ちょいクズ社畜の異世界ハーレム建国記

油揚メテオ

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第二章 吸血鬼編

第44話 代償 ①

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 目を開けると、カンナさんの顔が見えた。
 カンナさんは優しい赤い瞳で、俺を見下ろすようにしている。

「……やっと気が付きましたね。おはようございます。コウくん」

「……あ……が」

 うまく声が出なかった。
 口の中も、喉もカラカラに乾いていた。

「慌てないで、お水を飲みましょうね」

 カンナさんが水差しのようなもので、水を飲ませてくれる。
 水差しに吸い付くようにして、水を飲み干してしまった。
 一体、どれだけ喉が乾いていたのか。

「げほっ、ごほ……ルーナ、ルーナは?」

 真っ先に知りたいのはルーナの事だった。

「……はあ、まず先に他の女の子の名前を出すなんて。お姉ちゃんはちょっと悲しいです」

 カンナさんは残念そうに、肩をすくめる。
 そして、そっと俺の手を指差した。

 手には相変わらず、赤いヒビが刻まれている。
 ただ、今はそんな事はどうでもよくて。

 俺の手は、真っ白な手に握られていた。
 それは、よく知っている感触だった。

 ゆっくりと横に顔を向ける。

 そこには、ルーナが青白い顔で横になっていた。
 涙をいっぱいに溜めて、顔をぐしゃぐしゃに歪めて、俺を見つめている。

「……ぅ……ぁ……」

 声が出ないのか、ルーナは口を開くが、弱々しい呼吸が漏れるだけだった。
 ただ、その唇の形から、なんとなく俺の名前を呼んでいるのがわかった。

「……ルーナ」

 俺は、目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
 俺の記憶では、ルーナはつい先程まで死相を浮かべていたのだ。
 そんなルーナの目が開いていて、今、俺の名前を呼ぼうとしてくれている。

 この奇跡に、感謝を。

 誰に言うでもなく、俺は心からそう思った。

 そして、酷く気怠い身体を起こしてルーナを抱きしめようとした。
 ルーナの青い瞳から零れる涙は宝石のようで。
 今すぐ抱きしめて拭ってやりたい。
 とにかく、全身でルーナを感じたかった。

「ダメですよ。ルーナお嬢様は絶対安静です。触っちゃいけません。内臓にまで達するような刃傷を受けているのですよ?」

 あっさりとカンナさんに抱きかかえられるようにして、止められた。
 抵抗しようとしたが、身体に全く力が入らない。
 ただ、俺はルーナと握った手になけなしの力を込めた。
 すると、ルーナも弱々しく握り返してくれる。
 それだけで、胸が熱くなってしまう。

「……というかですね」

 突然、カンナさんに首を強引に振り向かされる。
 首からはグキリと変な音がした。

「さっきから、ルーナお嬢様の事ばかり見つめて。さすがの私も妬いちゃいますよ?」

 カンナさんはムスッとした表情をしていた。
 そして、その時初めて、今自分が家のベッドで寝ていたことに気づいた。
 たしか俺は、外でルーナを抱えて倒れたはずだ。

「……カンナさんが俺達を助けてくれたんですか?」

「そうですよ。フィリスもですが。それなのに、お姉ちゃんを無視して、ルーナお嬢様とイチャイチャと……」

「すみませんでした。本当に有難うございます」

 おそらくカンナさんかフィリスが俺達をベッドまで運んでくれたのだろう。
 奇跡に感謝とか思う前に、まずカンナさんにお礼を言うべきだった。

「まったく。しょうがない子ですね」

 カンナさんは小さくため息をつくと、耳元に顔を寄せてきて囁いた。

「……元気になったら、このお礼はたっぷり頂きますからね」

「はい。なんでもします」

 俺の出来ることなら、なんでもしようと思う。
 俺だけはなく、ルーナも助けてもらったのだから。

 そして、カンナさんは俺の頬に軽いキスをしてくれた。
 ちょっと嬉しかった。
 ただ、今はルーナの目が気になる。
 ルーナの前で、こんな事をしたら、ギャン泣きしそうで怖い。
 しかし、ルーナは頬をぷくっと膨らませて、眉根を寄せるだけだった。
 あれ、思ったより軽い。
 なんでだ。

「……カンナ姉様、お水を汲んできました」

 その時、入り口の方からフィリスの声が聞こえた。
 フィリスは水をなみなみと溜めた馬鹿でかい桶を持っている。

 そして、そんなフィリスと目があった。

 桶が床に落ちる。
 水がバシャンと床に撒き散らされた。

「コウ様!」

 フィリスが抱きついてくるのを、力の入らない身体でなんとか受け止める。

「コウ様、コウ様!」

 フィリスは涙を浮かべながら、俺の胸に顔を埋めている。
 随分心配してくれたようだ。
 ただ。

「……あの、フィリス。俺の尻を撫で回すのはやめてもらえますか?」

 フィリスは、なぜか俺の尻を両手で撫で回すというか、揉みまくっていた。
 おっさんか。

「あ、申し訳ありません。嬉しさのあまり、つい……はあはあ」

 フィリスはいきなり全開だった。

「この変態!」

 そんなフィリスの脳天に、カンナさんの拳骨が降ってくる。
 カンナさんの拳骨は凄まじく、一瞬フィリスの顔が潰れたようになるのが見えた。

「ううー、姉様ひどい」

 頭を擦りながら、フィリスが涙目を浮かべている。
 正直、あれだけの衝撃を受けて、それだけで済むのが凄い。

「何をやっているんですか、フィリス。見てみなさい、床がびしょびしょじゃないですか。早く拭きなさい」

 そう言って、カンナさんはフィリスに雑巾を投げつけて、そのままフィリスの頭を踏みつける。
 フィリスは、ぬぐわーとか言いながら抵抗していた。

「あ、あの簡単でいいので、状況を説明してもらってもいいですか?」

 俺はそんな少々バイオレンスな姉妹喧嘩を見るに見かねて、空気を変えようとした。
 対人スキルの低い俺にしてはファインプレーだと思う。

「え? あ、ああ、そうですね」

 しかし、時既に遅く、カンナさんは抵抗するフィリスに馬乗りになって顔面をバキバキ殴っていた。
 吸血鬼の喧嘩ってすげえなと思った。

「こほん、ええと、まずどこから話しましょうか」

「……あの日の朝、私がこちらのお家を訪ねると、コウ様とルーナお嬢様が地面に倒れていたんです」

 フィリスは顔面をしゅーしゅーと再生させながら、話してくれた。
 ついさっきまで、フィリスの顔はモザイクが掛かりそうな程、酷い状態だったのだ。
 それが一瞬で、元通りの綺麗な顔に戻る。
 セレナと同じようにフィリスも再生能力があるらしい。

「コウ様は完全に気絶しているし、ルーナお嬢様は咳き込みながら血を吐いているしだったので、私はすぐにカンナ姉様を呼びに行ったんです」

「……ルーナお嬢様の状態はかなり危険だったので、もう少しフィリスが遅れていたら危ないところだったんですよ」

「……ありがとうございます。フィリス」

 俺はフィリスに頭を下げた。

「い、いえ、そんな! 当然の事をしただけですから」

 フィリスは恐縮したように、両手を開いてばたばた振っている。
 それでも、フィリスがいなかったらルーナは助かっていなかったかもしれない。
 一生フィリスには頭が上がりそうにない。
 尻くらい、いくらでも揉ませてあげよう。

「……それで、ルーナの容態なんですけど」

 俺はルーナを見つめる、
 ルーナの顔色は悪く、全身に全く力が入っていないのがわかる。
 かろうじて、俺の手を握っているだけだ。
 ルーナは首だけを動かして、俺を見つめていた。

「そうですね。背中に斬りつけられた跡がありましたが、不思議と傷は塞がっていました。ただ斬傷は、内臓まで傷つけていたようで、目に見えない部分にまだ傷が残っていました。ここ数日、回復魔法を掛け続けたお陰で、大分よくなられましたが、まだ身体を動かすのはもちろん、声を出すのすらお辛いようです」

「……そうですか」

 あれだけの思いをしたのに、結局、俺はルーナを治しきることはできなかったらしい。
 本当にカンナさんがいてくれなかったらと思うと、ゾッとする。

「ただ確実に快方に向かわれていますよ。最初は仰向けに寝ることすらできなかったんですから」

 俺はルーナの頬をできるだけ優しく撫でた。
 少し体温が高い気がする。
 熱があるのだろうか。
 ルーナは嬉しそうに笑顔を浮かべてくれる。

「まあ、ルーナお嬢様はいいのです。もうしばらくすれば完全に回復されるでしょう。それよりも」

 カンナさんはそこで一旦言葉を切ると、俺に真剣な眼差しを向ける。

「コウくん、問題はあなたの方です。あなたの全身に浮き上がったその赤い筋がなんだかわかりますか?」

 俺は自分の身体を見つめた。
 今気づいたけど、俺はブカブカの白い寝間着のようなものを着せられていた。
 ルーナも同じような服を着ている。
 寝苦しくないように着替えさせてくれたのだろうか。

 そして、俺の身体にはカンナさんの言うとおり、赤いひび割れのような筋がいくつも走っている。
 手足はもちろん、寝間着をめくって腹なども見てみたが、言われた通り全身に赤いひび割れが浮かんでいる。
 鏡がないので確認できないが、顔にも浮かんでいるかもしれない。
 それは、物凄くグロテスクだった。
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