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第三章 戦争編
第73話 初めての戦場 ③
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俺は荒野を行軍、というか敬老会の遠足についてきたボランティアみたいな感じで歩いていた。
戦場はサーガットの街からちょっと行った所にある川に沿って、一週間ほど歩いた場所にあるらしい。
一週間も歩かなきゃいけないと聞いた時には気が遠くなった。
バスか新幹線で行きたい。
とはいえ、こっちの世界に転生してから歩くのはさほど辛くない。
ステータスの恩恵だろうか。
山賊のアジトに復讐に行った時も、サーガットの街まで歩いた時も、長時間歩きっぱなしだったが、全然疲れなかった。
自宅から駅まで10分歩くのにヒーヒー言ってたのが嘘みたいだ。
というか、俺達討伐軍の行軍はひどかった。
隊列も組まずに、各々が自由に広がって歩いている。
想像していた軍隊の行軍とはだいぶ違う。
もっとビシっと規律を持って、キビキビと小気味よく歩くものだと思っていたのだが。
皆のほほんとしていて、だらだら歩いている。
かくいう俺もそうだが。
訓練も何もしていないので仕方ない。
というか、街に集まって、すぐに出発したが、訓練とかしなくて良かったのだろうか。
訓練なんてダルくてやりたくないが、全くしないのは逆に不安になる。
なにせ戦争初体験なのだ。
所謂、初陣である。
どうやって戦えば良いのか全然わからない。
山賊を全滅させた時みたいな感じでいいのだろうか。
いや、あの時とは違って味方がたくさんいるんだから、立ち振舞とか陣形とかいろいろ覚えるべき事がある気がするのだが。
「お前さんは、戦場に行くのは初めてかのう?」
そんな事を考えていたら、隣を歩いていた老人が話しかけてきた。
いつもなら、うるせえクソジジイとばかりに舌打ちして無視するのだが、今回は初陣の不安から普通に答えてみた。
「はあ、今回が初陣です」
「ほっほ、初陣か。そりゃあ緊張するわなあ。儂も初陣の時は緊張したものだ。もう60年も前かのう」
そう言って、老人は遠い目をする。
老人は完全に腰が曲がっていて、顔は皺くちゃで、手足は枯れ木のように細い。
60年前に初陣を迎えたということは、どう少なく見積もっても70は超えているだろう。
そんなお年寄りがこれから戦場に行っても大丈夫なのだろうか。
今、隣で歩いているのを見ているだけでも心配になる。
ちょっと躓いただけで、大変な事になってしまいそうだからだ。
とはいえ、せっかくの機会なので気になっていた事を聞いてみることにした。
「あの、今回の戦争って魔族と戦うんですよね?」
今回の戦争については、徴兵官のオッサンに触り程度しか聞いていない。
「そうじゃな。敵は魔族じゃ。とはいっても、儂等が戦うのはオークじゃろうがのう」
「オークというと、あの豚みたいな顔をしたヤツですか?」
以前、セレナの住んでいる森から出てきたオークを殲滅したのを思い出した。
筋骨隆々の大男で顔は豚だった。
「そうじゃ、あの醜い豚の化物よ。ああいった化物を使役できるのが、魔族の恐ろしいところじゃのう」
「はあ、オークが攻めてくるんですか?」
「そうじゃのう。魔族はオーク共を使って、定期的に人間の領域に攻め込んでくるんじゃ」
「定期的というと?」
「三ヶ月に一回くらいかのう」
結構な頻度じゃねえか。
こっちの世界では、3ヶ月に一回のペースで戦争しているのだろうか。
ちょっと背筋が冷たくなってしまう。
70年以上戦争していない日本で育った俺からすると恐ろしい話だ。
「はは、そんな青い顔をしてはいかん。オーク共は力はあってもバカじゃからのう。今回もきっと撃退できるじゃろう」
「……この100人でですか?」
とてもオークと戦えるようには見えないのだが。
それとも、戦争とか言っているけど、攻めてくるオークは2、3体だったりするのだろうか。
「馬鹿も休み休み言え。全土の領主や王国が軍隊を出しているんじゃ。総勢で10万は超える軍勢が集まるじゃろう。オーク共の数は、多くても2、3万じゃろうな」
良かった。
他にも討伐軍がいるらしい。
というか、10万て。
これから10万人がいる所に行くのだろうか。
吐きそうだ、というか、確実に吐く。
ああ、帰りたい。
そんな事を考えていたら、老人にポンと肩を叩かれた。
「不安じゃろうが、安心せい。ここ10年、一度も王国は負けていないんじゃ。それに、もしもの時は、儂のこの魔棍オーククラシャーでお前さんを守ってやるわい」
老人はそんな頼もしい事を言ってれる。
肩に置かれた老人の手は、ぷるぷる震えていたが、恐らくビビっているわけではなく、塩分の取り過ぎによる老人病か何かだろう。
というか、魔棍オーククラシャーとか言っているが、老人が持っているのはただの棒っきれだった。
棒っきれに名前を付けちゃうなんて……うっ、頭が!
なんとなく老人に親近感を感じた。
「この魔棍オーククラシャーは儂のジイさんから伝わる我が家の家宝でのう。これで数多のオークを仕留めてきたんじゃ」
「ちなみに何体くらい仕留めたんですか?」
「そうじゃのう……儂の代で、2体くらいかのう」
少なっ!
こっちの世界に来て、まだ2ヶ月くらいしか経っていない俺のほうが圧倒的にオークのキルスコア多いんだけど。
たった2体で数多とか言っちゃうなんて……嫌いじゃないけど。
面白い老人だと思う。
その後、さんざん2体のオークを倒した時の武勇伝を聞かされ続けた。
同じ話を何度もされて、ちょっと痴呆を疑ってしまった。
ちなみに、要約すると王国の騎士が倒したオークに魔棍オーククラシャーでトドメを刺したらしい。
思い切りどさくさに紛れていた。
日が暮れたので、行軍を止めて野営することになった。
夜営と行っても、その辺から枝を拾ってきて、焚き火を起こして、地面に雑魚寝するだけである。
テントとかはないらしい。
司令官のお嬢様だけは白いテントが張られ、そこに寝るらしい。
ちなみに、あの白いテントは天幕と言うそうだ。
天の幕とかちょっと厨二病を感じる。
俺は他人と雑魚寝なんてしたくなかったので、こっそり土魔法で家でも建ててやろうかと思った。
しかし、ルーナにさんざん魔法を他人の前で使うなと言われていたので、諦める事にした。
とはいえ、なるべく隅っこの方でひっそりと寝たかったのだが、ピートとラッセルに捕まってしまった。
今、俺は男三人で焚き火を囲っている。
これは何かの罰ゲームなのだろうか。
「あー、今日は疲れたな」
ピートはそんな事をぼやいて、干し肉を齧っている。
夕食として何の肉かはわからない干し肉と硬いパンが支給されたのだ。
水は川沿いに行軍しているお陰で飲み放題だった。
というか、干し肉もパンも酷く不味い。
ルーナのご飯が食べたい。
「なあ、そういえばコウって仕事は何してるんだ?」
不意にピートにそんな事を聞かれた。
さらりと俺の個人情報を聞き出そうとするなんて。
こいつのセキュリティー意識はどうなっているんだ。
日本だったら詐欺師予備軍がいますと警察に訴えるレベルだ。
まあ、ここは異世界なので普通に答えてやってもいいが……。
というか、俺って何の仕事しているのだろうか。
よく考えたら仕事してない気がする。無職だ。
え、クソ野郎じゃん、俺。
「何黙ってるんだよ、普段していることを聞いてるんだ」
普段していること?
最近は、昼間にミレイにセクハラして、カンナさんに甘えて、セレナを犯して、夜はルーナを抱いて。
あれ、やっぱりクソ野郎だ。
いやいや、でもヒツジを狩って、ウールを作ったり、家をちまちま改造したり――。
はっ、そうだ。
俺の仕事はあるじゃないか。
「俺は大工だ。それも腕利きのな」
自信満々に答えた。
不覚にもピート相手にドヤ顔をしてしまった。
「ふーん、大工か。そんな風には見えないけどな」
なんと失礼な。
というか、ふーんってなんだ。
もっと大工さんをリスペクトしろ。
「前にも言ったけど、俺は庭師だ。それで、ラッセルが――」
「……僕はキノコ農家なんだ」
ラッセルがボソッと言う。
キノコ農家か。
そう言えばシイタケ食べたい。
「キノコ農家って儲からないのか?」
ラッセルんちは貧乏とか言っていたので気になった。
昔、同級生にキノコ農家がいたけど、結構羽振りがよかったような気がする。
「そんな事はないけど、僕んちは大家族だから」
「大家族? 何人くらいなんだ?」
「14人家族なんだ。父と母と、僕の下に妹が11人いる」
「はあ!?」
妹が11人!?
なんというエロゲー設定。
ぬぼーっとした顔をしているくせに毎日11人と妹とキャッキャウフフな生活を楽しんでいるのだろうか。
なにそれ、うらやましい。
「……随分、楽しそうな家族だな、おい」
思わず嫌味を言ってしまう。
「いや、コウ。俺もそう思ってラッセルんちに行ってみたんだけどな。こいつの妹たちは、その、みんなラッセルにそっくりでな」
ラッセルは面長の顔をしていて、物凄く目が細い。
お世辞でもイケメンとは言えない。なんというか馬っぽい。
このラッセルにそっくり……だと……?
ちょっと想像しただけでも、ダウナーな気持ちになってしまう。
え、ブスじゃん。
ブスの妹が11人……?
「なあ、その設定って必要か?」
「え? 設定ってなんだい?」
エロゲー脳すぎて、他人の家族構成を設定呼ばわりしてしまった。
自重せねば。
「コウ、よかったら僕の妹を紹介しようか? もういい年の妹もいるのに、まだ嫁ぎ先が決まってないんだ」
「いらねーよ!」
お前と同じ顔だったら、そりゃ嫁ぎ先も決まらないだろう。
「言っとくけど、俺も遠慮するからな」
「みんないい子たちなんだ」
「性格の問題じゃねえから!」
言いながらちょっと笑ってしまった。
ピートも笑っている。
くそ、ラッセルの妹とはいえ、女の話題で盛り上がってしまった。
無難に切り上げて、さっさと寝ようと思っていたのに。
「……なあ、お前らさあ、女の裸って見たことあるか?」
急にピートがそんな事を言い出した。
突然、何言ってんの、こいつ。
その時、不意に何かがフラッシュバックした。
夜、男同士、女の話題。
そういえば、中高生の頃、修学旅行の夜とかに同じ部屋の奴らと同じような話をした気がする。
「僕は母と妹のしか見たことない」
「そういうのは見たとは言わないんだよ! というか、妹とか言うな。お前の裸想像しちゃっただろ」
もしかして、ピートは猥談をしようとしているのだろうか。
しかも、甘酸っぱい感じの。
「あー見てみたいよな、女の裸。胸とか触ったらどんな感触なんだろう」
ぴ、ピート、お前、もしかして……。
「き、きっとすっごく柔らかいんだと思うよ」
ら、ラッセルお前まで……。
こいつらもしかしてアレだろうか。
男なら誰もが通った。
甘酸っぱくて切ない、イニシャルで言えばDT的なアレだろうか。
どうしよう。
ピートとラッセルへの好感度が赤丸急上昇していく。
「なあ、コウはどう思うんだよ?」
話を振られてしまった。
ここはノッておくべきだろう。
「俺は女の胸を触ったことあるぜ」
「ええ!? 本当かよ?」
「……お、大人だな」
「まあな。ピート、ラッセルの二の腕を触ってみろ」
「え、こうか?」
ピートがラッセルの二の腕をペタペタと触る。
「どうだ? 柔らかいか?」
「ああ、ぶよぶよしている」
「それが、女の胸の感触だ」
「ええええ!? そ、そうなのか? こ、これが」
ピートが興奮しながらラッセルの二の腕を揉んでいる。
ラッセルはなぜか顔を赤らめている。
おい、気持ち悪いからやめろ。
「って、絶対に嘘だろう! さては、お前も触ったことないな!?」
「はは、バレたか」
咄嗟に嘘をついてみた。
なんかこの場のノリが懐かしくて楽しい。
「じゃあ、これは知っているか? ちょっと二人とも両手を重ね合わせてみろ――」
そのままくだらない都市伝説とかで盛り上がって、3人でゲラゲラと笑いあった。
ちょっと楽しかった。
15年前に戻ったみたいだ。
よく考えたら、あの頃は普通に友達がいた。今はいないが。
あの頃は男同士が仲良くなるなんて簡単だった気がする。
エロい話をすれば自然と仲良くなれた。
というか、今にして思えばDTだった頃が一番楽しかった気がする。
異性に対して、物凄い理想と期待を持っていた。
ピートとラッセルと話していて、その頃の事を思い出した。
こうして人間嫌いの俺は、不覚にもピートとラッセルと仲良くなってしまった。
戦場はサーガットの街からちょっと行った所にある川に沿って、一週間ほど歩いた場所にあるらしい。
一週間も歩かなきゃいけないと聞いた時には気が遠くなった。
バスか新幹線で行きたい。
とはいえ、こっちの世界に転生してから歩くのはさほど辛くない。
ステータスの恩恵だろうか。
山賊のアジトに復讐に行った時も、サーガットの街まで歩いた時も、長時間歩きっぱなしだったが、全然疲れなかった。
自宅から駅まで10分歩くのにヒーヒー言ってたのが嘘みたいだ。
というか、俺達討伐軍の行軍はひどかった。
隊列も組まずに、各々が自由に広がって歩いている。
想像していた軍隊の行軍とはだいぶ違う。
もっとビシっと規律を持って、キビキビと小気味よく歩くものだと思っていたのだが。
皆のほほんとしていて、だらだら歩いている。
かくいう俺もそうだが。
訓練も何もしていないので仕方ない。
というか、街に集まって、すぐに出発したが、訓練とかしなくて良かったのだろうか。
訓練なんてダルくてやりたくないが、全くしないのは逆に不安になる。
なにせ戦争初体験なのだ。
所謂、初陣である。
どうやって戦えば良いのか全然わからない。
山賊を全滅させた時みたいな感じでいいのだろうか。
いや、あの時とは違って味方がたくさんいるんだから、立ち振舞とか陣形とかいろいろ覚えるべき事がある気がするのだが。
「お前さんは、戦場に行くのは初めてかのう?」
そんな事を考えていたら、隣を歩いていた老人が話しかけてきた。
いつもなら、うるせえクソジジイとばかりに舌打ちして無視するのだが、今回は初陣の不安から普通に答えてみた。
「はあ、今回が初陣です」
「ほっほ、初陣か。そりゃあ緊張するわなあ。儂も初陣の時は緊張したものだ。もう60年も前かのう」
そう言って、老人は遠い目をする。
老人は完全に腰が曲がっていて、顔は皺くちゃで、手足は枯れ木のように細い。
60年前に初陣を迎えたということは、どう少なく見積もっても70は超えているだろう。
そんなお年寄りがこれから戦場に行っても大丈夫なのだろうか。
今、隣で歩いているのを見ているだけでも心配になる。
ちょっと躓いただけで、大変な事になってしまいそうだからだ。
とはいえ、せっかくの機会なので気になっていた事を聞いてみることにした。
「あの、今回の戦争って魔族と戦うんですよね?」
今回の戦争については、徴兵官のオッサンに触り程度しか聞いていない。
「そうじゃな。敵は魔族じゃ。とはいっても、儂等が戦うのはオークじゃろうがのう」
「オークというと、あの豚みたいな顔をしたヤツですか?」
以前、セレナの住んでいる森から出てきたオークを殲滅したのを思い出した。
筋骨隆々の大男で顔は豚だった。
「そうじゃ、あの醜い豚の化物よ。ああいった化物を使役できるのが、魔族の恐ろしいところじゃのう」
「はあ、オークが攻めてくるんですか?」
「そうじゃのう。魔族はオーク共を使って、定期的に人間の領域に攻め込んでくるんじゃ」
「定期的というと?」
「三ヶ月に一回くらいかのう」
結構な頻度じゃねえか。
こっちの世界では、3ヶ月に一回のペースで戦争しているのだろうか。
ちょっと背筋が冷たくなってしまう。
70年以上戦争していない日本で育った俺からすると恐ろしい話だ。
「はは、そんな青い顔をしてはいかん。オーク共は力はあってもバカじゃからのう。今回もきっと撃退できるじゃろう」
「……この100人でですか?」
とてもオークと戦えるようには見えないのだが。
それとも、戦争とか言っているけど、攻めてくるオークは2、3体だったりするのだろうか。
「馬鹿も休み休み言え。全土の領主や王国が軍隊を出しているんじゃ。総勢で10万は超える軍勢が集まるじゃろう。オーク共の数は、多くても2、3万じゃろうな」
良かった。
他にも討伐軍がいるらしい。
というか、10万て。
これから10万人がいる所に行くのだろうか。
吐きそうだ、というか、確実に吐く。
ああ、帰りたい。
そんな事を考えていたら、老人にポンと肩を叩かれた。
「不安じゃろうが、安心せい。ここ10年、一度も王国は負けていないんじゃ。それに、もしもの時は、儂のこの魔棍オーククラシャーでお前さんを守ってやるわい」
老人はそんな頼もしい事を言ってれる。
肩に置かれた老人の手は、ぷるぷる震えていたが、恐らくビビっているわけではなく、塩分の取り過ぎによる老人病か何かだろう。
というか、魔棍オーククラシャーとか言っているが、老人が持っているのはただの棒っきれだった。
棒っきれに名前を付けちゃうなんて……うっ、頭が!
なんとなく老人に親近感を感じた。
「この魔棍オーククラシャーは儂のジイさんから伝わる我が家の家宝でのう。これで数多のオークを仕留めてきたんじゃ」
「ちなみに何体くらい仕留めたんですか?」
「そうじゃのう……儂の代で、2体くらいかのう」
少なっ!
こっちの世界に来て、まだ2ヶ月くらいしか経っていない俺のほうが圧倒的にオークのキルスコア多いんだけど。
たった2体で数多とか言っちゃうなんて……嫌いじゃないけど。
面白い老人だと思う。
その後、さんざん2体のオークを倒した時の武勇伝を聞かされ続けた。
同じ話を何度もされて、ちょっと痴呆を疑ってしまった。
ちなみに、要約すると王国の騎士が倒したオークに魔棍オーククラシャーでトドメを刺したらしい。
思い切りどさくさに紛れていた。
日が暮れたので、行軍を止めて野営することになった。
夜営と行っても、その辺から枝を拾ってきて、焚き火を起こして、地面に雑魚寝するだけである。
テントとかはないらしい。
司令官のお嬢様だけは白いテントが張られ、そこに寝るらしい。
ちなみに、あの白いテントは天幕と言うそうだ。
天の幕とかちょっと厨二病を感じる。
俺は他人と雑魚寝なんてしたくなかったので、こっそり土魔法で家でも建ててやろうかと思った。
しかし、ルーナにさんざん魔法を他人の前で使うなと言われていたので、諦める事にした。
とはいえ、なるべく隅っこの方でひっそりと寝たかったのだが、ピートとラッセルに捕まってしまった。
今、俺は男三人で焚き火を囲っている。
これは何かの罰ゲームなのだろうか。
「あー、今日は疲れたな」
ピートはそんな事をぼやいて、干し肉を齧っている。
夕食として何の肉かはわからない干し肉と硬いパンが支給されたのだ。
水は川沿いに行軍しているお陰で飲み放題だった。
というか、干し肉もパンも酷く不味い。
ルーナのご飯が食べたい。
「なあ、そういえばコウって仕事は何してるんだ?」
不意にピートにそんな事を聞かれた。
さらりと俺の個人情報を聞き出そうとするなんて。
こいつのセキュリティー意識はどうなっているんだ。
日本だったら詐欺師予備軍がいますと警察に訴えるレベルだ。
まあ、ここは異世界なので普通に答えてやってもいいが……。
というか、俺って何の仕事しているのだろうか。
よく考えたら仕事してない気がする。無職だ。
え、クソ野郎じゃん、俺。
「何黙ってるんだよ、普段していることを聞いてるんだ」
普段していること?
最近は、昼間にミレイにセクハラして、カンナさんに甘えて、セレナを犯して、夜はルーナを抱いて。
あれ、やっぱりクソ野郎だ。
いやいや、でもヒツジを狩って、ウールを作ったり、家をちまちま改造したり――。
はっ、そうだ。
俺の仕事はあるじゃないか。
「俺は大工だ。それも腕利きのな」
自信満々に答えた。
不覚にもピート相手にドヤ顔をしてしまった。
「ふーん、大工か。そんな風には見えないけどな」
なんと失礼な。
というか、ふーんってなんだ。
もっと大工さんをリスペクトしろ。
「前にも言ったけど、俺は庭師だ。それで、ラッセルが――」
「……僕はキノコ農家なんだ」
ラッセルがボソッと言う。
キノコ農家か。
そう言えばシイタケ食べたい。
「キノコ農家って儲からないのか?」
ラッセルんちは貧乏とか言っていたので気になった。
昔、同級生にキノコ農家がいたけど、結構羽振りがよかったような気がする。
「そんな事はないけど、僕んちは大家族だから」
「大家族? 何人くらいなんだ?」
「14人家族なんだ。父と母と、僕の下に妹が11人いる」
「はあ!?」
妹が11人!?
なんというエロゲー設定。
ぬぼーっとした顔をしているくせに毎日11人と妹とキャッキャウフフな生活を楽しんでいるのだろうか。
なにそれ、うらやましい。
「……随分、楽しそうな家族だな、おい」
思わず嫌味を言ってしまう。
「いや、コウ。俺もそう思ってラッセルんちに行ってみたんだけどな。こいつの妹たちは、その、みんなラッセルにそっくりでな」
ラッセルは面長の顔をしていて、物凄く目が細い。
お世辞でもイケメンとは言えない。なんというか馬っぽい。
このラッセルにそっくり……だと……?
ちょっと想像しただけでも、ダウナーな気持ちになってしまう。
え、ブスじゃん。
ブスの妹が11人……?
「なあ、その設定って必要か?」
「え? 設定ってなんだい?」
エロゲー脳すぎて、他人の家族構成を設定呼ばわりしてしまった。
自重せねば。
「コウ、よかったら僕の妹を紹介しようか? もういい年の妹もいるのに、まだ嫁ぎ先が決まってないんだ」
「いらねーよ!」
お前と同じ顔だったら、そりゃ嫁ぎ先も決まらないだろう。
「言っとくけど、俺も遠慮するからな」
「みんないい子たちなんだ」
「性格の問題じゃねえから!」
言いながらちょっと笑ってしまった。
ピートも笑っている。
くそ、ラッセルの妹とはいえ、女の話題で盛り上がってしまった。
無難に切り上げて、さっさと寝ようと思っていたのに。
「……なあ、お前らさあ、女の裸って見たことあるか?」
急にピートがそんな事を言い出した。
突然、何言ってんの、こいつ。
その時、不意に何かがフラッシュバックした。
夜、男同士、女の話題。
そういえば、中高生の頃、修学旅行の夜とかに同じ部屋の奴らと同じような話をした気がする。
「僕は母と妹のしか見たことない」
「そういうのは見たとは言わないんだよ! というか、妹とか言うな。お前の裸想像しちゃっただろ」
もしかして、ピートは猥談をしようとしているのだろうか。
しかも、甘酸っぱい感じの。
「あー見てみたいよな、女の裸。胸とか触ったらどんな感触なんだろう」
ぴ、ピート、お前、もしかして……。
「き、きっとすっごく柔らかいんだと思うよ」
ら、ラッセルお前まで……。
こいつらもしかしてアレだろうか。
男なら誰もが通った。
甘酸っぱくて切ない、イニシャルで言えばDT的なアレだろうか。
どうしよう。
ピートとラッセルへの好感度が赤丸急上昇していく。
「なあ、コウはどう思うんだよ?」
話を振られてしまった。
ここはノッておくべきだろう。
「俺は女の胸を触ったことあるぜ」
「ええ!? 本当かよ?」
「……お、大人だな」
「まあな。ピート、ラッセルの二の腕を触ってみろ」
「え、こうか?」
ピートがラッセルの二の腕をペタペタと触る。
「どうだ? 柔らかいか?」
「ああ、ぶよぶよしている」
「それが、女の胸の感触だ」
「ええええ!? そ、そうなのか? こ、これが」
ピートが興奮しながらラッセルの二の腕を揉んでいる。
ラッセルはなぜか顔を赤らめている。
おい、気持ち悪いからやめろ。
「って、絶対に嘘だろう! さては、お前も触ったことないな!?」
「はは、バレたか」
咄嗟に嘘をついてみた。
なんかこの場のノリが懐かしくて楽しい。
「じゃあ、これは知っているか? ちょっと二人とも両手を重ね合わせてみろ――」
そのままくだらない都市伝説とかで盛り上がって、3人でゲラゲラと笑いあった。
ちょっと楽しかった。
15年前に戻ったみたいだ。
よく考えたら、あの頃は普通に友達がいた。今はいないが。
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エロい話をすれば自然と仲良くなれた。
というか、今にして思えばDTだった頃が一番楽しかった気がする。
異性に対して、物凄い理想と期待を持っていた。
ピートとラッセルと話していて、その頃の事を思い出した。
こうして人間嫌いの俺は、不覚にもピートとラッセルと仲良くなってしまった。
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ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
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