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第三章 戦争編
第69話 徴税官襲来
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最近の俺はただひたすらにウールを作っていた。
そこら中のヒツジを片っ端から狩りまくり、羊毛をかき集め、朝から晩までウールを生成していく。
もはや俺の存在理由(レーゾンデートル)はウールを作ることと言っても過言ではない。
何のためにそんな事をしているのかって?
そんなのルーナをコスプレさせるために決まっている!
ウールを作って裁縫スキルレベル3にする。
そして、ナースルーナやポリスルーナ、チャイナルーナに裸エプロンルーナを堪能するのだ。
その目的を実現するためには手段を選ぶつもりはない。
例え、近所のヒツジが絶滅しようと関係ないのである。
俺はやると言ったらやる男だ。
「なあ、なんで最近、そんなに目を血走らせてウールを作っているんだ? 別荘作りが終わったんだから、もっと構って欲しいんだけど」
ソファーに寝そべりながら、ルーナが俺を甘えたような目で見つめる。
ちょっと可愛かったが、今は成すべきことがあるのだ。
「お前の為にやっていることだ。黙って見ていてくれ」
ルーナの為というか、ルーナのコスプレの為というか、むしろ俺の欲望のためだった。
よく考えたら全然ルーナの為じゃないんだけど。
「……私の為? ふふ、お前がやることはいつも私の為だな。やれやれ、仕方のない奴だ」
やれやれとか言いながら、ルーナはめちゃくちゃ嬉しそうにしている。
そして、わざわざソファーに座り直して姿勢を正して、俺をじっと見つめる。
俺が黙って見ていろとか言ったからだろうか。
どうしよう。
ルーナが素直すぎてちょっと心配になる。
いつか悪い男に騙される気がする。
既に俺に騙されているが。
俺はふと以前考えていたアイディアを実行してみる事にした。
「おい、ルーナ」
ルーナに呼びかけて、すかさずドヤ顔ではなく、変顔を決める。
具体的にはアゴが特徴的な某プロレスラーのモノマネをしてみた。
「おい、なんだその変な顔は? 私をバカにしているのか」
ルーナはむっとした顔をしていた。
よかった。
さすがに変顔ではキュンとしないらしい。
まだ大丈夫だ。
俺はホッとした。
「……ううっ」
しかし、ホッとのしたのも束の間、ルーナが突然顔を赤らめて俯いた。
いつものキュンとしている仕草だ。
なんでこのタイミングで。
「へ、変な顔から急に真顔になるな! ドキドキしちゃうだろ」
まさかのギャップにやられたらしい。
うーむ。
本当にまだ大丈夫なのだろうか。
既に手遅れな気がしてきた。
何はともあれ、可愛いことは確かだったので、俺はウール制作を取りやめて、ルーナを抱きしめに行く。
「あっ! えへへ、やっぱり構ってくれる気になったのか?」
ルーナは嬉しそうに俺の胸に顔を擦り付けていた。
ああ、くそ、可愛いな。
そんな時だった。
どんどんと突然、ドアを叩かれる音がする。
「誰かいないだろうか。少し話を聞きたいのだが」
そして野太い男の声が聞こえた。
男の声を聞くのは久しぶりだったので、胃がきゅっとなる。
というか、知らない人だ。
俺はとっさにルーナの背中に隠れる。
「る、る、ルーナさん、お客さんですよ!」
「お前は、またか……、はあ、これがなければかっこいいのに」
ルーナに呆れられるが、本能なので仕方ない。
ルーナは小さくため息をつくと、堂々とドアに向かっていく。
ドアの向こうには知らない人がいるだろうに、なぜ、ああも堂々と振る舞えるのだろうか。
ルーナって度胸があるな。
俺だったら、ドアを開けるまでにタバコを2,3本吸ってから気持ちの整理をつけるのに。
ちなみに、いざドアを開けると、大抵の場合、既に待ちくたびれて帰っている。
ルーナがガチャリとドアを開けるので、俺は咄嗟に壁際の死角に身を潜めた。
ああ、胃が痛い。
「何か用か?」
「……ほう、これはこれは」
その時、男の声に下卑たものを感じだ。
もしかしてルーナにいやらしい目を向けているのだろうか。
不意にこの家を襲ってきた山賊たちの事が思い出される。
胃の痛みも忘れて、咄嗟にルーナのもとに急ぐ。
ルーナの隣に立って、外を見ると、そこにはでっぷりとした禿げたオッサンが立っていた。
「ちっ、男もいたのか」
オッサンは俺を見るなり、思い切り嫌な顔した。
というか、今盛大に舌打ちされたんだが。
オッサンはすぐにルーナに視線を戻すと、ホットパンツから伸びた素足を舐め回すように見つめている。
咄嗟に、ルーナを背中で隠すように立ちふさがる。
なぜならルーナの素足は俺のものだからだ。
おっさんは俺に視界を遮られると、忌々しそうに俺を睨みつけた。
「ふん、とりあえず外に出ろ。話はそこでする」
はあ? なんで俺が外に出なきゃいけないんだ。
引きこもりを外に出すって意味がわかってんのか!?
死ねって言ってんのと同じだぞ!?
脳内でそんな悪態を突きながらも、最近は結構外に出ているような気もした。
とはいえ、オッサンに言われて外に出るのは絶対に嫌だ。
とりあえず喧嘩を売ってやろうと思った。
「……多分、あいつ、役人だ」
しかし、ルーナにそんな事を耳打ちされて、咄嗟に思いとどまる。
役人? 公務員?
そういえば、オッサンは高そうな服を着ている。
「……役人に逆らうのはやめておけ。すぐに牢屋行きになるぞ」
ルーナがこっそりとそんな事を教えてくれた。
え、ヤダ怖い。
牢屋とか行きたくない。
とはいえ、オッサンの言うとおりにもしたくない。
どうしよう。
そんな事を考えていると、オッサンの背後でメグがカチンコチンに緊張して立っているのが見えた。
そうか、メグの家にも行ったのか。
向かいの家から、ミレイが真っ青な顔で別の役人に連れてこられるのも見える。
クソ。
俺は小さく悪態をつきながら、オッサンの後に従って、家の外に出た。
俺の家の前に、ルーナとメグとミレイと4人で立たされる。
今はちょうど陽が最も高くなる時間帯で、照りつける太陽が眩しい。
目の前にはオッサンを含めて4人の役人らしき人間が立っている。
胸糞悪いことに皆男だ。
オッサンが着ているのは制服なのだろうか。
皆、同じ服を着ている。
「おい、あの大きな家の住人はどうした!?」
オッサンが近くにいた若い役人を怒鳴りつけていた。
オッサンが一番偉いようだ。
年齢的にはオッサンが一番上に見えるし。
「い、いえ、なんか揉めているようで」
大きな家とはセレナ邸の事だろう。
セレナが大人しく出て来るわけない気がする。
だいたい、セレナはさっき……。
「早くしろと急かしてこい! まあ、先に始めるか。時間もあまりないしな」
オッサンに言われて、若い役人がセレナ邸に走っていく。
「さて、儂はフィンデル子爵家の徴税官ダンカンと言う。お前たちは最近、この辺に住み着いた流れ者だな」
徴税官?
税務署みたいなものだろうか。
俺以外の3人が徴税官という言葉を聞いて、顔を真っ青にしているのが気になる。
「この辺りは王国直轄の未開拓地ゆえ、勝手に住み着くのは構わないが、王国の領土である以上、税を払わねばならん。税は代官であるフィンデル子爵家が責任を持って徴収するものとする」
ふむ。
つまりオッサンは税金の徴収に来たということだろうか。
わざわざ徴収に来るなんて、ご苦労な事である。
この世界には確定申告とかないのだろうか。
あっても面倒くさいのでやらないのだが。
「そういえば、税を徴収する前に渡さなきゃいけないものがあったな。この辺りに住んでいる男はお前だけか?」
オッサンが俺に目を向ける。
「ああ、そうだ」
とりあえず、肯定するとオッサンがジロジロと見つめてきた。
身の毛がよだつのでやめて欲しい。
「ふむ。強そうにはとても見えないが……。近所の村々から伝え聞いたのだが、エルベ山の賊を全滅させたのはお前か?」
「ああ、そんなこともあったな」
近所の村々で聞いたということは、山賊のアジトで別れた女性たちは無事村に帰れたようだ。
良かった。
女性たちと別れてすぐにメグいわく最強の魔物に襲われたので、無事に帰れたか心配だったのだ。
「……本当にお前が一人で倒したのか? どうにも信じられんが、まあ、報奨金が出ている。そら、受け取れ」
そう言って、オッサンは俺の足元にチャリンと金貨を一枚投げる。
「そ、そんな、あれだけの山賊の報奨金が、たった金貨1枚だなんて……」
そんな不満を漏らしたのはミレイだった。
金貨の価値がいまいちわからないのだが、1枚だと少ないらしい。
まあ、どうでもいい。
金貨なら山賊からパクってきたものがたくさんあるし。
なので、足元の金貨を拾う気は全くなかった。
「なにか文句があるのか、女?」
「い、いえ……」
怯えたミレイが後ずさる。
そんなミレイをオッサンはジロジロと見つめた。
「それにしても、お前もなかなかいい身体をしておるな。独り身か?」
「いえ、私は、そ、その……」
ミレイは恥ずかしそうに体を両手で隠しながら、更に後ずさる。
オッサンは舌なめずりをしながら、ミレイの顎を掴んだ。
「おお、顔立ちもなかなか――ぐっ!」
我慢できなくて、思い切りオッサンの手を払い除けていた。
そのままミレイを抱き寄せる。
「俺の女に馴れ馴れしく触るな」
嘘は言っていない。
ミレイはもうほぼ俺の女と言っても過言ではないはずだ。
そう遠くない未来に、押し倒すつもりだったし。
ミレイは安心したように大人しく俺の腕に収まっている。
というか、痛い痛い。
ルーナが脇腹を思い切りつねっている。
「お、お前の女は、そのエルフじゃないのか?」
オッサンがルーナに目を向ける。
ルーナをオッサンの汚れた視線に晒したくなったかので、ルーナも抱き寄せる。
「この女も俺のだ」
「お、おい、バカ、時と場合を考えろ! こんな人目の多い場所で……えへへ」
一瞬抵抗する振りを見せたルーナは、あっさり大人しくなって、俺の腕に頬をすり寄せていた。
相変わらずチョロくて助かる。
オッサンは美女2人を両手に抱く俺を見て、唖然とした表情を浮かべている。
ちょっと優越感があって気持ちい。
「そ、それじゃあ、そっちの娘は……」
オッサンがメグに目を向ける。
もうここまで来たら、後はノリと勢いに任せるのみである。
「その女も俺んだ! メグ来い!」
咄嗟にそう叫ぶと、ルーナとミレイに微妙な目で見られた。
いや、勢いに乗っかっただけだから、手は出してないから。
「は、はい! コウさま」
メグはとことこと俺の傍まで駆けてくると、俺の両手が塞がっているので、少し迷った後、背中にしがみついてきた。
おお……。
右手にルーナ、左手にミレイ、背中にメグ。
今、正に俺は美女と美少女に囲まれている。
我が人生に一片の悔い無し!!
思わず、憧れの武人のセリフが浮かんでしまった。
なんという充足感だろう。
もしも、俺がレイスのアントニオさんだったら、間違いなく今、成仏しているだろう。
オッサンも他の役人たちも俺達を呆然と眺めている。
ふふ、勝った。
誰がどう見ても俺の勝ちである。
なんの勝負かは分からないが。
「か、開拓民のくせに女を3人も囲うとは、生意気な……」
オッサンは悔しそうに歯を食いしばっている。
ふふ、羨ましいだろう。
だが、間違っているぞ。
俺の女は3人ではない。
ここにはいないが、セレナとカンナさんも俺の女だ。
あとフィリスも俺の女だ。
つまり、俺の女は6人と言うことになる。
しかも皆美人だ!
……どうしよう。よく考えたら幸福すぎて、明日あたり車に跳ねられそうな気がしてきた。
物凄い勢いで幸福貯金を使い果たしている気がする。
そんな漠然とした不安に襲われていると、悔しそうにしていたオッサンがニヤッと笑った。
なぜ笑うのか。
もっと地団駄踏むように悔しがってもいいのに。
ミレイがオッサンの笑みを見て、身を固くした。
俺に抱きつく力が強くなった気がした。
まあ、オッサンの笑みなんて気持ち悪い以外の何物でもないからな。
ミレイが怯えるのもわかる。
「お、おほん、話がそれてしまったが、税の話をしようか」
そういえば、オッサンは税金を収めに来たんだった。
いつの間にか、ルーナやミレイにセクハラをしに来たエロオヤジだと思い込んでいた。
「まずは、お前の名前はなんという?」
「……コウだ」
「では、コウ。お前の開拓した畑で採れた作物を見せてもらおうか?」
「はあ? 畑なんて、耕して――」
突然、ミレイに口を塞がれた。
「わ、私の家の裏手に皆で耕した畑があります。ちょうど収穫したばかりの麦もそこに」
「ふむ。見せてもらおうか」
偉そうにするオッサン達を連れて、ミレイの畑にやってきた。
ミレイの畑は、ジャガイモやらトマトやらを収穫した後、最近は小麦を育てていたはずだ。
小麦の種を植えたのは一週間くらい前だろうか。
昨日、ミレイと一緒に小麦を収穫したばかりだ。
小麦は収穫後に乾燥させなければならないらしく、今は並べて乾燥中だった。
「ほお、なかなか見事な小麦だ」
「え、ええ。春に撒いた種が上手く育って……」
ミレイが気まずそうにそんな事を言っていた。
春というか、種を撒いたのは先週のはずなのだが。
もしかして、今は春なのだろうか。
勝手に秋だと思いこんでいたのだが。
「……今は秋だ。というかお前は絶対に口を挟むなよ?」
ルーナがこっそり教えてくれたが、口を挟むなとか酷いんだけど。
まあ、オッサンと喋りたいわけはないのでいいのだが。
「ふむ。だが、残念な事にこの量では土地税には足りぬな」
「り、量? 土地税は収穫量の6割のはずでは……」
ミレイが小難しい事を言いながら、泣きそうな顔をしている。
よくわからないけど、雲行きが怪しいのはわかる。
「ふむ。たしかに王国の土地税は6割だ。だが、代官をしているフィンデル家にも3割収めてもらう。あとは人頭税だが」
「じ、人頭税は春に徴収のはずでは?」
「そうだが、お前たちは今年の分をまだ払っていないであろう? よって今徴収する。それで、残り一割の小麦では4人分の人頭税にはちと足りぬのだ」
「そ、そんな……そんなに取られたら、民はどうやって生きていけばいいんでしょうか」
ミレイは絶望したような顔をしていた。
とはいえ、正直、俺達にとってはこの小麦を全部取られても痛くはない。
小麦なんてまた育てれば来週には収穫できるのである。
ミレイの絶望は、俺達ではなく、他の民に向けられているような気がする。
他の人間なんてどうなっても構わないと思うのだが。
というか、今のオッサンの話を聞いていて思ったが、最初から税を小麦だけで済ませる気なんてない気がする。
何が狙いなのか。
なんとなく想像がついてしまうが。
「お前たちがどうやって生きていくかなぞ、儂の知ったことではないわ。とはいえ、儂も鬼ではない。お前が儂の女になるというのであれば、税を負けてやっても良いのだがなあ」
おっさんは想像通りの事を言い出した。
公私混同も甚だしい。
ミレイが怯えながら、俺の裾を掴んでくる。
「エルフか若い娘でも良いぞ?」
オッサンはルーナとメグにも目を向ける。
2人も怯えていた。
というか、そんなこと許すわけがないのだが。
「小麦は全部やる。他にもジャガイモとかが蓄えてある。今回はそれで勘弁してくれないか?」
「ならん。税として収めるのは小麦だけと決まっておる」
そうなのか。
思わずミレイに目を向けると、首を振っていた。
嘘なのかよ。
まあ、小麦でも用意できなくないのだが。
「じゃあ、1週間待ってくれないか? そうすれば、新しい――」
またしてもミレイに口を塞がれた。
なぜだ。
「ふはは、1週間? 1週間の間に他の村でも襲って小麦を奪ってくるつもりか? 到底、承服できる話ではないな」
オッサンが勝手に勘違いをしているが、ミレイに口を塞がれていて話すことができない。
ミレイは無言で首をぶんぶん振っている。
何が何でも俺に喋ってほしくないらしい。
というか、だんだん面倒くさくなってきた。
このオッサンはどう考えても悪人である。
悪人は殺すに限るのだ。
今、ここにいる役人はたった4人。
全然、強そうには見えない。
よし、殺るか。
そう思って、土の剣を生成しようとした。
「ダメだ! 絶対にダメだ!」
しかし、今度はルーナに止められる。
ルーナは後ろから俺を羽交い締めにするように抱きついてくる。
「……徴税官なんて殺したら、反逆だと思われて、あっという間に軍隊が押し寄せてくるぞ!」
ふむ。
それは不味い。
というか、そりゃそうだと思った。
山賊と違って、役人を殺したら国が黙っていないのは子供でもわかる理屈だ。
バレないようにサクッと殺ればいいんじゃないかと一瞬思ったが、完全犯罪をする自信はない。
この世界の警察力がどれほどのものかわからないが。
とはいえ、どうしよう。
本気で困った。
ルーナ達をオッサンに差し出すつもりは全く無いし。
「ふむ。仕方ないのう。特別にもうひとつの手立てを提示してやろう」
オッサンがそんな事を言ってくれる。
意外と物分りがいいのだろうか。
「痛っ」
突然、オッサンに何かを投げつけられた。
思い切り鼻に当たって、ちょっと涙ぐんでしまった。
俺の足元には、赤い木札が落ちていた。
オッサンが投げたのはこれだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それだけは勘弁して欲しい」
ルーナが突然叫び出して、オッサンに詰め寄っていく。
その表情は、真っ青で、泣き出す一歩手前だった。
「ええい、うるさい。ならば、お前が儂の女になれ」
オッサンがルーナの腕をつかもうとしたので、咄嗟にルーナを抱き寄せる。
オッサンは俺を睨みつける。
「女も差し出さない。税も払えない。なら、残っているのはこれしかなかろうが!」
「待ってくれ! 家に金があるんだ。代わりにそれを収めるから」
抱きしめたルーナは、俺には目もくれず必死にオッサンに食い下がっている。
いつもだったら、どんな状態でも抱きしめたらコロッとゴキゲンになるのに。
何をそんなに必死になっているのだろうか。
「開拓民の金なんてたかが知れておるわ!」
「見てから言ってくれ! 結構な大金なんだ。全部やるから、だから」
全部やっちゃうのかよ。
あの金は子供の養育費に当てるとか、嬉しそうに言っていたのに。
というか、ルーナの反応が明らかにおかしい。
とりあえず、ミレイに目を向けると、同じく真っ青な顔をしていたミレイがこっそり教えてくれた。
「赤い木札は……徴兵の証です」
あー、なるほど。
赤札か。
戦時中の日本と同じだ。
……というか、なんか不穏な言葉が聞こえた気がする。
「……徴兵? 誰が?」
そう聞いてみると、ミレイは目からポロポロと涙を零しながら、唸るように言った。
「……コウさんに、決まってるじゃ、ないですか。ううっ」
ですよねー。
ミレイが嗚咽を漏らし始めてしまう。
メグはよくわかっていないみたいだったが、ルーナ達の反応を見てオロオロしている。
というか、ルーナが取り乱している理由に納得した。
以前はよく新しい魔法を使ったりすると、人間にバレて戦争に連れてかれちゃうーと泣きついてきたのだ。
今、まさに戦争に連れてかれようとしているのだろう。
俺が。
「とにかく! そろそろ恒例の魔族の侵攻が始まる。それに備えて、我が領からも兵を出さねばならないのだ」
泣き喚くルーナを無視して、オッサンが俺にそう説明してくる。
恒例のって、紅葉狩りみたいに聞こえるが、魔族が攻めてくるらしい。
その時、セレナ邸に向かっていた役人が疲れ切った顔で戻ってきた。
オッサンにコソコソと何かを耳打ちしている。
「何? ダーグリュン伯爵家だと? あそこは森の中以外のことには関知しないんじゃないのか?」
オッサンの顔がみるみる強張っていく。
ダーグリュン伯爵とか聞こえたが、セレナの名字がダーグリュンだったはずだ。
セレナは伯爵なのだろうか。
「くそ、今日の所は引き上げるか。おい、コウと言ったな? いいか? 3日以内に西にあるサーガットの町まで来い。その赤札を持ってな。もしくは、女達の誰かが来ても良いぞ? そうすれば兵役は免除してやろう」
「ま、待ってくれ! 話はまだ!」
ルーナがオッサンの足にすがりつこうとしたので、慌てて抱きとめる。
他の男にすがりつくなど許さん。
「うるさい。話などとうに済んでおるわ! 小麦は乾燥が終わった頃に取りに来るからな。準備しておくように」
そう言い残して、オッサン達は帰っていった。
帰ってくれてよかった。
ホッとした。
というか、メソメソとルーナとミレイが泣いている。
とりあえず、2人を抱きしめると、ルーナは俺の胸にすがりついて盛大にギャン泣きしだした。
うーん。
話が急展開を迎えてよく実感できなかったのだが。
なんか、俺が戦争に行くみたいな流れになっていたような気がする。
気のせいだろうか。
気のせいだといいのだが。
「コ、コウさま……ぐすっ、ひっく」
なんかメグまで泣き出した。
もしかして気のせいじゃないのだろうか。
え、マジで?
戦争?
死んでも行きたくないんだけどおおおお!!!!
俺はようやく現実を理解すると、一瞬で絶望した。
そこら中のヒツジを片っ端から狩りまくり、羊毛をかき集め、朝から晩までウールを生成していく。
もはや俺の存在理由(レーゾンデートル)はウールを作ることと言っても過言ではない。
何のためにそんな事をしているのかって?
そんなのルーナをコスプレさせるために決まっている!
ウールを作って裁縫スキルレベル3にする。
そして、ナースルーナやポリスルーナ、チャイナルーナに裸エプロンルーナを堪能するのだ。
その目的を実現するためには手段を選ぶつもりはない。
例え、近所のヒツジが絶滅しようと関係ないのである。
俺はやると言ったらやる男だ。
「なあ、なんで最近、そんなに目を血走らせてウールを作っているんだ? 別荘作りが終わったんだから、もっと構って欲しいんだけど」
ソファーに寝そべりながら、ルーナが俺を甘えたような目で見つめる。
ちょっと可愛かったが、今は成すべきことがあるのだ。
「お前の為にやっていることだ。黙って見ていてくれ」
ルーナの為というか、ルーナのコスプレの為というか、むしろ俺の欲望のためだった。
よく考えたら全然ルーナの為じゃないんだけど。
「……私の為? ふふ、お前がやることはいつも私の為だな。やれやれ、仕方のない奴だ」
やれやれとか言いながら、ルーナはめちゃくちゃ嬉しそうにしている。
そして、わざわざソファーに座り直して姿勢を正して、俺をじっと見つめる。
俺が黙って見ていろとか言ったからだろうか。
どうしよう。
ルーナが素直すぎてちょっと心配になる。
いつか悪い男に騙される気がする。
既に俺に騙されているが。
俺はふと以前考えていたアイディアを実行してみる事にした。
「おい、ルーナ」
ルーナに呼びかけて、すかさずドヤ顔ではなく、変顔を決める。
具体的にはアゴが特徴的な某プロレスラーのモノマネをしてみた。
「おい、なんだその変な顔は? 私をバカにしているのか」
ルーナはむっとした顔をしていた。
よかった。
さすがに変顔ではキュンとしないらしい。
まだ大丈夫だ。
俺はホッとした。
「……ううっ」
しかし、ホッとのしたのも束の間、ルーナが突然顔を赤らめて俯いた。
いつものキュンとしている仕草だ。
なんでこのタイミングで。
「へ、変な顔から急に真顔になるな! ドキドキしちゃうだろ」
まさかのギャップにやられたらしい。
うーむ。
本当にまだ大丈夫なのだろうか。
既に手遅れな気がしてきた。
何はともあれ、可愛いことは確かだったので、俺はウール制作を取りやめて、ルーナを抱きしめに行く。
「あっ! えへへ、やっぱり構ってくれる気になったのか?」
ルーナは嬉しそうに俺の胸に顔を擦り付けていた。
ああ、くそ、可愛いな。
そんな時だった。
どんどんと突然、ドアを叩かれる音がする。
「誰かいないだろうか。少し話を聞きたいのだが」
そして野太い男の声が聞こえた。
男の声を聞くのは久しぶりだったので、胃がきゅっとなる。
というか、知らない人だ。
俺はとっさにルーナの背中に隠れる。
「る、る、ルーナさん、お客さんですよ!」
「お前は、またか……、はあ、これがなければかっこいいのに」
ルーナに呆れられるが、本能なので仕方ない。
ルーナは小さくため息をつくと、堂々とドアに向かっていく。
ドアの向こうには知らない人がいるだろうに、なぜ、ああも堂々と振る舞えるのだろうか。
ルーナって度胸があるな。
俺だったら、ドアを開けるまでにタバコを2,3本吸ってから気持ちの整理をつけるのに。
ちなみに、いざドアを開けると、大抵の場合、既に待ちくたびれて帰っている。
ルーナがガチャリとドアを開けるので、俺は咄嗟に壁際の死角に身を潜めた。
ああ、胃が痛い。
「何か用か?」
「……ほう、これはこれは」
その時、男の声に下卑たものを感じだ。
もしかしてルーナにいやらしい目を向けているのだろうか。
不意にこの家を襲ってきた山賊たちの事が思い出される。
胃の痛みも忘れて、咄嗟にルーナのもとに急ぐ。
ルーナの隣に立って、外を見ると、そこにはでっぷりとした禿げたオッサンが立っていた。
「ちっ、男もいたのか」
オッサンは俺を見るなり、思い切り嫌な顔した。
というか、今盛大に舌打ちされたんだが。
オッサンはすぐにルーナに視線を戻すと、ホットパンツから伸びた素足を舐め回すように見つめている。
咄嗟に、ルーナを背中で隠すように立ちふさがる。
なぜならルーナの素足は俺のものだからだ。
おっさんは俺に視界を遮られると、忌々しそうに俺を睨みつけた。
「ふん、とりあえず外に出ろ。話はそこでする」
はあ? なんで俺が外に出なきゃいけないんだ。
引きこもりを外に出すって意味がわかってんのか!?
死ねって言ってんのと同じだぞ!?
脳内でそんな悪態を突きながらも、最近は結構外に出ているような気もした。
とはいえ、オッサンに言われて外に出るのは絶対に嫌だ。
とりあえず喧嘩を売ってやろうと思った。
「……多分、あいつ、役人だ」
しかし、ルーナにそんな事を耳打ちされて、咄嗟に思いとどまる。
役人? 公務員?
そういえば、オッサンは高そうな服を着ている。
「……役人に逆らうのはやめておけ。すぐに牢屋行きになるぞ」
ルーナがこっそりとそんな事を教えてくれた。
え、ヤダ怖い。
牢屋とか行きたくない。
とはいえ、オッサンの言うとおりにもしたくない。
どうしよう。
そんな事を考えていると、オッサンの背後でメグがカチンコチンに緊張して立っているのが見えた。
そうか、メグの家にも行ったのか。
向かいの家から、ミレイが真っ青な顔で別の役人に連れてこられるのも見える。
クソ。
俺は小さく悪態をつきながら、オッサンの後に従って、家の外に出た。
俺の家の前に、ルーナとメグとミレイと4人で立たされる。
今はちょうど陽が最も高くなる時間帯で、照りつける太陽が眩しい。
目の前にはオッサンを含めて4人の役人らしき人間が立っている。
胸糞悪いことに皆男だ。
オッサンが着ているのは制服なのだろうか。
皆、同じ服を着ている。
「おい、あの大きな家の住人はどうした!?」
オッサンが近くにいた若い役人を怒鳴りつけていた。
オッサンが一番偉いようだ。
年齢的にはオッサンが一番上に見えるし。
「い、いえ、なんか揉めているようで」
大きな家とはセレナ邸の事だろう。
セレナが大人しく出て来るわけない気がする。
だいたい、セレナはさっき……。
「早くしろと急かしてこい! まあ、先に始めるか。時間もあまりないしな」
オッサンに言われて、若い役人がセレナ邸に走っていく。
「さて、儂はフィンデル子爵家の徴税官ダンカンと言う。お前たちは最近、この辺に住み着いた流れ者だな」
徴税官?
税務署みたいなものだろうか。
俺以外の3人が徴税官という言葉を聞いて、顔を真っ青にしているのが気になる。
「この辺りは王国直轄の未開拓地ゆえ、勝手に住み着くのは構わないが、王国の領土である以上、税を払わねばならん。税は代官であるフィンデル子爵家が責任を持って徴収するものとする」
ふむ。
つまりオッサンは税金の徴収に来たということだろうか。
わざわざ徴収に来るなんて、ご苦労な事である。
この世界には確定申告とかないのだろうか。
あっても面倒くさいのでやらないのだが。
「そういえば、税を徴収する前に渡さなきゃいけないものがあったな。この辺りに住んでいる男はお前だけか?」
オッサンが俺に目を向ける。
「ああ、そうだ」
とりあえず、肯定するとオッサンがジロジロと見つめてきた。
身の毛がよだつのでやめて欲しい。
「ふむ。強そうにはとても見えないが……。近所の村々から伝え聞いたのだが、エルベ山の賊を全滅させたのはお前か?」
「ああ、そんなこともあったな」
近所の村々で聞いたということは、山賊のアジトで別れた女性たちは無事村に帰れたようだ。
良かった。
女性たちと別れてすぐにメグいわく最強の魔物に襲われたので、無事に帰れたか心配だったのだ。
「……本当にお前が一人で倒したのか? どうにも信じられんが、まあ、報奨金が出ている。そら、受け取れ」
そう言って、オッサンは俺の足元にチャリンと金貨を一枚投げる。
「そ、そんな、あれだけの山賊の報奨金が、たった金貨1枚だなんて……」
そんな不満を漏らしたのはミレイだった。
金貨の価値がいまいちわからないのだが、1枚だと少ないらしい。
まあ、どうでもいい。
金貨なら山賊からパクってきたものがたくさんあるし。
なので、足元の金貨を拾う気は全くなかった。
「なにか文句があるのか、女?」
「い、いえ……」
怯えたミレイが後ずさる。
そんなミレイをオッサンはジロジロと見つめた。
「それにしても、お前もなかなかいい身体をしておるな。独り身か?」
「いえ、私は、そ、その……」
ミレイは恥ずかしそうに体を両手で隠しながら、更に後ずさる。
オッサンは舌なめずりをしながら、ミレイの顎を掴んだ。
「おお、顔立ちもなかなか――ぐっ!」
我慢できなくて、思い切りオッサンの手を払い除けていた。
そのままミレイを抱き寄せる。
「俺の女に馴れ馴れしく触るな」
嘘は言っていない。
ミレイはもうほぼ俺の女と言っても過言ではないはずだ。
そう遠くない未来に、押し倒すつもりだったし。
ミレイは安心したように大人しく俺の腕に収まっている。
というか、痛い痛い。
ルーナが脇腹を思い切りつねっている。
「お、お前の女は、そのエルフじゃないのか?」
オッサンがルーナに目を向ける。
ルーナをオッサンの汚れた視線に晒したくなったかので、ルーナも抱き寄せる。
「この女も俺のだ」
「お、おい、バカ、時と場合を考えろ! こんな人目の多い場所で……えへへ」
一瞬抵抗する振りを見せたルーナは、あっさり大人しくなって、俺の腕に頬をすり寄せていた。
相変わらずチョロくて助かる。
オッサンは美女2人を両手に抱く俺を見て、唖然とした表情を浮かべている。
ちょっと優越感があって気持ちい。
「そ、それじゃあ、そっちの娘は……」
オッサンがメグに目を向ける。
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「その女も俺んだ! メグ来い!」
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メグはとことこと俺の傍まで駆けてくると、俺の両手が塞がっているので、少し迷った後、背中にしがみついてきた。
おお……。
右手にルーナ、左手にミレイ、背中にメグ。
今、正に俺は美女と美少女に囲まれている。
我が人生に一片の悔い無し!!
思わず、憧れの武人のセリフが浮かんでしまった。
なんという充足感だろう。
もしも、俺がレイスのアントニオさんだったら、間違いなく今、成仏しているだろう。
オッサンも他の役人たちも俺達を呆然と眺めている。
ふふ、勝った。
誰がどう見ても俺の勝ちである。
なんの勝負かは分からないが。
「か、開拓民のくせに女を3人も囲うとは、生意気な……」
オッサンは悔しそうに歯を食いしばっている。
ふふ、羨ましいだろう。
だが、間違っているぞ。
俺の女は3人ではない。
ここにはいないが、セレナとカンナさんも俺の女だ。
あとフィリスも俺の女だ。
つまり、俺の女は6人と言うことになる。
しかも皆美人だ!
……どうしよう。よく考えたら幸福すぎて、明日あたり車に跳ねられそうな気がしてきた。
物凄い勢いで幸福貯金を使い果たしている気がする。
そんな漠然とした不安に襲われていると、悔しそうにしていたオッサンがニヤッと笑った。
なぜ笑うのか。
もっと地団駄踏むように悔しがってもいいのに。
ミレイがオッサンの笑みを見て、身を固くした。
俺に抱きつく力が強くなった気がした。
まあ、オッサンの笑みなんて気持ち悪い以外の何物でもないからな。
ミレイが怯えるのもわかる。
「お、おほん、話がそれてしまったが、税の話をしようか」
そういえば、オッサンは税金を収めに来たんだった。
いつの間にか、ルーナやミレイにセクハラをしに来たエロオヤジだと思い込んでいた。
「まずは、お前の名前はなんという?」
「……コウだ」
「では、コウ。お前の開拓した畑で採れた作物を見せてもらおうか?」
「はあ? 畑なんて、耕して――」
突然、ミレイに口を塞がれた。
「わ、私の家の裏手に皆で耕した畑があります。ちょうど収穫したばかりの麦もそこに」
「ふむ。見せてもらおうか」
偉そうにするオッサン達を連れて、ミレイの畑にやってきた。
ミレイの畑は、ジャガイモやらトマトやらを収穫した後、最近は小麦を育てていたはずだ。
小麦の種を植えたのは一週間くらい前だろうか。
昨日、ミレイと一緒に小麦を収穫したばかりだ。
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「ほお、なかなか見事な小麦だ」
「え、ええ。春に撒いた種が上手く育って……」
ミレイが気まずそうにそんな事を言っていた。
春というか、種を撒いたのは先週のはずなのだが。
もしかして、今は春なのだろうか。
勝手に秋だと思いこんでいたのだが。
「……今は秋だ。というかお前は絶対に口を挟むなよ?」
ルーナがこっそり教えてくれたが、口を挟むなとか酷いんだけど。
まあ、オッサンと喋りたいわけはないのでいいのだが。
「ふむ。だが、残念な事にこの量では土地税には足りぬな」
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ミレイが小難しい事を言いながら、泣きそうな顔をしている。
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というか、今のオッサンの話を聞いていて思ったが、最初から税を小麦だけで済ませる気なんてない気がする。
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「お前たちがどうやって生きていくかなぞ、儂の知ったことではないわ。とはいえ、儂も鬼ではない。お前が儂の女になるというのであれば、税を負けてやっても良いのだがなあ」
おっさんは想像通りの事を言い出した。
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ミレイが怯えながら、俺の裾を掴んでくる。
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オッサンはルーナとメグにも目を向ける。
2人も怯えていた。
というか、そんなこと許すわけがないのだが。
「小麦は全部やる。他にもジャガイモとかが蓄えてある。今回はそれで勘弁してくれないか?」
「ならん。税として収めるのは小麦だけと決まっておる」
そうなのか。
思わずミレイに目を向けると、首を振っていた。
嘘なのかよ。
まあ、小麦でも用意できなくないのだが。
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またしてもミレイに口を塞がれた。
なぜだ。
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オッサンが勝手に勘違いをしているが、ミレイに口を塞がれていて話すことができない。
ミレイは無言で首をぶんぶん振っている。
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というか、だんだん面倒くさくなってきた。
このオッサンはどう考えても悪人である。
悪人は殺すに限るのだ。
今、ここにいる役人はたった4人。
全然、強そうには見えない。
よし、殺るか。
そう思って、土の剣を生成しようとした。
「ダメだ! 絶対にダメだ!」
しかし、今度はルーナに止められる。
ルーナは後ろから俺を羽交い締めにするように抱きついてくる。
「……徴税官なんて殺したら、反逆だと思われて、あっという間に軍隊が押し寄せてくるぞ!」
ふむ。
それは不味い。
というか、そりゃそうだと思った。
山賊と違って、役人を殺したら国が黙っていないのは子供でもわかる理屈だ。
バレないようにサクッと殺ればいいんじゃないかと一瞬思ったが、完全犯罪をする自信はない。
この世界の警察力がどれほどのものかわからないが。
とはいえ、どうしよう。
本気で困った。
ルーナ達をオッサンに差し出すつもりは全く無いし。
「ふむ。仕方ないのう。特別にもうひとつの手立てを提示してやろう」
オッサンがそんな事を言ってくれる。
意外と物分りがいいのだろうか。
「痛っ」
突然、オッサンに何かを投げつけられた。
思い切り鼻に当たって、ちょっと涙ぐんでしまった。
俺の足元には、赤い木札が落ちていた。
オッサンが投げたのはこれだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それだけは勘弁して欲しい」
ルーナが突然叫び出して、オッサンに詰め寄っていく。
その表情は、真っ青で、泣き出す一歩手前だった。
「ええい、うるさい。ならば、お前が儂の女になれ」
オッサンがルーナの腕をつかもうとしたので、咄嗟にルーナを抱き寄せる。
オッサンは俺を睨みつける。
「女も差し出さない。税も払えない。なら、残っているのはこれしかなかろうが!」
「待ってくれ! 家に金があるんだ。代わりにそれを収めるから」
抱きしめたルーナは、俺には目もくれず必死にオッサンに食い下がっている。
いつもだったら、どんな状態でも抱きしめたらコロッとゴキゲンになるのに。
何をそんなに必死になっているのだろうか。
「開拓民の金なんてたかが知れておるわ!」
「見てから言ってくれ! 結構な大金なんだ。全部やるから、だから」
全部やっちゃうのかよ。
あの金は子供の養育費に当てるとか、嬉しそうに言っていたのに。
というか、ルーナの反応が明らかにおかしい。
とりあえず、ミレイに目を向けると、同じく真っ青な顔をしていたミレイがこっそり教えてくれた。
「赤い木札は……徴兵の証です」
あー、なるほど。
赤札か。
戦時中の日本と同じだ。
……というか、なんか不穏な言葉が聞こえた気がする。
「……徴兵? 誰が?」
そう聞いてみると、ミレイは目からポロポロと涙を零しながら、唸るように言った。
「……コウさんに、決まってるじゃ、ないですか。ううっ」
ですよねー。
ミレイが嗚咽を漏らし始めてしまう。
メグはよくわかっていないみたいだったが、ルーナ達の反応を見てオロオロしている。
というか、ルーナが取り乱している理由に納得した。
以前はよく新しい魔法を使ったりすると、人間にバレて戦争に連れてかれちゃうーと泣きついてきたのだ。
今、まさに戦争に連れてかれようとしているのだろう。
俺が。
「とにかく! そろそろ恒例の魔族の侵攻が始まる。それに備えて、我が領からも兵を出さねばならないのだ」
泣き喚くルーナを無視して、オッサンが俺にそう説明してくる。
恒例のって、紅葉狩りみたいに聞こえるが、魔族が攻めてくるらしい。
その時、セレナ邸に向かっていた役人が疲れ切った顔で戻ってきた。
オッサンにコソコソと何かを耳打ちしている。
「何? ダーグリュン伯爵家だと? あそこは森の中以外のことには関知しないんじゃないのか?」
オッサンの顔がみるみる強張っていく。
ダーグリュン伯爵とか聞こえたが、セレナの名字がダーグリュンだったはずだ。
セレナは伯爵なのだろうか。
「くそ、今日の所は引き上げるか。おい、コウと言ったな? いいか? 3日以内に西にあるサーガットの町まで来い。その赤札を持ってな。もしくは、女達の誰かが来ても良いぞ? そうすれば兵役は免除してやろう」
「ま、待ってくれ! 話はまだ!」
ルーナがオッサンの足にすがりつこうとしたので、慌てて抱きとめる。
他の男にすがりつくなど許さん。
「うるさい。話などとうに済んでおるわ! 小麦は乾燥が終わった頃に取りに来るからな。準備しておくように」
そう言い残して、オッサン達は帰っていった。
帰ってくれてよかった。
ホッとした。
というか、メソメソとルーナとミレイが泣いている。
とりあえず、2人を抱きしめると、ルーナは俺の胸にすがりついて盛大にギャン泣きしだした。
うーん。
話が急展開を迎えてよく実感できなかったのだが。
なんか、俺が戦争に行くみたいな流れになっていたような気がする。
気のせいだろうか。
気のせいだといいのだが。
「コ、コウさま……ぐすっ、ひっく」
なんかメグまで泣き出した。
もしかして気のせいじゃないのだろうか。
え、マジで?
戦争?
死んでも行きたくないんだけどおおおお!!!!
俺はようやく現実を理解すると、一瞬で絶望した。
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