忍びしのぶれど

裳下徹和

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第四章

⑹ 選択の理由

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 御所に向けて走りながら、跳は考える。
 西郷従道率いる正規軍と、葛淵辰之助率いる反乱軍どちらに届けるべきだろうか。どちらが正義かなんて、わかるわけもない。どちらにつくのが有益か考えねばならない。九州での戦争は、このままなら政府軍の勝利だと思うが、反乱軍が東京をおとせば話は変わってくる。
 このまま明治政府が存続しても底辺のままなら、反乱軍に乗ってみるのも良いかもしれない。
 三宅坂の参謀局へ向かって進んでいた跳の足の動きが鈍る。
 心が定まらない。
 振り向いた場所にある街並みは、これから戦いが起こることも知らず、平穏そのもので、一人思い悩む跳が滑稽に思える程のどかだ。こんな平和な生活を与えてくれるのは、政府軍と反乱軍どちらなのだ。考えてみても、わかるわけもない。
 どちらが正義かわかれば正義につく、どちらが利益を与えてくれるのかわかればそちらにつく、勝つ方がわかれば勝つ方につく。わからないから迷うのだ。
 考えをめぐらせていると、石走やその家族に不幸が訪れるのは心苦しいが、反乱軍に跳の心が傾いてきた。
 横浜で襲ってきた邦護連の者達。赤報隊の残党。桐桑とその仲間。体制側に楯突いて、はね返された者達の顔が浮かんでくる。あいつらが正しく、自分が間違っていたのではないだろうか。
 過去の自分の選択全てが誤りの気がして、跳の足が止まる。
 どちらの道を選んでも後悔するのだろう。いっそのこと石走の書状を破り捨てて、どこか遠くへ逃げてしまおうかと思い始めた。
 跳は鞄に手を入れ、石走の書状を取り出そうとするが、手につかんでいたのは別の封筒だった。今日の配達は既に終わったはずだ。いぶかしみながら手紙を見る。子供のような字で、るざきはねるさま、と書かれていた。
 封筒から中の紙を出し読む。

「はねるさん お したてます るま」

 汚い字だ。文もおかしい。だが、進むべき道が見えた。
 跳は参謀局へ向かって駆け出す。反乱軍は日本の西洋化に異を唱えている。キリスト教も大嫌いだ。やつらが天下を獲れば、るま達は迫害される。例え自分が底辺であがき続けようとも、るまが自分のものにならなくとも、このまま時代を進めなければいけない。
 跳は足を速める。郵便配達夫が出す速度ではない。街の人々は不思議そうな顔で眺めるが、開戦間近であることに気付いている人は、まだいない。
 石走の情報が確かなのなら、反乱軍は板橋の軍事工場から武器弾薬を運んできている。行軍速度は遅いはずだ。走れば充分間に合う。
 皇居の西側を進み、三宅坂の参謀局を目指す。あそこで執務している西郷従道に石走の書状を渡し、近くの陸軍練兵場の兵を動かせば、皇居の陥落はひとまず防げる。後は関東近郊に駐留している軍が応援にくれば、反乱軍を鎮圧出来るはずだ。
 皇居を守る兵達が、全力で駆けていく跳を疑わしい目で見ている。反乱軍が進行していることを教えてやりたいが、ここで足止めを食うと、肝心の西郷従道にたどり着くのが遅れる。跳はそのまま足を進めた。
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