上 下
13 / 574
第一章 アルトルム王国の病

第十二話 二人の黒ずくめ

しおりを挟む
 チャーの案内に従って、我輩達はいくつかの場所を回ることになった。
 最初は、この王都の片隅にひっそりとある、隠れ家的な喫茶店。ここには、時折、捜している二人組が訪れるらしく、我輩、キョロキョロと捜してみたのだが、残念ながら居なかった。
 次に訪れたのは、そこから少し離れた場所にあった薬草店。様々な薬草の臭いが強烈であったため、二匹で我慢しながら捜したが、ここも残念ながら違った。
 そして、その次に訪れたのは、随分と離れた貴族街と呼ばれる場所。そこは、我輩が最初に居た城の近くに位置し、捜索範囲も広く、かなり苦労すること間違いなしな場所だった。ただ、捜した甲斐はちゃんとあった。


「にゃっ(見つけたのだっ)」

「にゃっ? にゃあぁっ(へっ? ちょっ、師匠ぉおっ)」


 視線の先には、二人の黒ずくめ。風に乗って微かに香るその匂いは、最初に会った黒ずくめと似たもの。
 二人の黒ずくめは、お互いに何かを話ながら歩いており、我輩達のことには気づいている様子もない。


「にゃあ、にゃあっ(そこの二人、待つのだっ)」

「? 猫?」

「あら、珍しいですね。マウマウはこの辺には居ないのでしょうか?」


 呼び掛けると、どうにか気づいてもらえた。声からして、最初の低い声は男性。もう一人のコロコロとした鈴のような声は女性であろう。しかし、振り返ってこちらを見ているというのに、頭にはフードが被せられており、顔が見えない。少し残念なのだ。


「にゃにゃあっ。にゃにゃーっ(そんな場合じゃなかったのだっ。あなた方の仲間の元へ案内させてほしいのだっ)」


 鈴のような声のレディに頭を撫でられ、少し気持ちが良いとは思うものの、用件は早く伝えるに限る。


「何か必死そうですね。残念ながら、私には猫の言葉なんて分かりませんわよ?」

「にゃっ!? (なんとっ!?)」


 言われてみれば、確かにそうだ。我輩、飼い主とちゃんとした会話ができた覚えはない。極々たまに、会話が通じているような状態にはなるものの、それはただの偶然だ。先程出会った黒ずくめの男が、あまりに自然な会話を行ってくれていたから、忘れていたのだ。


「バルなら猫の言葉が分かるでしょうけど……ディアム、あなた、今すぐに猫の言葉が理解できるようになったりしません?」

「無理」

「そうですわよねぇ」

「今、バル、捜してる。寄り道、不要」

「むっ、分かってますわよ」


 ハッ、不味いのだっ。このままでは、折角見つけたのに、二人が行ってしまうのだ。何か、何かしなくてはっ。


「にゃっ。にゃーにゃー(まっ、待ってほしいのだっ。えぇっと、我輩にできることといえば?)」

《 『サポートシステム』起動します。これより、最適方法を選出します。……最適方法、魔法の使用を推奨します。光と風の混合魔法による映像の上映が適切です。サポートは必要ですか?

はい/いいえ 》


 な、何か出たのだっ。う、ううむ、よくは分からないが、ここは『はい』にしておくのだっ。


「ごめんなさいね、猫ちゃん。私達は忙しいから」


 二人が去ってしまう。そう思った直後に、あのサポートシステムとやらの声が続く。


《これより、光と風の混合魔法、『映写』を行います。対象、一時間二十八分三十七秒前。開始》


 その瞬間、我輩、体から少し力が抜けるのを感じた。しかし、二人を追いかけようと踏ん張ったところで、あの二人とは別の声が聞こえた。


『にゃあっ(起きるのだっ)』


 こ、これは……我輩の声?


『ん……う?』


 そして、どこか聞き覚えのある艶っぽい声も聞こえてくる。


「なっ、これはっ、バルですか?」

「術者……まさか、猫?」

「いやいやっ、そんなわけないでしょっ」


 状況がよく分からないながらも、我輩は、あの黒ずくめの二人を見る。すると、その二人は、目の前の、物凄く見覚えのある光景に釘付けとなっていた。
 いや、正しくは、目の前の、過去の映像に、であるが……。


 グギュルギュルルルルゥ。


 と、そこで、あのとき我輩が怯えた地獄の底から響くような腹の音が鳴る。


『腹、減った』

『にゃあ(そ、そうか、今の音は、お腹の音であったか)』


 む、むぅ、今聞いても、やはり大きすぎる音だと思うのだ。


「とにかく、情報、集める」

「え、えぇ、そうね」


 少し前の光景をもう一度目の前で展開するという不可思議な現象に、我輩、様々な思いを巡らせていたが、どうやらその間に二人の話し合いも終わったらしい。


『……猫?』

『にゃー。にゃ(む、そうなのだ。はじめましてなのだ)』


 あぁ、そうだ。確か、この後……。


 ……じゅるり。


『ふしゃーっ! (わ、我輩は食べても美味しくないのだっ!)』

『あっ、悪い。あまりにも腹が減ってたから』


 ふしゃーっ、やはり、怖いのだっ。


『なぁ、ちょっと頼まれてくれないか? 俺の仲間を、ここに連れてきてほしい。……そしたら、食べないから』


「鬼畜ね」

「あぁ」

 うむ、その意見には同意なのだっ。


『にゃっ!? (何をっ!?)』

『分かってるくせに。……聞きたいのか?』

『にゃあにゃっ。にゃ。にゃっ(き、聞きたくないのだっ。分かったのだ。貴殿の仲間を捜してくるのだっ)』

『よろしく。多分、俺みたいに黒ずくめの格好だから』

『にゃっ(り、了解したのだっ)』


 そして、映像はそこで途切れていた。黒ずくめの二人は、ゆっくりと我輩の方へ振り向く。


「もしかしなくとも、あなたがあの猫ちゃん、ですよね?」

「主が、すまない。案内、頼めるか?」


 映像は、我輩の視点でのものであったため、我輩の姿は当然写っていない。せいぜい、チラリと我輩の白い前足が写った程度だ。しかし、我輩は二人の近くにいることで、我輩が頼まれごとをした猫だと分かってもらえたらしい。


「にゃ。にゃあ(もちろんなのだ。着いてきてほしいのだ)」


 我輩、何か忘れている気がしたが、二人に対して鳴き声を上げると、クルッと後ろを向き、軽く走り出す。我輩は、我輩に課せられた使命を果たすのだ。

 そうして、我輩達は、貴族街から去る。ただ、一匹を残して……。


「にゃあ(師匠、置いていくなんて、酷いです)」


 チャーを取り残してしまっていたことに我輩が気づいたのは、黒ずくめが三人揃った後になってのことだった。


「にゃー(師匠ー)」


 貴族街には、しばらく、悲しげな猫の声が響いていたそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん
ファンタジー
生前SEやってた俺は異世界で… の書籍化前の原文を乗せています。 書籍での変更点を鑑みて、web版と書籍版を分けた方がいいかと思い、それぞれを別に管理することにしました。 興味のある方はどうぞ。 また、「生前SEやってた俺は異世界で…」とは時間軸がかなり異なります。ほぼ別作品と思っていただいた方がいいです。 こちらも続きを上げたいとしは考えていますが、いつになるかははっきりとは分かりません。 切りのいいところまでは仕上げたいと思ってはいるのですが・・・ また、書籍化に伴い該当部分は削除して行きますので、その点はご了承ください。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ある平凡な女、転生する

眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。 しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。 次に、気がついたらとっても良い部屋でした。 えっ、なんで? ※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑) ※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。 ★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

[完結]婚約破棄されたけど、わたし、あきらめきれません

早稲 アカ
恋愛
公爵令嬢エリエルは、王太子から、突然の婚約破棄を通知されます。 原因は、最近、仲睦まじい男爵令嬢リリアナだと知り、彼女は幼なじみのアンドレに、破棄の解消を依頼するのですが……。 それぞれの人物の思惑が絡んで、物語は予期しない方向へ……。

美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。 世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。 意味がわからなかったが悲観はしなかった。 花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。 そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。 奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。 麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。 周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。 それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。 お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。 全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。

処理中です...