忍びしのぶれど

裳下徹和

文字の大きさ
上 下
13 / 60
第一章

十三 襲撃

しおりを挟む
 跳が碑轍の家を訪れると、古今東西の本とにらめ合っていた。
 時々村から持ち帰った物品を眺めたりもする。
 急いで欲しいが、焦らせても仕方ない。どれくらい時間がかかるかなんて、碑轍自身にもわからないだろう。
 前島から碑轍の調査を助けるように言われているが、自分の出る幕がなくなってしまい、跳は手持無沙汰になってしまった。
 このまま碑轍のそばにいるべきなのか、別の業務に移るべきなのか迷っていると、碑轍が声をかけてくる。
「すまんが徳部朗助の家に行って、資料を借りてきてくれないか?」
 何かしていないと、迫りくる切支丹の処刑という現実に押し潰されそうになる。跳はすぐに家から駆け出た。
 碑轍の家がある本郷から、赤坂の徳部朗助の家まで走る。
本郷から小石川橋を抜け、皇居に沿って走り、赤坂に入って旧武家屋敷が建ち並ぶ街並みを進む。特に問題なく、徳部の家にたどり着いた。
 碑轍からの書状を見せると、徳部はすぐに要求に応じてくれた。
「貴重な本だ。大事に運んでくれよ郵便屋さん」
 跳は笑顔で返事をし、配達鞄に本を入れる。
 急げとは言われていないが、走らずにはいられなかった。
 碑轍の家に着き、頼まれていた書物を渡すと、碑轍は表情をほとんど変えないが、瞳孔が大きく広がっている。知識を増やすことにこの上ない快感を得ているようだ
 跳に気のこもらない礼を言い、碑轍は再び書物に耽り始めた。
 一息ついていると、すぐに碑轍に声をかけられる。今度は別の人に資料を借りてきてくれとのことだった。
 碑轍の家から片岸小弥太が住む神田へと向かう。
本郷の台地から根津へ降りる。上野戦争の時はこのあたりにも被害があったが、今は復興して賑わいを見せている。神社のまわりの遊郭も、夜になれば華やぐだろう。
 忍びの時代からいたるところに潜入していたので、町の地理には明るい。走りやすい道を選び、跳は軽快に東京の街を駆ける。
外神田の空き地にさしかかる。明治二年の大火で焼け野原となり、そこに火除けの神秋葉権現が祀られ、秋葉の野原で秋葉原と最近は呼ばれている。人気は少なく、昼間で野党が出ると言われる場所だが、ここを通れば時間の短縮にはなる。
 さらに南に走り、神田川にかかる橋を渡り、神田の片岸の家にたどり着いた。
 片岸から資料を借り受け、跳は本郷へ戻ろうと走る。
 再び秋葉原へ差しかかった時、風にそよぐ草の中から殺気を感じた。
 野盗か。
 身構えると同時に草原から二人の男が飛び出してきた。色の抜けた着物に、顔は頭巾で隠し、手には白刃をきらめかせている。
「邪教に与する者め。覚悟!」
 そう言いながら男達は跳に斬りかかってくる。
 すんでのところで一人目の攻撃をかわし、続けて襲ってきた二人目の凶刃も避ける。
 郵便配達夫が見せる予想外の素早い動きに驚く二人から距離をとりつつ、拳銃を引き抜き発砲する。
 不安定な体勢だったので弾は外れたが、轟く銃声は、敵をひるませるには充分だった。
「動いたらあの世に配達してやるぞ」
 そう言いながら拳銃を構え、跳は後ろに少しずつ下がる。
 暴漢達は刀を振り上げたまま動けずにいるが、二人同時に斬りかかられたら一人しか撃ち倒せない距離だ。間をあけなければない。
 邪教がどうとか言っていたので、明らかに物取りなんかではない。西洋化する時代に不満を持つ旧士族だろう。こういう輩は捨て身で襲ってくるかもしれないので、距離をとれても気は抜けない。
 襲撃者の一人が舌打ちして草むらの中に飛び込んだ。続けてもう一人も逃げ込む。
 撃つか追いかけるか寸時逡巡したが、跳は拳銃をしまい、逃げた男達とは別の方向へ走り出した。
 碑轍が危ない。
 人々の間をぬい、人力車を追い越し、風のように跳は街を駆け抜ける。
 忍びの修行で鍛え上げてはいたが、碑轍の家に着く頃には、さすがに息が上がっていた。
 無事であってくれと願っていたが、中から争う音が聞こえてくる。
 跳は拳銃を引き抜き、銃口を下に向け、土の地面に一発発砲。
「警察だ!」
 荒い呼吸をおさえ、大声で怒鳴り、草鞋も脱がずに家に突入した。
 跳が碑轍の書斎に駆け込むと、ちょうど窓から頭巾をかぶった男が逃げ出すところだった。手には匕首が握られている。
 弾丸を放つより速く、頭巾の男は窓から外へ飛び降り、素早く走り去っていった。
 追いかけたいのはやまやまだが、血を滲ませて畳の上に倒れる碑轍を放っておくことも出来ない。
「碑轍先生。しっかりして下さい」
 跳が呼びかけると、碑轍がうめき声を上げる。
 体を調べてみると、腕を何か所か斬られているが、どれも浅いものだ。腹や胸に傷はない。
 碑轍が傷ついた腕を動かし、何かを指し示す。指の先には書物が散乱していた。
「本に血をつけてしまった……」
 とても悲しそうに言う碑轍の横で、跳は胸をなで下ろした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

東へ征(ゆ)け ―神武東征記ー

長髄彦ファン
歴史・時代
日向の皇子・磐余彦(のちの神武天皇)は、出雲王の長髄彦からもらった弓矢を武器に人喰い熊の黒鬼を倒す。磐余彦は三人の兄と仲間とともに東の国ヤマトを目指して出航するが、上陸した河内で待ち構えていたのは、ヤマトの将軍となった長髄彦だった。激しい戦闘の末に長兄を喪い、熊野灘では嵐に遭遇して二人の兄も喪う。その後数々の苦難を乗り越え、ヤマト進撃を目前にした磐余彦は長髄彦と対面するが――。 『日本書紀』&『古事記』をベースにして日本の建国物語を紡ぎました。 ※この作品はNOVEL DAYSとnoteでバージョン違いを公開しています。

天狗の囁き

井上 滋瑛
歴史・時代
幼少の頃より自分にしか聞こえない天狗の声が聞こえた吉川広家。姿見えぬ声に対して、時に従い、時に相談し、時に言い争い、天狗評議と揶揄されながら、偉大な武将であった父吉川元春や叔父の小早川隆景、兄元長の背を追ってきた。時は経ち、慶長五年九月の関ヶ原。主家の当主毛利輝元は甘言に乗り、西軍総大将に担がれてしまう。東軍との勝敗に関わらず、危急存亡の秋を察知した広家は、友である黒田長政を介して東軍総大将徳川家康に内通する。天狗の声に耳を傾けながら、主家の存亡をかけ、不義内通の誹りを恐れず、主家の命運を一身に背負う。

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

信乃介捕物帳✨💕 平家伝説殺人捕物帳✨✨鳴かぬなら 裁いてくれよう ホトトギス❗ 織田信長の末裔❗ 信乃介が天に代わって悪を討つ✨✨

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
歴史・時代
信長の末裔、信乃介が江戸に蔓延る悪を成敗していく。 信乃介は平家ゆかりの清雅とお蝶を助けたことから平家の隠し財宝を巡る争いに巻き込まれた。 母親の遺品の羽子板と千羽鶴から隠し財宝の在り処を掴んだ清雅は信乃介と平賀源内等とともに平家の郷へ乗り込んだ。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...