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隠していたこと打ち明けます
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真っ赤になった父はしどろもどろしながら、殿下を庭園にご案内してはどうかと提案してきた。
絶対に間違った方向で気を遣っている。落ち着きを失った父はすごくうれしそうだから。きっとウィリアム殿下と私の間に、特別な関係が芽生えはじめているとでも思っているのだろう。
まったくもう……。冷静になれば、そんなことありえないとわかるはずなのに……。
ウィリアム殿下が帰ったあと、しっかり否定しておかなければならない。
でも、二人になる機会を与えてくれたことはありがたかった。
父のいる場でさっきのようなやりとりをするのは恥ずかしかったし。私は殿下に尋ねたいことがあって、できればその話を父には聞かれたくないと思っていたのだ。
ウィリアム殿下は「体調に問題がないようなら、是非、貴女と一緒に庭園を見て回りたい」と言ってくださった。
胃はまったく痛くない。私はハンカチを返したあと、ウィリアム殿下とともに我が家の庭園へと向かった。
「こうして貴女と庭を歩くのは、あの夜ぶりですね」
ウィリアム殿下が微笑みながら私を振り返る。
庭園には五月の明るい光が降りそそいでいて、ときおり私たちの間を優しい風が吹き抜けていった。爽やかな美貌を持つウィリアム殿下は、光の中にたたずむだけで絵になる。彼の金色の髪は、夜に見るより鮮やかに輝いていてきれいだ。
「……」
「リディア嬢?」
声をかけられた私は、ハッと我に返った。思わず見惚れていた。なかなかウィリアム殿下の美しさにたいして慣れることができなくて困る。
「あ、す、すみません。ええっと、その話なのですが……。ウィリアム殿下は噂になっていることをご存知ですか……?」
舞踏会の夜、ウィリアム殿下が一目惚れをした相手、もしくは恋人を追いかけていったというあのとんでもない噂のことだ。
私が説明するまでもなく思い当たったようで、彼は眉を下げて頷いた。
「ええ。知っています。相手の女性が貴女だということは広まっていないようですが、不快な想いをさせてしまったのなら申し訳ありません」
もちろん謝って欲しかったわけではかったので、大慌てで首を振る。
私が伝えたかったのは、とにかく相手が私だとバレてはまずいということだけだ。そうなるときっとウィリアム殿下に迷惑がかかってしまうから。
私の話を聞いたウィリアム殿下は、不思議そうに首を傾げた。
「迷惑……。リディア嬢、どうして貴女が相手だと私に迷惑がかかるのですか?」
「……」
やっぱりそこもちゃんと説明しないといけないのね……。
恥となっている部分なので、できれば隠しておきたかった。けれど仕方がない。
私は婚約破棄によってゴシップの只中にあることを、ウィリアム殿下に打ち明けた。できるだけさらりとした口調で。重い空気にならないよう気をつけたつもりだ。
この話の中では、被害者面をしたくない。それは多分私のちっぽけなプライドだった。こんな目に遭った私は可哀想、という態度を取ってしまうと、なんだかすごく惨めだから。
それなのに私が平気なふりをするほど、声の響きは空々しくなり、無理をしている感じが露骨に滲んでしまった。居たたまれない。徐々に視線は下がっていき、気づけば自分の足元を見下ろしていた。
ウィリアム殿下がどんな顔をしているのかも、怖くて確認できなかった。
「つらい経験を話させてしまいましたね……」
ウィリアム殿下は苦しげに眉根を寄せていた。それは今まで穏やかな優しい笑顔ばかりを向けてくれていた彼が、初めてみせる表情だった。
私の痛みを同じように感じ取ってくれているのだ。それが伝わってきたからこそ、俯いていたらだめだと思えた。わけのわからない見栄を張るのもやめよう。真心で向き合ってくれている人にたいして、それはあんまりな態度だ。
私は下手くそな笑顔を浮かべて、ウィリアム殿下を見上げた。
「情けないお話です……。あの夜、ウィリアム殿下とお会いしたときも、惨めな想いをしてホールから逃げ出したあとでした。バラ園鑑賞会に行けなくなったのも、元婚約者に会うことや噂話をされることを恐れた結果、胃が痛くなってしまって……。もっとしっかりしなくちゃだめですね」
「情けないなどと感じることはありません。貴女は何も悪くないのですから。――リディア嬢。私にできることはありませんか?」
「ウィリアム殿下……」
本当にどこまでも優しい人だ。私は感動しながら、ひとつだけお願いがあるとウィリアム殿下に頼んだ。
「先ほどもお伝えしましたが、ウィリアム殿下にご迷惑をおかけしたくないので、舞踏会の夜、私と中庭で会ったことはどうか話さずにいてください」
ウィリアム殿下はじっと黙って私を見つめたあと、かすかに瞳を細めた。彼の仕草を見て、ふと思い出す。そういえばあの夜もこんな表情を見た気がする。どういうときのことだったか、残念ながら記憶が曖昧だ。
絶対に間違った方向で気を遣っている。落ち着きを失った父はすごくうれしそうだから。きっとウィリアム殿下と私の間に、特別な関係が芽生えはじめているとでも思っているのだろう。
まったくもう……。冷静になれば、そんなことありえないとわかるはずなのに……。
ウィリアム殿下が帰ったあと、しっかり否定しておかなければならない。
でも、二人になる機会を与えてくれたことはありがたかった。
父のいる場でさっきのようなやりとりをするのは恥ずかしかったし。私は殿下に尋ねたいことがあって、できればその話を父には聞かれたくないと思っていたのだ。
ウィリアム殿下は「体調に問題がないようなら、是非、貴女と一緒に庭園を見て回りたい」と言ってくださった。
胃はまったく痛くない。私はハンカチを返したあと、ウィリアム殿下とともに我が家の庭園へと向かった。
「こうして貴女と庭を歩くのは、あの夜ぶりですね」
ウィリアム殿下が微笑みながら私を振り返る。
庭園には五月の明るい光が降りそそいでいて、ときおり私たちの間を優しい風が吹き抜けていった。爽やかな美貌を持つウィリアム殿下は、光の中にたたずむだけで絵になる。彼の金色の髪は、夜に見るより鮮やかに輝いていてきれいだ。
「……」
「リディア嬢?」
声をかけられた私は、ハッと我に返った。思わず見惚れていた。なかなかウィリアム殿下の美しさにたいして慣れることができなくて困る。
「あ、す、すみません。ええっと、その話なのですが……。ウィリアム殿下は噂になっていることをご存知ですか……?」
舞踏会の夜、ウィリアム殿下が一目惚れをした相手、もしくは恋人を追いかけていったというあのとんでもない噂のことだ。
私が説明するまでもなく思い当たったようで、彼は眉を下げて頷いた。
「ええ。知っています。相手の女性が貴女だということは広まっていないようですが、不快な想いをさせてしまったのなら申し訳ありません」
もちろん謝って欲しかったわけではかったので、大慌てで首を振る。
私が伝えたかったのは、とにかく相手が私だとバレてはまずいということだけだ。そうなるときっとウィリアム殿下に迷惑がかかってしまうから。
私の話を聞いたウィリアム殿下は、不思議そうに首を傾げた。
「迷惑……。リディア嬢、どうして貴女が相手だと私に迷惑がかかるのですか?」
「……」
やっぱりそこもちゃんと説明しないといけないのね……。
恥となっている部分なので、できれば隠しておきたかった。けれど仕方がない。
私は婚約破棄によってゴシップの只中にあることを、ウィリアム殿下に打ち明けた。できるだけさらりとした口調で。重い空気にならないよう気をつけたつもりだ。
この話の中では、被害者面をしたくない。それは多分私のちっぽけなプライドだった。こんな目に遭った私は可哀想、という態度を取ってしまうと、なんだかすごく惨めだから。
それなのに私が平気なふりをするほど、声の響きは空々しくなり、無理をしている感じが露骨に滲んでしまった。居たたまれない。徐々に視線は下がっていき、気づけば自分の足元を見下ろしていた。
ウィリアム殿下がどんな顔をしているのかも、怖くて確認できなかった。
「つらい経験を話させてしまいましたね……」
ウィリアム殿下は苦しげに眉根を寄せていた。それは今まで穏やかな優しい笑顔ばかりを向けてくれていた彼が、初めてみせる表情だった。
私の痛みを同じように感じ取ってくれているのだ。それが伝わってきたからこそ、俯いていたらだめだと思えた。わけのわからない見栄を張るのもやめよう。真心で向き合ってくれている人にたいして、それはあんまりな態度だ。
私は下手くそな笑顔を浮かべて、ウィリアム殿下を見上げた。
「情けないお話です……。あの夜、ウィリアム殿下とお会いしたときも、惨めな想いをしてホールから逃げ出したあとでした。バラ園鑑賞会に行けなくなったのも、元婚約者に会うことや噂話をされることを恐れた結果、胃が痛くなってしまって……。もっとしっかりしなくちゃだめですね」
「情けないなどと感じることはありません。貴女は何も悪くないのですから。――リディア嬢。私にできることはありませんか?」
「ウィリアム殿下……」
本当にどこまでも優しい人だ。私は感動しながら、ひとつだけお願いがあるとウィリアム殿下に頼んだ。
「先ほどもお伝えしましたが、ウィリアム殿下にご迷惑をおかけしたくないので、舞踏会の夜、私と中庭で会ったことはどうか話さずにいてください」
ウィリアム殿下はじっと黙って私を見つめたあと、かすかに瞳を細めた。彼の仕草を見て、ふと思い出す。そういえばあの夜もこんな表情を見た気がする。どういうときのことだったか、残念ながら記憶が曖昧だ。
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