上 下
10 / 10

隠していたこと打ち明けます

しおりを挟む
 真っ赤になった父はしどろもどろしながら、殿下を庭園にご案内してはどうかと提案してきた。
 絶対に間違った方向で気を遣っている。落ち着きを失った父はすごくうれしそうだから。きっとウィリアム殿下と私の間に、特別な関係が芽生えはじめているとでも思っているのだろう。
 まったくもう……。冷静になれば、そんなことありえないとわかるはずなのに……。
 ウィリアム殿下が帰ったあと、しっかり否定しておかなければならない。

 でも、二人になる機会を与えてくれたことはありがたかった。
 父のいる場でさっきのようなやりとりをするのは恥ずかしかったし。私は殿下に尋ねたいことがあって、できればその話を父には聞かれたくないと思っていたのだ。

 ウィリアム殿下は「体調に問題がないようなら、是非、貴女と一緒に庭園を見て回りたい」と言ってくださった。
 胃はまったく痛くない。私はハンカチを返したあと、ウィリアム殿下とともに我が家の庭園へと向かった。

「こうして貴女と庭を歩くのは、あの夜ぶりですね」

 ウィリアム殿下が微笑みながら私を振り返る。
 庭園には五月の明るい光が降りそそいでいて、ときおり私たちの間を優しい風が吹き抜けていった。爽やかな美貌を持つウィリアム殿下は、光の中にたたずむだけで絵になる。彼の金色の髪は、夜に見るより鮮やかに輝いていてきれいだ。

「……」

「リディア嬢?」

 声をかけられた私は、ハッと我に返った。思わず見惚れていた。なかなかウィリアム殿下の美しさにたいして慣れることができなくて困る。

「あ、す、すみません。ええっと、その話なのですが……。ウィリアム殿下は噂になっていることをご存知ですか……?」

 舞踏会の夜、ウィリアム殿下が一目惚れをした相手、もしくは恋人を追いかけていったというあのとんでもない噂のことだ。
 私が説明するまでもなく思い当たったようで、彼は眉を下げて頷いた。

「ええ。知っています。相手の女性が貴女だということは広まっていないようですが、不快な想いをさせてしまったのなら申し訳ありません」

 もちろん謝って欲しかったわけではかったので、大慌てで首を振る。
 私が伝えたかったのは、とにかく相手が私だとバレてはまずいということだけだ。そうなるときっとウィリアム殿下に迷惑がかかってしまうから。
 私の話を聞いたウィリアム殿下は、不思議そうに首を傾げた。

「迷惑……。リディア嬢、どうして貴女が相手だと私に迷惑がかかるのですか?」

「……」

 やっぱりそこもちゃんと説明しないといけないのね……。
 恥となっている部分なので、できれば隠しておきたかった。けれど仕方がない。
 私は婚約破棄によってゴシップの只中にあることを、ウィリアム殿下に打ち明けた。できるだけさらりとした口調で。重い空気にならないよう気をつけたつもりだ。
 この話の中では、被害者面をしたくない。それは多分私のちっぽけなプライドだった。こんな目に遭った私は可哀想、という態度を取ってしまうと、なんだかすごく惨めだから。

 それなのに私が平気なふりをするほど、声の響きは空々しくなり、無理をしている感じが露骨に滲んでしまった。居たたまれない。徐々に視線は下がっていき、気づけば自分の足元を見下ろしていた。
 ウィリアム殿下がどんな顔をしているのかも、怖くて確認できなかった。

「つらい経験を話させてしまいましたね……」

 ウィリアム殿下は苦しげに眉根を寄せていた。それは今まで穏やかな優しい笑顔ばかりを向けてくれていた彼が、初めてみせる表情だった。
 私の痛みを同じように感じ取ってくれているのだ。それが伝わってきたからこそ、俯いていたらだめだと思えた。わけのわからない見栄を張るのもやめよう。真心で向き合ってくれている人にたいして、それはあんまりな態度だ。
 私は下手くそな笑顔を浮かべて、ウィリアム殿下を見上げた。

「情けないお話です……。あの夜、ウィリアム殿下とお会いしたときも、惨めな想いをしてホールから逃げ出したあとでした。バラ園鑑賞会に行けなくなったのも、元婚約者に会うことや噂話をされることを恐れた結果、胃が痛くなってしまって……。もっとしっかりしなくちゃだめですね」

「情けないなどと感じることはありません。貴女は何も悪くないのですから。――リディア嬢。私にできることはありませんか?」

「ウィリアム殿下……」

 本当にどこまでも優しい人だ。私は感動しながら、ひとつだけお願いがあるとウィリアム殿下に頼んだ。

「先ほどもお伝えしましたが、ウィリアム殿下にご迷惑をおかけしたくないので、舞踏会の夜、私と中庭で会ったことはどうか話さずにいてください」

 ウィリアム殿下はじっと黙って私を見つめたあと、かすかに瞳を細めた。彼の仕草を見て、ふと思い出す。そういえばあの夜もこんな表情を見た気がする。どういうときのことだったか、残念ながら記憶が曖昧だ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(8件)

シャナ
2017.11.08 シャナ

婚約破棄して正解だった気がする。
あんなクズと一緒にならなくて良かった…
だが、あのクズ共許すまじ( ?言?)

王子には頑張って欲しい!!
どんどんイケイケ!!

解除
えりごn
2017.10.28 えりごn

新規開拓でこちらの作品に出会えました。
あっという間にするする読めて 次が待ち遠しいです。
婚約破棄からの令嬢の反撃展開かと思いきやそうじゃなかった!そこで お? と思い、登場しとのがイケメン王子~性格もよさ気だ。ざまぁも楽しみだし希望しますが、どうやって甘く口説き落とすのかもとても楽しみです( ^ω^ )

解除
まいてぃ0969

イケイケ!王子!押せ押せ!王子!
楽しく読ませていただいております。

解除

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。

仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。 彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。 しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる…… そんなところから始まるお話。 フィクションです。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。