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11 拗らせてるにもほどがある

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「話があるなら後日聞くから、今日はもう帰って」

 そう言ってなんとか、ずぶ濡れのロランを追い払った次の日。
 王城から一通の文が届いた。
 当然、差出人は迷惑王子だ。

***

『最愛の人 アデリーヌ

 やあ、愛しい君。
 ようやく嵐が去り、雲間からまばゆい日差しが姿を見せた午後。
 君はどんなふうに過ごしているのかな。

 僕は君を想うたび、切なく軋む胸を抱えたまま、ベッドに横たわっているよ。
 どうやら恋煩いを悪化させて、風邪を引いてしまったらしい。
 でもこの苦しみは、君を愛している証拠。
 だからちっとも苦しくはないんだ。

 ただ、たった一日でも、君に会えないのが辛い。
 君の声が聴きたい。
 目を閉じれば、君の甘く優しい微笑みが……。

 わかっている。
 大丈夫。
 耐えてみせるよ。
 風邪を君に移すわけにはいかない。
 どうだい!
 僕はなんと、君の健康を気遣える男に成長したよ!

 心の未熟さから、君を何度もがっかりさせてしまったけれど、君に見合う男になれるよう、日々成長していくからね。
 どうか僕のことを、一番近くで見守っていてほしい。

 ああ、それにしても……。
 早く実物の君に会いたいよ。
 この病に打ち勝って、君を抱きしめにいくから、どうかほんの少しだけ待っていてほしい。

 心を込めて 君だけの王子様ロラン』

***

「うわぁ……」

 むっつりとした顔で手紙を見下ろしながら、ため息を一つ。

 なんだこれ……。
 ポエムか……。
 だいたい私は、ロランに『甘く優しい微笑み』など向けたことがない。
 しかも抱きしめるってなに。
 冗談じゃない。
 私は彼の恋人になったつもりなど、毛頭ないのだから!

「風邪を引いているのなら、こんな手紙なんて書いてないで、ちゃんと寝ていればいいのに……」

 熱があるのか、後半に行くほど満身創痍という感じの筆跡になっていた。

 次の日も、またロランは文を送ってきた。
 そこにはまだ熱が下がらない旨と、あとはどうでもいい口説き文句がつらつらと書き連ねてあった。
 さらに翌日。
 風邪を拗らせて、肺炎になったという手紙が来た。

 否が応にも思い出されるのは、自分がロランに放ったあの言葉。

『あなたなんて、風邪を引いて、それを拗らせて、肺炎にでもなって苦しめばいい』

 まさかこんなふうに現実になるなんて……。
 呪いをかけてしまったみたいな気になる。
 いや、もちろん偶々だとはわかっている。
 わかっていても、心ない言葉を放った罪悪感は拭えなかった。

 まったく意地悪な言葉は口にするもんじゃないわね……。
 ロランのお見舞いに行くつもりなど、毛頭なかったけれど……。

「はぁ……。このまま罪悪感を抱えているのもいやだし」

 お見舞いの品だけでも届けに行こう。
 そう決めた私は馬車で城下町へ向かい、『メフシィ魔女雑貨店』に赴いた。
 お見舞いの品として購入したのは、呪詛除けの人形。
 悪鬼のごとき表情をした代物で、かなりの効果を期待できそうだ。
 売り子である魔女見習いの女性も、お墨付きだと言っていた。

 包装してもらった呪詛人形を手に、メフシィ魔女雑貨店を出た私は、再び馬車に乗り込むと、ロランの暮らすルセーブル城を訪問した。

***

「ただいま殿下のお部屋まで、ご案内させていただきます」

「え!? 結構よ! 私はただお見舞いを届けに来ただけだから」

「いえ、ご案内させていただきます」

 ロラン付きの執事だという男性は、慇懃な態度ではあるものの、頑として主張を曲げなかった。

「アデリーヌ様を、このままお帰しするわけにはいきませんので」

 隙のない印象を与えていた男性の目が、すっと細められ糸のようになる。
 さっきよりも表情が読み取りづらくて、この男を諦めさせることなど不可能なのではと思わされた。
 正直、圧倒された。
 でも、こういう人でもないと、あのロランの執事なんて務まらないのかもしれない。

「アデリーヌ様がご訪問して下さったと知れば、殿下は大変お喜びになられるでしょう。しかし、会わずに帰られたとわかれば、その五倍は嘆かれ、悲しまれ、最終的に会いに行くと言ってきかなくなると断言できます」

「でも風邪を移したくないから、治るまで顔を見せないと手紙に書いてあったわよ?」

 執事は何とも言えない顔をして、額に手を当て黙り込んだ。

「……いいですか、アデリーヌ様。それは直接、目の前に顔を出さないという意味です」

「え? どういうこと?」

「殿下が風邪をこじらせ、肺炎になられたのは、アデリーヌ様の顔を一目覗き見したいときかず、ふらふらでかけられたせいでございます」

「は!? 覗き見ってなに!? あの人、風邪を引いたあとも、私の家まで来ていたの!?」

「手紙を届ける従者とともにお邸を訪問した殿下は、その後、木陰に隠れてアデリーヌ様が庭を散歩なさる姿を盗み見されていらっしゃいました。昨日も一昨日も。もちろん風邪を移したくないというお気持ちは真実からのものでございました。ですから、盗み見るという手段を取ったのです」

 私は目を剥いたまま、絶句した。

 あの男……。
 筋金入りの変態馬鹿!!!!

 唖然としてかたまっている私のことを、執事が申し訳なさそうな顔で見つめてくる。

「おわかりいただけましたか? 顔をお出しになられたほうが、変態殿下に煩わされずに済むと」

「ええ……。そうね……。嫌というほどわかったわ……。でもあなた、ずいぶん辛辣に言うわね」

 遠慮のない言葉に、ちょっとびっくりした。
 執事はフッと肩の力を抜いた後、悟りきった顔で微笑した。

「陛下のご指示のもと、殿下の周りには、私のような者が集められております。図々しく、立場を弁えず、意見できる人間でないと、暴走する殿下を押さえておくことなど不可能ですから」

「あれで押さえられてるの……?」

「力量不足で申し訳ございません。殿下の暴走は底が知れないのでございます。――ということで、殿下の暴走を未然に防ぐため、アデリーヌ様には殿下の部屋への訪問を、謹んでお願い申し上げます」

「……」

 私は城を訪ずれたことを、本気で後悔しながら、執事の案内のもと、ロランの住むルセーブル城離宮へと向かった。
 ほんと、安易な気持ちで罪悪感なんて持つものじゃない。
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