 もう着れないじゃん。

 心地よかった夜風がだんだん肌寒くなってくる。
 そういえば、もう冬なのだ。
 冬に外で素っ裸でいたら風邪を引いてしまう。
 吸血鬼のセレナが風邪を引くのかわからないが、このままでは誰かに見られてしまう危険性もある。

「か、カレリアさん?」

 ダメ元でカレリアさんを呼んでみた。

「なんでしょうか。アサギリ様」

 おお。
 出てきてくれた。
 さすが出来るメイドは空間を超越する。

「いや、なんか、ちょっと、あの、セレナが、その」

 言葉を濁しながら地べたのセレナを見る。

「……かしこまりました」

 カレリアさんは一瞬硬直したもののかしこまってくれた。
 そのままセレナをべちゃっと持ち上げる。

「今夜のお泊りはどちらに?」

「ああ、フィンデル子爵が着替える時に使った客間をそのまま貸してくれるそうです」

「承知致しました。それでは、一足先に戻って、セレナお嬢様を休ませておきます」

 そう言い残して、カレリアさんは呻くセレナを抱えたまま空間に消えようとする。
 他人を連れている状態でもテレポート出来るらしい。
 空間魔法ホントに便利だ。
 というか、それならば。

「待って下さい。俺も一緒に戻ります」

 ちょうどいいのでついていこうと思う。
 パーティとかいうリア充どものサバトにはこれ以上参加するつもりはない。
 ルーナを置いていくのはちょっと気が引けるが、生理現象のようなものだ。
 後で謝って許してもらおうと思う。

「左様でございますか。それでは、私にお掴まり頂けますか? お嬢様を抱えていて、手が塞がっておりますので」

 なるほど。
 カレリアさんに触れていれば空間魔法の対象になれると言う事か。
 とりあえず、カレリアさんの尻に触れる。
 おお、なかなかの良尻だ。
 思わず撫で回してしまう。

「……あの、できれば肩とかに触れて頂きたいのですが」

「ええ!?」

 カレリアさんが咎めるような目を向けてくる。
 だって触っていいって言ったじゃん!
 それなのに、咎められるとか。
 誠に遺憾である。

 というか、なんか物足りない。
 思う存分セレナを抱いたつもりだったのだが。
 セレナをぐちょぐちょにした件について、カレリアさんからのお咎めがなかったせいだろうか。
 いつもならカンナさんに説教されている所だ。
 そして説教の後、反省してますか? 反省しているならお姉ちゃんにも同じことをして下さいとか言って服を脱ぎだすのだ。
 セレナからのカンナさんはもはやお約束パターンだったので、物足りないのかもしれない。

「……あなたは残りなさい。せっかく貴族になったのだから、小娘と一緒に顔を売ってこなきゃダメでしょう?」

 よろよろと首をもたげたセレナにそんな事を言われてしまった。
 意識が戻ったのだろうか。

「大丈夫か? セレナ」

「ええ。……こうなるのは判っていたし。先にお屋敷に戻って休んでいるわ。でも、なるべく早く帰ってきなさいね? そ、その、さみしいから」

 ぐったりしながらも照れているセレナが可愛かったので、軽くキスをした。
 セレナはぼーっとしながら俺を見つめている。

「あのアサギリ様。私のお尻を撫でながら、お嬢様に口づけするのは、人としてどうかと思いますが」

 カレリアさんが底冷えのする声で言った。
 その目は思い切り俺を軽蔑している。

 ああ、美人に嫌われてしまう。

 違うのだ。
 俺の呪われた右手が勝手に動くのだ。
 とりあえず、暴走する右手を押さえ込んでのたうち回る。
 そんな往年の厨二病テンプレパターンを演じていたら、いつのまにかカレリアさんはいなくなっていた。
 むなしい。

 急に寒さが増した気がしたので、お湯を生成して体中に染み込んだセレナ臭を消す。
 そして風魔法で身体を乾かす。
 プロである俺はこうした細やかな証拠隠滅を欠かさない。
 一体、なんのプロなのかはわからないが。
 とりあえず、その辺に脱ぎ散らかしていた服を集めて着る。
 幸い、燕尾服は無事だった。
 相変わらず蝶ネクタイの付け方はよくわからないかったが、適当に結んでみたらそれぽくなったので良しとする。
 一応、セレナの服も回収しておこうかと思ったが、青いドレスはボロボロのぐちょぐちょだったし、パンツやブラジャーはものすごい所まで飛んでいっていたので、回収は諦めた。

 不幸にも準備が整ってしまった。
 とりあえず、俺は重い足取りでリア充どもが乱痴気騒ぎを繰り広げるパーティ会場へと戻ることにした。



 ビクビクしながらパーティ会場のドアを開けると、見知った顔と目があってしまった。

「おお、アサギリ卿ではないか」

 近づいてきたのは、脂ぎったオッサン事、フィンデル子爵だった。
 フィンデル子爵は酔っているのか、顔を真赤にしている。

「ああ、どうも」

 面倒くさいのに捕まってしまった。
 というか、この世に面倒くさくないニンゲンはいない。
 とはいえ、今夜の宿を提供してくれる手前、無下にはできない。

「どうだ? 楽しんでいるか?」

「はあ、まあ」

 全く楽しんではいないが、適当に頷いておく。
 フィンデル子爵はこうしてみると、ちょっと心配になるくらい太っている。
 太り過ぎて、首と顎と顔の境界線がわからない。
 口が大きい事もあって、なんかガマガエルに似ている。

「それにしても、昼間は驚いたぞ」

 フィンデル子爵は俺の肩に手をねちょっと置いた。

「まさか女を2人も連れてくるとはなあ。若いのにお主、かなりの好き者と見た。わはは!」

 何が面白いか全然わからないが、フィンデル子爵は大爆笑している。
 かなり酔っ払っているらしい。

「ただお主の連れていた女は、ちょっとなあ。歳が行き過ぎとる気がするなあ」

 まあ、32歳と700歳なので若いとは決して言えないが、俺の女をディスるとはいい根性のガマガエルだ。
 さっきから俺にガマ油をなすりつけてくるのにも腹が立っていたので、いっそ燃やしてやろうかと思った。

「よし、今度、儂がより綺麗どころを見繕ってやろう」

 そう言いながら、ガマがねちょねちょと俺の肩を叩く。
 より綺麗どころ?
 ルーナとセレナ以上の美人ってこと?
 ガマがすごいハードルを上げているが、なんにせよ女を紹介してくれるらしい。
 結構いいガマガエルである。
 ただ気になるのは、ガマにはホモ容疑がかかっている事だった。
 美女を紹介してくれると言われて、わくわくしていたら美男子が来てズコー的なオチが容易に想像できる。

「……あの、紹介してくれるのは女性ですよね?」

「当たり前じゃろう! なかなか面白いことをいうやつじゃな、わはは!」

 おお。
 当たり前らしい。
 いいガマじゃないか。

 その後、軽く談笑してガマと別れた。
 とりあえずルーナの元に向かう。
 いくらなんでも、さすがに放置しすぎな気がしてきたのだ。


 ルーナの周りには相変わらず男が群がっていた。
 やや離れた所にはご婦人たちの姿も見えたが、皆、一様にルーナに殺意の篭った目を向けながら、数人で集まって内緒話をしている。
 そういえば、いつだったかルーナは友達がいないと言っていた。
 なんか理由がわかった気がする。
 あれだけ男の注目を集めていては、女としては面白くないだろう。

 俺としては、逆にルーナに群がっている男どもが面白くないが。
 中にはどう考えてても俺よりハイスペックなイケメンが何人も混じっているので、かなり不安になってきた。
 とりあえず、連れ出そうと思って近づくと、ルーナの話し声が聞こえてきた。

「……そうですね。うちの主人は武芸に優れ、魔法も堪能ですの。それに、優しくて包容力にも溢れていて、顔も美形で、かっこいいですし、なんといっても、かっこいいですし、えへへ」

 そんな事を言いながら、ルーナは頬に手を当てて、くねくねしていた。
 最初はすましていた顔が、メッキが剥がれるにつれてニヤケ顔になっている。

 思わず足を止めてしまった。
 何言ってんの、この女。
 俺に何の恨みがあるのかしらないが、ルーナがせっせとハードルを上げている。

「ほお。まあ貴女ほどの女性を射止める方ですからな。さぞ素晴らしい人物なのでしょうな」

「先日の戦でもかなりご活躍されたとか」

「全く羨ましい限りですな。はは」

 なんか周りも納得してしまっている。
 どうしよう。
 物凄くルーナを連れ出しにくい。
 いや、ルーナはああ言っているのだ。
 犯されすぎた弊害もあるだろうが、俺の自虐がちょっと酷すぎるのかもしれない。
 俺はもう以前のハゲデブオヤジな俺ではない。
 若返った俺はどちらかと言えばイケメンな気がする。
 颯爽とルーナの前に出ていっても、案外すんなり行くかもしれない。

 そんな事を考えながら、横に立っていた貴族のオジサンを見てみた。

「なんだ小僧!? ふざけた顔をしおって! 喧嘩を売っておるのか!」

 ふざけた顔ってなんだ。
 思い切り真顔だったのに。
 なんか知らないけど怒られてしまった。
 こんなに真面目に生きている俺に向かってなんて事言うんだ。

 というか、オジサンの反応を見ていて思った。
 やっぱりルーナの目がおかしいだけじゃん!
 俺が本当にイケメンだったら、オジサンに怒られることはなかったはずだ。
 危ない所だった。
 あのままルーナに近づいていたら、周囲のニンゲン達から想像を絶する罵詈雑言を浴びせられていた事だろう。
 くわばらくわばらと思いながら、踵を返す。
 そうだ。
 俺にはこの部屋の床を調べるという義務があったのだ。
 パーティが終わるまでは部屋の隅っこでひたすら床を撫で回していようと思った。

「おっと、危ないぞ」

 そんな事を考えながら歩いていたら、誰かにぶつかりそうになってしまった。
 これがヤクザだったら殴られて金品を巻き上げられる所なので、とっさに謝る。

「す、すみません」

「うむ。気をつけたまえよ」

 そう言ってくれたのは、普通の男だった。
 ヤクザではなかったようで一安心だ。
 男は以前の俺と同い年くらいで、小太り中背と言ったところか。
 茶色い髪を無造作にセットし、綺麗すぎるくらいに整えられた口ひげと顎髭を蓄えている。
 ちょっとキツイ香水の香りもした。

「君も彼女目当てかな?」

 そう言って男はパチンと指を鳴らして、離れた場所のルーナを指差す。
 そこはかとなくイラッとした。
 俺が黙っていると、男はカッと舌を鳴らす。

「判るよ。僕もさ。まあ、そう遠くない未来、彼女は僕の隣にいるだろうけどね」

 そう言って、男は俺に片目を瞑ってみせた。
 どうしよう。
 いちいち仕草が癇に障る。
 一人の人間にこんなに苛つかされたのは初めてかもしれない。

「僕はイーサン・デロニア。男爵さ。よろしく」

 俺は一言も喋っていないのに、男は勝手に自己紹介を始めた。
 手を差し出してくるので、とりあえず握手をしようとしたら、突然、拳を合わされて、有無を言わさぬ華麗なテクニックでぱんぱんとアメリカの輩がやるようなハンドシェイクをされて、最後はハイタッチまで決められてしまった。
 殺意が芽生えた。

 なんだこいつ。
 心の準備がまったく出来ていない状態で思わぬ強キャラに出くわしてしまった。
 なんというか。
 イラつき度で言うと、都内の駅前に必ずある喫茶店でリンゴのマークのついたノートPCをカタカタ、ターンとやかましく操っている人たちを軽く超えてくる。
 というか、あの人たちの無駄なオシャレ感はなんなんだろう。
 横でケータイエロ小説を読んでいる底辺サラリーマンの気持ちを考えて欲しい。

「このパーティに出席しているということは、君も先日の戦に参加したのかな。僕もさ」

 そう言って、男は親指で自分を刺して小太りの顔にキメ顔を作った。
 俺なんかにキメてなんの意味があるのかわからない。

「あの戦は大変だったね。王国はそろそろ勇者召喚を検討しているらしいよ。ああ、わかっている。皆まで言うな。僕はあの戦でオークを二匹仕留めた」

 何も言ってないのだが、話がどんどん進んでいく。

「え? 英雄だって? おいおいやめてくれよ。僕は英雄なんて柄じゃないさ。まあでも、あの子猫ちゃんには、僕くらいじゃないと釣り合わないと思うけどね」

 そう言って、指をパチンと鳴らして舌をカッとしながらウィンクして、ルーナを指差す。
 3連コンボを決められてしまった。
 というか、なんなのこの状況。
 俺が何をしたというのだろうか。
 もう謝るから、どっかに行って欲しい。

「君はもう少し頑張ったほうがいいかな。高値の花に憧れる気持ちはわかるが。僕を見れば諦めもつくだろう? な?」

 そう言って男は俺の肩をポンと叩いて、ウィンクをする。
 なぜか慰められてしまった。
 ここまで来ると、怒りを通り越してだんだん怖くなってくる。
 多分、こいつは日常的に何かをキメているに違いない。

「あら、あなた。こんな所にいたの?」

 完全にドン引きしていたら、ルーナに見つかってしまった。
 よそ行きスマイルのルーナが男たちをぞろぞろ引き連れてやってくる。
 ルーナにあなたとか言われると、ぐっとくるものがあるが、今はそれどころではない。

「……ああ、ルーナさん。お元気そうで」

 とりあえず、ルーナに乗っかって俺もよそ行きの演技をしてみたが、失敗して三下感が漂ってしまった。

「ネクタイが曲がっているじゃない。もう仕方ないわね」

 ルーナはネクタイを直そうと近づいてくる。
 セレナを抱いた後、適当に結び直したのだ。
 そりゃ曲がっているだろう。
 というか、上品な笑みを浮かべたルーナは、まるで知らない人みたいだ。

「……おい、私をほったらかしてどこに行っていたんだ。ず、ずっと寂しかったんだぞ。ぐすっ」

 しかし、顔を寄せてきたルーナは小声でそんな事を言う。
 いつも通り涙ぐんでいて、ちょっと安心してしまう。

「パーティは私に任せろとか言ってたから、任せて散歩してた」

 正確には任せてセレナを抱いていたのだが。

「確かに言ったけど! なんで散歩に行っちゃうんだ? お前は私の横にいて、そっと私の腰を抱くくらいしてないとダメだ」

 そういうものなのだろうか。
 とりあえず、言われたとおりルーナの腰を抱くと、ルーナは嬉しそうに身を寄せてきた。

「うん。そうそう。上手だぞ」

 ルーナは俺を見つめながらニコっと微笑む。
 そのまま俺の肩に顔を乗せてくる。
 相変わらず可愛い。

 というか、今気づいた。
 周囲の人々が、物凄く苦々しい顔で俺を見つめている。
 それどころか、モワッと禍々しいオーラを感じた。
 まず間違いなく忌々しく思われている。
 この人達はずっとルーナに群がっていたのだ。
 そのルーナが突然現れた男と抱き合っていたらどう思うだろうか。
 俺だったら実力行使には出ないかもしれないが、心の中でそいつの死を願う。

「あ、皆さん。紹介しますね。こちらが主人ですの。えへへ」

 本当に何の恨みがあるのか知らないが、ルーナが火に油を注ぐように俺の肩に顔をすりすりさせている。
 その瞬間、周囲の温度がメラッと上がった。

「ほら、あなた。そちらの方がコールマン伯爵閣下よ」

 ルーナに紹介されると、一人の金髪のオジサンが微妙な顔で進み出てくる。

「や、やあ、アサギリ卿。会いたかったよ」

 そんな事を言いながらオジサンは一応握手を求めてくるので応じた。
 しかし、握手した瞬間、オジサンの手に殺意の篭った力が入る。
 痛覚耐性があるのと言うのに、精神的な痛みを感じてしまった。
 そして、オジサンにギンと睨みつけられた。
 なんというか、精神力がごそっと削られる。

「それで、あちらがイェルニコフ伯爵閣下」

 ルーナに紹介されて、別のオジサンが目を血走らせて進み出てきた。
 再びぎゅむっと手を握りつぶされて、睨まれた。

「そちらが――」

「ルーナ!」

 次々にオジサンを紹介してくるルーナを止めるように叫んでいた。
 これ以上は俺の毛根が保たない。
 ストレスでハゲそうだ。

「ちょっと2人で風に当たりに行かないか? ずっと話していてお前も皆さんも疲れているだろうから、ちょっと休憩ということで」

 よくわからない言い訳をしながら、必死にルーナに目配せをする。
 なんだかんだ言って、もうルーナとは長い付き合いだ。
 俺の対人恐怖症も理解してくれているはず。

「お前……もしかして、妬いているのか?」

「なんでだよ!」

 ルーナは嬉しそうに抱きついてくる。

「えへへー! 私がずっと他の男と話してたから妬いちゃったんだろう? まったく仕方ないやつだな。ほら、もっとギュッとしておかないと大切な私が誰かに盗られちゃうかもしれないぞ?」

 ホントに空気読めないと思いながらも、上目遣いのルーナが可愛かったので、言われるがままに抱きしめてしまった。

「もー! だいたいお前が私をほったらかすから悪いんだぞ? 心配なら最初から私を捕まえておけ。あ、ファエンダル子爵、こちらが主人です」

 信じられないことに、ルーナはそのまま俺の紹介を再開させた。
 まじかよこいつ。
 紹介されたファエンダル子爵とかいうオジサンは青筋を立てて、ひくひくしながら剣の柄に手をかけている。
 殺ろうとしてんじゃん! ファエンダル子爵。
 ルーナはそんな子爵の様子は完全に無視して、嬉しそうに俺の胸に頬を寄せている。
 悔しいけど可愛い。
 ただルーナが可愛ければ可愛いほど、周囲が殺気立つのだ。
 毛根と胃が悲鳴を上げる。
 これだから!
 これだからパーティなんて出たくなかったのだ。

 そこからは身をヤスリでガリガリ削られるような時間を過ごした。
 ルーナは意外にも周囲の人々の名前を完全に記憶していて、ほぼ全員を俺に紹介した。
 ちょっと頭が弱いんじゃないだろうかと思っていたので、意外だったのだ。
 ちゃんと爵位順に紹介したのがまた凄かったのだが、貴族の妻としては当然の嗜みらしい。
 ただ、ちょいちょい甘えてきて燃料投下を欠かさなかった件については、後で本気で説教しようと思う。

「あの……」

 あらかた紹介が終わって、最後に残っていたのは俺に尋常ならざるウザさを見せつけたあのなんとか男爵だった。
 正直、伯爵だの子爵だのを矢継ぎ早に紹介されて、誰が誰だか全然覚えていない。
 まあルーナが覚えているだろうからいいのだが。

 なんというか男爵は面白い顔をしていた。
 目を点にさせて、俺を呆然とした顔で眺めている。

「ええと、あれ、申し訳ありません。どなただったかしら」

 今まで淀みなく相手の名前を記憶していたルーナが詰まっている。

「はう!」

 ルーナに名前を覚えてもらえなかったなんとか男爵は思い切り硬直した。
 そのまましばらく硬直していたが、突然、身体をくの字に折り曲げる。
 急に動いたので、ビクッとしてしまった。

「……ふふ、ははは! これは傑作だ、これでは僕がピエロみたいじゃないか。え? そうさ、僕は哀れな道化さ。え? そうだな、翼の折れた堕天使と言ってもいいかもしれない」

 なんとか男爵はよくわからない事を言いながらも、髪をかきあげたり、無意味に顔を触ったり、突然後ろ向きになって、振り向きざまのキメ顔を見せつけてきたりと、イラッとする仕草を欠かさない。

「だが、今回の屈辱、決して忘れないぞ! ふっ、そうだな。お前の言うとおりだ。僕たちはライバルということだな。次は負けない。名前は覚えたからな! アサギリ!」

 そんな事を言いながら、なんとか男爵は2本の指を伸ばしてチャっと挨拶をすると、ウィンクをして去っていった。
 というか、俺は一言も発していない上に、自己紹介もしていないのだが。
 いつ名前を覚えたのだろうか。
 なんか勝手に会話を成立させる超人的なウザさを持っている。

「……お前、よくあんな強キャラの名前を忘れられたな」

「いや、なんかよくわかんない事を言いながらバラの花とか渡されたけど、自然とあいつの言っていることは聞き流してしまった」

 防衛本能というやつだろうか。
 ちょっと判ってしまう。
 ちなみに、渡されたバラの花は捨てたらしい。

「なあなあ、そんなことより何か食べに行こう? お腹すいた」

 そんなこととか、結構酷いことを言いながら、ルーナが俺の手をとって料理の並べられているテーブルに向かう。
 その後は、周囲の目を気にしながらも、なんだかんだルーナが可愛くて、結局いちゃつき倒してしまった。
 ルーナといちゃつく度に周囲から殺気を感じた。
 もうパーティなんて二度と出ないと決意した。
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