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第一章
二 思い出との再会
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跳は、御一新前は徳川幕府のもと、忍びとして活動していた。現在の表向きの職業は郵便配達夫だが、裏では明治政府のもと、昔と同じような仕事をしている。
今回は、東京の西の外れで相次ぐ盗賊被害の調査を命令された。村人や通行人の被害を鑑みてというよりは、元侍の盗賊が、反政府組織へ成長するのを阻止する思惑が透けて見えた。
余計なことをしたので、多少は怒られるだろうが、子供が助かったので良しとしよう。
三人の子供は、別々の村からさらわれてきていた。警察に連れていくよりも、各自の村の方が近いので、連れて帰ることにする。
全員を送り届けるのは、いささか骨が折れたが、親子の感動の対面を見るのは良いものだったし、感謝の言葉を受けるのも悪くはなかった。
裏の仕事がばれるのは嫌なので、盗賊を倒したのは警察ということにした。適当な嘘ではあるが、子供達は隠れ家の中で拘束されていたので、詳しいことは見ていない。どうにか誤魔化せるだろう。
最後の一人は、さびれた農村乍峰村の子供だった。
手紙をやり取りする習慣がまだ根付いていない村なので、跳が足を踏み入れるのは初めてだった。何となく他の村とは異質な印象を受ける。
神隠しにあった我が子が戻ってきた母親は、涙を流して喜んでいた。さらわれた少年も、母親の胸で泣きじゃくる。村人も総出で喜んでいた。
そんな親子の対面を見ていると、跳は自分の子供時代を思い出してきた。
跳自身は、幼き時にどこからか連れられてきて、親の顔は知らない。他の仲間も、そんな者ばかりだった。
物心ついた時には、日夜忍びの修行に明け暮れていた。厳しい鍛錬についていけずに、命を落とす者も少なくなかった。
成長してからは、危険な汚れ仕事に従事させられた。任務で死んだ者は、幕府の為に散った英雄と称えられ、皆も続くように教えられた。我々は侍なのだと、主君の為に死ぬのは栄誉なのだと繰り返し刷り込まれた。使い捨てにされていることも気付かずに、言われるがまま死地へとおもむいていった。
跳は、そんな環境に疑問を持ち始め、それは抱え切れない程大きくふくらんでいった。世界そのものを崩そうと思う程に。
この乍峰村は、貧しそうだが、親と子が共に暮らせるところだ。それだけでも悪くはない。
跳が、幸せな光景を背にして村を出ようとすると、再び礼の言葉がかけられる。
「ありがとうございました」
散々同じ言葉をかけられたが、他の時とは違う響きを持って耳に届いた。
声のした方に振り向き、跳は動きを止める。そこには死んだはずの女が立っていた。白い肌。真っ直ぐな黒髪。そして、吸い込まれそうなほど澄んだ瞳。あのままの姿だ。
「生きていたのか……」
跳のつぶやきに、目の前の女性は、不思議そうな顔をした。
しばらく女性の顔をみつめ続けてから、跳は我に返った。よく考えてみれば、同一人物のはずもない。死んだのは十年も前のことだから、生きていればもっと老けているはずだし、持っている雰囲気も微妙に違う。
「すみません。昔の知り合いに似ていたもので……」
跳が弁解すると、女性は微笑む。その姿も記憶に焼き付けられた姿と瓜二つで、跳の心を高鳴らせた。
女性の名前は「るま」といい、生まれも育ちもこの村だということがわかった。やはり別人だ。
「街の方は、随分と変わっているのですか?」
るまが質問してきたことにより、会話が続くことが嬉しかった。
「かなり変わってきています。郵便配達夫は、手紙だけではありません。新聞も届けますよ。読めば街の様子がわかると思います」
話を切らしたくないので言ってみたが、るまの顔が、微笑みを浮かべたまま陰った。どうやらるまは字が読めないようだ。余計なことを言ったと、跳は自己嫌悪に陥る。
「村の外も見てみたいものです」
気まずい空気を誤魔化そうとするかのように、るまが照れ笑いしながら言った。
是非ご案内します、と言葉に出したかったが、跳の言葉は、るまの名を呼ぶ声にさえぎられた。声の主はるまの父親のようだ。明らかに、娘が外部の者と話すことを良く思っていない。
るまは申し訳なさそうな顔をして、軽く頭を下げてから、跳のもとを離れていく。
跳は、去りゆくるまの姿を眺め続けていた。
今回は、東京の西の外れで相次ぐ盗賊被害の調査を命令された。村人や通行人の被害を鑑みてというよりは、元侍の盗賊が、反政府組織へ成長するのを阻止する思惑が透けて見えた。
余計なことをしたので、多少は怒られるだろうが、子供が助かったので良しとしよう。
三人の子供は、別々の村からさらわれてきていた。警察に連れていくよりも、各自の村の方が近いので、連れて帰ることにする。
全員を送り届けるのは、いささか骨が折れたが、親子の感動の対面を見るのは良いものだったし、感謝の言葉を受けるのも悪くはなかった。
裏の仕事がばれるのは嫌なので、盗賊を倒したのは警察ということにした。適当な嘘ではあるが、子供達は隠れ家の中で拘束されていたので、詳しいことは見ていない。どうにか誤魔化せるだろう。
最後の一人は、さびれた農村乍峰村の子供だった。
手紙をやり取りする習慣がまだ根付いていない村なので、跳が足を踏み入れるのは初めてだった。何となく他の村とは異質な印象を受ける。
神隠しにあった我が子が戻ってきた母親は、涙を流して喜んでいた。さらわれた少年も、母親の胸で泣きじゃくる。村人も総出で喜んでいた。
そんな親子の対面を見ていると、跳は自分の子供時代を思い出してきた。
跳自身は、幼き時にどこからか連れられてきて、親の顔は知らない。他の仲間も、そんな者ばかりだった。
物心ついた時には、日夜忍びの修行に明け暮れていた。厳しい鍛錬についていけずに、命を落とす者も少なくなかった。
成長してからは、危険な汚れ仕事に従事させられた。任務で死んだ者は、幕府の為に散った英雄と称えられ、皆も続くように教えられた。我々は侍なのだと、主君の為に死ぬのは栄誉なのだと繰り返し刷り込まれた。使い捨てにされていることも気付かずに、言われるがまま死地へとおもむいていった。
跳は、そんな環境に疑問を持ち始め、それは抱え切れない程大きくふくらんでいった。世界そのものを崩そうと思う程に。
この乍峰村は、貧しそうだが、親と子が共に暮らせるところだ。それだけでも悪くはない。
跳が、幸せな光景を背にして村を出ようとすると、再び礼の言葉がかけられる。
「ありがとうございました」
散々同じ言葉をかけられたが、他の時とは違う響きを持って耳に届いた。
声のした方に振り向き、跳は動きを止める。そこには死んだはずの女が立っていた。白い肌。真っ直ぐな黒髪。そして、吸い込まれそうなほど澄んだ瞳。あのままの姿だ。
「生きていたのか……」
跳のつぶやきに、目の前の女性は、不思議そうな顔をした。
しばらく女性の顔をみつめ続けてから、跳は我に返った。よく考えてみれば、同一人物のはずもない。死んだのは十年も前のことだから、生きていればもっと老けているはずだし、持っている雰囲気も微妙に違う。
「すみません。昔の知り合いに似ていたもので……」
跳が弁解すると、女性は微笑む。その姿も記憶に焼き付けられた姿と瓜二つで、跳の心を高鳴らせた。
女性の名前は「るま」といい、生まれも育ちもこの村だということがわかった。やはり別人だ。
「街の方は、随分と変わっているのですか?」
るまが質問してきたことにより、会話が続くことが嬉しかった。
「かなり変わってきています。郵便配達夫は、手紙だけではありません。新聞も届けますよ。読めば街の様子がわかると思います」
話を切らしたくないので言ってみたが、るまの顔が、微笑みを浮かべたまま陰った。どうやらるまは字が読めないようだ。余計なことを言ったと、跳は自己嫌悪に陥る。
「村の外も見てみたいものです」
気まずい空気を誤魔化そうとするかのように、るまが照れ笑いしながら言った。
是非ご案内します、と言葉に出したかったが、跳の言葉は、るまの名を呼ぶ声にさえぎられた。声の主はるまの父親のようだ。明らかに、娘が外部の者と話すことを良く思っていない。
るまは申し訳なさそうな顔をして、軽く頭を下げてから、跳のもとを離れていく。
跳は、去りゆくるまの姿を眺め続けていた。
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