ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ

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15 ヤンデレ夫を思い出す

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「投げつけてって……。……え? えっ……!?」

 本の表紙を見た瞬間、ロランの目が大きく見開かれた。
 私の顔と、表紙を見比べたあと、瞳が異様な輝きを帯びる。

「ちょっと! 違う!! よろこばないで!!」

「ええ? えへへ……」

「顔!! しまりなく弛んでるから!!」

「だって、そっか、そっかー! アデリーヌがそう思ってくれたなんて、すごくうれしいよ!」

「そう思うって!?」

「つまり、記憶がなくて不安だから、僕の愛を全身で感じて安心したい的な……」

「気持ち悪い……!!」

「ひどい!!」

 思わずロランの頭に『新妻寝所の心得大全』を叩きつけそうになった。
 いけない、いけない。
 そうして欲しいのは、私のほうだった。

「もう、ロランのせいで余計な方向に話が脱線したじゃない! ふざけてるなら、あなたのことなんて頼らないんだから」

「ふざけてなんていないよ!? でも、わかった。欲望は顔に出さない。ちゃんと内に秘めておく。ほら、もう大丈夫」

 いや、全然、大丈夫じゃない。
 口元がニヤついたままだから。
 まったく、さっきまでの悲壮さはどこへすっ飛んでいっちゃったのよ……。

 ただもういちいち突っ込んでいても埒が明かないので、私は咳払いをしてから、自分が閃いたことに関して、ロランに説明をした。
 話を聞いているうちに、ロランの表情は真面目なものへと変化していった。
 こういう顔をしていると、容姿の良さが引き立つ。
 そういえば、この人、すごい美形だったんだと、あの初夜ぶりに思った。

「――なるほど……。君が記憶喪失になったのは、シーツの下の本に、頭をぶつけたからかもしれないってことだね」

「そう。まだあくまで可能性の話だけれど。でもお医者様は記憶をなくした原因と、同じ事態に遭遇すれば、元に戻るかもしれないっておっしゃっていたし、試してみる価値はあるわよね」

「だから本を頭に投げてなんて言ってきたんだね」

「ええ。わかったなら、さっさと試してみましょう」

 当然、ロランは協力してくれるだろう。
 そう考えていたのに。
 彼は傷ついたように眉根を寄せて、小さくため息をつき、首を横に振ったのだった。

「だめだよ、アデリーヌ」

「え? ……どうしてよ?」

「どうしてって、頭に本を投げつけるなんて……。怪我をしたらどうするの?」

「でもそれで記憶が戻るかもしれないのよ」

「たとえその可能性があるのだとしても、君が怪我するようなこと、許可できるわけがない」

 目を見つめて、きっぱりと宣言された。
 その真剣な勢いに飲まれて、思わずドキッとなる。

 なによ……。
 正論ぶったこと言って……。 
 ふくれっ面でロランを睨みつけると、彼から戻ってきたのは、冷静な眼差しだった。
 なんだか得体の知れない悔しさが襲ってくる。
 その感情は、私をどんどん意固地にさせた。
 心配してくれてうれしいと、素直によろこべない自分がいる。
 これでは、へそを曲げた子供みたいだ。
 ……でもムカムカするのだ。
 自分でももう、何が何だかわからない。
 とにかくロランがまともなのが気に入らなくて、感情の収まりがつかなくなる。

「……さんざん『僕を思い出して』って言ってきたくせに」

「もちろん思い出して欲しいよ。でも君が怪我をするぐらいなら、永遠に思い出してくれなくたってかまわない」

「ああ、そう!! だったら私は、死んでもあなたのことを思い出してやるわ!!」

 フンッとロランから本を奪った私は、そのまま脱兎のような勢いで、部屋の隅まで移動した。

「アデリーヌ……?」

 戸惑いながら、ロランが歩み寄ってこようとする。

「こないで!」

 私が叫ぶと、ビクッと肩を揺らして、ロランは動きを止めた。
 その瞬間、私は『新妻寝所の心得大全』を天井めがけて投げつけた。
 ロランがハッと息を呑むのが見えた。

「アデリーヌ!?」

 慌てて、私の元へ駆けつけてくる。
 でも間に合わない。
 落下してくる本の真下に立った私は、にやりと笑ってやった。
 何が何でも思い出してやるわ。

 ゴッ。
 という鈍い音が後頭部で響いたのは、その直後のことだ。

***

 ――その日のダンスパーティーは、散々なものだった。
 エスコート役の婚約者は、私と離れている間に、うっかりシャンパンをかぶってしまったらしく、「申し訳ないけれど、こんな恰好ではエスコート役が務まらないから……」と頭を下げ、びしょ濡れのまま慌てて帰ってしまった。
 誘ってくれれば、一緒に帰ったのに……。

 肩を落として、壁の花をしているうちに、今度はおろしたての靴が痛くなってきた。
 大人ぶって選んだかなり高いハイヒール。
 婚約者は、私の目線がいつもより近いことに、まったく気づいてはくれなかった。

 ため息をつき、ふらふらと中庭に出る。
 ひんやりとした夜風が心地いい。
 少し夏の花の香りもする。
 遠くから聞こえてくる音楽、近くの茂みからは男女の甘い笑い声。

 ……。
 もう、馬車を呼んでもらって帰ろう。
 気まずくなって、ドレスの裾をひるがえした時。

「やあ、アデリーヌ姫。素敵な夜だね」

「……! 殿下!」

 息を呑むほど驚いた。
 目の前にいたのは、この国の第二王子であるロラン様。
 信じられない気持ちで、慌てて頭を下げる。

 これまで一度も口を聞いたことのない彼が、なぜ私に声などかけてきたのか。
 しかも私の名前を知っていたようで、なおさら戸惑う。
 私は数多いる男爵令嬢のひとり。
 挨拶が済んでいるならまだしも、本来、王子様に存在を認識されているような立場の人間ではない。

「そんな他人行儀な呼び方はいやだな。僕のことは、どうかロランと。ねえ、美しい人。お近づきの印に、君の手に口づけを許してくれないかな。挨拶ではなく、愛を込めたキスを贈らせて欲しいんだ」

 うそでしょ……。
 露骨な口説き文句を投げかけられ、動揺する。
 相手が王子様でなければ、なんて不躾な人だろうと不快な感情を露わにしていたところだ。

「申し訳ありません、殿下。お気持ちはとてもその光栄なのですが、私には婚約者がおりますので……」

「うん、知ってる。その者から奪うつもりで、声をかけたんだよ。だって僕はもう、君なしでは生きていけなくなってしまったから。責任をとってくれるね? アデリーヌ」

 ……は!?
 なにを言っているの、この人!?
 目を剥いてかたまった私を見つめて、彼が楽しそうに目を細める。

「ふふ、頭おかしいんじゃないかって顔してるね。そのとおり。僕はいかれている。君を一目見て、恋の虜になった日からずっとね!」

 そのままロランは、まだ許可もしていないというのに、勝手に私の手を取り、勝手に口づけを落とした。

***

 ――最初に過ったのは、あのダンスパーティーの夜。
 ロランとの出会いの場面だった。

 初めて交わした言葉、心の動き、彼の瞳、まともとは言えない口説き文句。
 それらがあの日の夜風の匂いと混ざり合って、鮮明に蘇ってきた。

 すべての記憶を取り戻した瞬間、私は――……。
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