ちょいクズ社畜の異世界ハーレム建国記

油揚メテオ

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第二章 吸血鬼編

第28話 幕間 ルーナとセレナ

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 広い客間の中で、ルーナは一人ぽつんとベッドに腰掛けていた。

 なし崩し的にコウと別れさせられて、一人にされてしまった。
 ただ、ルーナは気づいたのだ。

 これあの吸血鬼の策略ではないかと。
 私をコウから遠ざけて、その隙にあの吸血鬼はコウにエッチな事をするつもりじゃないかと。

 今頃、2人で何をしているんだろう。

 ルーナは顔を青ざめさせながら、一人想像する。


 裸に剥かれて、ベッドに縛り付けられるコウ。
 そこに邪悪な笑みを浮かべた吸血鬼がじりじりと近づいていく。

 やがて、吸血鬼はコウに襲いかかり。

 「ああ、ルーナ。助けてくれ……」

 コウは、そうつぶやきながら顔を背けて、涙を流す。

 そして、ベッドの脇に活けられた大きな赤い花が、その花びらを散らす。


 「……はわわ」

 そんな想像をした所で、ルーナは立ち上がる。
 つかつかと、ドアまで歩き、その扉をガンガンノックする。

「どうされましたか?」

 ドアが僅かに開くと、外に立っていたアンデッドのメイドが声をかけてくる。

「コウの部屋の場所を教えろ」

「申し訳ございません。主人より絶対に教えるなと言われておりますので」

 吸血鬼のメイドが正直に答えるはずもなかった。

「……じゃあ、自分で探しに行くからそこをどけ」

「申し訳ございません。主人より、お客様がこの部屋を出ようとしたら、容赦なくぶん殴って止めろと言われております」

 そう言いながら、メイドは拳を握る。
 拳はメキメキと物凄く硬そうに握られていて、ルーナは思わず後ずさる。

「特に殴るなら、顔を念入りにぶん殴れと申しつかっておりますが?」

 ルーナは自分の頬を撫でながら、青ざめる。
 あんな拳で殴られたら、顔の形が変わってしまうかもしれない。
 コウに嫌われてしまう。

「……ちょっと考え直してみる」

「よろしゅうございました。また、何かございましたらお声がけください」

 メイドはニコリと笑顔を見せると、物凄い音を立ててドアを強く閉める。
 あまりの強さに部屋が僅かにきしむ。

「……なんて恐ろしいメイドだ」

 ちょっと漏らしかけた。

 ルーナはとぼとぼと部屋の中を歩き回りながら、どうしようか考える。

 目を閉じれば、コウの声が聞こえてくる気がする。

「やめろ! 俺はルーナが好きなんだ!」

「ふふ、私があんな小娘の事は忘れさせてあげるわ」

「やめろ、ルーナ、ルーナぁ、アッーーー!」

 目を開くと、全身から冷や汗がだーっと流れ出していた。

 早く助けてやらないと。

 そう思った時、突然ドアがノックされる。

「コウ!」

 ルーナは不意にそんな予感がした。

 もしかしたら、吸血鬼の魔の手を逃れて、ルーナを迎えに来たのかもしれない。
 ルーナは、愛おしさに胸を潰されそうになりながら、ドアを開ける。

「こんばんは、小娘」

 しかし、そこに立っていたのは見たくもない吸血鬼だった。
 無駄に大きな胸を揺らして、ドアの前に立っている。
 あの胸が揺れる度に、イラッとする。

「……こんばんは」

 吸血鬼は図々しくもルーナの許可も得ずに、勝手に部屋に入ってくる。
 そして男に媚を売るようないやらしい仕草で、ベッドに腰掛ける。
 ルーナはセレナの仕草の端々に、言い知れぬ苛立ちを感じるのだ。
 なぜそうエロさを無駄に振りまくのかと。
 男を誘惑しなければ死んでしまう病気なのかと。

「ちゃんと大人しくしていた? 顔が腫れていないところを見ると、フィリスにまだ殴られていないようだけれど」

 フィリスとはあの恐いメイドの事だろうか。
 吸血鬼はルーナを見ながら、ニヤニヤ笑っている。
 吸血鬼め。

「さて、寝る前にちょっと私とお話しない?」

「……しない」

「そう。じゃあ、仕方ないわね。代わりにコウに相手をしてもらいましょう」

 すっと立ち上がる吸血鬼。

「ま、待て! する。お話しするから」

 慌ててルーナはセレナをベッドに座らせる。
 そうだ。
 ここで吸血鬼を足止めしておけば、コウは無事なのだということに気づいたのだ。

「じゃあ、お前も座りなさい」

 セレナは自分の隣をぽんぽんと叩く。
 なぜ吸血鬼の隣なんかに座らなければならないのか。
 そんな事を思いながらも、ルーナはセレナの横に腰を下ろす。
 吸血鬼からは、香水のいい匂いが漂ってきてイラッとした。
 香水の臭いはきつすぎず、ちょうどいい感じなのもまたイラッとした。

「さて、まずはお前の名前を聞かせてもらいましょうか」

「……ルーナ」

「私は本名を聞いているのよ?」

「……本名がルーナだ」

「随分エルフっぽくない名前ね。態度に気をつけなさい、小娘。突然、私が催してコウを襲いに行くかもしれないわよ? 全てはお前次第」

 セレナは遠慮なくルーナの急所をえぐってくる。
 何もかもお見通しな感じがして、ルーナは小さなため息をついた。

「……ルシアリーナ・アルス・ルネ・エリシフォン」

 ルーナが答えると、セレナは静かに笑顔を浮かべる。

「そう。エスメラルダはお元気?」

 突然、出てきた祖母の名前にルーナは驚いた。

「……お祖母様を知っているのか?」

「あら、お前エスメラルダの孫なの? なんか似ているような気がしていたけれど」

「お祖母様……吸血鬼……」

 ルーナはその2つの単語から、昔、祖母にしてもらった話を思い出していた。
 かつて吸血鬼の始まりの存在と旅をしたことがあると。

「……吸血鬼の真祖」

「そうよ。エスメラルダに聞いたのね。あれはもう五百年も前かしらね。エルフは嫌いだけれど、エスメラルダだけは別ね。友達だわ」

 懐かしそうな表情を浮かべる吸血鬼に、ルーナは戦慄する。
 吸血鬼の真祖。
 もはや伝説の存在と言っても過言ではない。
 おそらく世界最強の一人だ。
 そんなモノと自分たちは戦っていたのかと。
 コウの貞操云々の話ではなかった。

「それで? エルフ最大貴族の娘が、なんで人間のエインヘリヤルと一緒にいるの?」

「……うっ」

 ルーナ最大の禁忌に、セレナはあっさりと触れてくる。

「いや、もうあと50年くらいしたら結婚させられそうだったし。その前に、ちょっと世界を見て回ろうかと思って旅をしていたら、あいつに出会って、その、うっかり……」

「……うっかり惚れて、居着いちゃったの?」

「うん……」

「呆れた。お前馬鹿なの? 貴族としての自覚はないの?」

「ううっ……」

 セレナに説教されながら、ルーナは徐々に小さくなっていく。

 ルーナにだって言い分はある。
 初めはそんな気はまったくなかった。
 旅の途中の一夜の過ちくらいに考えていた。
 ただ毎日のように求められ、純真な愛情を向けられ続けていたら、気づいたときには、抜け出せない泥沼に嵌っていたのだ。
 最近は自分の出自のことはすっかり忘れて、コウの事しか考えていなかった。

「どうするつもり? エスメラルダが知ったら、物凄く怒るでしょうね。言っておくけど私でも止められる自信はないわよ」

 世界最強の吸血鬼にそんな事を言わしめる祖母の恐ろしさに、青ざめるルーナ。
 確かに祖母がコウとの事を知ったら、烈火の如く怒って、私を連れ戻そうとするだろう。
 しかし、ルーナにも考えがあるのだ。

「……そ、その、既成事実を作ってしまおうかなって」

 そう言いながら、ルーナは自分のお腹を撫でる。
 いくら祖母でも子供ができてしまったら強く出られないのでないかと思うのだ。
 むしろ祖母にとってはひ孫だ。
 暖かく祝福してくれるかもしれない。
 だいたい、あれだけ毎日行為に及んでいるのだ。
 もう出来ていたっておかしくはない。

「…………」

 セレナが遠い目をしている。
 ルーナは吸血鬼の反応を見て、少し不安を覚えた。

「はっ!? 小娘が馬鹿すぎて、ちょっと気を失っていたわ。お前、いい加減にしなさい? 浅はかにも程があるわよ? 薄っぺらいのは、胸だけにしなさい?」

 立て続けにセレナに罵倒される。
 グサグサと全てのセリフが胸に突き刺さるのを感じながらも、ルーナは呻くばかりで反論できない。

「……それに、これを言いに来たのだけれど、英霊(エインヘリアル)と言うものはね。神が絶望の淵に立たされた人類を救うために遣わせたものなの」

 そのセリフにルーナはきゅっと身を固くする。

「…………」

「あの子は、お前の夫として平穏な人生を終えることはないわ。そんな事は神々が許さない。それにわかっていて? 神があの子を遣わせたということは、これから人類に窮地が訪れると言うことなのよ?」

「……そんな事は、勇者だと思った時から覚悟はしている。それでも、私はあいつと一緒にいたいんだ。おま……、あなたはあいつを戦場に送り出したほうがいいと思うのか?」

「私達がどう思うか関係なく、あの子は、時が来ればひとりでに戦場に赴くわ。神の意思で強制的にね」

「…………」

 ルーナは何かに耐えるように、唇を噛みしめる。

「私が言いたいのは、覚悟するならその事も覚悟しなさいということよ。あの子と添い遂げたいと言うのであれば止めはしないわ。エスメラルダにも黙っていてあげる。でも、生半可な覚悟ではダメ。普通の理想の未来を思い描いていては、お前は擦り切れてしまうわよ?」

「……うん」

 小さく頷くルーナを見て、セレナは小さくため息をつく。
 本当に馬鹿な娘だと思う。
 若すぎて感情を持て余している。
 ただ、なぜかしら。
 親友の孫だというこの娘は、なぜこうも愚かで。

「……馬鹿な子ね」

 こんなにも愛おしいのだろうか。
 セレナは、力なく項垂れるルーナをそっと抱きしめるのだった。

 ルーナはその大きな胸に抱きしめられて、かなり嫌そうにしていたが、それでもその暖かさにどこか安心感を覚えて、静かに目を閉じた。

「……ちなみに言っておくけれど、あの子が私の魅力にメロメロになって、お前を捨てても、私達を恨んではダメよ? お前は大人しく実家に帰って、どっかの貴族の子供でも産みなさい」

「……なっ!」

 ルーナが咄嗟に顔をあげる。

「あら、あの子だって年頃の男よ? お前みたいな小娘と、魅力あふれる私が並んでいたら、私を選ぶに決まっているでしょう?」

「……このババア!」

 ルーナが言ってはいけない事を口にする。
 セレナはにっこりと微笑むが、その赤い瞳は全く笑っていない。

 夜更けの城で、紫色の雷光が一瞬光って消えた。
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