忍びしのぶれど

裳下徹和

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第四章

⑽ 乱戦

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 牛込橋を渡り、皇居へとつながる道を進む。飯田町で政府軍と反乱軍が戦っているところに出くわした。双方銃身は焼け、弾薬も尽き、刀を抜いて白兵戦を繰り広げている。
 猿叫と共に反乱軍の兵士が肉塊へと変わる。石走の豪剣が、次々に敵を屠っていった。
「石走。やったぞ!」
 跳が呼びかけると、石走が一瞬目を向け、うなずく。
「敵の榴弾砲は破壊した。帝に弓引く逆賊を殲滅するぞ!」
 普段は訥々と語る石走の大声が戦場に響き渡り、政府軍の士気が、肌で感じられる程高揚した。
 跳も拳銃を発砲して敵を倒し、弾が切れたら、落ちている刀を拾って戦う。
 火煙、砂煙、硝煙がたちこめ、怒号と悲鳴が交錯し、血と臓物の臭いが鼻をつく。弾が尽き、刀も折れた者は、殴り合い、取っ組み合い、殺意をぶつけ合っていた。
 跳が死にもの狂いで刀を振り回していると、立っている敵がいなくなっていた。血と油と泥にまみれた政府軍の者が、敵をさがして血走った目であたりを見回しているだけだ。
 誰かが勝利の雄叫びをあげ、皆がそれに続く。夕暮れ時の真っ赤な空に、男達の声がこだました。
 跳は声をあげる余力もなく、構えていた刀を降ろす。
 石走も生きのびていた。警帽はなく、髪はほつれ、自分のものか他人のものかわからない血で汚れていたが、しっかりと二本の足で立っている。そんな地獄の鬼の方がましとも思える姿で、跳にかすかな笑みを向けてきた。
 顔についた血が固まりかけ、表情をつくるのを妨害してきたが、無理矢理笑みを浮かべ、跳は石走に向けて手を上げる。
 皇居から走ってきた伝令兵が、大声で告げた。
「永牟田大佐率いる援軍が到着したそうです」
 もう勝負は決した。残った仕事は残党狩りくらいだ。
「肥前の奴らは、いつも参戦が遅い」
 石走の一言に、まわりの兵が苦笑いする。
 とにかく一応の勝利はおさめた。日和見の永牟田が、反乱軍につくことはないだろう。
 神楽坂を見上げると、二十八センチ榴弾砲の爆発で起きた火災が、消し止められつつあった。消防団の活躍によるものだろうが、こんなに早く消し止められたとすると、戦闘が繰り広げられている最中から消火活動に励んでいたことになる。命知らずな者達だと、跳は内心あきれた。
 反乱軍首謀者の葛淵親子は逃亡しているが、すぐに捕まり、今までの反逆者と同じ道をたどることだろう。
 永牟田大佐率いる軍が、敗走兵の探索に取りかかろうとするのを、緩んだ気持ちで見ていた跳の心に、一抹の不安が去来した。
 勝敗は決したものの、葛淵父はともかく、息子の方が潔く腹を切るとも思えない。最期にひと暴れしそうだ。実際、大義名分を掲げて戦っていた侍達が、負けた途端に野盗化し、村を襲った例などいくらでもある。
 あの葛淵武次郎がやりそうなこと……。
 跳は嫌な予感に思い当たり、誰か様子を見に行ってくれそうな者をさがす。永牟田大佐の部隊は、葛淵の家や、板橋の軍事工場をおさえる為に出発してしまった。他の兵は疲労困憊で、動ける状態ではない。
 疲れて倒れ込みそうな体に鞭打って、跳は再び走り出した。
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