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第三章 戦争編
第93話 論功行賞 ⑤
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「ダーグリュン伯、恥を忍んで申しますと、現在、我が国を取り巻く状況は大変厳しい。敵は強く、我が国は防衛するのがやっとの状況です。しかし、守ってばかりでは戦は終わらない」
王様はセレナに真剣な眼差しを向ける。
「そうね」
「それでも、我が国には反撃をする余裕がない。既に国家予算の半分以上を軍事費に回しております。これ以上軍事に金を掛けたら国を維持するのが難しくなってしまいます。民には既に重税を強いておりますが、このままでは更なる増税、強制的な徴兵が必要になるかもしれません」
国家予算の半分が軍事費って凄いな。
日本でやったら左翼の人たちが発狂しそうだ。
というか、王様の難しい話を聞いていて思った。
既に俺は強制的な徴兵を受けているんだけど。
どゆこと?
「しかし、そんな事をすれば民も黙ってはいないでしょう。反乱が起きるやもしれませぬ。そこで、必要なのです。彼のような、英雄が」
王様が再び俺の肩に手を置く。
英雄とか言われてしまった。
照れますな。
「圧倒的な戦果を上げた英雄。平民出身というのも素晴らしい。民はきっと彼を熱狂的に支持するでしょう。重税も徴兵も気にならないほどに」
王様は熱弁を奮っている。
というか、さっき俺がルーナとセレナを口説いたのが度胸があって良い的な褒められ方をしたのだが、今の王様の話がどう繋がってくるのかわからない。
「英雄になったらモテるぞ? 女の子好きだろう?」
「はい!!!」
思わずいい返事を返してしまった。
英雄になったらモテるらしい。
じゃあなる!
素直にそう思ってしまった。
「ダーグリュン伯、本来であれば、あなた方、吸血鬼に助力を乞いたいほどなのですが」
「それは無理ね。赤月の盟約を知っているでしょう? 私達が人間に与したら、獣人達が魔族に味方して、あなた達に牙を剥くわよ?」
「それは、重々承知しております。ですので、せめてコウの力だけでも借りることはできないでしょうか?」
「嫌よ」
「そこをなんとか」
「絶対に嫌」
セレナは頑なに拒否する。
俺を庇ってくれているのはわかるが、なんか王様が少し可哀想になってきた。
決して英雄になって女にモテたいと思っているわけではない。
「ダーグリュン伯」
王様はセレナを睨みつける。
物凄い目力だった。
さすがに怒っちゃったのだろうか。
しかし、王様はセレナを睨みつけたまま、床に膝をついた。
そのまま、頭を床に擦り付ける。
「どうか、この通り」
王様は土下座をしていた。
その姿は、なぜか俺の心を打った。
以前、付き合っていた彼女に浮気がバレた時に、俺がした土下座なんかとは全然違う。
一国の王が土下座をしている。
これは只事ではないはずだ。
俺のようなプライドも何もないクズ野郎の土下座とは違う。
ちゃんとした責任のある大人の土下座だった。
思わず気圧されて後ずさってしまう。
「嫌」
しかし、セレナは無慈悲にも即答した。
一文字とか。
鬼か。
「……セレナ」
さすがにちょっとくらい妥協してもいい気がした。
王様の土下座にはそれくらいの価値があると思うのだ。
「なによ?」
セレナはちょっとムッとしていた。
俺が妥協しようとしているのを雰囲気で察したのだろうか。
セレナは俺を庇ってくれているのだ。
そんな俺が妥協しようとしたら怒るのも当然かも知れない。
「王様もこう言っているんだし、ちょっとくらい協力してあげてもいいんじゃないか?」
「はあ? 嫌に決まっているでしょう! あなたをプロパガンダに使おうとしているのよ? それにわかっているの? 騎士になったら、これからも戦に行き続けなくてはいけないのよ?」
まあ、たしかに戦争なんかもう行きたくないけど。
ただちょっとくらいなら行ってもいいような気もする。
一度経験したからか、以前ほどは嫌ではない。
「なによ、その顔は。戦で死んじゃったら、どうするつもり?」
そりゃ、死ぬのは嫌だけど。
ちらりと、王様に目を向けると、王様はまだ頭を床に擦り付けたままだった。
一国の王がここまでする理由が気になる。
「そんなに戦況は悪いんですか?」
「ああ、1つでも防衛戦を突破されたら、我が国は終わりだ。たちまち国土は蹂躙され、民は殺されるか、奴隷になるだろう」
王様は土下座しながらそんな事を口走る。
以前、ヴァンダレイジジイも同じような事を言っていた。
オーク騎馬隊が出現して、みんなで逃げようとしていた時だ。
あの時ジジイは、ここでオーク騎馬隊を食い止めなければ家族が犠牲になると言った。
それを聞いた今は亡き老人たちの顔つきが脳裏に焼き付いていた。
あの老人たちは、命をかけて、何かを守ろうとした。
結果的に、あの戦争は勝利した。
老人たちは、守りたいものは守れたわけだ。
その結果、本当に命を落としちゃったわけだが。
しかし、そんな老人たちの尊い犠牲も、次に王国軍が負けたら、全て無駄になってしまう。
そんな結末を迎えてしまったら、あの老人たちに顔向けが出来ないと思うのだ。
それに、何より――。
俺はルーナに目を向ける。
ルーナは俺とセレナのやり取りを固唾を呑んで見守っていた。
その表情は見るからに不安そうだ。
――俺にだって、守りたいものはある。
柄じゃないのはわかっているが。
「悪いな。俺、騎士になってみるわ」
そんな事をセレナに告げてみた。
王様の言うような英雄になる気はあんましない。
女にはモテたいが。
ただ、俺が参戦することで、少しでも戦況が変わるなら戦争に行ってもいいと思ったのだ。
俺一人の力なんて大した事はないと思うが、以前の戦では勝利に貢献する事ができた。
だったら、やってやれないことはないんじゃないかと思う。
「……本気で言っているの?」
セレナの声は怒気を孕んでいた。
固く握られた拳がプルプル震えている。
いつもは優しげな赤い瞳が怒りに歪められている。
どうしよう。
すげえ怒ってる。
というか、ちょっと意外だ。
どちらかというとセレナは戦争肯定派だと思っていたのだが。
以前、戦争に行った俺をルーナが追いかけて来た時は、男が戦争に行くのは当たり前だーとか言って叱ってくれてたし。
なぜ今回はこんなに怒っているのか。
せっかく庇ってくれたのを、俺が台無しにしたからだろうか。
「……わかったわ。勝手にすればいいじゃない。もう知らないから!」
そう叫ぶと、セレナはぷいっと顔を背けてしまう。
完全に怒らせてしまった。
とはいえ、今は何を言っても無駄な気がする。
今まで付き合ってきた彼女たちがそうだった。
女がこういう態度を取った時は何を言ってもダメなのだ。
しばらく時間をおいてから謝るのがいいかもしれない。
「……コウ」
そんな事を考えていたら、ルーナが涙を一杯溜めながら話しかけてきた。
ルーナはモジモジしながら二の腕をさすっている。
「コウが貴族になるのは、正直あんまりうれしくない。でも、前、コウが大事な私を守るために戦に行くって言ってくれたから、は、反対はしない」
何かを必死に堪えるような顔をしているルーナは、とても反対していないようには見えなかった。
というか、大事な私て。
そういえば、ルーナを納得させるためにそんな事を言ったような気がするが、凄いことを言ったものだ。
今更、恥ずかしくなってきた。
ルーナがそっと抱きついてくるので、その背中を優しく抱きしめた。
「……でも、でも、危ないことはしないでね」
「わかってるよ」
ルーナは嗚咽をあげ始めるので、涙をハンカチで拭ってやる。
だから、せっかくのお化粧が取れちゃうっていうのに。
とめどなく溢れてくる涙を拭い続けていたら。マスカラがほぼとれてしまった。
今は俺のハンカチの黒いシミになっている。
まあ、多少化粧がとれた所で、ルーナの美しさは全く曇らないのだが。
「ふえ」
間抜けな声を上げて、泣きじゃくりながら、鼻水を垂らしているがルーナは美しい。
軽く俺もおかしくなっているような気がしてきたが。
「……それにしても、本当に凄いな、そなたは」
いつの間にか顔を上げていた王様が、顎に手を当てて感心していた。
膝は床についたままだったので、少し滑稽だったが。
「エリシフォン公のご息女はともかく、吸血鬼の真祖殿に女の顔をさせるとは」
女の顔?
ふとセレナを見る。
「こっち見ないでくれる?」
セレナは俺と目が合うと、プイッと顔を反らせた。
女の顔というか、ただ怒っているだけの気がするが。
後で謝る時は土下座しようと思った。
王様の土下座に比べたら、酷くランクは落ちるけど。
「王様、そんなわけで、騎士の話お受けします」
「おお! やってくれるか」
「はあ、まあ」
王様は素早く立ち上がると、俺の手を握った。
大きくて頼もしい手だった。
「それでは、早速、叙任式を行おう。すぐにでも騎士団に入って、バンバン活躍してもらうからな。わはは!」
王様は嬉しそうに笑っている。
とりあえず、俺も笑っておいた方がいいのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
突然、セレナが声を上げる。
なんだろうと思って、振り返ると、セレナは泣きそうな顔を浮かべていた。
しかし、俺の視線に気づくとすぐに目線を逸らせてしまう。
「……なんでもないわよ」
そして、弱々しい声でそう呟いた。
なんでもないのかよ。
「ふむ? まあいい。しばらくしたら王宮にも出仕してもらうぞ。王都に家を買うといい」
世間話でもするかのような軽いノリで王様は言う。
しかし、そんな王様の言葉に聞き逃せないセリフがあった。
「あ、あの王宮に出仕ってしなきゃダメですか?」
戦争に行くのはOKしたが、王宮に出勤はOKしていない。
さっきチラッと見ただけでも、王都にはたくさんの人がいた。
そんな場所での生活は無理だ。
ストレスで発狂してしまうし、最低でも毛根は死滅する気がする。
「うむ。主だった騎士団は王都にあるからな。辺境の騎士団に配属させても良いが」
うーん。
騎士団か。
なかなかかっこいい響きで厨二心をくすぐられるが。
入りたくないなー、それ。
「普段は家で待機するというのはダメですか? 自宅を警備する的な」
ダメ元で聞いてみた。
俺としては自宅警備員か家事手伝いを希望だ。
「領地経営に専念するということか? そういった騎士もいないことはないが、騎士団に入るのは名誉なことなのだぞ?」
名誉などいらないので、引きこもりたいです。
「いえ、自分のような若輩者には、時期尚早と言いますか、荷が重いといいますか、むしろ面倒くさいといいますか」
「ふむ。謙虚な奴よのう。まあ、そなたがそう望むのであれば、それも良いであろう。日頃は領地経営に専念せよ。だが、戦の時は最前線で活躍してもらうぞ。まあ、どうせそなたに与える領地は、今、住んでいる辺りを与えようと思っていたしな。思い入れも強かろう」
コミュ力が低いにも関わらず、頑張って言い訳した甲斐があった。
お陰で、引きこもりは安泰のようだ。
さり気なく面倒くさいとか言ってしまったが、王様には突っ込まれなかった。
よかったよかった。
「あざーっす!」
とりあえず、元気よくお礼を言う。
後ろの方でセレナがホッと息を吐く音が聞こえたが、なぜかはわからない。
「……お前、ちょっと言葉遣いが酷すぎるぞ」
俺の腕の中で泣きべそをかいていたルーナにそんな事を言われてしまった。
結構、軽快に王様と会話できていた気がするのだが。
というか、王様は結構話せる奴だった。
理想の上司と言えなくもない。
それから、退出していた人たちが戻ってきて、何やら堅苦しい儀式が始まった。
王様が俺の肩に剣を置いて、小難しい事を喋っていた。
しばらく黙って聞いていると、王様は俺に剣を向けてきた。
もしかして、喧嘩を売られているのだろうかと思ったが、少し離れた所で見守っていたルーナが唇をくいくいと動かして、キスをせがむようなポーズをしている。
キスしてほしいのだろうか。
ルーナは本当にキスが好きだ。
可愛いやつめと思うが、さすがに時と場合をわきまえて欲しい。
とりあえず、今はこれで我慢してもらおうと思って、軽く投げキスをしてみた。
投げキスをしたのは生まれて初めてだ
やってみて思ったが、死ぬほど恥ずかしかった。
もう二度とやらないと思う。
とはいえ、ルーナは俺の投げキスを見て顔真っ赤にして照れている。
可愛い。
「剣先に口づけをしろと言っている!」
しかし、そんな事を怒鳴られてしまった。
そういう意味か。
あれは照れているのではなく、怒っていたらしい。
しょんぼりである。
突然、大声を上げたルーナに周囲の人々が失笑している。
なんかウケてしまった。
まんざらでもない。
誇らしげな気持ちで、ウケている周囲を見渡してみると、一人だけ笑わずに心底軽蔑した眼差しを向ける者がいた。
鎧美人のゼービアさんだった。
さらにしょんぼりしてしまう。
とりあえず、王様の向けた剣にキスしてみた。
ひんやりとした金属の感触を唇で感じる。
というか、剣にキスとかどんな性癖だよと言いたい。
「これで今日からそなたは騎士だ。ええと、そういえば家名はいかがする?」
儀式はあれで終わったらしい。
家名とは名字のことだろうか。
そういえば、最近は名前だけ名乗るようにしていたが貴族になったら変じゃないのか。
「アサギリでお願いします」
とりあえず、本名を名乗ってみた。
「ふむ。変わった響きだな。それでは、アサギリ卿。これからの忠義に期待しておるぞ」
おお。
卿とか呼ばれてしまった。
すげえかっこいい。
というか、どうせなら名字はペンドラゴンとかにすればよかっただろうか。
厨二全開な感じがしていい。
まあ、しばらくしたら恥ずかしくて身悶えそうなのでアサギリでいいのだが。
「アサギリ卿には領地として、王国直轄地であったセラン荒野の自宅付近を与える。まだ騎士爵なので村程度の広さしか与えられないが、今後の活躍次第で拡げることもできよう」
ふむ。
与えるも何も、俺んちは最初から俺のものなのであまり嬉しくないのだが。
公的に認められたと考えれば、良かったのだろうか。
『称号:村長を獲得しました。』
なんか久しぶりに称号を獲得したし。
村長て。
騎士になったのに、村長の称号を獲得する意味がわからない。
どうせなら騎士の称号が欲しかった。
いつだったか取得した色事師とかいう称号も微妙だったし。
称号システムはいまいちパッとしない。
称号を取得したことによる追加効果なんかも、気づくまで結構な時間が掛かった。
村長はどんな効果があるのだろう。
「当面は近くに領地を構えるフィンデル子爵を頼るのが良かろう。領地経営などでわからない事があったら子爵に聞くのだぞ」
「はあ」
あの脂ぎったオッサンに頼るつもりはないので、曖昧な返事をしておいた。
どうせ頼るなら、レティーお嬢様を頼ろうと思う。
「その他にも戦功の報奨として、いくらかの金貨を用意してある。家に帰る前に、王都で奥方に髪飾りでも買ってやると良い」
王様がそう言うと、傍で控えていた役人らしく人が金貨の入った革袋を持ってきてくれた。
ルーナが持ってきた金貨の袋に比べると、少し少ないくらいか。
とはいえ、ルーナは家が買えるくらい持ってきたらしいので大金であることは間違いない。
そのまま、俺たちは退出を許可された。
王様がいた部屋、謁見の間とでも言うべきだろうか、そこから退出すると、ルーナが嬉しそうに腕にしがみついてきた。
「今日から私はルシアリーナ・アサギリだな。えへへ」
そこはかとなく売れない芸人臭がするのは気のせいだろうか。
王様はセレナに真剣な眼差しを向ける。
「そうね」
「それでも、我が国には反撃をする余裕がない。既に国家予算の半分以上を軍事費に回しております。これ以上軍事に金を掛けたら国を維持するのが難しくなってしまいます。民には既に重税を強いておりますが、このままでは更なる増税、強制的な徴兵が必要になるかもしれません」
国家予算の半分が軍事費って凄いな。
日本でやったら左翼の人たちが発狂しそうだ。
というか、王様の難しい話を聞いていて思った。
既に俺は強制的な徴兵を受けているんだけど。
どゆこと?
「しかし、そんな事をすれば民も黙ってはいないでしょう。反乱が起きるやもしれませぬ。そこで、必要なのです。彼のような、英雄が」
王様が再び俺の肩に手を置く。
英雄とか言われてしまった。
照れますな。
「圧倒的な戦果を上げた英雄。平民出身というのも素晴らしい。民はきっと彼を熱狂的に支持するでしょう。重税も徴兵も気にならないほどに」
王様は熱弁を奮っている。
というか、さっき俺がルーナとセレナを口説いたのが度胸があって良い的な褒められ方をしたのだが、今の王様の話がどう繋がってくるのかわからない。
「英雄になったらモテるぞ? 女の子好きだろう?」
「はい!!!」
思わずいい返事を返してしまった。
英雄になったらモテるらしい。
じゃあなる!
素直にそう思ってしまった。
「ダーグリュン伯、本来であれば、あなた方、吸血鬼に助力を乞いたいほどなのですが」
「それは無理ね。赤月の盟約を知っているでしょう? 私達が人間に与したら、獣人達が魔族に味方して、あなた達に牙を剥くわよ?」
「それは、重々承知しております。ですので、せめてコウの力だけでも借りることはできないでしょうか?」
「嫌よ」
「そこをなんとか」
「絶対に嫌」
セレナは頑なに拒否する。
俺を庇ってくれているのはわかるが、なんか王様が少し可哀想になってきた。
決して英雄になって女にモテたいと思っているわけではない。
「ダーグリュン伯」
王様はセレナを睨みつける。
物凄い目力だった。
さすがに怒っちゃったのだろうか。
しかし、王様はセレナを睨みつけたまま、床に膝をついた。
そのまま、頭を床に擦り付ける。
「どうか、この通り」
王様は土下座をしていた。
その姿は、なぜか俺の心を打った。
以前、付き合っていた彼女に浮気がバレた時に、俺がした土下座なんかとは全然違う。
一国の王が土下座をしている。
これは只事ではないはずだ。
俺のようなプライドも何もないクズ野郎の土下座とは違う。
ちゃんとした責任のある大人の土下座だった。
思わず気圧されて後ずさってしまう。
「嫌」
しかし、セレナは無慈悲にも即答した。
一文字とか。
鬼か。
「……セレナ」
さすがにちょっとくらい妥協してもいい気がした。
王様の土下座にはそれくらいの価値があると思うのだ。
「なによ?」
セレナはちょっとムッとしていた。
俺が妥協しようとしているのを雰囲気で察したのだろうか。
セレナは俺を庇ってくれているのだ。
そんな俺が妥協しようとしたら怒るのも当然かも知れない。
「王様もこう言っているんだし、ちょっとくらい協力してあげてもいいんじゃないか?」
「はあ? 嫌に決まっているでしょう! あなたをプロパガンダに使おうとしているのよ? それにわかっているの? 騎士になったら、これからも戦に行き続けなくてはいけないのよ?」
まあ、たしかに戦争なんかもう行きたくないけど。
ただちょっとくらいなら行ってもいいような気もする。
一度経験したからか、以前ほどは嫌ではない。
「なによ、その顔は。戦で死んじゃったら、どうするつもり?」
そりゃ、死ぬのは嫌だけど。
ちらりと、王様に目を向けると、王様はまだ頭を床に擦り付けたままだった。
一国の王がここまでする理由が気になる。
「そんなに戦況は悪いんですか?」
「ああ、1つでも防衛戦を突破されたら、我が国は終わりだ。たちまち国土は蹂躙され、民は殺されるか、奴隷になるだろう」
王様は土下座しながらそんな事を口走る。
以前、ヴァンダレイジジイも同じような事を言っていた。
オーク騎馬隊が出現して、みんなで逃げようとしていた時だ。
あの時ジジイは、ここでオーク騎馬隊を食い止めなければ家族が犠牲になると言った。
それを聞いた今は亡き老人たちの顔つきが脳裏に焼き付いていた。
あの老人たちは、命をかけて、何かを守ろうとした。
結果的に、あの戦争は勝利した。
老人たちは、守りたいものは守れたわけだ。
その結果、本当に命を落としちゃったわけだが。
しかし、そんな老人たちの尊い犠牲も、次に王国軍が負けたら、全て無駄になってしまう。
そんな結末を迎えてしまったら、あの老人たちに顔向けが出来ないと思うのだ。
それに、何より――。
俺はルーナに目を向ける。
ルーナは俺とセレナのやり取りを固唾を呑んで見守っていた。
その表情は見るからに不安そうだ。
――俺にだって、守りたいものはある。
柄じゃないのはわかっているが。
「悪いな。俺、騎士になってみるわ」
そんな事をセレナに告げてみた。
王様の言うような英雄になる気はあんましない。
女にはモテたいが。
ただ、俺が参戦することで、少しでも戦況が変わるなら戦争に行ってもいいと思ったのだ。
俺一人の力なんて大した事はないと思うが、以前の戦では勝利に貢献する事ができた。
だったら、やってやれないことはないんじゃないかと思う。
「……本気で言っているの?」
セレナの声は怒気を孕んでいた。
固く握られた拳がプルプル震えている。
いつもは優しげな赤い瞳が怒りに歪められている。
どうしよう。
すげえ怒ってる。
というか、ちょっと意外だ。
どちらかというとセレナは戦争肯定派だと思っていたのだが。
以前、戦争に行った俺をルーナが追いかけて来た時は、男が戦争に行くのは当たり前だーとか言って叱ってくれてたし。
なぜ今回はこんなに怒っているのか。
せっかく庇ってくれたのを、俺が台無しにしたからだろうか。
「……わかったわ。勝手にすればいいじゃない。もう知らないから!」
そう叫ぶと、セレナはぷいっと顔を背けてしまう。
完全に怒らせてしまった。
とはいえ、今は何を言っても無駄な気がする。
今まで付き合ってきた彼女たちがそうだった。
女がこういう態度を取った時は何を言ってもダメなのだ。
しばらく時間をおいてから謝るのがいいかもしれない。
「……コウ」
そんな事を考えていたら、ルーナが涙を一杯溜めながら話しかけてきた。
ルーナはモジモジしながら二の腕をさすっている。
「コウが貴族になるのは、正直あんまりうれしくない。でも、前、コウが大事な私を守るために戦に行くって言ってくれたから、は、反対はしない」
何かを必死に堪えるような顔をしているルーナは、とても反対していないようには見えなかった。
というか、大事な私て。
そういえば、ルーナを納得させるためにそんな事を言ったような気がするが、凄いことを言ったものだ。
今更、恥ずかしくなってきた。
ルーナがそっと抱きついてくるので、その背中を優しく抱きしめた。
「……でも、でも、危ないことはしないでね」
「わかってるよ」
ルーナは嗚咽をあげ始めるので、涙をハンカチで拭ってやる。
だから、せっかくのお化粧が取れちゃうっていうのに。
とめどなく溢れてくる涙を拭い続けていたら。マスカラがほぼとれてしまった。
今は俺のハンカチの黒いシミになっている。
まあ、多少化粧がとれた所で、ルーナの美しさは全く曇らないのだが。
「ふえ」
間抜けな声を上げて、泣きじゃくりながら、鼻水を垂らしているがルーナは美しい。
軽く俺もおかしくなっているような気がしてきたが。
「……それにしても、本当に凄いな、そなたは」
いつの間にか顔を上げていた王様が、顎に手を当てて感心していた。
膝は床についたままだったので、少し滑稽だったが。
「エリシフォン公のご息女はともかく、吸血鬼の真祖殿に女の顔をさせるとは」
女の顔?
ふとセレナを見る。
「こっち見ないでくれる?」
セレナは俺と目が合うと、プイッと顔を反らせた。
女の顔というか、ただ怒っているだけの気がするが。
後で謝る時は土下座しようと思った。
王様の土下座に比べたら、酷くランクは落ちるけど。
「王様、そんなわけで、騎士の話お受けします」
「おお! やってくれるか」
「はあ、まあ」
王様は素早く立ち上がると、俺の手を握った。
大きくて頼もしい手だった。
「それでは、早速、叙任式を行おう。すぐにでも騎士団に入って、バンバン活躍してもらうからな。わはは!」
王様は嬉しそうに笑っている。
とりあえず、俺も笑っておいた方がいいのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
突然、セレナが声を上げる。
なんだろうと思って、振り返ると、セレナは泣きそうな顔を浮かべていた。
しかし、俺の視線に気づくとすぐに目線を逸らせてしまう。
「……なんでもないわよ」
そして、弱々しい声でそう呟いた。
なんでもないのかよ。
「ふむ? まあいい。しばらくしたら王宮にも出仕してもらうぞ。王都に家を買うといい」
世間話でもするかのような軽いノリで王様は言う。
しかし、そんな王様の言葉に聞き逃せないセリフがあった。
「あ、あの王宮に出仕ってしなきゃダメですか?」
戦争に行くのはOKしたが、王宮に出勤はOKしていない。
さっきチラッと見ただけでも、王都にはたくさんの人がいた。
そんな場所での生活は無理だ。
ストレスで発狂してしまうし、最低でも毛根は死滅する気がする。
「うむ。主だった騎士団は王都にあるからな。辺境の騎士団に配属させても良いが」
うーん。
騎士団か。
なかなかかっこいい響きで厨二心をくすぐられるが。
入りたくないなー、それ。
「普段は家で待機するというのはダメですか? 自宅を警備する的な」
ダメ元で聞いてみた。
俺としては自宅警備員か家事手伝いを希望だ。
「領地経営に専念するということか? そういった騎士もいないことはないが、騎士団に入るのは名誉なことなのだぞ?」
名誉などいらないので、引きこもりたいです。
「いえ、自分のような若輩者には、時期尚早と言いますか、荷が重いといいますか、むしろ面倒くさいといいますか」
「ふむ。謙虚な奴よのう。まあ、そなたがそう望むのであれば、それも良いであろう。日頃は領地経営に専念せよ。だが、戦の時は最前線で活躍してもらうぞ。まあ、どうせそなたに与える領地は、今、住んでいる辺りを与えようと思っていたしな。思い入れも強かろう」
コミュ力が低いにも関わらず、頑張って言い訳した甲斐があった。
お陰で、引きこもりは安泰のようだ。
さり気なく面倒くさいとか言ってしまったが、王様には突っ込まれなかった。
よかったよかった。
「あざーっす!」
とりあえず、元気よくお礼を言う。
後ろの方でセレナがホッと息を吐く音が聞こえたが、なぜかはわからない。
「……お前、ちょっと言葉遣いが酷すぎるぞ」
俺の腕の中で泣きべそをかいていたルーナにそんな事を言われてしまった。
結構、軽快に王様と会話できていた気がするのだが。
というか、王様は結構話せる奴だった。
理想の上司と言えなくもない。
それから、退出していた人たちが戻ってきて、何やら堅苦しい儀式が始まった。
王様が俺の肩に剣を置いて、小難しい事を喋っていた。
しばらく黙って聞いていると、王様は俺に剣を向けてきた。
もしかして、喧嘩を売られているのだろうかと思ったが、少し離れた所で見守っていたルーナが唇をくいくいと動かして、キスをせがむようなポーズをしている。
キスしてほしいのだろうか。
ルーナは本当にキスが好きだ。
可愛いやつめと思うが、さすがに時と場合をわきまえて欲しい。
とりあえず、今はこれで我慢してもらおうと思って、軽く投げキスをしてみた。
投げキスをしたのは生まれて初めてだ
やってみて思ったが、死ぬほど恥ずかしかった。
もう二度とやらないと思う。
とはいえ、ルーナは俺の投げキスを見て顔真っ赤にして照れている。
可愛い。
「剣先に口づけをしろと言っている!」
しかし、そんな事を怒鳴られてしまった。
そういう意味か。
あれは照れているのではなく、怒っていたらしい。
しょんぼりである。
突然、大声を上げたルーナに周囲の人々が失笑している。
なんかウケてしまった。
まんざらでもない。
誇らしげな気持ちで、ウケている周囲を見渡してみると、一人だけ笑わずに心底軽蔑した眼差しを向ける者がいた。
鎧美人のゼービアさんだった。
さらにしょんぼりしてしまう。
とりあえず、王様の向けた剣にキスしてみた。
ひんやりとした金属の感触を唇で感じる。
というか、剣にキスとかどんな性癖だよと言いたい。
「これで今日からそなたは騎士だ。ええと、そういえば家名はいかがする?」
儀式はあれで終わったらしい。
家名とは名字のことだろうか。
そういえば、最近は名前だけ名乗るようにしていたが貴族になったら変じゃないのか。
「アサギリでお願いします」
とりあえず、本名を名乗ってみた。
「ふむ。変わった響きだな。それでは、アサギリ卿。これからの忠義に期待しておるぞ」
おお。
卿とか呼ばれてしまった。
すげえかっこいい。
というか、どうせなら名字はペンドラゴンとかにすればよかっただろうか。
厨二全開な感じがしていい。
まあ、しばらくしたら恥ずかしくて身悶えそうなのでアサギリでいいのだが。
「アサギリ卿には領地として、王国直轄地であったセラン荒野の自宅付近を与える。まだ騎士爵なので村程度の広さしか与えられないが、今後の活躍次第で拡げることもできよう」
ふむ。
与えるも何も、俺んちは最初から俺のものなのであまり嬉しくないのだが。
公的に認められたと考えれば、良かったのだろうか。
『称号:村長を獲得しました。』
なんか久しぶりに称号を獲得したし。
村長て。
騎士になったのに、村長の称号を獲得する意味がわからない。
どうせなら騎士の称号が欲しかった。
いつだったか取得した色事師とかいう称号も微妙だったし。
称号システムはいまいちパッとしない。
称号を取得したことによる追加効果なんかも、気づくまで結構な時間が掛かった。
村長はどんな効果があるのだろう。
「当面は近くに領地を構えるフィンデル子爵を頼るのが良かろう。領地経営などでわからない事があったら子爵に聞くのだぞ」
「はあ」
あの脂ぎったオッサンに頼るつもりはないので、曖昧な返事をしておいた。
どうせ頼るなら、レティーお嬢様を頼ろうと思う。
「その他にも戦功の報奨として、いくらかの金貨を用意してある。家に帰る前に、王都で奥方に髪飾りでも買ってやると良い」
王様がそう言うと、傍で控えていた役人らしく人が金貨の入った革袋を持ってきてくれた。
ルーナが持ってきた金貨の袋に比べると、少し少ないくらいか。
とはいえ、ルーナは家が買えるくらい持ってきたらしいので大金であることは間違いない。
そのまま、俺たちは退出を許可された。
王様がいた部屋、謁見の間とでも言うべきだろうか、そこから退出すると、ルーナが嬉しそうに腕にしがみついてきた。
「今日から私はルシアリーナ・アサギリだな。えへへ」
そこはかとなく売れない芸人臭がするのは気のせいだろうか。
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