忍びしのぶれど

裳下徹和

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第二章

12 明治六年の政変

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 跳は栄雲を背負い赤坂へ向けて歩いた。横にはるまも従っている。一緒に来ることは危険が伴うとも思ったが、残党の遺体が放置された聖堂に残すのは気が引けて連れてきた。
 道中に会話はなく、跳達は黙々と足を動かす。
「跳さんは、お侍さんだったのですか?」
「侍の端くれではありました」
 忍びも武士身分ではある。嘘は言っていない。
 跳の裏の仕事も大方目星がついている栄雲は、何も言わず、跳の背に体を預けていた。
「忍びだったのですか?」
 外界から閉ざされて生活していたような人でもわかってしまうのかと、跳は心の中でため息をつく。
「どうしてそう思います?」
 忍びは汚れ仕事をする裏方なので、武士からだけでなく、他の身分の者からも蔑まれていた。跳にとって、触れられたくはない過去だ。
「さらわれた子供を助けてくれたり、先程もすごい動きで敵をやっつけていたので……」
 るまの言葉は歯切れが悪い。本当は卑怯な戦い方だったと言いたいのだろう。
「まあ、そんなところです」
 今更否定しても無駄なので、跳はやんわりと肯定した。
 栄雲は背負われたまま、気まずい沈黙を続ける。
 るまが暗い地面に目を向けながら、絞り出すように言った。
「たくさん恐ろしいことをしたのですか?」
 たくさん殺し、たくさん裏切った。とても言葉に出来ない程に。
 跳の沈黙から、凄惨で暗い過去を察したるまが、優しく語りかける。
「悔い改めれば、神はお許しになられます」
 跳に信心などないが、やけにるまの言葉が心にしみる。
 もともと権力や富を求めて倒幕を目指したわけではないが、新しき時代でも地べたをはいずり回り、手を汚している自分に満足してはいない。むしろ旧世界を壊すことばかりに固執し、新世界での生き方を考えなかった自分の小ささに失望している。これからも権力や富とは縁遠い人生を歩んでいくことだろう。信仰をよりどころに、心の平穏を目指すのも一つの道ではある。
 そんな思いにとらわれながら足を動かしていると、賊にも軍にも警察にも会わず、赤坂東御所の前に到着した。
 御所の中に灯りが見えるが、岩倉はまだいるのだろうか、夜遅くまで働いている噂が本当であることを願う。
 三人で御所を眺めていると、おもむろに門が開き、中から馬車から出てきた。
 栄雲が跳の背から降り、肩を借りて馬車に歩み寄る。
「岩倉様お待ちください!」
 御者は、近付いてきた栄雲達に露骨な警戒を見せた。
「何者だ?」
「昔の名は綾小路公房、今は出家して栄雲と名乗っております」
 その声を聞いて、岩倉が窓から顔を出す。
「公房か」
「お渡ししたいものがあり、参じました」
 苦悶の表情を浮かべつつ、栄雲は一人で進み、窓から見下ろす岩倉に勅書を差し出した。
「これは太政官発行の赤報隊を皇軍と認める勅書です。赤報隊は偽官軍などではなかったのです。どうか汚名を晴らして下さい」
 岩倉は表情も変えずに馬車から降りてきて、おもむろに勅書を受け取る。馬車の先頭に下げられた提灯の明かりで勅書の内容を確認し、栄雲へ言った。
「赤報隊の名誉を回復しよう」

 その後、すぐに相楽総三が処刑された下諏訪に、慰霊の石碑がつくられたが、赤報隊全体の名誉回復はなされていない。岩倉の二枚舌に引っかかったのだろうか。
 明治政府を二分していた政争は、西郷の訪韓が天皇の許可が出ていたのにも関わらず、岩倉の意見書によって取りやめられた。赤報隊の勅書が影響したのかは定かではない。
 それにより西郷とその一派の者達は下野。韓国への武力行使はなくなり、徴兵制も正式に決定した。
 日本に帰ってきた川路利良は、西郷と共に下野することなく明治政府に残り、警視庁大警視に就任した。西欧視察の経験を活かし、警察組織に構築に勤しんでいる。赤報隊の勅書の件に関しては、何も言葉にすることはなかった。
 西郷達が去った後の明治政府の中心を担う者達は、西洋化を推し進め。士族の権限を奪い、富める者はさらに富み、貧しき者はさらに貧しくなる政策を行っていった。

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