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第二章 吸血鬼編
第49話 得たもの
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目が覚めると、目の前に見知らぬ娘がいた。
健康的に日焼けした肌に、そばかすがチャームポイントのまだ若い娘だった。
黒髪をボサボサのショートヘアーにしている。
娘は寝間着のような、ダボダボの薄いローブのようなものを一枚羽織っているだけだった。
「……あの、戦士さま。みんなでご飯を作ったので、ご一緒にいかがですか?」
娘の言葉を聞いて、俺はようやく現状を把握した。
ああ、そうだ。
俺が山賊たちから助けた子だ。
寝ぼけていた頭を振って、覚醒させる。
無意識のうちに見知らぬ娘とやってしまったのかと思って、ちょっと焦った。
「……頂きます」
俺はベッドに横になったまま、眠ってしまったらしい。
気怠い身体を起こすと、娘が水の入った桶と、布切れを渡してくれる。
準備のいい子だった。
「どうも。今は朝ですか?」
「はい。さっき外を見てきましたが、朝日がのぼったところでした」
俺は顔を洗いながら、ちょっと焦った。
一晩明かしてしまった。
昨日のうちに、家に帰るつもりだったのだ。
ルーナが心配していないといいが。
顔を洗い終わると、別の女が湯気の立ったスープを運んできてくれた。
スープを見るとお腹がぐーぐー鳴った。
そういえば、もうずいぶん長いこと何も食べていない。
目覚めてすぐに山賊を殺しに来たのだ。
7日間寝ていたらしいから、何か食べるのは8日ぶりだろうか。
いやいや、さすがに8日も飲まず食わずで過ごせるわけがない。
寝ている間はどうしていたんだろうか。
ふと、カンナさんとフィリスの顔が浮かんだ。
なんとなく深く考えちゃいけない気がした。
スープは野菜ベースで、よく出汁が出ていて美味しかった。
ただ、無性にルーナのスープが飲みたくなる。
少し寂しい。
「食材とかはどうしたんですか?」
スープを運んできてくれた妙齢の女性に聞いてみる。
女性は、起こしてくれた娘と同じようなダボダボのローブを着ていた。
昨日はみんな裸だったのに、さすがに服を探してきたらしい。
当たり前だけど、少し残念だ。
「奥に大量の食材があったんです。ここには結構な人数の山賊が生活していましたから」
「なるほど」
100人近い人数の山賊がいたのだ。
よく考えたら、食べ物もたくさんあって当然だった。
「皆さんで手分けして持って帰れませんか? 腐らせちゃうのももったいないですし」
「……よろしいのですか?」
「もちろんです。他にも欲しいものがあったら、皆さんで持って帰っちゃいましょう」
俺のものではないが、とりあえずドヤ顔で親指を立ててみた。
「……戦士様。本当になんとお礼を言ってよいか。みんな喜ぶと思います。物凄く助かります。ありがとうございます」
女性は俺に深々と頭を下げる。
重ねていうが、俺のものではないので、痛くも痒くもない。
食材は俺も持って帰ろうかなと思ったけど、既に金銀財宝やら回復薬やらが入った袋があるので、これ以上、荷物を増やしたくなかった。
最近は、セレナが結構な量をおすそ分けしてくれるので、我が家は食い物に困っていないのだ。
ちなみに、別にセレナに養われているわけではない。
俺は代価として、自分の血液を提供しているのだ。
食い物の為に、血液を売っているようで、物凄く貧乏臭く聞こえるが。
「それでは、みんなに伝えてまいります」
「はい。荷造りが済んだら、声をかけてください。ここから出ましょう」
「わかりました」
女性が上機嫌に部屋を出ていくのを、見送ってから、俺は再びベッドに横になった。
なんかすごく疲れている。
さすがに7日間寝込んだ後に、100人近い山賊と戦闘を行うのは無茶だったのだろうか。
あーだるい。
また無茶をしてしまった。
カンナさんに怒られてしまう。
「……あの、戦士さま? おつかれのようでしたら、肩をおもみしましょうか?」
朝、起こしてくれた娘が、そんな事を言ってくれる。
「キミは食べ物とかを取りに行かないんですか?」
不思議に思って、そう聞いてみると少女は少し表情を暗くさせた。
「……わたし、もってかえるお家がないので」
娘は、どこか恥ずかしそうにそんな事を言った。
くーらーいー。
ついでに、おーもーいー。
これだから、見ず知らずの人間と喋るべきではないのだ。
どこに地雷が埋まっているかわかったものじゃない。
やっぱりどんなに気まずくても、無言を貫いて、たまに舌打ちするくらいが一番無難なコミュニケーションではないかと思うのだ。
「……じゃあ、肩を揉んでもらおうかな」
さすがの俺でも今から無言&舌打ちモードに移行するのは、娘が可哀想すぎるので肩もみをお願いすることにした。
よく見てみると、娘はまだ15歳くらいだ。(勘)
こんな若い女の子に、肩を揉んでもらうなんて、日本だったら数万円かかるというか、高確率でお巡りさんに捕まる。
「は、はい! わたし、上手だって、よくほめられるんですよ?」
娘は、嬉しそうに俺の肩を揉んでくれた。
よく褒められるだけあって、というか、めちゃくちゃ肩を揉むのが上手い娘だった。
日本で店が開けるレベルだ。
あまりの上手さに、思わずあへあへ言ってしまいそうになる。
肩が凝りまくっていた社畜時代に出会いたかった。
「……すごく上手です」
「ほ、本当ですか? うれしいです。もっとがんばりますね?」
すでに昇天しかかかっているのに、娘はまだ本気を出していなかったらしい。
本気を出した娘の手つきは、ものすごかった。
そのまま、しばらく娘の絶技に酔いしれた。
「……あの、戦士様。お楽しみの所、申し訳ありませんが」
そんな時、またもや見知らぬ女に声をかけられた。
俺はだらしなく緩んだ顔を必死に引き締めながら、女の方を向く。
「皆の準備が整いましたので、そろそろ……」
「ああ、そうですか。わかりました」
女に促されて、身を起こす。
そろそろ我が家に帰ろう。
「ありがとうございました。本当に肩もみ上手ですね。ええと」
「メグといいます。戦士さま」
メグと名乗った娘は、明るくニコっと笑った。
いい笑顔だった。
つい昨日まで、山賊たちの慰み者になっていたとは、とても思えない。
いや、さすがにこんな若い娘を慰み者にするだろうか。
いやいや15歳だったらするか。
まあ、深く考えると凹むからやめとこうと思う。
どうせもうすぐ別れるのだ。
他の女達は、洞窟の入り口で俺を待っているらしい。
よく考えたら、そのまま帰ってもらって良い気がする。
俺が合流した所で、別に何をするわけでもないのだが。
まあ、一応社会人なので、おつかれさまでしたくらい言った方が良いのだろうか。
そういえば。
昨日助けたシスターさんはどうしているだろうか。
近くのベッドを見てみると、シスターさんはまだ眠ったままだった。
だいぶ疲労が溜まっているらしい。
ただ、昨日飲ませた回復薬が効いているのか、顔や身体についていたアザは消えている。
このままにしておくのも悪いので、俺はシスターさんを担いで、出口に向かった。
シスターさんは昨日から素っ裸で、最近ご無沙汰で溜まっている俺には目に毒だった。
メグに頼んで同じようなダボダボのローブを着させた。
このローブはこの部屋の隅に山のように積まれているらしい。
山賊たちの普段着だったのだろうか。
あいつらは殆ど半裸だった気がするので、いまいちイメージがわかない。
まあ、サイズ的には男物だろうけど。
昨日手に入れた戦利品も忘れずに持っていく。
右肩にシスターさんを、左肩に戦利品の袋を担いでみたが、筋力ブーストのお陰で、全然重くなかった。
そのまま出口に向かうと、後ろからメグがついてきた。
なんかこの子に懐かれている気がする。
親戚の子供にすら懐かれたことがないので、不思議な気分だった。
洞窟を出ると、久しぶりの陽の光がまぶしかった。
今日もいい天気だ。
外には30人の女達が集まっていた。
皆大量の荷物を背負っている。
洞窟の中にあんなにたくさんのものがあったのかと不思議に思うくらいだった。
中には、血の付いた皮の装備を持っている女もいた。
俺が斬り殺した山賊から剥ぎ取ったのだろうか。
たくましい。
「……あの戦士様、そこに馬車が数台あるのですが、お借りできないでしょうか?」
一人の女が申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。
洞窟の側には馬屋があって、そこには数十頭の馬と、馬車が停まっていた。
さすがに荷物が多すぎるのだろうか。
「はい、どうぞ使ってください。むしろ貰っちゃってください」
「いえ、さすがにそれは! 馬車って高価ですし」
女が慌てたように手を振る。
しかし、お嬢さん。
問題ないのですよ。
なぜなら、俺のではないから。
「もともと、山賊たちの馬車ですし。山賊たちへの復讐だと思って、皆さんで使いましょう」
「……はあ、そう考えれば、確かに。それでは、同郷の者同士で、使わせて頂きます。ありがとうございます」
女達は馬車に荷物を積み始める。
俺はその様子を眺めながら、馬車をあげちゃうのはさすがにやり過ぎなのだろうかと考えていた。
馬車って現代日本でいうと自動車というか、トラックに相当するのだろうか。
トラックをポンとあげちゃうって、どこのマハラジャだよと言いたくなる。
ただ、馬車なんかあっても、馬に乗れないので無意味なのだ。
なので、必要としている人に使ってもらった方がいいのである。
幸い、女達の中には、馬車を操れる者も数名いたようだ。
さて、俺も帰ろうかなと思っていると、一人の女が声をかけてきた。
「あの戦士様、本当にありがとうございました」
女は駆け寄ってきて、俺の手をぎゅっと握りしめる。
「家に夫と生まれたばかりの子供がいます。また帰れる日が来るなんて思ってもみませんでした。本当に、本当にありがとうございます」
女は涙をボロボロ流しながら、俺に感謝を繰り返す。
「ああ、いえ……」
俺は完全に戸惑っていて、生返事を返す。
もともと女達を救うつもりで山賊を倒したわけではなかったし、そもそもただの私怨だ。
感謝されるなんて思っても見なかったのである。
「戦士様! 私も、本当に感謝しています」
他の女まで、感極まったように俺に抱きついてくる。
馬車に荷物を積み終わった女達も、次々に俺にありがとう、ありがとうと感謝してきた。
正直に言って、女の人どころか、誰かにこんなに感謝されるのは初めてかもしれない。
俺はクズ人間なのだ。
かなり困惑した。
困惑したが、女達の嬉しそうな表情を見ていると、悪い気はしなかった。
たまには、良い事をしてみるもんだと思った。
良い事って、ただの大量殺人をしただけだが。
「戦士様、今は何もお礼をするものはございませんが……その、私の身体くらいしか」
最初に俺の手を握って涙を流していた女が、何かを思いついたように胸元をチラリと見せる。
女は結構美人で、しかも、ここ数日、溜まっている俺にはクリティカルヒットだった。
「奥さん、お気持ちだけで十分ですから!」
脳裏にルーナの泣き顔が思い浮かんだので、俺は久しぶりにオリハルコンの意思を発動させて、女を押しとどめる。
「……そうですか。ただ、お住いをお聞きしてもよろしいでしょうか? いつか必ず、このお礼をさせて頂きます」
「ええと、ここから西の方向にある大きな森の近くの廃村に住んでます」
女は真剣な顔で言うので、俺は思わず答えてしまった。
思い切り個人情報だけど。
というか、廃村に住んでるって。
人、それをホームレスと言う。
「常夜の森の近くですか? ああ、そう言えばまだ名前もない開拓村があったと聞いたことがあります」
あの森は、常夜の森というらしい。
いかにも吸血鬼が住んでいそうな名前だ。
「いつの日か必ず、夫と共にお礼に伺います。どうかそれまで、お元気で」
女は深々と俺に頭を下げたので、釣られたように俺も頭を下げた。
日本人の悲しい性だ。
それからしばらくして、女達は嬉しそうに手を振って馬車で去っていった。
本当は、女達を送っていくべきなのだろうが、そろそろ本気で家に帰りたかった。
対人恐怖症な上に、引きこもりなので仕方ない。
ただ、いくつか問題がまだ残っていた。
まず一つ目の問題は、シスターさんがまだ気絶したままであることだった。
女達の誰かに、連れて行って貰おうとしたのだが、断られてしまった。
身寄りのない人間の世話を焼く余裕はないし、教会の人間ならば尚更面倒を見きれないそうだ。
世知辛い世の中である。
そして、もう一つの問題は、俺に対して土下座するように頭を下げているメグだった。
「おねがいします。なんでもします。どうか、わたしを戦士さまのお家においてください。奴隷だと思っていただいて結構です」
「……なんでもするって言ってもなあ」
してもらうことがない。
ルーナと2人で生活は成り立っているのである。
「本当になんでもします! よ、夜伽だって出来ます。そ、その、山賊相手にさんざんしましたから。おいやじゃなければですけど……」
メグは土下座しながらそんな事を言う。
15歳位の女の子が言っていいセリフじゃない気がする。
あの元気な笑顔はなんだったのだろうか。
そこまで考えてから、もしかしかして、俺に必死に媚びていたのだろうかと思った。
「どのみち、このまま戦士さまにすてられたら、わたしは、その、そうやって生きていくしかないです。だったら、わたしは戦士さまがいいです」
メグの言葉はいまいち具体的ではないが、言わんとしていることは何となく分かる。
まあ、俺に少女趣味はないので、メグを抱く気はないが。
ルーナが泣くというか、引くだろうし。
俺は少し考えてみた。
問題は、メグに帰る家がないことなのだ。
だったら。
俺が作ってあげればいいじゃないかと思いついた。
この哀れな少女を救ってあげられるのは、匠である俺しかいない!
家を作った後は、自立できるように手助けをしよう。
俺にそんな器用な真似はできないので、ルーナに頼むが。
「わかった。俺がお前の家を用意してやる」
なんとなく、タメ口になっていたが、子供相手に敬語を使うのも変なのでいいかと思う。
メグは俺の言葉を聞くと、顔をばっと上げてクリクリとした大きな目を見開いた。
「……ほんとうですか?」
「うむ。男に二言はない」
ちょっとメグの仕草が可愛かったので思わずカッコつけてみた。
「ありがとうございます! うわあああん、ご主人様だー!」
メグが泣きながら抱きついてくる。
子犬みたいでちょっと可愛かったが、ご主人様はダメだ。
新たな扉を開けそうになってしまう。
「俺の名前はコウだ。だから、コウと呼べ」
「はい、コウさま!」
メグは泣き笑いの眩しい笑顔で頷いた。
そんなメグの頭を思わずポンポン撫でる。
というか、今、気づいた。
魔法が使えない状態で、どうやって家を建てるのかという件について。
あと、ついでに、セレナの別荘が建設途中である件について。
まあ、それはおいおい考えるというか、未来の俺が悩めばいいのであって、現在の俺には関係のない事だった。
刹那主義ここに極まれりである。
とにかく、俺は山賊のアジトを壊滅させて、装備一式と金銀財宝等の宝物と、一人の少女を拾った。
健康的に日焼けした肌に、そばかすがチャームポイントのまだ若い娘だった。
黒髪をボサボサのショートヘアーにしている。
娘は寝間着のような、ダボダボの薄いローブのようなものを一枚羽織っているだけだった。
「……あの、戦士さま。みんなでご飯を作ったので、ご一緒にいかがですか?」
娘の言葉を聞いて、俺はようやく現状を把握した。
ああ、そうだ。
俺が山賊たちから助けた子だ。
寝ぼけていた頭を振って、覚醒させる。
無意識のうちに見知らぬ娘とやってしまったのかと思って、ちょっと焦った。
「……頂きます」
俺はベッドに横になったまま、眠ってしまったらしい。
気怠い身体を起こすと、娘が水の入った桶と、布切れを渡してくれる。
準備のいい子だった。
「どうも。今は朝ですか?」
「はい。さっき外を見てきましたが、朝日がのぼったところでした」
俺は顔を洗いながら、ちょっと焦った。
一晩明かしてしまった。
昨日のうちに、家に帰るつもりだったのだ。
ルーナが心配していないといいが。
顔を洗い終わると、別の女が湯気の立ったスープを運んできてくれた。
スープを見るとお腹がぐーぐー鳴った。
そういえば、もうずいぶん長いこと何も食べていない。
目覚めてすぐに山賊を殺しに来たのだ。
7日間寝ていたらしいから、何か食べるのは8日ぶりだろうか。
いやいや、さすがに8日も飲まず食わずで過ごせるわけがない。
寝ている間はどうしていたんだろうか。
ふと、カンナさんとフィリスの顔が浮かんだ。
なんとなく深く考えちゃいけない気がした。
スープは野菜ベースで、よく出汁が出ていて美味しかった。
ただ、無性にルーナのスープが飲みたくなる。
少し寂しい。
「食材とかはどうしたんですか?」
スープを運んできてくれた妙齢の女性に聞いてみる。
女性は、起こしてくれた娘と同じようなダボダボのローブを着ていた。
昨日はみんな裸だったのに、さすがに服を探してきたらしい。
当たり前だけど、少し残念だ。
「奥に大量の食材があったんです。ここには結構な人数の山賊が生活していましたから」
「なるほど」
100人近い人数の山賊がいたのだ。
よく考えたら、食べ物もたくさんあって当然だった。
「皆さんで手分けして持って帰れませんか? 腐らせちゃうのももったいないですし」
「……よろしいのですか?」
「もちろんです。他にも欲しいものがあったら、皆さんで持って帰っちゃいましょう」
俺のものではないが、とりあえずドヤ顔で親指を立ててみた。
「……戦士様。本当になんとお礼を言ってよいか。みんな喜ぶと思います。物凄く助かります。ありがとうございます」
女性は俺に深々と頭を下げる。
重ねていうが、俺のものではないので、痛くも痒くもない。
食材は俺も持って帰ろうかなと思ったけど、既に金銀財宝やら回復薬やらが入った袋があるので、これ以上、荷物を増やしたくなかった。
最近は、セレナが結構な量をおすそ分けしてくれるので、我が家は食い物に困っていないのだ。
ちなみに、別にセレナに養われているわけではない。
俺は代価として、自分の血液を提供しているのだ。
食い物の為に、血液を売っているようで、物凄く貧乏臭く聞こえるが。
「それでは、みんなに伝えてまいります」
「はい。荷造りが済んだら、声をかけてください。ここから出ましょう」
「わかりました」
女性が上機嫌に部屋を出ていくのを、見送ってから、俺は再びベッドに横になった。
なんかすごく疲れている。
さすがに7日間寝込んだ後に、100人近い山賊と戦闘を行うのは無茶だったのだろうか。
あーだるい。
また無茶をしてしまった。
カンナさんに怒られてしまう。
「……あの、戦士さま? おつかれのようでしたら、肩をおもみしましょうか?」
朝、起こしてくれた娘が、そんな事を言ってくれる。
「キミは食べ物とかを取りに行かないんですか?」
不思議に思って、そう聞いてみると少女は少し表情を暗くさせた。
「……わたし、もってかえるお家がないので」
娘は、どこか恥ずかしそうにそんな事を言った。
くーらーいー。
ついでに、おーもーいー。
これだから、見ず知らずの人間と喋るべきではないのだ。
どこに地雷が埋まっているかわかったものじゃない。
やっぱりどんなに気まずくても、無言を貫いて、たまに舌打ちするくらいが一番無難なコミュニケーションではないかと思うのだ。
「……じゃあ、肩を揉んでもらおうかな」
さすがの俺でも今から無言&舌打ちモードに移行するのは、娘が可哀想すぎるので肩もみをお願いすることにした。
よく見てみると、娘はまだ15歳くらいだ。(勘)
こんな若い女の子に、肩を揉んでもらうなんて、日本だったら数万円かかるというか、高確率でお巡りさんに捕まる。
「は、はい! わたし、上手だって、よくほめられるんですよ?」
娘は、嬉しそうに俺の肩を揉んでくれた。
よく褒められるだけあって、というか、めちゃくちゃ肩を揉むのが上手い娘だった。
日本で店が開けるレベルだ。
あまりの上手さに、思わずあへあへ言ってしまいそうになる。
肩が凝りまくっていた社畜時代に出会いたかった。
「……すごく上手です」
「ほ、本当ですか? うれしいです。もっとがんばりますね?」
すでに昇天しかかかっているのに、娘はまだ本気を出していなかったらしい。
本気を出した娘の手つきは、ものすごかった。
そのまま、しばらく娘の絶技に酔いしれた。
「……あの、戦士様。お楽しみの所、申し訳ありませんが」
そんな時、またもや見知らぬ女に声をかけられた。
俺はだらしなく緩んだ顔を必死に引き締めながら、女の方を向く。
「皆の準備が整いましたので、そろそろ……」
「ああ、そうですか。わかりました」
女に促されて、身を起こす。
そろそろ我が家に帰ろう。
「ありがとうございました。本当に肩もみ上手ですね。ええと」
「メグといいます。戦士さま」
メグと名乗った娘は、明るくニコっと笑った。
いい笑顔だった。
つい昨日まで、山賊たちの慰み者になっていたとは、とても思えない。
いや、さすがにこんな若い娘を慰み者にするだろうか。
いやいや15歳だったらするか。
まあ、深く考えると凹むからやめとこうと思う。
どうせもうすぐ別れるのだ。
他の女達は、洞窟の入り口で俺を待っているらしい。
よく考えたら、そのまま帰ってもらって良い気がする。
俺が合流した所で、別に何をするわけでもないのだが。
まあ、一応社会人なので、おつかれさまでしたくらい言った方が良いのだろうか。
そういえば。
昨日助けたシスターさんはどうしているだろうか。
近くのベッドを見てみると、シスターさんはまだ眠ったままだった。
だいぶ疲労が溜まっているらしい。
ただ、昨日飲ませた回復薬が効いているのか、顔や身体についていたアザは消えている。
このままにしておくのも悪いので、俺はシスターさんを担いで、出口に向かった。
シスターさんは昨日から素っ裸で、最近ご無沙汰で溜まっている俺には目に毒だった。
メグに頼んで同じようなダボダボのローブを着させた。
このローブはこの部屋の隅に山のように積まれているらしい。
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あいつらは殆ど半裸だった気がするので、いまいちイメージがわかない。
まあ、サイズ的には男物だろうけど。
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そのまま出口に向かうと、後ろからメグがついてきた。
なんかこの子に懐かれている気がする。
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たくましい。
「……あの戦士様、そこに馬車が数台あるのですが、お借りできないでしょうか?」
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「はい、どうぞ使ってください。むしろ貰っちゃってください」
「いえ、さすがにそれは! 馬車って高価ですし」
女が慌てたように手を振る。
しかし、お嬢さん。
問題ないのですよ。
なぜなら、俺のではないから。
「もともと、山賊たちの馬車ですし。山賊たちへの復讐だと思って、皆さんで使いましょう」
「……はあ、そう考えれば、確かに。それでは、同郷の者同士で、使わせて頂きます。ありがとうございます」
女達は馬車に荷物を積み始める。
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馬車って現代日本でいうと自動車というか、トラックに相当するのだろうか。
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ただ、馬車なんかあっても、馬に乗れないので無意味なのだ。
なので、必要としている人に使ってもらった方がいいのである。
幸い、女達の中には、馬車を操れる者も数名いたようだ。
さて、俺も帰ろうかなと思っていると、一人の女が声をかけてきた。
「あの戦士様、本当にありがとうございました」
女は駆け寄ってきて、俺の手をぎゅっと握りしめる。
「家に夫と生まれたばかりの子供がいます。また帰れる日が来るなんて思ってもみませんでした。本当に、本当にありがとうございます」
女は涙をボロボロ流しながら、俺に感謝を繰り返す。
「ああ、いえ……」
俺は完全に戸惑っていて、生返事を返す。
もともと女達を救うつもりで山賊を倒したわけではなかったし、そもそもただの私怨だ。
感謝されるなんて思っても見なかったのである。
「戦士様! 私も、本当に感謝しています」
他の女まで、感極まったように俺に抱きついてくる。
馬車に荷物を積み終わった女達も、次々に俺にありがとう、ありがとうと感謝してきた。
正直に言って、女の人どころか、誰かにこんなに感謝されるのは初めてかもしれない。
俺はクズ人間なのだ。
かなり困惑した。
困惑したが、女達の嬉しそうな表情を見ていると、悪い気はしなかった。
たまには、良い事をしてみるもんだと思った。
良い事って、ただの大量殺人をしただけだが。
「戦士様、今は何もお礼をするものはございませんが……その、私の身体くらいしか」
最初に俺の手を握って涙を流していた女が、何かを思いついたように胸元をチラリと見せる。
女は結構美人で、しかも、ここ数日、溜まっている俺にはクリティカルヒットだった。
「奥さん、お気持ちだけで十分ですから!」
脳裏にルーナの泣き顔が思い浮かんだので、俺は久しぶりにオリハルコンの意思を発動させて、女を押しとどめる。
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「ええと、ここから西の方向にある大きな森の近くの廃村に住んでます」
女は真剣な顔で言うので、俺は思わず答えてしまった。
思い切り個人情報だけど。
というか、廃村に住んでるって。
人、それをホームレスと言う。
「常夜の森の近くですか? ああ、そう言えばまだ名前もない開拓村があったと聞いたことがあります」
あの森は、常夜の森というらしい。
いかにも吸血鬼が住んでいそうな名前だ。
「いつの日か必ず、夫と共にお礼に伺います。どうかそれまで、お元気で」
女は深々と俺に頭を下げたので、釣られたように俺も頭を下げた。
日本人の悲しい性だ。
それからしばらくして、女達は嬉しそうに手を振って馬車で去っていった。
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「……なんでもするって言ってもなあ」
してもらうことがない。
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メグは土下座しながらそんな事を言う。
15歳位の女の子が言っていいセリフじゃない気がする。
あの元気な笑顔はなんだったのだろうか。
そこまで考えてから、もしかしかして、俺に必死に媚びていたのだろうかと思った。
「どのみち、このまま戦士さまにすてられたら、わたしは、その、そうやって生きていくしかないです。だったら、わたしは戦士さまがいいです」
メグの言葉はいまいち具体的ではないが、言わんとしていることは何となく分かる。
まあ、俺に少女趣味はないので、メグを抱く気はないが。
ルーナが泣くというか、引くだろうし。
俺は少し考えてみた。
問題は、メグに帰る家がないことなのだ。
だったら。
俺が作ってあげればいいじゃないかと思いついた。
この哀れな少女を救ってあげられるのは、匠である俺しかいない!
家を作った後は、自立できるように手助けをしよう。
俺にそんな器用な真似はできないので、ルーナに頼むが。
「わかった。俺がお前の家を用意してやる」
なんとなく、タメ口になっていたが、子供相手に敬語を使うのも変なのでいいかと思う。
メグは俺の言葉を聞くと、顔をばっと上げてクリクリとした大きな目を見開いた。
「……ほんとうですか?」
「うむ。男に二言はない」
ちょっとメグの仕草が可愛かったので思わずカッコつけてみた。
「ありがとうございます! うわあああん、ご主人様だー!」
メグが泣きながら抱きついてくる。
子犬みたいでちょっと可愛かったが、ご主人様はダメだ。
新たな扉を開けそうになってしまう。
「俺の名前はコウだ。だから、コウと呼べ」
「はい、コウさま!」
メグは泣き笑いの眩しい笑顔で頷いた。
そんなメグの頭を思わずポンポン撫でる。
というか、今、気づいた。
魔法が使えない状態で、どうやって家を建てるのかという件について。
あと、ついでに、セレナの別荘が建設途中である件について。
まあ、それはおいおい考えるというか、未来の俺が悩めばいいのであって、現在の俺には関係のない事だった。
刹那主義ここに極まれりである。
とにかく、俺は山賊のアジトを壊滅させて、装備一式と金銀財宝等の宝物と、一人の少女を拾った。
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