忍びしのぶれど

裳下徹和

文字の大きさ
上 下
14 / 60
第一章

十四 邦護連

しおりを挟む
 跳から襲撃事件を報告された前島は、不機嫌さを隠そうともしない。
「今回は良くやったと言いたいところだが、むやみやたらに拳銃ぶっ放すな。山奥ならいざ知らず、街中だともみ消すことも出来ん」
 二発しか撃っていないと反論したかったが、跳は口をつぐむことにした。
 前島の苛立ちの原因は、跳の発砲だけではない。隠れ切支丹事件の調査に、進展が見られないことも、前島を苛立たせている。
「呪いの種明かしはまだ出来んのか?」
「碑轍先生は、書物に片っ端から当たって調べてくれていますが…」
「早くしないと切支丹達は天国に行き、日本は野蛮な未開人扱いのままだ」
 さすがに前島にも焦りが見える。
 無理もない。跳も内心は焦燥に急き立てられている。司法卿江藤新平が、乍峰村隠れ切支丹全員を小塚原刑場への移送を決めたのだ。軍人に引きたてられた切支丹達は、既に乍峰村を出発している。手を拘束され状態で、衆人環視のもと歩かされているのだ。その先には残酷な処刑が待っている。市中引き回しの末磔ということだ。
 跳は、好奇の目にさらされるるまの姿を想像し落ち込む。振り払おうとするが、磔台の上で槍を突き刺される姿が浮かんできて、さらに深みへとはまっていく。
 前島は、業務机を神経質に揺らしながら、さらに話しかけてくる。
「川路さんの調べによると、君と碑轍さんを襲ったのは、邦護連ほうごれんの連中だ。日本の西洋化に異議を唱え、文明とか機械とか新しいもの全てを憎む遅れた集団だ。切支丹を助けようとする君らを許せなかったのだろう」
 邦護連。跳も耳にしたことはある。御一新後の利益にありつけなかった不平士族を中心とした反政府組織だ。
「日本が西洋に認められる為に頑張っているのに、どれだけ足を引っ張れば気が済むのだ」
 本人達には、悪気などない。正義の心でやってくるから質が悪い。
「現在岩倉使節団が米国を訪れ、条約改正に臨んでいるが、暗礁に乗り上げている。どうにか前に進める為に、岩倉さん達は、大きな要因であるキリスト教禁教令を取り除くつもりだ。もうすぐ禁教令廃止の正式な指示が、電信により届くはずだ。留崎跳には、それを横浜まで取りにいってもらいたい」
 それがあれば、ひとまず隠れ切支丹の処刑は見送られるだろう。跳の気持ちが上向いていった。
 しかし、命令に疑問も残る。
「電信は東京までつながっているはず。何故横浜まで行かねばならないのですか?」
「東京横浜間の電信線が破壊され、復旧に時間がかかりそうなのだ」
 苦り切った顔で、前島は続ける。
「多分、邦護連の仕業だろう」
 時代を逆行させようとする者達が、余計なことをしてくれる。
 乍峰村の隠れ切支丹達は、明日の夕刻までには刑場に着いてしまうだろう。
 急がねばならない。
「危険が伴うことになるやもしれんから、川路さんが護衛を用意してくれた」

しおりを挟む

処理中です...