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第一章
十七 忍びと犬と猿
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再び襲撃されるおそれもある。跳は倒した男の刀を拝借し、腰に差した。
しばらく言葉もなく歩いた。その間も石走と藤田は周囲に目を光らせている。
藤田が唐突に沈黙を破った。
「お前、ただの郵便配達夫じゃねえな」
跳は内心動揺したが、それを表に出さずとぼけてみせる。
「さっき二人倒すところを横目で見ていた。飛脚あがりの郵便屋の動きじゃなかった」
「そんな……。やみくもに振り回したら運良く当たっただけですよ」
ごまかしてみるが、跳をにらむ藤田の目は、疑念に満ちている。
黙ってはいるが、石走も何かを思っているようだ。
「お前は忍びか?」
こんな短い時間で見抜いた藤田の勘に感嘆しつつも、跳は否定した。
「違いますよ」
三人は馬車道を東海道に向けて進む。疑心にあふれた会話はしつつも、まわりに注意を配るのは怠らない。
「お前が鞄に入れている書状は、本当に切支丹に関連したものなのか?」
そこの部分については嘘をついていない。しかし、正体を隠していることで、余計な疑いを持たれてしまったようだ。
「一体何を隠している」
藤田が刀の鯉口を切った。
跳は藤田の顔をみつめながら考える。この距離この体勢では、刀を抜こうが銃を抜こうが、藤田に勝つことは出来ない。先程の戦いを見る限り、藤田が裏切り者とも思えない。正体を明かして仕事がなくなったら、その時はその時だ。
「俺は昔、徳川の忍びでした。今は新政府で川路邏卒総長長の下で働いています。正体は隠していましたが、今回の任務に嘘はありません」
藤田は跳をみつめ、刀をもとに戻し、吐き捨てるように言う。
「時代が変わっても、こそこそと嗅ぎ回っていやがるのか」
藤田の言葉には、明らかに侮蔑の意図が込められていた。忍びは一応武士の扱いなのだが、武士の中では最下級とみなされていた。諜報、偵察、暗殺、薄給で汚れ仕事ばかりさせられていたからだ。
跳も忍びの仕事に誇りを持っていなかった。むしろ嫌悪していた。しかし、それしか出来なかった。時代が変わっても同じような仕事をし、同じように蔑まれる。その憤りがあふれ出してしまった。
「お前こそなんだ。新撰組三番隊隊長斎藤一。随分と汚い仕事も請け負っていたらしいじゃないか。余計な殺戮を繰り返し、御一新を何年も遅らせた挙句、結局負け犬だ。その上どの面下げて新政府で警官やってんだ。狼なんぞ気取るな。この負け犬」
下手に出ていた郵便配達夫が牙をむき、藤田がたじろぐ。
斬られるかと跳は身構えたが、藤田は不敵な笑みを浮かべて言った。
「お前の言う通りだ」
そして犬の鳴き真似をする。
暖簾に腕押しというか、柳に風というか、藤田に受け流され、跳は気がそがれてしまった。
「犬といって卑下するものでもない。食べると美味いぞ」
石走の言葉で、跳の怒りは完全に飛んでいく。
とにかく任務に集中しなくてはならない。気を取り直して歩いていると、前方から人が近付いてくる気配がした。
「隠れろ」
跳の言葉に石走と藤田は即座に反応し、三人は道沿いの林の中に隠れる。
息をひそめていると、何人かの男達が、手に武器を持ち歩いてくる。刀を持った浪人風の者もいるが、棍棒や鍬を携えた農民風の者もいた。
「どこ行きやがった」
「遠くには行っていないはずだ。さがせ」
「妖術でも使いやがったか。耶蘇教の使いめ」
跳達をさがしている。交渉の余地はないだろう。
すぐそこにいる人数は五人ばかりだが、他にも敵はいるだろう。強行突破は得策ではない。
敵がいなくなったのを見計らって動き始める。馬車道を進むのは危険と判断して、横浜道を経由して東海道を目指すことにした。
藪をかきわけ、枝をくぐり、横浜道へとたどり着く。今のところ敵と思しき姿はない。
「しかし、士族だけではなく、農民までが俺達を狙うとはな……」
藤田がぼやく。
跳も邦護連は不平士族の集まりだと思っていた。誰か先導する者があり、先入観や社会不安につけこみ、農民達をかりたてているのだろうか。とにかく農民が襲ってくるとなると、敵の数はかなりのものになる。厳しい旅路になりそうだ。
横浜道に出たものの、敵襲のおそれがなくなったわけではない。気を張りつめながら慎重に進む。
しばらく言葉もなく歩いた。その間も石走と藤田は周囲に目を光らせている。
藤田が唐突に沈黙を破った。
「お前、ただの郵便配達夫じゃねえな」
跳は内心動揺したが、それを表に出さずとぼけてみせる。
「さっき二人倒すところを横目で見ていた。飛脚あがりの郵便屋の動きじゃなかった」
「そんな……。やみくもに振り回したら運良く当たっただけですよ」
ごまかしてみるが、跳をにらむ藤田の目は、疑念に満ちている。
黙ってはいるが、石走も何かを思っているようだ。
「お前は忍びか?」
こんな短い時間で見抜いた藤田の勘に感嘆しつつも、跳は否定した。
「違いますよ」
三人は馬車道を東海道に向けて進む。疑心にあふれた会話はしつつも、まわりに注意を配るのは怠らない。
「お前が鞄に入れている書状は、本当に切支丹に関連したものなのか?」
そこの部分については嘘をついていない。しかし、正体を隠していることで、余計な疑いを持たれてしまったようだ。
「一体何を隠している」
藤田が刀の鯉口を切った。
跳は藤田の顔をみつめながら考える。この距離この体勢では、刀を抜こうが銃を抜こうが、藤田に勝つことは出来ない。先程の戦いを見る限り、藤田が裏切り者とも思えない。正体を明かして仕事がなくなったら、その時はその時だ。
「俺は昔、徳川の忍びでした。今は新政府で川路邏卒総長長の下で働いています。正体は隠していましたが、今回の任務に嘘はありません」
藤田は跳をみつめ、刀をもとに戻し、吐き捨てるように言う。
「時代が変わっても、こそこそと嗅ぎ回っていやがるのか」
藤田の言葉には、明らかに侮蔑の意図が込められていた。忍びは一応武士の扱いなのだが、武士の中では最下級とみなされていた。諜報、偵察、暗殺、薄給で汚れ仕事ばかりさせられていたからだ。
跳も忍びの仕事に誇りを持っていなかった。むしろ嫌悪していた。しかし、それしか出来なかった。時代が変わっても同じような仕事をし、同じように蔑まれる。その憤りがあふれ出してしまった。
「お前こそなんだ。新撰組三番隊隊長斎藤一。随分と汚い仕事も請け負っていたらしいじゃないか。余計な殺戮を繰り返し、御一新を何年も遅らせた挙句、結局負け犬だ。その上どの面下げて新政府で警官やってんだ。狼なんぞ気取るな。この負け犬」
下手に出ていた郵便配達夫が牙をむき、藤田がたじろぐ。
斬られるかと跳は身構えたが、藤田は不敵な笑みを浮かべて言った。
「お前の言う通りだ」
そして犬の鳴き真似をする。
暖簾に腕押しというか、柳に風というか、藤田に受け流され、跳は気がそがれてしまった。
「犬といって卑下するものでもない。食べると美味いぞ」
石走の言葉で、跳の怒りは完全に飛んでいく。
とにかく任務に集中しなくてはならない。気を取り直して歩いていると、前方から人が近付いてくる気配がした。
「隠れろ」
跳の言葉に石走と藤田は即座に反応し、三人は道沿いの林の中に隠れる。
息をひそめていると、何人かの男達が、手に武器を持ち歩いてくる。刀を持った浪人風の者もいるが、棍棒や鍬を携えた農民風の者もいた。
「どこ行きやがった」
「遠くには行っていないはずだ。さがせ」
「妖術でも使いやがったか。耶蘇教の使いめ」
跳達をさがしている。交渉の余地はないだろう。
すぐそこにいる人数は五人ばかりだが、他にも敵はいるだろう。強行突破は得策ではない。
敵がいなくなったのを見計らって動き始める。馬車道を進むのは危険と判断して、横浜道を経由して東海道を目指すことにした。
藪をかきわけ、枝をくぐり、横浜道へとたどり着く。今のところ敵と思しき姿はない。
「しかし、士族だけではなく、農民までが俺達を狙うとはな……」
藤田がぼやく。
跳も邦護連は不平士族の集まりだと思っていた。誰か先導する者があり、先入観や社会不安につけこみ、農民達をかりたてているのだろうか。とにかく農民が襲ってくるとなると、敵の数はかなりのものになる。厳しい旅路になりそうだ。
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