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第三章
➃ 言文一致
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るまとの銀座散策は、二人の距離を急激に縮めることはなかった。思うような結果とはいかず、跳の心にすき間が生まれた。
そのすき間に入り込んできたのは、殺したはずの忍びの首領三廻部焔膳だった。
誰もいない場所に殺気を感じ、意味もなく身構えてしまう。後ろに気配があれば、急いで振り向き、関係ない人を驚かせてしまう。今まで自分を隠してくれていたはずの闇に対しても、恐怖を感じる。狩る者から狩られる者へ、立場が変化したようだった。
ふと、いつもは無愛想な石走が、声をかけてきたことを思い出す。もしかすると、三人の焼死体は、三廻部焔膳の犯行なのかもしれない。だから、元忍びの跳に探りを入れてきたのではないか。
上野戦争の時、確かに殺したはずだが、仕留め損ねていたのだろうか。それとも、殺したのは影武者だったのか。
三廻部との戦いが、もっと手応えのあるものだったら、自分の勝利を実感出来ていたかもしれない。あまりに呆気ない三廻部の死は、跳に終幕を与えてくれなかった。過去の呪縛から自分を解き放つには、事件の真相を突き止めねばならない。跳は動き出すことにした。
焼死体事件について調べてみようと思ったものの、川路大警視に直接会いに行くのは禁じられているし、石走に情報を求めて、見返りにただ働きさせられるのもしゃくなので、前島密にさぐりを入れることにした。
るまと見た時は瀟洒に思えた新駅逓寮も、今日は煤けて感じる。
見物人を尻目に新駅逓寮に入り、前島のいる駅逓頭室に向かう。
洒落た洋室の中で、執務机前で椅子に腰掛けたまま、前島は跳に応じた。
跳が、焼死体事件について尋ねると、前島は顔をしかめて返してくる。
「あの事件については、私は何も知らん。川路さんからも、特に指示はきていない。余計なことに首を突っ込むな」
嘘を言っている様子はない。本当に何も知らないようだ。
「それより留崎跳。少し意見を聞きたいことがある。郵便をもっと広めるには、どうしたら良いと思う?」
急に振られた前島からの質問に、跳は思いを巡らせる。浮かんできたのは、字を読み書き出来ず、悲しい顔をするるまだった。
「字を読み書き出来る人を、増やすことだと思います」
跳の答えに、前島は大きくうなずく。
「そうだな。人々が読み書き出来ないのでは、郵便が広まるはずもない。教育は重要だ」
明治五年に学制が発布され、教育制度は発展してきているが、まだまだ先は長い。
前島は興に乗ってきたのか、熱っぽく話を続ける。
「国家主体の教育制度を整えるのは当然だが、読み書きが広がらない理由の一つに、口語と文語が違うことがある」
現在の日本では、話し言葉と書き言葉の乖離が甚だしい。ほぼ別物だ。前島の言う通り、読み書きが思うように広まらない一つの要因だろう。
「話し言葉も統一して欲しいですね」
跳の意見に、前島はさらに深くうなずいた。
明治に入ってからも方言は残っており、同じ日本国内でも、意思疎通が出来ない場合が多々ある。
学校では、通語という標準的日本語とされるものを教えているが、通語そのものが、まだ定まり切っていないのが実情だ。
「日本語を統一し、言文一致を成し、流入してくる外国語にも対応する。それを乗り越えねば、日本は前に進めん。そこに尽力するのが、我々の役目だ」
郵便だけでなく、実際に教育にも携わっている前島を。跳は畏敬の目でみつめる。明治政府の中では、縁の下の力持ちなどと呼ばれているが、跳からすれば、新しき時代を創造する偉人だ。
前島の下で、重要な仕事の一端を担っている。それを感じることにより、桐桑に覚えた僻みは多少薄れたが、今度は前島に対し劣等感を覚え始める。旧時代の破壊には多少携わったが、新時代など創り出していない。先を見通す力があれば、前島のような人間になる道もあったのだろうか。
「どうした留崎跳」
前島に声をかけられ、ぼんやりしていた跳は我に返った。
「郵便や、言語の統一で、日本を一つにします」
自分が与える影響など無に等しいとは思いつつも、前島に威勢の良い言葉を返し、何も解決しないまま、跳は駅逓寮を後にした。
そのすき間に入り込んできたのは、殺したはずの忍びの首領三廻部焔膳だった。
誰もいない場所に殺気を感じ、意味もなく身構えてしまう。後ろに気配があれば、急いで振り向き、関係ない人を驚かせてしまう。今まで自分を隠してくれていたはずの闇に対しても、恐怖を感じる。狩る者から狩られる者へ、立場が変化したようだった。
ふと、いつもは無愛想な石走が、声をかけてきたことを思い出す。もしかすると、三人の焼死体は、三廻部焔膳の犯行なのかもしれない。だから、元忍びの跳に探りを入れてきたのではないか。
上野戦争の時、確かに殺したはずだが、仕留め損ねていたのだろうか。それとも、殺したのは影武者だったのか。
三廻部との戦いが、もっと手応えのあるものだったら、自分の勝利を実感出来ていたかもしれない。あまりに呆気ない三廻部の死は、跳に終幕を与えてくれなかった。過去の呪縛から自分を解き放つには、事件の真相を突き止めねばならない。跳は動き出すことにした。
焼死体事件について調べてみようと思ったものの、川路大警視に直接会いに行くのは禁じられているし、石走に情報を求めて、見返りにただ働きさせられるのもしゃくなので、前島密にさぐりを入れることにした。
るまと見た時は瀟洒に思えた新駅逓寮も、今日は煤けて感じる。
見物人を尻目に新駅逓寮に入り、前島のいる駅逓頭室に向かう。
洒落た洋室の中で、執務机前で椅子に腰掛けたまま、前島は跳に応じた。
跳が、焼死体事件について尋ねると、前島は顔をしかめて返してくる。
「あの事件については、私は何も知らん。川路さんからも、特に指示はきていない。余計なことに首を突っ込むな」
嘘を言っている様子はない。本当に何も知らないようだ。
「それより留崎跳。少し意見を聞きたいことがある。郵便をもっと広めるには、どうしたら良いと思う?」
急に振られた前島からの質問に、跳は思いを巡らせる。浮かんできたのは、字を読み書き出来ず、悲しい顔をするるまだった。
「字を読み書き出来る人を、増やすことだと思います」
跳の答えに、前島は大きくうなずく。
「そうだな。人々が読み書き出来ないのでは、郵便が広まるはずもない。教育は重要だ」
明治五年に学制が発布され、教育制度は発展してきているが、まだまだ先は長い。
前島は興に乗ってきたのか、熱っぽく話を続ける。
「国家主体の教育制度を整えるのは当然だが、読み書きが広がらない理由の一つに、口語と文語が違うことがある」
現在の日本では、話し言葉と書き言葉の乖離が甚だしい。ほぼ別物だ。前島の言う通り、読み書きが思うように広まらない一つの要因だろう。
「話し言葉も統一して欲しいですね」
跳の意見に、前島はさらに深くうなずいた。
明治に入ってからも方言は残っており、同じ日本国内でも、意思疎通が出来ない場合が多々ある。
学校では、通語という標準的日本語とされるものを教えているが、通語そのものが、まだ定まり切っていないのが実情だ。
「日本語を統一し、言文一致を成し、流入してくる外国語にも対応する。それを乗り越えねば、日本は前に進めん。そこに尽力するのが、我々の役目だ」
郵便だけでなく、実際に教育にも携わっている前島を。跳は畏敬の目でみつめる。明治政府の中では、縁の下の力持ちなどと呼ばれているが、跳からすれば、新しき時代を創造する偉人だ。
前島の下で、重要な仕事の一端を担っている。それを感じることにより、桐桑に覚えた僻みは多少薄れたが、今度は前島に対し劣等感を覚え始める。旧時代の破壊には多少携わったが、新時代など創り出していない。先を見通す力があれば、前島のような人間になる道もあったのだろうか。
「どうした留崎跳」
前島に声をかけられ、ぼんやりしていた跳は我に返った。
「郵便や、言語の統一で、日本を一つにします」
自分が与える影響など無に等しいとは思いつつも、前島に威勢の良い言葉を返し、何も解決しないまま、跳は駅逓寮を後にした。
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