忍びしのぶれど

裳下徹和

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第二章

11 使い捨ての者達

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 派手な音を立てて扉が板の間に倒れ、次々と残党達がなだれ込んでくる。
「綾小路どこだ。出てこい!」
 残党達は口々に叫び、あたりを見回した。
 跳はまだ合図を出さない。全員が入ってからだ。
「元公家の坊さんが切支丹の教会に隠れるとは、神も仏も笑ってやがるぜ!」
 最後の一人が聖堂内に入った。跳は合図の口笛を吹く。
 合図に反応したるまが、物陰に隠れたままマッチを擦り、導火線に火をつけた。
 跳は目を閉じ、まぶたの上を手で覆った。
 弾丸を分解して中から取り出した黒色火薬を、聖書を破った紙で包んでつなげ、導火線を作った。その導火線にるまが火をつけ、火が進んでいく先には、聖書の紙で作った固まりが待っている。火薬を絶妙に使い、空気を上手く含ませておいた。瞬時に燃え上がり、すぐに燃え尽きる。
 紙のかたまりは一気に燃え上がり、燃え上がった炎に残党達は驚き釘付けになった。そして炎は、紙が炭になると同時に幻の様に消え失せ、聖堂に再び暗闇が訪れた。
 跳は覆っていた手を外し、暗闇に慣れたままの目で聖堂内を見渡した。何も見えず困惑する残党達の姿がある。人間の目は、暗闇に慣れようとしている時に強烈な光を受けると、一瞬何も見えなくなる。残党達の目がくらんでいるこの数秒が勝負だ。
 足音もなく動き、戸惑う男の首に握りしめた棒手裏剣を突き立てる。すぐに引き抜き、次の男へ向かう。二人目も突き刺すと、短い悲鳴を上げて倒れた。
 闇の中で恐怖にかられた者達が刀を振り回し、同士討ちを始めた。仲間の刀により二名倒れ、残り三人。
 もうすぐ敵の目が闇に慣れ始める。勝負を急がねばならないが、闇雲に刀を振り回す相手には迂闊に近付けない。疲れて動きを止めるのを待って近付き、首に棒手裏剣を突き刺す。残り二人。
 残党の一人がマッチを擦り、提灯に火を入れようとしている。マッチやろうそく程度の光で目はくらまない。良い的になるだけだ。跳は棒手裏剣を投げつけて男の胸に命中させる。そして、落ちている刀を拾い斬り倒した。残り一人。
 提灯は土間に落ちたものの、ろうそくの火は消えず、聖堂の中をぼんやりと照らしている。残り一人の視線は、しっかりと跳をとらえていた。
「卑怯者め」
 仲間を失っても男の戦意は衰えていない。刀を構え、跳ににじり寄ってくる。
「卑怯者? そういうことは、生き残ってから言いな」
 跳も刀を構え、間合いをつめた。
「生き残るさ。生き残って赤報隊の汚名をそそいでやる。俺達は尊王攘夷の志しのもとに集まり、錦の旗を掲げて戦った。年貢半減をふれる許可をもらった。なにより皇軍であるという勅書をもらった。俺達は偽官軍なんかじゃない!」
 男が斬りかかってきたのを跳はかわす。
「お前らが赤報隊の名前を使って国家転覆なんか狙わなければ、いくらでも汚名をそそいでやったよ」
 跳も攻撃するが、敵のからだをとらえることはなかった。
「裏切り者に天誅を加えて何が悪い。明治政府の奴らは、俺達を使い捨てにしたのだ」
 敵の言葉を聞き、使い捨て要員だった昔の自分と重ね合わせ、跳は動きが鈍る。敵の刃がすんでのところをかすめていった。
 赤報隊の残党は、怒りに燃える表情で怨嗟の言葉を吐き出す。
「政権を奪いたいがために、都合の良いことばかり言いやがって。奪った末作り上げたものは何だ。これのどこが尊王だ。どこが攘夷だ。街のど真ん中に邪教の館が建っているぞ」
 一旦間合いをとって体勢を立て直し、叫びながら跳は斬りかかった。
「使い捨てだと? お前が弱かっただけだろうが!」
 使い捨てにされた忍びの仲間達が頭をよぎり、自分の言葉が自分の胸に突き刺さる。
「利用されて見捨てられる。そんなわかり切ったことに気付かなかったのか!」
 跳は怒鳴りながら思う。昔の自分の境遇のようだと。それでも攻撃の手は緩めず、刀を振った。
「略奪、暴行、散々汚いことをしてきたのだろう!」
 跳も散々手を汚してきた。汚れきったその手で突きを繰り出し、残党の体を浅く切り裂く。
「命令に背き、勝手な行動をとったのだろう!」
 二重の間諜をしていた者が、どの口で言うのだろう。敵も攻撃を繰り出してくるが、跳にはかすりもしなかった。
「それで悲劇の英雄気取りか!」
 悲し過ぎて称えるしかなかった仲間たちの死を思い出す。心は滅入っていくのに、跳の動きは増していった。
「お前は死に場所を見誤ったただの罪人だ!」
 叫べば叫ぶほど、自分の心に刺さる。
敵も負けじと刀を振ってくる。反撃をかわし、跳は言葉を吐き出しながら刀を振るった。
「大した志もなく、勝ち馬に乗ろうとしただけなのに正義を気取るな!」
 共に江戸で騒乱を起こした相楽総三を思い出す。新時代に大志を抱いていた。
「新しい時代に、お前の居場所はないんだ!」
 跳は刀で斬る振りをして手裏剣を投げつけた。胸元に刺さり、男は苦痛の声をあげる。
「もう一度時代を変えたとしても、お前は使い捨てのままだ!」
 跳が繰り出した刀は、男の胸を刺し貫いていた。
 静寂が戻った聖堂の中で、倒れた男達を見下ろす。跳は刺し貫いたはずなのに、刺し貫かれた気持ちだった。
 るまの方に振り向くと、おびえた眼差しで跳を見ていた。人を殺すところを見られたのだから仕方ない。目がくらんでいる間に勝負をつけるつもりだったが叶わなかった。普段るまに嫌われたら、どん底まで落ち込みそうだが、今はそんな気分にすらなれない。
 るまから目をそらし、栄雲のもとへ跳は歩き、弱々しい声で言った。
「赤報隊の汚名を晴らしに行きましょう」

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