忍びしのぶれど

裳下徹和

文字の大きさ
上 下
58 / 60
第四章

⑽ 乱戦

しおりを挟む
 牛込橋を渡り、皇居へとつながる道を進む。飯田町で政府軍と反乱軍が戦っているところに出くわした。双方銃身は焼け、弾薬も尽き、刀を抜いて白兵戦を繰り広げている。
 猿叫と共に反乱軍の兵士が肉塊へと変わる。石走の豪剣が、次々に敵を屠っていった。
「石走。やったぞ!」
 跳が呼びかけると、石走が一瞬目を向け、うなずく。
「敵の榴弾砲は破壊した。帝に弓引く逆賊を殲滅するぞ!」
 普段は訥々と語る石走の大声が戦場に響き渡り、政府軍の士気が、肌で感じられる程高揚した。
 跳も拳銃を発砲して敵を倒し、弾が切れたら、落ちている刀を拾って戦う。
 火煙、砂煙、硝煙がたちこめ、怒号と悲鳴が交錯し、血と臓物の臭いが鼻をつく。弾が尽き、刀も折れた者は、殴り合い、取っ組み合い、殺意をぶつけ合っていた。
 跳が死にもの狂いで刀を振り回していると、立っている敵がいなくなっていた。血と油と泥にまみれた政府軍の者が、敵をさがして血走った目であたりを見回しているだけだ。
 誰かが勝利の雄叫びをあげ、皆がそれに続く。夕暮れ時の真っ赤な空に、男達の声がこだました。
 跳は声をあげる余力もなく、構えていた刀を降ろす。
 石走も生きのびていた。警帽はなく、髪はほつれ、自分のものか他人のものかわからない血で汚れていたが、しっかりと二本の足で立っている。そんな地獄の鬼の方がましとも思える姿で、跳にかすかな笑みを向けてきた。
 顔についた血が固まりかけ、表情をつくるのを妨害してきたが、無理矢理笑みを浮かべ、跳は石走に向けて手を上げる。
 皇居から走ってきた伝令兵が、大声で告げた。
「永牟田大佐率いる援軍が到着したそうです」
 もう勝負は決した。残った仕事は残党狩りくらいだ。
「肥前の奴らは、いつも参戦が遅い」
 石走の一言に、まわりの兵が苦笑いする。
 とにかく一応の勝利はおさめた。日和見の永牟田が、反乱軍につくことはないだろう。
 神楽坂を見上げると、二十八センチ榴弾砲の爆発で起きた火災が、消し止められつつあった。消防団の活躍によるものだろうが、こんなに早く消し止められたとすると、戦闘が繰り広げられている最中から消火活動に励んでいたことになる。命知らずな者達だと、跳は内心あきれた。
 反乱軍首謀者の葛淵親子は逃亡しているが、すぐに捕まり、今までの反逆者と同じ道をたどることだろう。
 永牟田大佐率いる軍が、敗走兵の探索に取りかかろうとするのを、緩んだ気持ちで見ていた跳の心に、一抹の不安が去来した。
 勝敗は決したものの、葛淵父はともかく、息子の方が潔く腹を切るとも思えない。最期にひと暴れしそうだ。実際、大義名分を掲げて戦っていた侍達が、負けた途端に野盗化し、村を襲った例などいくらでもある。
 あの葛淵武次郎がやりそうなこと……。
 跳は嫌な予感に思い当たり、誰か様子を見に行ってくれそうな者をさがす。永牟田大佐の部隊は、葛淵の家や、板橋の軍事工場をおさえる為に出発してしまった。他の兵は疲労困憊で、動ける状態ではない。
 疲れて倒れ込みそうな体に鞭打って、跳は再び走り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

【武田家躍進】おしゃべり好きな始祖様が出てきて・・・

宮本晶永(くってん)
歴史・時代
 戦国時代の武田家は指折りの有力大名と言われていますが、実際には信玄の代になって甲斐・信濃と駿河の部分的な地域までしか支配地域を伸ばすことができませんでした。  武田家が中央へ進出する事について色々考えてみましたが、織田信長が尾張を制圧してしまってからでは、それができる要素がほぼありません。  不安定だった各大名の境界線が安定してしまうからです。  そこで、甲斐から出られる機会を探したら、三国同盟の前の時期しかありませんでした。  とは言っても、その頃の信玄では若すぎて家中の影響力が今一つ足りませんし、信虎は武将としては強くても、統治する才能が甲斐だけで手一杯な感じです。  何とか進出できる要素を探していたところ、幼くして亡くなっていた信玄の4歳上の兄である竹松という人を見つけました。  彼と信玄の2歳年下の弟である犬千代を死ななかった事にして、実際にあった出来事をなぞりながら、どこまでいけるか想像をしてみたいと思います。  作中の言葉遣いですが、可能な限り時代に合わせてみますが、ほぼ現代の言葉遣いになると思いますのでお許しください。  作品を出すこと自体が経験ありませんので、生暖かく見守って下さい。

満州国馬賊討伐飛行隊

ゆみすけ
歴史・時代
 満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。 

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。  だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。 その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

妖戦刀義

和山忍
歴史・時代
 時は日本の江戸時代初期。   とある農村で、風太は母の病気を治せる人もしくは妖怪をさがす旅に出た父の帰りを待っていた。  しかし、その父とは思わぬ形で再会することとなった。  そして、風太は人でありながら妖力を得て・・・・・・。     ※この物語はフィクションであり、実際の史実と異なる部分があります。 そして、実在の人物、団体、事件、その他いろいろとは一切関係ありません。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...